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今夜も、君と千鳥足。〜シーズン2  作者: 花曇り


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高知『土佐の「べく杯」の洗礼と、桂浜に吠える龍馬の魂』

 松山から特急『南風』に揺られること約二時間半。吉野川の激流を窓越しに眺め、山々を貫くトンネルを抜けた先には、南国・土佐の太陽が待っていた。高知駅に降り立つと、駅前広場には巨大な三つの像——坂本龍馬、武市半平太、中岡慎太郎が、太平洋を見据えて堂々と立っている。

「……亮。ついに来たぞ。日本の夜明けを夢見た男たちの故郷や」  

 湯達 直は、今はただの歴史狂と化していた。

「……見てみろ、この龍馬さんの眼差しを! 幕末、この地から世界を見据えた男たちの熱気が、今もこのアスファルトから伝わってくるわ!」

 一方、安木 亮は、今は土佐の強い日差しに目を細めていた。

「……直君。……土佐といえば紀貫之の『土佐日記』。……『男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり』。……この旅の日記も、いつか古典として語り継がれるのでしょうか。……あぁ、でも今は、あの銅像の影に入って、涼みたいです……」

「……何が涼みたいや! これから日本百名城の一つ、高知城へ攻め込むぞ! お前は俺の副官として、本丸の防御をプログラミング的思考で解析するんや!」


 二人は、現存十二天守の中でも極めて珍しい、本丸御殿(懐徳館)がそのまま残る「高知城」へ。追手門から天守を見上げる構図は、城郭ファン垂涎の絶景だ。

「……亮、見ろ。この追手門と天守が一つのフレームに収まるこの美学。……山内一豊が心血を注いだこの城は、まさに教育現場における組織運営の結晶や!」  

 直は、独り言のように熱弁を振るう。

 亮は、天守の欄干から高知市内を見渡し、静かに呟いた。

「……直君。……かつてこの城下では、多くの志士たちが、日本の未来を語り合っていました。……今の私たちに、彼らのような高い志があるでしょうか。……あるのは、この後の宴会への並々ならぬ執着心だけ……。……いと、あわれなり……」

「……ええねん! 志士だって酒を飲んで議論したんや! ほら、次は龍馬さんに会いに行くぞ!」


 バスに揺られ、二人は太平洋に面した名勝、「桂浜」へ。弓状の砂浜に打ち寄せる荒波は、瀬戸内海の穏やかさとは正反対の力強さを持っている。

「……デカい。……龍馬さん、やっぱりデカいな」  

 巨大な坂本龍馬像の足元で、直は海を見上げた。

「……ええか亮。龍馬さんはな、船中八策で新しい国の形を示した。……俺も、今の仕事に区切りをつけて、新しいキャリアへと帆を上げるつもりや。……人財育成、採用、経営管理……。俺は土佐の海のように、もっと広い世界へ挑戦したいんや!」

 亮は、砂浜に座り込み、波音をBGMに自分のスマートフォンを取り出した。

「……直君。……私は、大学の図書館の蔵書を増やし日本一の図書館にしてみます」

「……仕事熱心やな、亮! でも今はそのスマホを置け! 潮風で錆びるぞ! それより、腹が鳴った。……戦(宴)の時間や!!」


 夜。二人が向かったのは、高知の胃袋であり心臓部、「ひろめ市場」。  

 巨大な屋台村のような空間に、何百人もの人々が昼夜を問わず酒を酌み交わす、酒乗りの聖地だ。

「……亮、ここからは戦場や。……席の確保、注文、そして相席した地元客との交流。……すべてが同時並行で進む、まさにアジャイル開発のような戦いやぞ!」

 二人はなんとか空き席を見つけ、まずは高知の名物「カツオのたたき(塩)」を注文。分厚く切られたカツオに、ニンニクの薬味と塩をたっぷり乗せ、そこに合わせるのは土佐の地酒『酔鯨』。

 乾杯!  

 カチャン!

「……ッ!! ガツンときた!!」  

 直が叫ぶ。

「……このカツオの燻製香! 藁で焼いた荒々しさが、鼻から抜けていく! ……そしてこの『酔鯨』。キレ味が鋭すぎて、まるで岡田以蔵の斬撃や!! ……店長、このカツオ、今すぐ追加で五人前持ってこい!!」

 亮は、お猪口一杯で既に瞳孔が開き始め、ニンニクの香りに包まれていた。

「……直君。……このカツオの赤。……これは、情熱の色です。……そして、このニンニクの刺激。……これは、私への叱咤激励のようです……」

「……お前、酔うとすぐ仕事の話になるな! ほら、隣のおじさんが盃を差し出してるぞ!!」

 相席していた地元の漁師風の男性が、ニヤリと笑いながら盃を差し出してきた。

「兄ちゃんら、ええ飲みっぷりやな。……ほら、高知に来たらこれを受けにゃいかんぜよ。……返杯や!」

「……望むところや!!」  

 直が即座に飲み干し、盃を返すと、宴はさらにヒートアップ。  

 そして、ついに伝説の道具が登場した。


「……亮、見ろ。これがお座敷遊びの最終兵器、『べく杯』や」

 テーブルに出されたのは、底が尖っていて置くことができない「天狗」の面をした盃や、穴が空いていて指で押さえないと酒が漏れる「ひょっとこ」の盃。

「……直君。……これ、物理的に置けません。……重力加速度を無視した設計。……まさに、バグの塊のような盃です」

 コマを回し、止まった先を指した人が飲む。運悪く(あるいは運良く)亮が引き当てたのは、鼻が長く最も容量が多い「天狗」。

「……亮、行け!! 止まったら負けや!!」

「……あぁ、……八百万の神々よ。……私は今、……天狗の鼻から、……智慧を吸収しています……。……ズズッ、……プハァッ!!」

 亮が飲み干した瞬間、周囲のテーブルからも歓声が上がる。  

 直は興奮のあまり、自分のカバンから「一〇〇万円の運用計画書」を取り出そうとして止めた。

「……金じゃない! 今必要なのは、この熱い魂の交換や!! ……おい店長!! 軍鶏鍋はあるか!? 龍馬さんが最期に食べ損ねた、あの軍鶏鍋を、俺たちが代わりに完食するんや!!」


 深夜。二人は、日本三大がっかり名所(自称)と言われることもあるが、実は歴史深い「はりまや橋」の前にいた。

「……亮。……坊さんかんざし買うを見た、や。……恋も仕事も、情熱がなきゃ始まらん」  

 直が赤い欄干に寄りかかる。

 亮は、フラフラしながら橋の上でステップを踏んだ。

「……直君。……『よさこい節』のメロディが、脳内で無限ループしています。……私は今、……プログラムのコードではなく、……土佐の詩を書いています……。……一句できました。……『べく杯を…… 干して仰げば…… 冬の星…… 龍馬も笑う…… 千鳥足かな』」

「……お、いい句やん。……でも亮、お前その手、まだひょっとこの盃を握ったままやぞ。……そして、逆方向に歩き出しとる!」

「……直君、……世界は……丸いのです。……逆方向に歩けば、……いつか……目的地に……着くはずです……」

「……着かんわ! 戻れ!」

 二人の千鳥足は、高知の夜風に吹かれながら、どこまでも続く土佐の路地へと消えていった。  

 高知の夜は、カツオの余韻と、酒豪たちの歌声、そして決して置けない盃の思い出と共に、更けていく。


(シーズン2・第4話 高知編 了)

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