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今夜も、君と千鳥足。〜シーズン2  作者: 花曇り


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高知・四万十『清流の河童伝説と、沈下橋で踊る一領具足の魂』

 高知市内から特急『あしずり』に揺られること約二時間。土讃線の終点、中村駅に降り立った二人を迎えたのは、どこか懐かしく、静謐な空気が流れる「土佐の小京都」の街並みだった。

「……亮。お前、何してんねん。改札出て五歩で立ち止まるな。そこ、ただの時刻表の前やぞ」  

 湯達 直は、スーツケースを片手に、相棒の背中を小突いた。

 安木 亮は、丸メガネを指先でクイと上げ、駅の天井を見上げていた。

「……直君。聞こえませんか。川のせせらぎ、そして……古の歌人たちが、この地に流した雅な涙の音が。……一条教房公が応仁の乱を避けてこの地に下向し、京の都を模して街を作った。……私は今、現代の迷子ではなく、室町時代の亡命貴族のような心地です。……よし、私はあちらの『一条通り』へ、和歌を詠みながら歩いていくことにします」

「逆や! 亮、お前が指差してるのは『駅のトイレ』や! こっちの出口から出んと、四万十川には一生着かへんぞ!」

 直は亮のジャージの襟首を掴み、強引に駅の外へ連れ出した。直にとってここは、戦国大名・長宗我部元親が四国平定の足がかりとした重要な戦略拠点。営業エースとしての血が騒ぎ、頭の中では既に、四万十の地勢を活かしたマーケティング戦略が渦巻いていた。


 二人はレンタサイクルを借り(亮にはGPSを装着させた)、四万十川の名物、「沈下橋」へと向かった。欄干がなく、増水時には川に沈むことで橋が壊れるのを防ぐ、自然に逆らわない設計の橋だ。

「……うわぁ、綺麗やなぁ……」  

 直が思わず声を漏らす。エメラルドグリーンの水面に、山々の緑が溶け込んでいる。

「……亮、見ろ。この佐田の沈下橋。欄干をあえて作らんことで、水の抵抗を逃がす。……これ、仕事でも大事な考え方やぞ。無理に押し通すんじゃなく、引き時を見極める。……まさに一領具足の合理性やな」

 一方、亮は橋の真ん中で座り込み、水面を凝視していた。

「……直君。……この川には、カッパがいるのです。……土佐の伝承では『シバテン』と呼ばれ、人間に相撲を挑んでくるという。……あぁ、見えます。あの岩の陰に、皿を光らせた精霊が……。……万葉集には『川上の ゆつ岩群に……』という歌がありますが、……きっとあの岩の影でカッパも一句詠んでいるに違いない……」

「……亮、それただの流木や。……あと、お前が相撲挑まれたら、投げ飛ばされて川の底で司書業務することになるぞ」

 その時、橋を渡ってきた地元のおじいさんが、自転車を止めて声をかけてきた。

「兄ちゃんら、カッパ探しよんか? カッパはおらんけど、川エビならなんぼでもおるぜよ。……ほら、これ食べな」  

 手渡されたのは、揚げたての「青のり原木」。四万十川の香りが凝縮された至高の逸品だ。

「……あぁ、かたじけない。……これもカッパ様からの『お布施』でしょうか。……直君、四万十の神々はなんと芳醇な香りをしているのでしょう。……私の嗅覚が、平安時代の香合わせ(こうあわせ)のように覚醒していきます……」


 夕暮れ時。二人は川沿いの古民家を改装した居酒屋へ。  

 窓からは、松明の火で魚を網に追い込む「火振り漁」の光が、幻想的に揺れている。

「……まずは、これや。亮、心の準備はええか」  

 直が注文したのは、四万十が誇る「天然ウナギの蒲焼」。そして「川エビの唐揚げ」、「アオサノリの天ぷら」。合わせる酒は、土佐の銘酒『藤娘』。

 乾杯!  

 カチャン!

「……ッ!! 暴力的な美味さや!!」  

 直がのけ反る。

「……このウナギ! 養殖とは次元が違う。身が締まっていて、脂に野性味がある! ……これは、長宗我部元親が四国を駆け抜けた時の、あの力強さそのものや! ……店長、このタレ、戦国時代の秘伝の配合か!?」

 亮は、お猪口一杯の『藤娘』で既に顔を真っ赤にし、アオサノリの天ぷらを口に運んでいた。

「……直君。……この海苔の香り。……これは、紀貫之が土佐を去る時に流した、惜別の涙の味がします。……磯の香りではなく、川の香り……。……清冽にして、奥深い。……あぁ、私の喉が、四万十の支流へと繋がっていく……」

「……お前、二杯目で既に川と合体し始めたか。……ほら、この『栗焼酎・ダバダ火織』にいけ。四万十名物やぞ」


 三杯目。直のスイッチが完全に入った。  

 栗焼酎の香ばしさが、彼の「歴史脳」を暴走させる。

「……店長ッ!! この焼酎、栗の甘みが『懐柔策』やな! ……ええか、元親公はな、農民でありながら武士でもある『一領具足』を組織して、最短で四国を統一したんや! ……俺も今、この瞬間に営業職を捨て、一人の武士としてこの川を守る!! ……亮! お前は今から、一条家の公家になれ! 京の言葉で、このウナギの美しさを讃えるんや!!」

「……直君、……声が、……沈下橋まで響いています……」  

 亮は既に目がトロンとし、箸をペンに見立てて、おしぼりに何かを書き始めていた。

「……むにゃ……カッパさん……。……相撲は……嫌いです。……でも、……一緒に……酒を飲むなら……。……『清流を…… 枕に眠る…… 酔いどれの…… 夢にカッパが…… 酌をしに来る』……。……いと、をかし……」

「……何を寝言言っとるんや! カッパが来たら、皿の水を酒に替えてやれ! ……店長! 追いウナギや! ……それと、一升瓶を持ってまいれ! 俺は今から、中村の街を練り歩き、室町文化と戦国精神を融合させた、新しいビジネスモデルを立ち上げるんや!!」


 三軒ハシゴし、千鳥足で夜の四万十川沿いを歩く二人。  

 街灯などほとんどない。上を見上げれば、そこには降るような星空が広がっていた。

「……亮。見てみろ」  

 直がフラフラしながら空を指差す。

「……都会じゃ見られへん。天の川や。……これが、龍馬が見た空、元親が見た空なんやな」

 亮は、沈下橋の上に仰向けに寝転がった。

「……直君。……私は今、……銀河を流れる一艘の小舟に乗っています。……『天の海に 雲の波立ち……』。……柿本人麻呂の歌が、……星の数だけ、……私の脳内に降ってきます。……直君、……私たちは、……なぜこんなに……お酒が美味しいのでしょうか……」

「……それはな、……お前という最高の聞き役(迷子)がおるからや。……仕事も歴史も、……一人じゃ語れんからな」

「……直君、……それは、……愛の、……告白、……ですか?」

「……酔っ払いの戯言や! 寝言は寝て言え!!」


 深夜。二人は(地元の親切な軽トラに拾われて)宿に帰り着いた。直の枕元には、なぜか一領具足の戦術を書いたつもりの「食べかけの青のりせんべい」が。  

 亮の腕には、カッパと友達になった証だと言い張る「川の石」が握られていた。

 四万十の夜は、静かに、そして激しく更けていく。    

 翌朝。二人は、四国の最西端・足摺岬、そしてその先の愛媛・宇和島へと続く「西土佐の路」を見据えていた。

「……亮。次は、宿毛や。そこからフェリーで、ついに……九州が見えるかもしれんぞ」

「……宿毛。……宿る毛、と書きますね。……何やら、不思議な妖怪がいそうな名前です。……直君、私はまた、……違う時代の迷子になりそうです……」

「……任せとけ。俺がGPSより正確に、お前を居酒屋まで導いてやる!」

 二人の千鳥足は、四万十の清流に別れを告げ、更なる西の果てへと加速していく。  


(シーズン2・第5話 四万十編 了)

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