第一話:「発覚」
5話構成の予定です。楽しんでいただければ。
とある時代、とあるところに、99年もの長い間、平和を謳歌している王国があった。
代々の王は賢明で優れた王だった。
王を支える宰相や大臣、将軍もみな優秀で人望が厚く、王国を支える貴族家は質素で堅実。
民は朗らかで勤勉だった。
豊かな海と山に囲まれ、天然の防壁は他国の侵攻を妨げた。
海からは豊富な海産物、山からは溢れるほどの鉱物資源が採れた。
平和を乱すものなど、どこにも見当たらない。
安定した国政、充実した人材、豊富な資源と食糧。まさに理想の国。
ただ、皆に共通の弱点があった。
平和なあまりうっかり者が多かった。
王は大切な書類をよく無くすし、宰相は考えごとをして柱にぶつかるし、将軍は忙しさで妻の誕生日を忘れる。
しかし、お互いが上手いこと支え合っていた。
そうして、国の一大事にも、今まで問題なく対処できていたのだ。
…でも、99年も平和が続いていれば、たまたまかみ合わずに重大なことを見落としてしまうことも、なくはないわけで。
「姫様!こちらにいらっしゃいましたか!王がお呼びです!大変なことが分かりました!」
額に汗を浮かべ、尋常でない形相で飛び込んできたのは将軍だった。
いつものように兵たちと剣の訓練をしていた私は、初めて見る将軍の様子にギョッとする。
「な、何があった?ああ、わかった、父上のところへ向かおう」
「訓練中に申し訳ありません。…歩きながら説明いたします」
私は将軍から説明を聞きながら、父上の部屋へ急いだ。
「宰相が来年の予算組みのために宝物庫を整理していたところ、古文書を見つけたようです。金箔で縁取られたその古文書にただならぬものを感じたらしく、城の歴史家に解読を頼んだところ、所々が破けていて完全には解読できなかったようですが、どうやら古い契約書と分かりました」
「契約書?いったい何の?」
将軍の顔が曇る。いつも馬鹿みたいに賑やかな将軍からは想像もできない顔に、想像以上にまずい事態だと直感した。
「魔王との不可侵条約です」
父上の部屋に入ると、王族と王国を支える家臣たちがすでに集まっていた。
母上、お祖父様とお祖母様、宰相、国防大臣、研究家、近隣貴族の当主が数名、大勢の法官と外交官、さらには執事長まで。狭くはない王の部屋にギッチリと人が詰めていた。
「皆の者、姫様のために道を開けてくれ!」
将軍がよく通る声で言うと、父上までの道がひらける。
父上の元に近づくと、父上は無理に笑顔を作り、私の運命を変える衝撃的な一言を放った。
「娘よ、ごめん。勇者のフリをして魔王に契約更新のお願いをしてこれない?」
「え」
「将軍から説明は受けていると思うけど、古い契約書が今朝見つかってね。どうやら99年前に王国と魔王との間で結ばれた不可侵条約のものだったんだ。で、その効力が100年間らしくてね」
父上がため息をつく。
「10日後で期限切れみたいなんだよ…」
「…なぜ、そんな重要なものが宝物庫に?」
「我が国って、平和だからか、うっかり者が多いじゃない?僕もよく書類を無くすし。でも宰相が何とかしてくれるんだよね。でも、しっかり者の宰相だって、考え事があると周りが見えなくなって危なっかしい。そんな宰相を、大臣や将軍が見守る。…そんな将軍も妻の誕生日を忘れて、勝ち目のない夫婦喧嘩をするけどね」
隣の将軍がバツの悪そうな顔をする。
「まあ、そんな風に、お互いが足りない部分を上手いこと補い合って、この国は大きな問題もなく歩んでこれたんだけど、たまーに、誰も気づかずに、重要な案件が宙に浮くことがあるんだよね」
「…昨年は他国との会食をすっぽかしましたな」
宰相が補足を加える。
しっかり者の君なら大丈夫だろうけどと呟いた父上の顔は、疲れた顔をしていた。
「それでなぜ私が魔王の元へ行く話になるのです?」
「完全に解読できた訳じゃないんだけど、契約更新には勇者とか呼ばれるものが、聖剣とかいうものを持って魔王の元へ行く必要があるらしい。勇者の血を引いているのは王族なんだけど、私たちには息子がいないじゃない?だから申し訳ないんだけど、長旅になりそうだし、娘たちの中で一番頑丈な君に頼みたくて」
「そうですね、妹たちに任せるわけにはいきません。…ところで、勇者は男である必要があるのですか?」
「契約書にひっついていた記録に、当時の勇者は男って記載があってね。契約書の肝心なところは破けて読めないし、万全を期すなら契約締結の時と条件は合わせた方がいいでしょ?」
「…それでは私が女だとバレたらまずいのでは?」
「誕生日プレゼントとして準備してた儀式用の鎧があるからさ、それを着込んで誤魔化せないかな?兵に混じって訓練してるみたいだから所作は男っぽいし。あ、でも性別を聞かれたら嘘はつかないように、上手いことはぐらかして言質は取られないようにして。契約締結まで繋げられれば外交官がうまいことやってくれるから、大丈夫だよ。最悪バレたとしても、宰相がフォローしてくれるから」
「…儂ですか?」
父上は軽く言うが、額の汗がすごい。これはかなり追い詰められているな。
部屋に詰めた皆の、心配する目が私に集まる。
本当に大丈夫か、私が戦争の火種になってしまうのではと、不安は尽きない。でも、私も王族の一人だ。この国のために、平和に貢献したい気持ちは人一倍強い。
眉間によっていたしわをほぐす。不安なのは、皆いっしょだ。
ふだん鍛えていた成果を試すとき、そう開き直ればいいじゃないか。
「分かりました。引き受けましょう」
『魔王』。
魔王が表舞台に姿を見せることはない。
戦乱の世では、魔王が軍の先頭に立ち、強大な力でもって他国を蹂躙していたと聞く。
だが穏健派な魔王になってからは、自らの影響力を危惧して、安易に姿を見せなくなった、と歴史書に書かれている。
それは今も続いている。魔王が住む魔国と細々とした国交はあるものの、魔王の姿は、王ですら見たことがない。
王国に他国からの干渉があまりないのは、海と山に囲まれた地理的なものだけではない。隣国が魔国だからだ。
王国に至るには険しい山道を通るか、魔国を抜けなければならない。
山道を行軍するのは現実的ではないし、魔王という強大な存在に触れたくない他国は王国に手を出せない。そもそも隣国に魔王がいるという、危険な土地に手を出そうという蛮勇な国など、存在しない。
つまり、魔王との不可侵条約は平和を維持するための要だ。
無事に契約更新すること。これは、私の生涯で、一番大きな仕事になるかもしれない。
…まだ20にも届いていない私には荷が重すぎる気がするけども。
王国一番の鍛冶職人から手渡された豪奢な剣を手に、私はこれから為すことの重みを噛み締めていた。
「姫様、こちらが文献に書かれた絵を元にして作られた聖剣…でございます」
「儀礼的…というよりも実戦的だな」
私が軽く剣を振ると、鋭い風切り音が響く。私の技量に合った、素晴らしい剣だ。握りを邪魔しないように飾り付けられているし、刀身は鋭い。鞘には細かな金や宝石の装飾が施されている。急造だとは思えない、国宝級の見事な業物だ。
「こちらは姫様の鎧でございます。元々は誕生日の際にお渡しする予定の、儀礼用のものでありましたが、急ぎ仕立て直しました」
用意された鎧を着込む。…王国の重要な資源であるミスリルが使われている。軽く、堅い。
姿見に映る鎧姿を見る。
気品よく輝く白銀の鎧。元が儀礼用であったためか、装飾過多なのが、少し気恥ずかしい。兜もすれば、確かに女性には見えない。私は背丈もあるから、見た目でバレることはないだろう。
「…何が起こるか分かりません。何かあれば、この剣と鎧で御身をお守りください。鍛冶しか能の無い爺ができることは、これしかありません。申し訳ありません」
私は剣を掲げる。皆の想いが詰まった剣。誰に何と言われようと、これこそ『聖剣』だ。
「落ち込むな。心強い剣と鎧だ。きっと私を守ってくれる」
出発の朝、城門に城中のものが揃っていた。
母上と妹たち、世話になっているメイドたちはずっと泣いていて、慰めるのが大変だった。
「貴方についていく皆が、命をかけて貴方を守ると誓ってくれている。すべてを一人でやり切ろうとしないで、無理はしないでね」
「はい、母上。皆を頼りにします」
「姉様、必ず無事で帰ってきてね」
「お土産楽しみにしてる」
いつもマイペースな末妹も、そうは言いながらも不安そうだった。私は末妹を撫でる。
「いっぱいお土産持ってくる。魔王がどんな人かも、お土産話たくさん準備しておくね」
将軍、近衛兵、外交官・法官、さらには宰相。魔王の元へ向かい、交渉するには十分な人選だ。皆から、命をかけて職務を全うする強い決意を感じる。
「皆の者、娘は頼んだ。王国の平和のために、子供たちの未来のために」
父上と私の視線が合う。
「危険な仕事を娘に頼る不甲斐ない父ですまない。だが、自慢の娘よ、頼んだぞ」
私は静かに頷く。不安が無いと言えば、嘘になる。だけど勇気は湧いてきた。なるほど、勇者というのは
こんな気分なのかもしれない。
「よし、出発だ!」
私は兜をかぶり、精一杯、声を張り上げた。震えてはいなかった。
これからの道中、何が起こるか分からない。
危険かもしれない。誰かが命を落とすかもしれない。魔王と戦うことになるかもしれない。
でもきっと大丈夫。私には、守ってくれる人たちがいるから。




