ノールの霧2
次の日の朝、ノールにある第三騎士団の詰所にソニア達ロジェ部隊は赴く。足取りは皆速い。何故なら遅刻ギリギリだからだ。
「ルミエラ、お主、作戦会議の日に遅刻とはどう言う了見ぞ!」
「ごめーん。ねぼうしたー」
ルミエラはロジェの血相を前にしても全く悪びれることなく、眠気まなこで歩いている。
「早うせい!」
ロジェは怒声と共に歩を早める。
詰所は第一騎士団のそれと同じく、広い訓練所を有し、建物はほぼ同じ構造をしている。叱責を覚悟していたログロースよりも、今回の登庁の方が幾分ましだが、街に走る緊張感はお世辞にも気持ちの良い朝とは言えなかった。ソニアが作戦会議室に入ると、既にそこにはジュリアン達3団長、各部隊の面々が揃っていた。
「おはようございます!遅れ申したこと、誠に申し訳ありません」
ロジェが粛々と謝罪する。
「おはようございます。いいえ、お気になさらず。時間には間に合ってますよ」
アルエは優しい笑顔で手を振る。ソニアはその笑顔だけで、心を奪われそうになる。
「あははっ!おはよう!全く君たちは騒がしいね!元気でいいね!」
エレナも快活にギリギリに現れたソニアたちに挨拶をする。エレナの周りにはキラキラのエフェクトが見える。やはり、アーケイン家は、人を魅了する何かがあるなとソニアは確信する。
「おはよう。それでは、こちらへ。早速、軍議を始める」
ジュリアンだけは、表情一つ崩さない。
「御意」
「はい」
ロジェとセラは、性格のベクトルがジュリアンと同じなのだろう、粛々と机の周りに集まる。ソニアはその後ろをいそいそとついて行き、ルミエラは足取り重くふらふらとしている。机にはノール地方の地図が広げられ、駒が置いてある。
「あっ、これ授業でやった」
「うむ、これは兵棋だ。凸の部分が部隊の向きを表している」
ロジェは、ソニアに説明をする。
「1、2、3……」
「全てで12だ。それでは、今までの報告と現況を併せて報告する」
ソニアは兵棋の数を数えだすが、ジュリアンはそれを遮るように軍議を始める。ジュリアンはノールの街の東に位置する関所とノールを順に指さす。
「ことの発端は、ノール東に位置するこの関所だ。今から三十六日前、この関所を抜けようとした者がいた」
ジュリアンは団長やロジェを一通り見渡すと、最後にソニアを見た。
「ヨシュア・コレポルトだ。既に報告を聞いていると思うが、コレポルト家の嫡男ヨシュアは、ソニアの暗殺計画の首謀者として憲兵に引き渡されようとしていた。だが、移送中に護送の憲兵が殺害され、ヨシュアは国外への逃亡を図った。おそらく、何者かの手助けがあったと推測される」
ソニアはジュリアンの視線から逃れるように、アルエの後ろへと移動する。
「もちろん、関所の警備は厳しい。ヨシュアだろうが、おいそれと抜けることは出来ないだろう。しかし、不慮の事態が起こった」
そこまで話したジュリアンはエレナに視線を送る。
「あははっ!ここからは、関所で確認された状況を僕が話そう。関所に迫ったヨシュアは外套のフードを深く被り、一気に関所を抜けようとしていた。もちろん、門兵たちはそれを止めようとした」
エレナはそこまで言うと、一呼吸置く。そして、少しばかり声のトーンが変わる。
「だけど、そこに霧が現れたんだ。それも、酷く寒く、濃い。門兵が混乱するのは当たり前さ。伸ばした手が見えないくらいに深い霧だったらしい。他の門兵が急いで門を閉めたけど、既にヨシュアの姿は無かったらしい」
エレナは地図のロロノア帝国を指差し言う。
「確かではないが、ヨシュアはロロノアに抜けたと考えられる。それと時を同じくして、極寒の霧の被害が出始めたんだ」
エレナはアルエを見ると、アルエは頷く。
「そして、ヨシュアの逃亡と霧の被害の情報が、ログロースに伝わった訳です」
「ヨシュアさん……」
ソニアは小さな声で呟く。それに続く言葉はない。
「あははっ!初めは極寒の霧は、ヨシュアの魔術か局所的な異常な自然現象のどちらかだろうと思っていたんだ。だが、数日して近くの村で同じ霧が現れた。そこでは十数名の被害者が出たんだ」
「霧で被害者……?凍傷とかですか?」
セラは疑問を投げかける。
「あははっ!いや、裂傷さ。霧は魔術や自然現象のどちらかでもなく、狼のような霧を纏ったモンスターの仕業だった」
「ヨシュアの護送車が襲われた時も霧が現れ、狼のようなモンスターにやられたという報告があったわ」
「同じモンスター?」
「おそらく」
「極寒の霧を発現させる狼型モンスター……聞いたことがないわ。まるで神話か御伽話のよう」
「そうね、私も聞いたことがない。でも、一つ可能性として考えられるものがある」
「召喚魔法だね」
アナスタシアがフードの中から呟く。
「召喚魔法ぉ?」
「召喚魔法ですって?」
ソニアとセラは思わずアナスタシアの声に反応してしまう。アルエは、自分が言おうとした言葉を先んじられて驚く。
「あなたたちも、そう思うのね。そう、宰相と私たち団長との仮説は、『召喚魔術』です。そう考えると、ロロノアに逃亡を図る理由も説明がつきます」
「あははっ!禁忌魔術である召喚魔術を研究しているというロロノアが、ヨシュアの逃亡を幇助したという訳さ。三公爵コレポルト家、ヨシュアのもつエルドブリッジの情報は非常に有益だ」
ジュリアンは、机の上に広げられたノール地方の地図へ手をついた。被害を受けた三つの村には赤い印が付けられ、その周辺を囲うように幾つもの線が引かれている。
「現状、召喚魔術が使われている可能性は高いと考える。だが、ロロノア帝国が関与していると断定できる証拠はない。ヨシュア・コレポルトが三十六日前、極寒の霧に紛れて東の関所を突破したことも、今回の件と無関係ではないと思われるが、憶測だけで敵を決めるわけにはいかない」
ジュリアンは、地図の中で最も北東にある村を指差した。
「三つの村には、魔術杖の素材となる木を育てる霊泉がある。仮に出現したモンスターが召喚獣であれば、その魔力を回復するために霊泉を利用している可能性がある。そこで、明朝、第一、第三、第四騎士団で村を包囲する。第三騎士団は北と北東、第四騎士団は西、第一騎士団は南から東へ回る。包囲が完了次第、短期決戦でモンスターを討伐する」
「霊泉を利用しているなら、長引かせるほど相手に有利ということですね」
セラが地図を見ながら言うと、アルエが小さく頷いた。
「ええ。それに、霊泉の周囲には魔術杖に使われる霊木が多く生えているわ。戦いが長引けば、村だけではなく、王国の魔術産業にも影響が出る」
「でも、召喚獣だと決まったわけではないんですよね?」
ソニアは、これまでの説明を頭の中で整理しながら尋ねた。ヨシュアが逃げた時に現れた霧の狼も、霧と冷気を操っていた。今回の被害もロロノア帝国の仕業だと言われれば納得できる。だが、ジュリアンは先程から一度もそうだとは言っていない。
「その通りだ。だから、討伐と同時に調査を行う。先入観で相手を見れば、見えるものまで見えなくなる」
ジュリアンはそう答えると、ノール地方の地図の上に、市街地の地図を重ねて広げた。
「それと、明日の討伐へ向かう前に、今日中にノールの街路、避難所、住民数、物資、街から出るための退路を確認する。モンスターが村から移動しない保証はない。全騎士団が村へ出た後にノールを襲われれば、我々は守るべき者を残して街を空けることになる」
明日の戦いの話をしていたはずなのに、今日一日で確認しなければならないことが、次々と増えていく。ソニアは聞き逃さないように背筋を伸ばした。
「第三騎士団は、住民名簿と街路を確認する。第四騎士団は、避難用の荷車と人の流れを整理。第一騎士団は、各所への物資の配分と、東の関所及び王都との連絡手段を確保する」
ジュリアンは三人の団長へ指示を出すと、最後にロジェを見る。
「ロジェ・ルーチェ。君の部隊は、市街の把握と避難計画の補助へ回ってくれ。他の者にも実際に街を歩かせる。地図を見ただけでは、道の広さも、人がどれほどの速さで歩けるかも分からない」
「御意。我ら、街路と民の所在を確かめ、万一の備えを整えよう」
「明日の準備はもちろんのことだが、街の安寧も我ら騎士団の責務である。そして、我々の言動には責任があると重々頭に入れておくように。各自、速やかに行動を開始してくれ」
「はい!」
「りょーかーい」
ジュリアンの言葉に、会議室にいた騎士達が一斉に返事をした。一名を除いて。




