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Hiyoko's witch  作者: POCO
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ノールの霧7

 セラとルミエラと分かれて、ソニアは召喚獣の青白い光が伸びた辺りに向かい街中を走る。昨日、時間をかけて良かったと、大きな街ノールでもソニアは迷わずに小道の角を曲がる。その時、中央広場から逃げ延びて来る人々と遭遇する。小さな子供達は泣き叫んで、周りの年長の子や大人がなだめている。数名の老人は足腰が弱って、歩くことがままならないようだ。

「大丈夫ですか!」

 ソニアが声をかけると、大人が安堵の表情を浮かべる。

「あぁ、騎士様!助けてください!急な避難指示に私達はついて行けず、他の人達から逸れてしまったんです。モンスターが近くに出たというのに、この有様です。騎士様、どうかお願いです!」

 その大人は、騎士団のソニアが救世主に見えた。もちろん、民を守るのは騎士団の責務だ。だが、今、あの召喚獣を討伐できるのはアナスタシアしかいない。先を急ぐソニアは、他の騎士団員がいないか辺りを見回す。

 いない……どうしよう?このままにはしておけない。でも、早く召喚獣のところまで辿り着かないと被害が広がってしまう。

 ソニアが判断に迷っていると、東の方角に青白い光が見える。

「みんな伏せて!雷が来ます!」

 ソニアは、子供の頭を胸に抱きしめ身を低くする。強引にソニアに引っ張られて驚いた子供は、さらに大声で泣く。

「ごめんね、ちょっと我慢してね」

 空気が振動すると、雷のばちばちをいう低音が響いたと同時に雷撃の轟音が鳴る。避難民から悲鳴が上がる。

「大丈夫?」

 ソニアが子供の無事を確認した時、北東の数区画先で辺りから狼煙が上がる。

「狼煙が上がった!早く向かわないと……」

 ソニアは、避難してきた人達を見渡す。小さな子供は、頷くことなく泣きじゃくっている。

 だめだ、ちょっと時間かかっちゃうけど、やるしかない。みんなで9人……ここから一番近い避難所は、今来た道を戻って、東地区への道を進んだ先……。

 ソニアは昨日のノールを歩いた記憶から、避難所の場所を思い出し、大人達を見上げる。

「みなさん避難所まで案内します!急いで私について来てください!」

「はい!分かりました!みんな、騎士様が助けてくださる。頑張ろう!」

 健常な大人や年長の子供は息を吹き返したように気力が出たようだが、子供や老人はそうではなかった。未だに子供は泣いたまま、老人達は諦観している。

「どうした、みんな!騎士様が守ってくださるんだ。言われた通り、早く立つんだ」

 皆、動こうとしない。

 そうか……この人達は絶望しているんだ。もう逃げられない、もう終わりだと……。当たり前だ。この状況で、この雷撃を見て、平気な人なんていない。ましてや、小さい子供や身体が不自由な老人なら尚更のこと……。希望が無いんだ、折れた心を支える希望が。

『騎士団としての責任。不確定、無根拠な言葉』——昨日なら、きっとここでも飲み込んでいた。けれど、今は違う。さっき団長に言った。絶対に守ると。口にした以上、自分がその言葉を本当にするんだ。

 ソニアは子供を支えながらゆっくり立ち上がる。その表情は、何か覚悟のようなものを感じる。

「私は第一騎士団のログロース首席のソニア・エヴァークレストです!私が街のモンスターを絶対に倒します!だから、安心してください、皆さん!お願いだから、私について来てください!絶対に助かります!」

 ソニアは、自分でも嘘かのような大声を出した。避難してきた人達は、皆驚いた面持ちでソニアを見る。泣いていた子供も、きょとんとして、項垂れた老人も顔を上げる。

 ————。

 威勢の良かったソニアが我に帰りそうになった時——。子供達、老人の目に光が戻る。さらに、先程気力を取り戻した他の人たちもさらに高揚している。

「本当、すごい!ログロースで一番強いんだ!!」

「あぁ、救世主様じゃ。ありがたい、本当にありがたい」

 歓声の中、腰の曲がった老婆だけは手を合わせず、値踏みするような目でソニアを見ていた。子供の大言壮語を、簡単には信じない目だった。

 ソニアはここぞとばかりに明るく振る舞う。

「そう、だから、みんな急いで避難しましょ!私、めちゃくちゃ強いから、すぐに倒しちゃうよっ!」

 調子に乗りすぎたかなと自責の念をもちながら、ソニアは芝居じみてガッツポーズをする。

「騎士様の戦いを邪魔してしまい、申し訳ありません」

 老人が手を合わせながらソニアに何度も頭を下げる。

「頭を上げてください。皆さんの命を守ることこそ、騎士団の使命です。後少し、この角を曲がった少し先に避難所があります。そこまで、お供しますので頑張りましょう!」

 ソニアは一人の老人の背中を優しく摩る。

 今までの雰囲気が嘘のようだった。言葉には力がある。だから、ソニアは言葉を飲み込むことが何度もあった。ソニアは感じた。魔力を整え魔術は発動するのも言葉。人を怖がらせるのも、人を楽しくさせるのも、人を悲しくさせるのも……人を安心させるのも、言葉。

 ————言葉。

 ソニアは、アナスタシアと出会ってからのことを思い出す。

 マリアンから受けた言葉、クララから貰った言葉、セラから指摘された言葉、アスベリック、ロネア……そして、アナスタシア。

 ソニアは老人の身体を抱き起こすと肩をかす。小さな子供達も泣き止み、ソニアを希望の光かのように眺めながら歩き出す。避難する人々は、その歩みこそ遅いものだったが、足取りは軽かった。ただ、幼子を抱いた若い母親だけは、まだ半信半疑の面持ちで、ソニアの背中を時々窺うように見ていた。大分時間を要したが、戻った角を曲がると避難所の扉が見えた。その時、青白い光が近くで上る。

「近い!急がないと!」

 ソニアは近くの子供に、介助していた老人をお願いして、避難所に向けて走り出す。避難所の扉は、鉄製で重そうだ。ソニアが扉のノッカーを両手で持ち引っ張るがびくともしない。

「ダメ、重すぎる。早くしないと!」

 空気が帯電してきた様に感じる。

「ご主人様よ、ノッカーなんだからノックしたらどうだい?」

「本当、そうだよ!」

 ソニアは頬を赤くして、自分に突っ込む。3回ノックすると、中の騎士から所属を問われる。

「第一騎士団ロジェ隊、ソニア・エヴァークレストです!早く開けてください!攻撃が来ます!」

 厚さがソニアの掌くらいある扉がゆっくり開く。騎士団の男が二人がかりで開けられる重さのようだ。そこに、避難する人達も、ちょうど辿り着いた。

「早く入ってください!あと少しです!頑張ってください!」

 ソニアは必死に皆を励ます。逃げてきた人達は、避難所に入りながらソニアに感謝の念を述べていく。

「ありがとうございます、騎士様。おかげで、無事に避難所にたどり着くことができました」

「えぇ、良かったです」

「お姉ちゃん、絶対にやっつけてね!」

 先程まで泣いていた子供達が、ソニアに向かって敬礼をしている。

「まかせてっ!すぐに倒しちゃうから!」

 幼子を抱いた母親は、扉をくぐる直前にようやく肩の力を抜いた。ソニアへ向けた目に、もう迷いの色はなかった。

 最後に、あの老婆が戸口をくぐった。ソニアとすれ違う時、値踏みするような目のままぽつりと言った。

「口だけの小娘じゃないようだね。——頼りにしてるよ」

 それだけ言うと、振り返らずに避難所の奥へ入っていった。

 ソニアは笑顔で敬礼を返す。全員が入ったのを見届けると、避難所の鉄扉を体重をかけて腰で押しながら閉める。騎士団の男達も、力を込めて攻撃が来る前にと急ぐ。

「間に合って!」

 いかにも重そうな音を立てて、扉が閉まる。空気が震えて肌がひりつく。攻撃の特性を知るソニアは、身を屈めて間一髪で雷撃を避ける。

 良かった、本当に———。

 落ち着いたソニアは、フードの中から顔を覗かせているアナスタシアを見る。

「あはは……嘘ばっかりついちゃった」

 ソニアは、複雑そうな顔をする。

「ご主人様は、とても立派だったよ。まさに、あの人たちにとっては、頼もしい騎士だったはずさ」

 ソニアは、それを聞いてにこりと微笑むと、すぐに真剣な表情になる。少し遠くの方で、二つ目の狼煙が上がった。

「よし、行こう!」

 ソニアが狼煙の上がった方向へ走り出し、一区画ほど来た時——閃光が走る。

「ご主人様、直ぐ近くだ!」

 今までの雷撃とは違う。これまでが横への雷撃だとすると、今の雷撃は縦に落ちた。ガラスが割れる音。石が割れるような重鈍な音が聞こえる。その音は、ソニアの方へと近づいて来るようだった。その時———。

 セラが石造りの建物の壁を壊して、転がり出されてくる。魔力で衝撃を抑えたのだろうが、普通の人間にはとても耐えられるものではなかった。

「セラ!大丈夫!」

 ソニアの心配を他所に、セラはむくりと起き上がる。

「がはっ!痛いわね……むかつくわ」

 セラは、背中を痛めたのか、丸まった姿勢でソニアに気づく。

「ソニア。こんなところにいたのね。全く、遅すぎるわ」

「ごめん!今、みんなを退避させたところなの」

 セラの怪我だらけの姿を見て、ソニアは申し訳なさそうにする。

「そう。ならば、早くアナスタシアに変わってちょうだい。私には持て余すわ」

「分かった!」

 ソニアは頷きながら、フードを被るとヒヨコのアナスタシアが落ちてくる。大きい外套は、ソニアの顔を鼻先まで隠す。

「アナスタシア、後はお願い!」

 落ちてきたアナスタシアは胸元で掴まれ、クチバシをめり込むほど押し込まれる。その指には、この街の人達を守りたいという力が込められていた。

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