ノールの霧6
街中へ入った瞬間、空気が震えるのを感じた。空を見上げると、青白い光が地上へ刺さっている。まるで、自分の居場所を知らせているかのようだ。
「伏せて!」
セラの声に、ソニアは地面へ身を投げる。頭上を青白い雷が走り、建物の雨樋へ触れた。そこからいくつかに枝分かれし、街灯と道端に落ちていた剣へ飛ぶ。
「同じ場所に固まらないで!金属から離れて!低いところには、帯電を感じないわ!とにかく、光が見えたら屈んで!」
セラは雷の流れを目で追っていた。
「あれは、撃った雷を操っているんじゃない。周囲の魔力へ干渉して、複数の場所で同時に発生させているわ」
「こわー、ちかづけないよー」
「いいえ、面倒な魔術だけど、広範囲の攻撃には予備動作があるようだわ。空に伸びる光、あれは魔力を充填している。そして、空気のふるえ、あれは空気中に魔力を放出しているの。タイミングさえ分かれば、なんて事ないわ」
セラの洞察力にルミエラも目を丸くする。また、空が明るくなる。
「光った!街の中心に近づいてる!」
街の中心には避難民がまだいるはずだと、ソニアは焦りを見せる。
「金属と相性が悪いとなると、我は援護にまわろう。民の避難を援護しつつ、街の部隊に攻撃の特性を知らせてまわろう。3人は分かれて索敵せよ。もし、出会った場合には、すぐに駆けつける故、この狼煙で知らせるのだ」
ロジェはそう言うと、鶏卵くらいの狼煙の玉を渡して走り出した。
「ソニア、行けるわね。あなたは真っ直ぐ中央に向かってちょうだい。私とルミエラは東と西から回り込むわ」
セラはなるべく早く召喚獣に辿り着けると思われた中央ルートをソニアにする。それは、召喚獣の討伐をアナスタシアに任せる事を意味していた。
「ご主人様、この召喚獣は強い。だが、僕はこの街の構造や避難の方法が分からない。だから、案内を頼むよ」
アナスタシアは、そう言うとフードの中へと入って行った。
◇
ソニアとルミエラと別れて、セラは東に向かい回り込むように中央広場へと向かう。途中、避難民が逃げていたが、騎士達が誘導を行っていたので索敵を優先させる。
「モンスターはどちら?」
セラはすれ違いざまに、道を挟んで誘導している騎士に尋ねた。
「北地区から中央広場に向かっていることしか分かっていません!動きそのものは、速くないとのことです!このまま広場に向かえば遭遇するかと!」
「ありがとう」
「逃げ遅れた者がまだいるかも知れません!どうかお気をつけて!」
騎士の言葉に手を挙げ「分かったわ」というが、騎士達には聞こえていないようだった。
そこから、中央広場へ数区画迫った時、青白い光が伸びる。その光は、セラが向かう中央広場の方ではなかった。それは、セラが進もうとする道にある公園からだった。
「ちっ、当たりみたいね。雷が止んだと思ったら、想定外のところにいたわね」
セラは光の伸びる公園に近づくと、歩を緩める。空気が痺れ、雷撃が空気中を走る。雷の特性を知るセラは、雷撃を難なく躱す。遠くからは悲鳴が聞こえるが、セラは助けには行けない。公園には、似つかわしくない異形の召喚獣が浮遊している。
「なるほど、身体の高さより低くは、あの広範囲の雷を出せないのね。しかし、気味の悪い形ね、虫みたい。雷の私とでは相性が悪いけど、ソニアが来るまでやるしかないわね」
セラが渡された狼煙玉に魔力を込めて投げつけると、狼煙玉は低い爆発音を立てて狼煙を上げる。
「臭いわ!」
セラが思わず外套で鼻を覆い、咳き込んだ時——
異形の召喚獣が、通りの向こうを滑るようにこちらへ向く。その前面にある紋章状の器官が、僅かに開いた。
「来る!げほっ!」
セラが杖を掲げる。閃光もさることながら、あまりの異臭に近くの後方部隊の騎士が集まってくる。
「契約の鍵、麒麟の霆行、我雷光とならん、アインス・フルメン・メ・ペルワーデ」
セラは、咳き込みながらも詠唱を間に合わせる。自分の速度を上げ、回避力を高める。異形の冠の先に魔術陣が浮かび、雷光が生まれる。一つ。二つ。三つ……。同時に無作為に発射される。
セラに向かった一つは避けたが、他二つは騎士一人に直撃し、公園の木を焦がした。
「かなりの魔力ね。それを一度に3本……」
「セラ、無事であるか!只今、馳せ参じたぞ!」
「本当に直ぐに来たわ。ロジェ、気をつけてください。この異形、強力な雷を一度に数本ランダムにうってきます。私が雷を全て打ち落とします、ロジェは本体をお願いします」
ロジェは頷くと剣を抜く。セラは魔術杖を掲げる。
「契約の鍵 天蓋を巡る蒼雷よ 我が声に集い 牙を束ね 荒ぶる光を地へと還せ——」
杖の先に、三重の魔術陣が展開する。通常よりも複雑な術式だった。円の内側で細い線が何度も交差し、雷の流れる道を作っていく。詠唱が終わるまでには、時間が必要だ。
「セラは我らがお守りします!」
騎士達がセラの前へ出て、剣を構える。金属はまずいとはと思うが、既に詠唱に入ってしまっている。セラは、魔術陣に魔力を通しながら、魔術杖に魔力を集中させる。再度、異形は冠の先に雷が発生させる。ぽっ、ぽっ、ぽっ、ぽっ、ぽっ……。先程の雷の数を上回ってきた。三つを想定してセラは、内心焦る。雷の数を上回らなければ、逆にロジェが危ない。
「——その光の明滅は神雨の煌めき 波紋と共に消えゆかん 我が名はセラ・アーケイン ドライ・フルメン・クストディア」
詠唱の終わりと同時に、異形から雷が放たれる。それを確認したロジェは、一撃で葬り去るために異形に向かって全力で突進する。セラの魔術杖から放たれた雷は、意図を感じない雷を相殺していく。とにかく、街と人々への被害を抑えるために、セラは雷を操作する。自分に飛来してきた雷へ正面からぶつけ、一つ目が消える。セラは杖を返し、二つ目の雷を建物から引き離して地面へ落とした。三つ目は騎士達に向かう雷を相殺し、四つ目は通りへ放たれた雷を人のいない石畳の路地へ落とす。だが、迎撃はそこまでだった。
「くそ!避けて!」
しかし、セラが言葉をかけた時には、ロジェは身を捻って雷を避ける。
「避けた、すごいわ!」
ロジェは剣を高く振り上げ、いかにも硬そうな異形の王冠を真上から切る。異形は王冠と謎の器官、腹部と切れる。誰もが倒したかのように思えた。
「手応えが……ない」
ロジェは、驚きながら切った部分を凝視する。そこには、気色の悪いどくんどくんと脈打つ赤く鈍く光る赤い玉があった。
「これはっ!」
途端、瞬時に切られた部分が元に戻った。
「何っ!」
戻った時には、既に異形の王冠に二つの雷が生成されていた。
「離れて!」
一つの雷はロジェではなく、その背後へ走った。公園の出口には、避難に遅れた老人と子供がいる。ロジェは一瞬だけ振り返った。避ければ、自分は助かる。だが、その先にいる二人は間に合わない。ロジェは迷わず進路を変え、二人の前へ割り込んだ。轟音。雷がロジェの身体を貫き、全身が大きく跳ねる。そのまま数メートル吹き飛ばされた。
「アインス・グラキエス!」
氷の壁が盛り上がり、雷の一つを受ける。そして、雷は氷壁の端から隣の建物へ飛び、吊り看板の鎖を伝って横へ走った。銀髪の長身、第一騎士団の外套。
「ルミエラ!助かったわ!」
「よゆー、よゆー」
ルミエラは笑顔で手を振っている。
「ロジェが住民を庇って雷を受けたわ。身体が痺れて動けないみたい。私の力では運べない。ルミエラ、援護するからロジェを避難させて」
「りょーかい!ばくそくでたすけちゃうよー」
ルミエラは魔術杖を構えて詠唱を始める。
「流転の環、麒麟の霆行、我雷光とならん――アインス・フルメン・メ・ペルワーデ」
セラと同じく、両足に雷を宿してスピードを上げる。その詠唱はセラに比べると軽く聞こえるものの、その詠唱の速さは雷を得意とするセラと並ぶくらいだった。
「準備はいいわね」
セラは魔術杖を構え、牽制のために異形の冠に4本の雷を落とす。異形は悲鳴とも咆哮ともいえない不気味な声を上げる。同属性とはいえ、多少の足止めにはなったようだった。ルミエラは銀髪をなびかせて瞬時にロジェの元へと行くと、体格のいいロジェを軽々と持ち上げ、セラの元へと戻る。
「いざとなったら、頼りになるわね。そのまま、避難して手当を!」
「あいあい〜」
「あっ、待って!ソニアがまだなの、気づいていないのかも。狼煙上げてちょうだい。その……でも、少し離れてからやってちょうだい」
「あいあい〜。ロジェをおいたらすぐに戻るねー」
「全く、ソニアは何やっているのよ」
異形の声が止む。異形の冠に大きな魔術陣が描かれ、そこから青白い光が上る。
「まずいわ!あなた達もルミエラと避難して!ここは私が引き受けます!」
騎士団員はセラの指示に従い、ルミエラのあと追っていく。異形の形容し難い器官に光が集まると、周囲の空気が震える。次の瞬間、轟音と共に雷が至る所に走る。
「それはもう見飽きたわ」
セラは魔術杖を振り、冠に集中して雷を集めて落とす。先程のような不気味な声を上げる。
「全く効いていないわね、あの赤い玉をどうにかしないといけないみたい」
その時、遠くから狼煙が上がる。
「なにこれ、くさー!」
小さな悲鳴が聞こえたような気がしたが、セラは気にしなかった。異形の叫び声が止まる。ぽっ、ぽっ、ぽっ、ぽっ、ぽっ、ぽっ、ぽっ、と冠の角全てに雷が作られる。
「七つ、無理ね。何かの裏に隠れなければ」
セラは公園から出て駆け出す。浮いている異形は、冠に雷を携えてくるくると回っている。スピードを増したセラはどんどん距離をとる。
「よし、ここまで来れば……えっ!」
異形の雷が一つぱちんと弾けた。途端——セラの数メートル先に現れる。
「その速さで、身体がもつのね……」
セラの速度は雷属性を付与して、神経伝達速度や空気抵抗を向上、制御して、人間に耐えられる以上の速度で動いている。それ以上の速度は、更にその調整が難しく、失敗は衝撃波による身体への負担や筋繊維の断裂などを意味する。そのため、雷属性を得意としている者も、おいそれとは使いこなせる魔術ではない。それが、この異形はセラの速度を越えてきた。
「まずいわ」
セラは全魔力を防御態勢に回す。六つの雷が、セラを襲う。セラの軽い身体は勢いよく飛ばされ、建物のガラス窓を破り、その奥の壁も突き破る。
異形はくるくると回っている。




