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今夜も、君と千鳥足。〜シーズン2  作者: 花曇り


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6/8

高知・足摺岬と宿毛『最南端の空海伝説と、九州へ向かう絶望的な方向音痴』

 四万十からさらに南西へ。土佐くろしお鉄道の終点からバスに揺られ、二人はついに四国最南端、足摺岬へと辿り着いた。  

 目の前に広がるのは、視界270度の水平線。地球の丸さを実感させる太平洋の雄大さと、足元で逆巻く荒波の轟音が、旅情を嫌応なしに掻き立てる。

「……亮。ここや。ここが四国の端っこ、足摺岬やぞ」  

 湯達 直は、完璧に着こなしたアウトドアジャケットの襟を立て、潮風を真っ向から受けた。

「……見ろ、この断崖絶壁。80メートルの高さから見下ろす波。これぞ、自然が作った最強の城壁や。加藤清正でもこの崖は登れんぞ!」

一方、安木 亮は、丸メガネを強風に飛ばされないよう必死に押さえながら、遊歩道の看板を凝視していた。

「……直君。……いと、をかし。……ここには弘法大師・空海が残した『足摺七不思議』があるそうです。……不増不滅の水、ゆるぎ石……。……あぁ、私は今、1200年前の密教の宇宙に迷い込んだ稚児のような心地です。……よし、私はあちらの『亀呼石』へ行って、亀を召喚してこようと思います」

「亮! そっちは遊歩道じゃない、ただの茂みや! お前が行ったら亀を呼ぶ前に自分が崖からダイブすることになるぞ!」

 直は亮のジャージを掴み、正確なルートへと導く。亮は大学図書館の司書として、普段は静寂の中で古書を分類しているが、一歩外に出れば三歩歩かずとも方位磁石が狂う。直は、学校現場での学年主任の経験を活かし、この「手のかかる生徒」を野放しにはしない。


 岬のすぐそばにある四国霊場第三十八番札所、金剛福寺。広大な境内には、美しい池と無数の石塔が並び、最果ての霊場にふさわしい静謐な空気が漂っている。

「……直君。……見てください。……あのお堂の奥。……平安時代の人々は、この海の向こうに観音菩薩の浄土『補陀落』があると信じていたそうです」  

 亮は、司書らしく古典の知識を披露する。

「……『南無補陀落』と唱え、小舟に乗って帰らぬ旅に出る。……切ないですね。……でも、私の心の中にも、常に補陀落はあります。……それは、まだ見ぬ名酒が眠る居酒屋という名の浄土です……」

「お前の浄土はアルコール度数高すぎんねん! ほら、地元のおばあちゃんが掃除しながらお前に手招きしとるぞ」

 案の定、亮は境内を掃除していた地元のご婦人に捕まっていた。

「お兄ちゃん、顔が真っ白やねぇ。これ食べな、元気になるけん」  

 渡されたのは、足摺名物の「カツオの生節」。

「……あぁ、かたじけない。……弘法大師様からの施しでしょうか。……直君、この節の香ばしさ。……私の脳内にある『古今和歌集』の四季の歌が、燻製のように深みを増していくようです……」


 夕刻。二人はさらに西へ進み、九州へのフェリーが出る港町・宿毛へと到着した。今夜の戦場は、港近くの渋い居酒屋。壁には、この地の偉人、幕末の風雲児・ジョン万次郎の肖像画が誇らしげに掲げられている。

「……亮、今夜は宿毛の宝を食うぞ。……まずはこれや、『キビナゴの刺身』や!」  

 直が注文したのは、銀色に輝くキビナゴの刺身を、酢味噌でいただく逸品。そして合わせる酒は、宿毛の地酒『天下泰平』。

 乾杯!  

 カチャン!

「……ッ!! 刺さる! 鮮度が刺さるわ!!」  

 直がジョッキをテーブルに叩きつける。

「……このキビナゴの弾力! 小さいくせに、太平洋の荒波を生き抜いた意地を感じるわ! ……ええか亮、ジョン万次郎はな、14歳で漂流してアメリカに渡り、民主主義を日本に持ち帰ったんや! ……俺も今、菓子メーカーの営業という枠を超え、新しいキャリア……人事、採用、経営管理の荒波へダイブする覚悟ができたぞ!!」

 亮は、お猪口一杯の酒で既に目が潤み、キビナゴの銀色を見つめていた。

「……直君。……このキビナゴの輝き。……これは、清少納言が『枕草子』で讃えた『星はすばる……』の星空のようです。……一口食べれば、私の胃袋の中に小宇宙が形成されます。……あぁ、万次郎さんも、アメリカでこのキビナゴの味を思い出して涙したのでしょうか……」

「……お前、二杯目で既にアメリカまで漂流し始めたか。……ほら、この『清水サバのぶっかけ』も食え! 足摺の誇りや!」


 三杯目。直の「歴史憑依」が発動した。宿毛の夜風と強めの日本酒が、彼のリーダーシップを暴走させる。

「……店長ッ!! このサバ、脂のノリが『不平等条約』やな! 旨すぎて拒否権がないわ!! ……ええか、これからはグローバルの時代や! 鎖国しとる場合やない! ……亮! お前は今から、ペリー提督になれ! 俺を真っ黒な黒船ハイボールで開国させてみろ!!」

「……直君、……声が、……隣の宿毛湾まで聞こえています……」  

 亮は既に幸せそうに寝息を立て始め、メニューの裏に即興の詩を書き殴っていた。

「……むにゃ……ジョン万さん……。……パスポートは……ありませんが、……図書カードなら……あります……。……『最果ての…… 波の間に間に…… 酔いどれの…… 夢は太平洋…… 越えてゆく……』。……いと、をかし……」

「……何が図書カードや! お前は宿毛の港から泳いで九州に行く気か! ……店長! 焼酎をピッチャーで持ってまいれ! 俺は今から、この居酒屋を合衆国大統領府として機能させるんや!!」


 店を出た二人は、月明かりの下、宿毛の街をふらふらと歩く。亮は、スマホを取り出し、自身が開発に携わっている「おさんぽアプリ」の画面を直に見せた。

「……直君。……見てください。……このアプリに、……今日の足摺のルートを記録しました。……SDGs健康目標、……歩数1万5千歩。……消費カロリーは、……飲んだ酒の量で……大幅に赤字ですが……。……生徒たちにも、……この最果ての空気を感じてほしい……」

「……亮。お前、酔っても教師……いや、司書の魂を忘れんのやな」  

 直が少しだけ真面目な顔になる。

「……ええよ。お前のその『伝える力』。それは、俺がこれから目指す組織運営でも一番大事なもんや。……お前がルートを作って、俺がその道を舗装する。……ええコンビやないか」

「……直君、……それは、……プロポーズ、……ですか?」

「……アホか! 早く歩け! フェリー乗り場はあっち……いや、こっちか!?」

「……直君。……あちらに、……光り輝く『補陀落コンビニ』が見えます。……まずはあそこで、……シジミの味噌汁を……」


 翌朝。二人は、宿毛港から大分県・佐伯へと向かうフェリーの甲板に立っていた。遠ざかる四国の山々。直の頭の中には、九州の戦国史——大友宗麟、島津義久、黒田官兵衛の名が駆け巡っている。亮の腕には、昨日おばあちゃんからもらった「生節」が、まるで大切な古典籍のように抱えられていた。

「……亮。次は、九州・大分や。……関アジ、関サバ。そして、石仏の里やぞ」

「……石仏。……動かない仏様。……いいですね。……私も、九州では……迷わずに、……そこに留まりたいものです……」

「……無理やろうな。お前は九州に上陸した瞬間、桜島(鹿児島)に向かって歩き出すタイプやからな」

 フェリーの汽笛が鳴り響く。  

 二人の千鳥足は、ついに四国を飛び越え、未知なる「九州酔夢譚」へと突入する。


(シーズン2・第6話 足摺・宿毛編 了)

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