第二話:「旅路」
私たちが城下町の大通りを進むと、大通り沿いからは民の賑やかな声が聞こえてくる。
この行軍は、民に要らぬ心配をかけないよう、軍事演習だと伝えている。平和な国とはいえ、国を守るために軍事演習は欠かさない。軍事演習だと知っていれば、怖がらせることもないだろう。
馬上からは、兜の覗き穴を通して民の明るい笑顔がよく見える。小さな子供たちが、私たちをよく見ようと背伸びしている。
この国の平和は何としても守る。その気持ちはより一層、強まった。
私が大きく手を振ると、歓声が響く。
「さすがは姫様、鍛えているだけありますな。鎧姿が様になっていらっしゃる。民も皆、中身が姫様だとは夢にも思っていないでしょうな」
将軍のその言葉に、私と結婚してくれる物好きな男はいるのかと、不安になってしまった。
「勇者様、お待ちしておりました」
城下町を出ると、ニコリと笑みを浮かべたメイド服姿の少女と、数台の巨大な馬車が待ち受けていた。
予想外のことに、皆が呆気に取られていた。
目の前の馬車は平民の家ほどの大きさがあり、車輪もそれを支えるに十分なほど、巨大だった。
客室の外装は照りのある黒で塗られ、ところどころの金の装飾が美しい。
馬車を引く馬に目を向ければ、そちらも負けずに巨大。私が乗る馬の倍ほどの背丈がある。
足が6本あるから、そもそも馬ではないのかもしれない。
「どうぞ皆さま、お乗りください。狭い車内ではありますが、快適な旅をお約束します」
馬車の御者なのか、メイド服の少女が朗らかに言う。将軍が前に出た。
「私たちはこれより演習の予定だ。申し訳ないが、道を開けてもらえないだろうか。誰かと勘違いされているのではないか?」
御者は笑みを絶やさず、首を傾げた。
「いえ、合っているはずですよ。わたくしは魔王様の使い。勇者様のお迎えに参りました」
御者は懐から書面を取り出し、私へ手渡した。
『王国と魔国との盟約について、変わらぬ意思がある旨、大変嬉しく思う。迎えを寄越した。遠慮無く酷使して欲しい。城で待っている。魔王ゲルデバルト』
光を吸い込むような漆黒の書面の上に、金に輝く文字。金に似せたものではなく、間違いなく本物の金。それが書面を縁取る文様にもふんだんに使われている。
これ一枚でどれだけの価値があるのか、ただの書面のはずが、もはや芸術品だった。
嘘や間違いであると、そう思う者はいなかった。
私たちは20余名ほどの人数であったが、3台の馬車で収まってしまった。
私と将軍、そして宰相は同じ馬車だ。他の家臣は残りの2台に分かれて乗っている。
客車の中は上品に仕立てられ、香も焚かれている。机には人数分の茶と色鮮やかな茶菓子。
すでに馬車は動いているはずなのに、揺れもない。
座席は沈み込むほど柔らかく、気持ちが良い。今まで様々な馬車に乗ってきたが、比べるまでもないほどの快適さだ。
「…長い旅路を覚悟しておりましたが、出鼻を挫かれましたな」
落ち着かなそうにしている将軍が呟くように言う。
魔王の手中にある現状に、軍人として落ち着かないのかもしれない。顔を歪め腕を組み、足をゆすっている。
茶を飲んでいた宰相が将軍に顔を向ける。
「落ち着け、将軍なんだからどっしり構えたらどうだ。危険な旅をするよりはマシだと考えろ。あの贅沢な書面とこの待遇を見る限りは、魔王も友好的に見える。…それよりも儂はこの茶が気になる。今まで飲んだどの茶より、美味い」
茶が好きな宰相を唸らせるとは珍しい。そもそも客車でこぼさずに茶を飲めるとは、どうなっているのか。
窓から外を覗くと、経験したことのない速度で景色が流れていく。
どれだけ目を凝らしても、流れる景色に追いつけないほどだった。
「あと数刻で魔王城に到着します。それまではごゆるりとお過ごしください。お茶のおかわりもございますので、ご遠慮なくお声がけください」
馬?は大丈夫なのか?客室に御者が入ってきて、衝撃的なことを告げる。
え?あと数刻?
山はどう越えるの?
その後、山に入る少し前に御者が窓のカーテンをキッチリと閉めてしまった。
刺激が強い光景になるから見ない方がいいらしい。…そう言われると、逆に気になる。
将軍は気になって堪らなかったようで、カーテンをめくり外を覗いた。
…将軍はそろそろと席に戻ると、顔は真っ青だった。目的地に着くまで、無言だった。
「到着いたしました。長旅お疲れ様です」
相変わらずの笑顔で、御者が客車の扉を開ける。
私達が外に出ると、目の前に巨大で荘厳な黒城がそびえていた。
数日かけての移動を覚悟していたのに、まさかその日の内に到着してしまうとは。
見上げるほどの城は、王国の城が2つほど収まりそうなほど、大きい。
晴空の中で、漆黒の城は言葉にできないような、凄まじい威圧感を放っていた。
「…あのガーゴイル像、動きましたな」
「儂は帰りたくなってきたぞ」
他の馬車からも家臣たちが出てきた。長い旅路に備えていた家臣たちは、あまりに簡単に目的地についてしまい、呆気に取られている。
一方で外交官たちは肝が太いらしい。茶菓子を頬張りながら、これからの交渉について相談している。
他国との交渉には適応力も必要なようだ。
宰相は御者に向き直ると、軽く頭を下げた。
「これほどの好待遇、誠に感謝いたす。長い旅路を覚悟しておったが、全員ケガなしでたどり着くことができた。重ねて、感謝を」
「いえいえ、とんでもない。ああ、改めまして、わたくしは魔王様に仕えております側近でございます。交渉ではわたくしが立ち合いますので、よろしくお願い致しますね」
何でもないような様子で自己紹介する御者、改め魔王の側近は私ににこりと笑いかけた。
今までどこに隠していたのか、頭からは2本の巻角。
魔王の側近を名乗る、巻角を生やしたメイド服の少女。
本当にここは魔王の国なんだ。今更ながら、そのことを思い知らされた。
魔王側近に城内に通された私たちは、何度目か分からないほど、衝撃を受けていた。
高い天井に吊るされた豪華なシャンデリア。
どう切り出したのか、繋ぎ目の見当たらない巨大な石柱。
磨き上げられた石床。
「城内も美しいですね。隅々まで磨かれ、神聖さも感じる。まるで大教会のような」
思わず素の声で呟いてしまった。
先導する魔王の側近がくるりと振り返る。
これが本来の姿なのだろうか、イタズラ好きそうな笑顔を浮かべている。
「そう言っていただけると、城内を管理するものとして大変喜ばしいです。急いで準備した甲斐があります!」
急いで?
…いや、女だと気づかれず済んでようで、ほっとした。
将軍はキョロキョロとあたりを見渡している。軍人として城内の構造や様子を把握しようとしているのかもしれない。
「これだけの城なのに、人が見当たりませんな」
「ええ、普段はデカいものもおりますし、長いものもおります。ですがお客様をお招きするにあたり、あやつらは邪魔そうなので城内から追い出しましたので!」
「デカいもの、長いもの…?」
将軍は顔を引き攣らせていた。
「この先の魔王の間に、魔王様がいらっしゃいます」
魔王側近が変わらぬ笑顔を…いや、心なしか邪悪な笑みを私に向けている気がする。
今、目の前には身の丈の3倍ほどはある巨大な扉があり、その威容に圧倒される。
この扉の先に、魔王がいる。
扉には、近衛兵もいない。友好の証なのか、あるいは侮られているのか、分からない。
思ったよりも早く、魔王の元に来てしまったから、まるで現実味がない。
実は夢なんじゃないかとも思えてしまう。
横を見ると、将軍と宰相が、私を勇気づける様に力強くうなづく。
これは夢じゃない。王国の平和は私にかかっている。
上手く男声が出せるように、一度咳払いをして、巨大な扉に手をかけた。
ここからが本当の勝負だ。




