ノールの霧3
軍議を終えると騎士団は、それぞれの役割に分かれて忙しく動いていく。第三騎士団は、避難民の誘導や怪我人の搬送。第一、第四騎士団は避難民のための物品の積み込みや、配給。それぞれの後方部隊は食事や洗濯、医療部隊は診察や処置。まだ、土地勘のないロジェ部隊は、引き続きノール市街の把握、避難の補助を行っている。ノールは、王都ログロースほど大きさは無いがエルドブリッジ王国有数の大都市だ。都市の把握だけでも1日では足りない。所々での避難民の補助をしつつの、ソニアには、大変な任務だった。
ソニアは、ロジェに連れられて街の中央へ向かった。広場には、昨日よりも多くの避難してきた人がいる。荷物を積んだ馬車が道の端に並び、毛布を抱えた者達が集会所へ入っていく。食堂から運び出された大鍋の周りでは、街の者達が忙しなく木の器を並べていた。
「すごい、人の数………」
「うむ、3つの村の者が避難している。数は二千を超えるであろうな」
「ここに、そんな人数が……」
ソニアが避難所を見回っていると、荷車から降ろされる老人がいる。老人の指先は包帯に覆われ、包帯の下から黒ずんだ皮膚が覗いている。
「あれは、凍傷ぞ」
ソニアの視線に気付いたロジェが答える。
「そこ、通してください」
ソニアが振り向くと、肩に三本の深い傷を負った女性が、団員に支えられていた。ソニアは思わず、手で口を塞ぐ。
「何に襲われたかも、見えなかったんです。霧の中で、急に後ろへ引かれて……」
女性の声は震えていた。団員が事情を聞いた訳でもなく、ただ独り言のように言っている。
軍議室の地図に付いていた赤い印は、何も考えずに見ていいものではなかった。被害を受けた村が三つ。その一言の中に、痛みに耐えている人も、家へ帰れない人も、行方の分からない家族を待っている人もいる。
「もう、大丈……」
ソニアはそう言いかけて、口を閉じた。ジュリアンの最後の言葉を思い出す。
これが第一騎士団長……騎士団の責任。霧の狼は、まだ倒していない。明日の作戦が成功するかも分からない。安心させたいという気持ちだけで、守れるか分からない約束をしてはいけない。
「今、治療師を呼ぶ故、暫し待たれい。我ら、騎士団が対応している」
「そうだよー、あしたにはもんすたーをたおすからあんしんしなよー」
ルミエラが、ソニアが飲みこんだ言葉をへらへらと笑いながら言う。
女性は驚いたようにルミエラを見た後、小さく頷いた。
「夫が、家畜を連れて後から出ると言って……まだ、こちらへ着いていないんです」
「どんなかんじのひとー?」
女性から名前と特徴を聞き出すと、ルミエラは女性を支えている団員に道を譲る。
「りょーかい!まっててねー」
ルミエラが快諾すると、女性は深く頭を下げた。
「……うーん、難しいな」
ソニアは、女性の後ろ姿を見送る。
「相変わらずの百面相だねぇ」
フードの中から、ソニアの耳にだけ届くほど小さな声で、アナスタシアが囁く。
「えっ、また、顔に出てた?」
ソニアは慌てて、両手で顔をほぐす。
「ふざけていないで、行くわよ」
セラが怪訝そうに見る。
「うっ……ごめん」
ソニアは、歩き始めたセラ達を追う。フードの中からは小さな笑い声が聞こえる。騎士団としての言葉、教師としての言葉、ソニアの中にまだ答えは出ない。
午後になり、まだノールの半分も見回れていないロジェは、足早になっていた。
「うむむ、このノールという街、あまりに広大すぎるぞ」
「そうですね。このままでは、回りきれませんね」
ロジェの言葉に応じると、セラは後ろを振り向く。
「あなた達、早くなさい」
「ご、ごめ〜ん。はぁ、はぁ、今行くから〜」
ソニアは両手を膝に置き息を切らしながら、なんとか声を張る。背の高いロジェとソニアとでは歩幅が違うため、ロジェに追いつくには小走りをしなければならなかった。セラとあってはソニアよりも背が低いにも関わらず、平然とついて行っていることに、ソニアは疑問が隠せなかった。
「何で、セラはロジェさんについて行けるの……はぁ、はぁ……」
「あなたは、魔術の練習ばかりじゃない。騎士科に入った以上、体力もつけなさい」
セラは、私に魔術を教えて、尚且つ騎士団へ顔を出し、さらに騎士としての体力作りにまでしている。正直、セラに追いつける気がしない……。
ソニアは、心の中で早々と白旗を上げる。すると、後ろからも白旗を上げる声がする。
「つかれたー。もう、うごきたくないー」
ルミエラが道のど真ん中で倒れている。第一騎士団の外套も、自慢の銀髪も気にせずに倒れている。
「ちょっ……ちょっと!顔をあげなさい」
「むーりー」
セラはあまりの身の投げ出し方に引きつつ、ルミエラに声をかける。
「あなたは、先程迷い人を探すと約束していたのでしょう?」
「ごめん、おばあちゃん!わたしここでちから尽きたー」
ルミエラは、そのままずるずると蛞蝓のように全身投げ出した。
「ぼく、ここでやすんでるから、みんなさきにいっててー」
「責任感の欠片もないわね」
セラが呆れたように言う。
「もう良い、いつものことぞ。3人で参ろう」
ロジェは、とにかく任務を遂行したいらしくそう言うと、また歩き始める。
「一人で大丈夫?」
ソニアは、一応声をかけた。
「だいじょうぶー。すこしやすんだら、もどるからー」
いつもの調子だった。ソニアは休みたい気持ちもあったが、このルミエラの失態を見ると、どうにも弱音は吐いていられなかった。
「風邪、引かないようにね」
「はぁい」
ソニアの気遣いにルミエラは気の抜けた返事をした。ルミエラは道にうつ伏せて、眠そうに手を振っている。その後、ソニアはロジェとセラに何度も急かされながらも何とかノールの街を回り把握した……気はした。
その夜、ソニアは這う這うの体で寄宿舎に帰宅する。
「あぁぁ!疲れたー!」
エントランスをくぐると同時にソニアはソファに転がり込む。流石のセラも疲れを見せて、ソニアのだらしない行動を注意することなく、相向かいのソファに座る。相対してロジェは全く疲れをみせずに寄宿舎の受付に向かう。
「すまぬが、ルミエラは帰ってきているか?」
「い、いいえ、ルミエラ様はまだ戻って来てはいません」
受付の年配の女性は、ロジェの唐突な質問に慌てて答える。
「ルミエラと別れてから、8時間ほど経っておる。未だ道に寝ておるのか……」
「まさか。流石にルミエラもそこまでではないでしょう」
セラは息を整えながら、若干苦言を言う。ソファに飛び込んだソニアは顔をあげて、心配な顔をする。
「じゃあ、ルミエラに何かあったのかな?」
「心配無用である。ルミエラは、ああ見えて魔術巧者よ。性格が故、我が指揮を執っているが、実力は今も計り知れん」
ロジェの言葉から、ルミエラの実力が窺える。
「な、ならばもっと心配じゃないですか?」
ソニアはロジェに異を唱える。ルミエラをある意味軽視していたセラとロジェは、ソニアの真剣な顔に驚く。
「それ程の実力をもつルミエラさんに何かあったとするなら……。霧の狼だっていることだし、いくらルミエラさんが強いからって……」
そこまで言うと、ソニアは言葉を止めた。周囲に張り詰めた空気が流れる。「霧の狼」と言う言葉が3人の頭の中で復唱される。
————。
「ただいまー」
3人は一斉にエントランスへ顔をやる。そこには、普段通りのヘラヘラとしたルミエラがいた。
「あれ、どうしたの?みんなむずかしいかおをしているね?」
ルミエラは、きょとんとした顔で皆を見渡す。
「はぁぁ〜……」
「…………」
「ふんっ!」
三者三様で、心配したことへの後悔の念が出る。ソニアとセラは今までの疲れがなかったかのように立ち上がると、ロジェと一緒に自分たちの部屋へと帰っていった。
「ちょ、ちょっと〜。なんかおこってるの〜」
ルミエラの声は、誰にも届かず宿舎の廊下に響きわたった。




