最終話:「永遠の誓い」
最終話です。
婚姻の日まで、魔国に滞在することになった。
宰相と将軍、家臣たちは1台の馬車に詰め込まれ、風のような速さで城に追い返されてしまった。魔王側近によれば、お邪魔ムシは去れ、とのことだった。無理やり押し込まれた将軍が不憫である。
魔王側近が事の顛末を父上たちに説明してくれるようだ。
それにしても、大きい客車だったけど20余人が乗るには厳しくないか。
さて、あれだけ張り切っていた少女魔王ではあるが、恥ずかしがりな本性と、恋愛に対して初心だったようで、自室に引きこもってしまった。
…私を好きにさせると息巻いていたのに、これには拍子抜けだった。
魔王側近は、後はおふたりにお任せします、とだけ言って婚姻式の準備のために城を出てしまった。
…しょうがないので、私から魔王に歩み寄ることにした。あれだけ好意を向けられて、無視することもできないし、したくない。
初めの内は、彼女はもごもごと話したり、目を逸らせたり、逃げ出したりしたのだが、粘り強く接することで、だんだんと慣れていった。
お互いに笑顔が増えてきて、二人で落ち着いて過ごせる時間もだんだん長くなった。
私も、彼女の無邪気な性格と、彼女なりに一生懸命に好意を伝えてくる姿に、気づいたら心を開いていた。
そして、彼女の笑顔を見るたびに、心が躍る自分に気づいた。どうやら、私も彼女と同じ気持ちになってしまったらしい。
恋ごころを、甘く見ていた。
恋ごころとは、わからないものだ。
私と魔王の婚姻式は密やかに、慎ましくおこなわれることになった。
参加者は、両国の厳選された関係者。
大々的に行わないのは、魔王が女性であることを王国と魔国との間だけの秘密にするから。他国に舐められないようにしたいのと、あえて勘違いさせることが面白いのだと、先代魔王は語っていた。
私も彼女もドレスを着ることになった。
私は男装になるのかと思っていたが、旅行から帰ってきた先代魔王に、ぜひドレスで!と詰め寄られた。
盟約の日の直前まで、旅行へ出かけていた先代魔王の自由奔放さに驚いたのだが…
先代魔王の夫、つまり勇者も存命だった。長命な妻が寂しがるから、人の身を捨てたらしい。
先代魔王とお揃いの巻き角を生やしていた。もしかして私も生やさないといけないのか?
…先代魔王の夫からは『勇者』と呼ばないでくれとお願いされた。嫌なことを思い出すらしい。
そして、王国と魔国が友好を結んでから、ちょうど100年のこの日。
婚姻式がおこなわれる。
私は控室でドレスの着付けをしていた。
「ごめんね、まさかこんなことになるなんて…」
父上が正装姿で私の隣に座っている。もう何度ごめんと言われたか分からない。
「魔王側近から説明を受けて、婚姻式の招待状を渡されたときは驚いたよ。寝耳に水というか。もう少し時間をかけて、研究家に解読してもらえば良かったね。まさかエンゲージ違いだったとは…」
「エンゲージ?」
聞きなれない言葉に首を傾げる。
「古い言葉でね、二つの意味があるんだ。『契約』と『婚約』だね。古文書がボロボロだったし、まさか婚約だなんて思いもよらないし、頭の堅い研究家が意味を取り違えたんだよ」
「ではあの古文書は…」
「うん、契約書じゃなくて、婚約書だね。勇者様、いや先代魔王の夫と私たちの先祖は幼馴染だったみたいでね。宴会でお互いの子孫を婚姻させようという話になったと聞いたよ。はあ…」
そこへ、母上と妹たちが私のドレス姿を見にやってきたようだ。
「まあ、素敵なドレス。…男勝りなあなたに結婚相手が見つかって良かったわ。実は心配していたの」
「姉さま、きれい」
私も結婚の心配はしていたけど、母上も心配していたのか。
「でも結婚相手が魔王様で、まさか女性だとは思わなかったわ。でも友好のために仕方なく、だなんて考えてはだめよ。魔王様に見初められたのだから、あなたも応えてあげなさい」
「はい、母上。…私も彼女と過ごす内に、かけがえのない相手だと思うようになりました。相手から受ける猛烈な好意、そして恋というものを甘く見ていたようです。この有無を言わせぬ素早い挙式には驚きますが」
「なら安心。挙式、楽しみにしてるから」
「王国の姫様、ご準備はできたでしょうか?」
控室の扉から顔を出したのは、下半身が蛇の女性だった。
恐れ知らずの末妹がしっぽにしがみついている。遊んでくれていたようだ。
私たちが魔王城を訪れたとき、魔王の家臣たちは皆、慰労旅行に出掛けていたらしい。
王国のことをうっかりものだと言っておきながら、魔王側も盟約のことを直前で思い出して大騒ぎになり、急いで城内を清掃、そして予定通りに旅行へ出掛けたそうだ。
…先代魔王の夫は残ると言ったが、先代魔王に羽交い絞めにされて連れ出されたらしい。
父上から手を差し伸ばされる。私はその手をとった。
「じゃあ、行こうか」
「はい、父上」
やっぱりドレスは慣れない。鎧が恋しくなってきた。
『100年前に結ばれた盟約、王国と魔国との間に交わされた尊き約束。これはただの婚姻にあらず。魔国と王国の、変わらぬ友好を願うものである』
正装に身を包んだ魔王側近が、挙式中に響く声で祝言を語る。声に魔力を込めているらしい。
普段のひょうひょうとした様子からは想像もできない、堂々とした姿だった
魔王側近の後ろには、私の両親と、先代魔王夫婦が並んでいる。
すでに顔合わせは済ませているから、張りつめた雰囲気はない。
両親はハンカチで涙を拭き、…魔王夫婦は滝のような涙を流している。
壁には聖剣が飾られ、私たちを祝福するかのように輝いている。
鍛冶屋の爺も、戦いではなく、歴史的な祝いの場で飾られていると知ったら、どんな顔をするだろうか。
『…王国と魔国の友好は、今日をもって100年を迎えた。続く友好を祝う前に、まずはこの素晴らしき婚姻に祝福を。…それでは両名。向かい合い誓いの言葉を』
私は彼女と向かい合う。
二人とも、蜘蛛の貴婦人が織った、純白のドレス。だけどお互いの性格と体型に合わせ、デザインが違う。
私は体に沿った、流れるようなドレス。
彼女はレースやフリルが幾重にも重なった、華やかなドレス。
お互いを好き合うようになってからも、私と彼女は毎日語り合った。
好きな食べ物、嫌いな食べ物。
王国のこと、魔国のこと。
両親のこと。
私が王国を案内し、彼女は魔国の名所に連れて行ってくれた。
彼女のベールをめくる。
私は少し腰を落とし、彼女が私のベールをめくる。
もともと綺麗な顔に、薄く化粧がされた彼女は、見慣れた顔とは違う。
とても美しく、可愛らしい。流れるような細絹のような銀髪と、透き通るような赤い瞳。
魔王ではなく、私の最愛の人。
「とてもお綺麗ですわ。上品に輝く黒髪に、意志の強い黒曜石の様な瞳。こんな方と一緒になれるあたしは幸せですわ」
「…ありがとう。そう面を向かって言われると照れる。普段はドレスは着ないし、化粧もしない。…正直、恥ずかしくて逃げ出したい」
「どこに行くのですか?知っていらっしゃるかしら?目をつけられたら最後、魔王からは逃げられないのですわ」
私と魔王はしばらく見つめ合う。
式場は静まり返っている。
「私、マオ・キサラギは、永遠の愛を誓おう」
「あたし、ユウリ・ゲルデバルトは、死が二人を分つ最期まで、共に生きることを誓いますわ」
お互いの指に、指輪をはめる。
魔国ではエンゲージリングというらしい。
まさか国と国、ではなく、私とユウリの契約になるとは。
魔王ユウリが控えめに笑う。
「おかしいですわね。あなたがマオ、あたしがユウリ。魔王みたいな名前のあなたと、勇者みたいな名前のあたし。まるで逆な名前ですわ」
「人生とは、役目通りにはいかないものなのかもしれないな」
万雷の拍手の中、私達はキスを交わした。
こうして、盟約は果たされ、キサラギ王国とゲルデバルト魔国の友好はより深まった。
互いの王族が結ばれ、人族と魔族の交流は増すだろう。王国と魔国の平和は、まだ続きそうだ。
まれに、白鎧姿のマオと、ローブに身を包んだユウリが城下町に出る。
側から見ると、それはまさに『勇者』と『魔王』。
恐ろしげな見た目とは裏腹に、仲睦まじい二人の姿は、人々に平和を感じさせるには十分な光景だった。
…
……
とある時代、とあるところに、199年もの長い間、平和を謳歌している王国があった。
王は聡明、家臣は人徳があり、民はおおらか。
でも相変わらず、王国にはうっかりものが多い。
大事な書類は、きっとまた無くなる。
恐ろしい魔王と、王国から嫁いだ美しい姫がどんな約束を両国に残したのか。
また頭を悩ませるかもしれない。
完結になります。最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。
初連載作品、楽しんでいただけたなら幸いです。
マオとユウリの交流は、…頑張って書こうと思ってます。




