第四話:「交渉」
少女魔王はあきれたように、私たちをジトっとした目で見つめる。
「どうやら盟約の内容が間違って伝えられてしまっているようですわね。まったく、お母様の言うとおり、うっかり者が多い国ですこと。…まあお母様も偉そうなことは言えませんけれど」
「こ、婚姻というのは?王国の勇者と魔王様がご結婚されると言うことで?」
「ええ、先ほどそう言ったではありませんか。…その前に、勇者とは何ですの?婚姻相手の間違いでしょう」
「先代魔王様に求婚された旦那様のことを、王国の方々は『恐ろしい魔王と結婚するとは!我が国の勇者だ!』と讃えたそうで、旦那様の黒歴史になっているのですよ。それが誤解されたのでしょう」
「まあ、そんなことがありましたのね…。今度、お父様にくわしく聞いてみようかしら」
少女魔王と魔王側近が仲良く会話している一方で、私と宰相は冷や汗が止まらなかった。
私、女なんですけど!
男のフリをしていたのが、ここまでの厄介事に発展するとは…
チラリと横目で宰相を見る。検討していたあらゆる展開とはまったく違うことに、宰相は気を取り乱したのか、目はグルグルと回り、身体はガクガクと震えている。
…これでは役に立ちそうにない。
先ほど、お互いに不遜がなければ友好関係は永続、と言っていた。もしかしたら魔王を騙しているのは不遜にあたるのではないか?
急に訪れた崖っぷちな状況に、嫌な汗が止まらない。
「王国側の勘違いはあれど、婚姻に必要なものは丁度よく揃っています。魔王様の婚姻相手、そして結納品としてお持ちいただいた見事な剣。幸いにも盟約にもとづく婚姻をこのまま進めることができるでしょう。魔王様も、覚悟を決めてください」
聖剣って結納品だったの!?
「はあ、憂鬱ですわ。ですがこれも両国の友好を深めるのに大事なこと、仕方ありませんわね。では、その勇者様?そろそろ顔を見せていただけません?」
まずいまずいまずい!
どどどどうする!?上手いことはぐらかして、日程を改めて代理を立てるか?!
勢いで魔王は誤魔化せても、何かと鋭い魔王側近には通用しなさそうだ!
チラリと横を見る。
頼みの綱の宰相はまだ頼りにできそうにない。
…いや、この重要な決断は、王族である私が、責任をもってしなければなるまい。
私は覚悟を決めた。
いま必要なのは、誤魔化すことではない。誠心誠意の謝罪だ。
もし魔王か魔王側近が激怒したら、私の命を差し出し、事を納めていただこう。無理筋かもしれないが、嘘を重ねるよりはマシだ。
兜に手をかける。
城を出てから、ずっと兜をしていた。中は蒸し暑く、汗で濡れた頬に髪がはりつく。
兜を外し、顔を晒したのはいいものの、あまりの申し訳なさと、先行きが見えない状況に、不安から魔王に目を向けることができなかった。
「…誤解させてしまって、申し訳ない。私は見ての通り、女なのだ。盟約が婚姻のことと知らず、私が男の勇者のフリをすれば丸く収まるものだと、思っていた。まさか婚姻だとは思わなかった。重ね重ね申し訳ない。どんな報いでも、私は受けよう」
目をギュッと瞑り、魔王の声を待つ。
…
……
………?
沈黙が長くないか?
私はそろそろと目を開く。
そこには相変わらず楽しそうな笑みを浮かべる魔王側近と、身を乗り出し両手で口を押さえ、顔を真っ赤にした少女魔王がいた。
「…アメイジングですわ」
あ、あめいじんぐ?
「ビューティフルですわ、エレガントですわ、セクシーですわ、アウェサムですわ!!」
意味不明な言葉が連発される。…古語?
魔王はがばりと私に近づくと、力強く両手を握る。
「あたしと結婚いたしましょう!」
「…」
魔王の赤い瞳が宝石のように輝く。
城を出てから1日も過ぎていない。
連続する怒涛の展開に、もう慣れてきた自分がいた。
「あたし、男の方と結婚するなどあり得ないと、ずっと思っていたのに、数日前にお母様から婚姻を命じられまして。今までは何とか逃げおおせていましたが、盟約からは逃れられないと覚悟を決めておりましたの」
少女魔王がチラリと私を見る。
きゃっ、と可愛らしく叫ぶと、顔を背けてしまった。
「鎧の下にどんなむさ苦しい男が潜んでいるのかと、ひやひやしておりましたが、まさかこんな美しく、色気のある女性の方だったなんて…」
少女魔王が私に顔を向ける。
心配になるくらい、顔が真っ赤に染まっているし、涙目で視線が泳いでいる。
…そんなに私が好みだったの?悪い気はしないけど…
ただの恋する女の子にしか見えない。
もはや魔王に対する恐怖心はさっぱり消え失せていた。
側に控えていた魔王側近が、満面の笑みでこちらに歩み寄る。
「魔王様、勇者様。盟約とは婚姻。そう、友好のための、100年前に結ばれた尊き約束でございます。この場に必要なものが揃っている以上、もはや延期などできません」
「しかし、私も魔王様も女性です。婚姻はできないのでは…?」
魔王側近は懐から書類を取り出し、私たちに見せつけるように紙面を広げた。
「盟約を記した書面に、婚姻は男女でなければならないという記載はございません。つまり、女性同士でも可能ということです!」
「まあ!」
「…」
「はっ!儂は一体?…姫よ、ここはどこですか?」
盛り上がっているところで、やっと宰相が起動したようだ。
魔王側近は再度、説明を始める。
「落ち着かれましたか?ここは魔王城ですよ?…さて、王国側は盟約の内容を、お得意のうっかりで間違って伝えられた、ということでよろしいですね?」
「は、はい。お恥ずかしながら…」
宰相が縮こまる。まさにその通りだから反論できない。
「繰り返しますが、100年前に結ばれた盟約とは、王国と魔国の代表の婚姻です。魔国の代表は魔王様。魔王は女系ですので、王国側の代表は男性であることは必然です。…ちなみに勇者である必要はありません」
宰相は更に縮こまる。
「なんとか情報を集めてご準備されたようですが、幸か不幸か、婚姻に必要なものはそろっていたようです。つまり、そちらの男のふりをしていた女勇者様と結納品たる剣です」
魔王側近が私と、私の腰に差した聖剣…いや結納品へ目を向ける。
「ここまでのお膳立てができていて、付添人 のもと、顔見せまでしてしまった以上、盟約に基づく婚姻をやっぱりやめる、ということはできないのです!」
「まあ!」
「なんと!」
「…」
宰相と魔王側近が付添人になるから、他の者を部屋から追い出したのか。
理路整然とした説明、全てを見透かしていたとしか思えない冷静ぶり。
まさか、この魔王側近は…
魔王側近は私に顔を向け、にやりと笑う。
…今まで見た中で、いちばん邪悪に感じる。
「わたくしも伊達に200年以上を生きてはおりません。王国のお姫様が必死で男性のフリをなされているところは、まるでおままごとで遊ぶ小さな子供が、必死に背伸びをしてお父さん役をする様な微笑ましさがありました。大変楽しませていただきました」
だからずっと笑顔…いや、よくよく思い出せば、いやらしい笑顔を浮かべていたのか。
「でも、私と魔王様は同じ女性ではないですか?婚姻は大丈夫なのでしょうか。魔国にとって外聞が悪いのでは…?」
「大丈夫ですわ。他国は魔王が女性だとは知りませんし、そもそも人族と魔族との婚姻。性別なんて、それに比べれば些細なこと。それに」
魔王は自らの桜色の唇を舐める。…肉食獣を目の前にした気分に、身体がぶるりと震える。
「盟約の、婚姻の日までは日にちがありますわ。それまでに、あなたにはあたしを好きになってもらいますわ」
笑顔の魔王側近が安堵のため息をつき、少女魔王の肩に手を置く。
「良かったですね、魔王様。理想の相手が見つかったようで」
「お母様は、きっと会ってみれば一目惚れするからと、嫌がるあたしに婚姻を押しつけましたわ。なんて無責任かと思いましたが、さすがはお母様、慧眼ですわ」
「たぶんそれはでまかせですよ」
次が最終話になります。




