第三話:「対面」
扉に手を当て押してみると、重厚な扉が驚くほどすんなりと開く。
魔王の間は質素だった。
いや、今まで見てきたものと比べれば質素というだけであって、王国のものと比べても遜色ない。ただ、この城内では少し異質だと感じるだけで。
もしかしたら、威圧感で委縮してしまった来訪者を落ち着かせるために、装飾を抑えた作りになっているのかもしれない。
私たちは部屋に足を踏み入れる。
将軍は悟られない程度に辺りを警戒している。いつでも対応できるように、剣に手を置いている。
宰相はこれからの交渉の進め方を整理しているのだろう。真剣な眼差しで前を見据えている。
他の家臣も、とうに覚悟を決めていたのか、足を踏み入れることを躊躇するものはいなかった。
『ようこそ、王国の皆様。王国から我が国までの旅はいかがでしたか?』
魔王の間の最奥にある王座に、今代の魔王が座っていた。
魔王は座った状態で将軍よりも大きい。立ち上がればどれだけの大きさなのか。
全身は深紅のローブで覆い隠されている。かろうじて顔だけが露出している。
眼光は鋭く、瞳は妖しく、赤く光っている。
顔中から巻角が生え、皮膚は灰色で岩石の様にゴツゴツとしている。
下顎からは二本の大きな牙。
まさに魔王、という風貌だった。
隣の将軍が息を呑む。もう一方の宰相も、恐怖からか顔色が悪い。
ただ私は不思議と恐怖を感じなかった。
魔王の重く低い声が、優し気だと感じたからだろうか。
『99年前の盟約が今まさに果たされ、王国と魔国の友好が続くことを嬉しく思っている。早速ではあるが、そちらの白鎧の方がお相手、ということで良いだろうか?』
お相手、というのは私で間違いないのだろうか?
横の宰相が私に目配せし、頷く。私は数歩、前に出た。
緊張で声が上擦らないように。女性だとバレぬよう、声は低く。
「私が、王族の、古の勇者の血を引く、今代の勇者です。不可侵条約の更新にあたり、100年前の儀礼に合わせ、こちらの聖剣を携え、参上しました。平和のため、王国は不可侵条約の継続を望んでいます」
私の言葉を聞き、魔王は考え込むように首を傾げ、顎をさすっている。
そこに側近が近づき、魔王に口を寄せた。数巡のやり取りを終え、側近が笑顔でこちらに顔を向ける。
「皆さま、長旅と慣れぬ環境でお疲れでしょう。客間へご案内いたします。それで、」
側近が私と宰相に目を向ける。
「勇者様と宰相様はこちらにお残りになっていただいてよろしいでしょうか?まずは親睦を深めるため、両国の代表者で会談いたしましょう!」
渋る将軍を宰相と私で何とか説得し、他の家臣は魔王側近に連れられ退室していった。
部屋に残ったのは、私と宰相。そして王座に座る魔王。重苦しい空気が流れる。
こっそりと魔王に目をやれば、…手遊びをしている?いや、何かしらの魔術の練習かもしれない。
…うん、集中しているかもしれないし、こちらから話しかけるのはよした方がいいだろう。きっとそうだ。
(勇者様、不可侵条約の継続の意志を伝えたとき、魔王は考えこんでおりました。…もしかすると、何かしらの条件、いや貢物などを要求されるかもしれませぬ)
(宰相よ、だが魔王は友好的だ。馬車や城内の準備までしてくれている。わざわざそこまでしてくれているのに、ここにきて無理難題を言い渡されるようなことはないだろう。大丈夫、ここは正々堂々と…)
「お待たせしましたー!」
客間への案内を終えたのだろう、魔王側近が戻ってきた。
…相変わらずな様子に、私と宰相の緊張が和らぐ。これが演技であるなら、とんだ食わせ物だ。演技でないなら…魔王の側近がこの方で大丈夫なのだろうか。
「あれ?魔王様、まだ話しを始めてないんですか?まったく、魔王様はシャイですねー」
魔王側近が魔王の頭をビシリとはたく。宰相も私も、側近のあまりの無礼に小さく悲鳴をあげてしまった。
魔王が気を悪くしてしまったらどうする!やはり私から魔王に話しかけるべきだったか!?
「…うるさいですわ」
王座から可憐な声が響いた。
魔王が王座から立ち上がると…いや王座から飛び降りた!?
床に降りた魔王の背は将軍よりも、いや、おそらくは私よりも頭一つ分低い。
王座をよく見れば、大きな王座の上にクッション付きの椅子が乗っている。魔王はあそこに座っていたのか!?
「お待たせしました。改めまして、あたしが今代の魔王ですわ」
今まで顔だと思っていたもの、恐ろし気な形相の仮面を取ると、その下には美しい少女の顔があった。
「魔王は女系の王族。これは魔国と王国だけが知ること。今回、そちらの…勇者様?でよろしいの?に来ていただいたのは、100年前の盟約を果たすため、ですわね?」
仮面もローブも外した可憐な少女魔王は紅茶をすすりながら話し出す。私からは目を逸らしている。勇者だから嫌われているのか?
魔王が女系だなんてこと、王国は誰一人として知らない。まさか、これも失伝していたのか…
やっと現実に戻ってきた宰相は、紅茶を一息で飲み干す。その勢いに少女魔王は目を丸くし、側近は楽し気に見ていた。
「はい、儂らが魔国を訪れたのは、100年前に結ばれた両国の不可侵条約の延長のためです。ゆえに古の勇者の血を引く、こちらの…」
「お待ちなさい、不可侵条約の延長?なんのことですの?」
少女魔王は可愛らしく首を傾げる。
「魔国と王国の友好は、お互いに不遜がなければ、永続ですわよ?」
…っは!
あまりの衝撃に意識が一瞬飛んでしまった。
「で、では100年前の盟約…というのは?」
「不思議と話しが嚙み合いませんわね。いいですこと?先代魔王が100年前に王国と結んだ盟約」
少女魔王がため息をつく。憂鬱になるような盟約なのだろうか?
「それはあたしとそちらの方の婚姻ですわ」
「え?」「ほ?」
予想外な盟約の内容に、私と宰相の間抜けな声が重なった。




