初めての第一騎士団(中編)
団長室を出たソニアは、先程まで伸ばし凍りついていた背筋を一気に丸める。緊張から解放されたことで、足から力が抜けてよろよろと壁に手をついた。
「つ、疲れたぁ……。何か、ドラゴンと戦った時より疲れたかも」
「ご主人様は、何もしていないじゃないか」
「ずっと姿勢を正していたの!私にとっては大変なことなんだから!」
「ただの報告じゃない」
セラは、ソニアを待つことなく廊下を進んでいく。ソニアは置いていかれないよう、壁から手を離して慌てて後を追う。
「ちょっと待ってよ!私、何処に行けばいいか知らないんだから!」
「だから、案内しているのでしょう。まずは外套の採寸よ。それから、騎士団証の発行と任務に必要な物を受け取るの」
「えー、そんなにあるの?」
「まだあるわ。詰所を案内して、遠征の準備も教えないといけない。それと、ロジェ達との顔合わせ」
「今日一日で全部……?」
「場合によっては、明日ノール地方へ出発するのだから、早く済ませておいた方がいいでしょう」
「明日ぁ!?早くない?」
ソニアは、廊下に響き渡るほどの大声を上げる。近くで書類を運んでいた騎士が、驚いて何枚か床へ落とした。ソニアはすぐに駆け寄り、何度も謝りながら紙を拾い集める。
「すみません!すみません!わ、私が急に大声を出したから!」
「いや、これくらいは自分で……」
「本当にすみません!」
ソニアは落ちた紙を一枚も残さず拾い、綺麗に揃えて騎士へ渡す。騎士は何とも言えない顔で礼を言うと、ソニアと距離を取るように廊下の先へ消えていった。
「もしかしたらって言ってるじゃない」
セラは呆れ顔で腰に手をやる。
「完全に変な人だと思われた……」
「今に始まったことではないわ」
「もー、セラ、慰めてよぉ」
「事実を言っただけよ」
項垂れるソニアを放って、セラはまた歩き出す。アナスタシアがフードから顔を出して、遠ざかっていく騎士の背中を眺めていた。
「しかし、クララが聞いたら驚くだろうね。ご主人様の叫び声一つで、騎士の持つ書類を撒き散らしたのだから」
「それ、私が撒き散らしたみたいじゃない」
「似たようなものさ」
「もうっ!」
ソニアはアナスタシアを掴んでフードの奥へ押し込むと、目立たないよう静かにセラの後を追った。
◇
総務で名簿への登録と騎士団証の発行を済ませると、二人は同じ本部棟の一階にある、外套や武具を管理する部屋へ向かった。中へ入ると、壁一面に同じ色の外套や制服が並び、棚には剣、盾、胸当て、腕当てなど様々な武具が置かれている。ソニアは、その物々しさに圧倒され、入り口で立ち止まった。
「すごい……。武器屋さんみたい」
「武器屋より、品数は多そうだね」
アナスタシアも興味があるのか、フードから半分ほど顔を出して辺りを見回す。
「こら、出てこないでって言ったでしょ」
「ぬいぐるみが顔を出しているだけさ、何がおかしいんだい?」
「自分で顔を動かしてる時点で、十分おかしいの!」
ソニアが小声で言い争っていると、部屋の奥から年配の女性職員が現れた。肩幅の広い大柄な女性で、片手には採寸用の紐を持っている。
「セラ・アーケインだね。そちらが、今日来ると聞いていたソニア・エヴァークレストかい?」
「は、はい!」
「あたしは、アイラ。ここで武器や防具などの貸与をしている者さ」
ソニアは慌ててアナスタシアを隠し、姿勢を正す。アイラは手元の書類とソニアを何度か見比べると、訝しむように眉を寄せた。
「本当に、あのドラゴン討伐に参加したソニアかい?」
「一応、参加はしました……」
「編成試験の首席?」
「それも、一応……」
「ヨシュア・コレポルトを倒した?」
「まぁ……なんとなく……」
質問される度に、ソニアの声は小さくなっていく。女性はしばらくソニアを見つめていたが、急に豪快な笑い声を上げた。
「あっはっはっ!話に聞いていたものと、全然違うじゃないか!」
「や、やっぱり、そうですよね……」
ソニアが縮こまると、アイラは採寸用の紐を伸ばし、両手を広げるよう指示する。
「別に悪いとは言っていないさ。あれだけ派手な噂が広がっているから、身長が三メートルくらいあって、腕が六本ある化け物みたいな生徒を想像していたんだよ」
「どんな噂ですか、それ!」
「先程、声一つで騎士を竦ませたじゃないか」
「もー、からかわないで!」
ソニアが思わず返事をすると、アイラは不思議そうに首を傾げた。セラが何事もなかったように、ソニアの背中を押して前へ出す。
「気にしないでください。この子は緊張すると、ぬいぐるみに話しかける癖があるので」
「あ、あぁ……そうなのかい」
アイラは、少し引き攣った笑みを浮かべる。
また変な人だと思われた!
ソニアは顔を真っ赤にして、今度こそ黙って両手を広げた。アイラはソニアの肩幅、腕、胸、腰回りを手際よく測っていく。そして採寸を終えると、並んでいる外套の中から一着を取り出した。
「これが一番近いね。着てみな」
ソニアは学院の外套をセラへ預け、渡された外套を制服の上から羽織る。厚手で少し重いが、身に纏うと不思議と背筋が伸びた。鏡の前へ立つと、ログロースの白地の外套とは正反対に、黒に白金の縁取りが走っている。肩口には第一騎士団の紋章――交差する双剣が銀の糸で縫い込まれていた。
「わぁ……」
思わず感嘆の声が漏れる。先程まで、自分が騎士団に所属した実感など全くなかった。しかし、第一騎士団の外套を身につけた姿を鏡で見ると、ほんの少しだけ自分が騎士に近づいたような気がした。
「すごい、かっこいい!」
ソニアはその場でくるりと回ってみる。裾がふわりと広がり、袖口に施された銀糸の刺繍が光を弾いた。第一騎士団の外套は、ログロースの騎士科の生徒ならば垂涎の物だ。今朝まで騎士団に行きたくないと嘆いていたことも忘れ、ソニアは鏡の前で何度も体の向きを変えた。
「似合っているじゃない」
セラが、鏡越しにソニアを見る。
「本当?」
「ええ。外套だけなら、立派な騎士に見えるわ」
「外套だけ!?」
「中身は、これからなのでしょう?」
セラは、当然のことのように言う。ソニアは一瞬頬を膨らませたが、もう一度鏡の中の自分を見つめる。
中身は、これから……か。
今はまだ、アナスタシアの力がなければ、騎士団の任務で戦うことなど出来ない。それでも、この外套に相応しい人になれるよう努力することはできる。教師になる夢とは真逆の道へ進んでいるように思えたが、人を守ることを学ぶのは、きっと無駄ではない。
ソニアは、そう自分に言い聞かせた。
「うん、頑張ろう」
「ご主人様よ、感動しているところ悪いのだがね」
「何?」
「袖が長過ぎて、手が全部隠れているよ」
「…………」
ソニアが腕を上げると、確かに指先さえ見えない。アイラは首を傾げ、もう一度書類を確認する。
「おかしいね。身長に合わせたはずなんだが」
「ソニアは腕が短いのね」
「セラ!?」
「あーはっはっ!ご主人様よ、外套に着られているね!」
「二人とも笑わないでよ!」
第一騎士団の外套を身につけた感動は、一分も経たずに消え失せた。
◇
ソニアの背丈に合わない外套は、「一旦それでいきな!」とアイラに背中を押されて有耶無耶にされた。しかし、ソニアはこのオーバーサイズの外套は個人的に気に入っていた。内心上機嫌で、その後もセラと共に詰所内を見て回った。アナスタシアも新しいフードへ移り、学院の外套は受け取った荷物と一緒に預けてきた。騎士達が生活する寮、負傷者の治療を行う医務室、食堂、武具庫。そして本部棟の裏側には、学院のアリーナよりも広い訓練場があった。
訓練場では数十人の騎士達が、剣術や魔術の訓練に励んでいる。剣と剣が打ち合う音、魔術が地面へ衝突する轟音、指導する騎士の怒声が絶え間なく響く。その中でも、一際多くの人を集めている場所があった。
「何だろう、あれ?」
ソニアは手を額にかざして目を細める。
「模擬戦をしているようね」
背伸びしても自分よりも背の高い者ばかりなので、ソニアは騎士達の間をすり抜けると、中央で一人の男子生徒が、三人の騎士を相手に剣を構えている。葡萄酒のような暗い髪色で、陽の光がその髪を赤く照らす。学院の外套ではなく、第一騎士団の外套を身につけているが、その顔には見覚えがあった。
「ロジェさん!」
ソニアが名前を呼ぶと、ロジェはこちらを一瞥する。しかし、返事をすることなく三人の騎士へ向き直った。
「始め!」
審判役の声と同時に、正面の騎士が踏み込む。ロジェは振り下ろされた剣を斜めに受け、横へ流した。その脇へ抜けようとしたところを、右側にいた騎士の剣が追う。
「危ないっ!」
ソニアが思わず声を上げる。ロジェは体を引いてその一撃を避けると、すぐに後ろへ下がった。三人は距離を詰めながら左右に広がり、再びロジェを囲もうとする。
「三人も相手にするなんて、無理じゃない?」
「いいえ、だから、囲まれないように動いているのよ」
セラに言われ、ソニアはロジェの足元を見る。ロジェは下がりながらも、三人が同時に剣を振れない位置へ移動していた。正面の騎士が追えば、その体が後ろの二人を遮る。横へ回ろうとする騎士には剣先を向け、簡単には近づけさせない。
ロジェは次の一撃を受けたところで、急に前へ出た。距離を詰められた騎士が剣を引くより早く、その胸元に切っ先を当てる。審判役の騎士が声を上げ、一人が下がった。
残る二人が左右から迫る。ロジェは右の剣を受け流しながら、その騎士の側へ体を寄せた。左から来た騎士が、仲間を巻き込まないよう剣を止める。その僅かな間に二人目の胴へ剣先を当て、ロジェはすぐに最後の一人へ向き直った。
「す、すごい……」
ソニアは口を開けたまま、セラの腕を掴んだ。最後の騎士とロジェが何度か剣を打ち合わせ、同時に踏み込む。ソニアにはどちらが先だったのか分からなかったが、次の瞬間には、ロジェの剣が相手の喉元で止まっていた。
「そこまで!」
審判の声と共に、周囲から歓声が上がる。ロジェは剣を下ろすと、三人の騎士へ深く一礼した。騎士達も礼を返し、そのうちの一人が何かを言いながらロジェの肩を叩いた。
「ソニア、痛いわ」
「あっ、ごめん!」
ソニアは慌ててセラの腕を離す。そこへ、ロジェが額の汗を拭いながら歩いてきた。
「待たせたり」
「ううん!ロジェさん、すごいんですね!」
「我、日々鍛錬を怠らず」
ロジェはいつもの調子で答えた。ソニアは先程までロジェが立っていた場所を見て、もう一度その顔を見る。生徒会室で目を瞑っていた姿や、旧校舎でお化けを怖がっていた姿とは、どうにも結びつかなかった。
「三人も相手にして、勝っちゃうなんて……」
「先達の胸を借りたまで。我、未だ学ぶこと多し」
「今ので、まだ学ぶの……?」
「ご主人様よ。騎士の戦いは、存外白熱するものだね」
アナスタシアが興奮気味に言う。ソニアはまた出てきたアナスタシアに戻るよう口を開きかけたが、ロジェの前だったことを思い出し、ぐっと飲み込んだ。
「あれー、ソニアとセラだー」
気の抜けた声が聞こえ、ソニアは振り返る。訓練場の端に置かれた長椅子で、ルミエラが左手を振っていた。銀色の髪を揺らして立ち上がると、のんびりとした足取りで近づいてくる。
「ルミエラ、あなたもここにいたのね」
セラは、ルミエラのだらしない歩き方をまじまじと見る。
「いたよー。ロジェ、ずっとくんれんしてるんだもん。まちくたびれちゃったー」
「あなたは訓練しないの?」
「みてべんきょうしてたんだよー」
セラはルミエラが座っていた長椅子へ目を向ける。脇には畳んだ外套が置かれていた。ちょうど、頭を乗せるのに良さそうな厚みになっている。
「寝ていたのね」
「ちょっとだけだよー」
「勉強していたんじゃなかったの?」
「みるのもつかれるからねー」
ルミエラは悪びれる様子もなく笑う。ソニアは先程まで訓練をしていたロジェと、汗一つかいていないルミエラを交互に見た。
「ロジェさん、三人相手に勝ったんですよ!すごいですよね!」
「みてたよー。ロジェはたよりになるからねー。おばけさえでなければ」
ロジェの手が止まった。ルミエラはその反応を見て、楽しそうに目を細める。
「ねー、ロジェー?」
「……その話、今は無用なり」
「『我、魑魅魍魎を苦手とし』ってねー」
「ルミエラ」
ロジェが低い声で名前を呼ぶ。ルミエラはけらけらと笑い、ソニアもつられて笑いそうになったが、必死に堪えた。さっきあれだけ立派に見えたロジェが、今は気まずそうに視線を逸らしている。
「だ、大丈夫ですよ。今回はモンスターだし、お化けじゃないから」
「そうそう、けんできれるしねー」
「それくらいにしておきなさいよ」
セラが止めると、ロジェは一度咳払いをして姿勢を正した。そして、本部棟を指して口を開く。
「此度の任について、伝えるべきことあり。両名とも、参られよ」
「あっ、はい!」
ソニアも慌てて姿勢を正した。ロジェの剣に見惚れ、その後はお化けの話になり、何をしに来たのかすっかり忘れていた。
「ソニア・エヴァークレストさんですね」
四人が歩き出そうとすると、先程まで模擬戦を見ていた若い騎士が声を掛けてきた。ソニアは名前を呼ばれ、一歩遅れて振り返る。
「は、はい!」
「ドラゴンを倒したんですよね?どれほどのモンスターだったのですか?」
「あ、いや、そんな……あれは、私だけの力じゃなく……」
「いやいや、ご謙遜を。第三騎士団への帯同で、主戦力としての働きをされたと聞いております」
ソニアは曖昧に笑って会釈するので精一杯だった。周りからも、ちらちらと視線が向けられているのが分かる。つい先程までロジェの剣に感動していたのに、急に自分が見られる側になってしまった。
私は、本当に何もしてないのに。あんなふうに剣も使えないし、魔術だって……。今、ロジェさんの訓練を見たばかりだから、余計に後ろめたいよ。
「謙遜も過ぎれば、嫌味に聞こえるものだよ、ご主人様」
アナスタシアが、言い聞かせるように小さな声で呟く。ソニアはフードへ顔を寄せ、周囲に聞こえない声で言い返した。
「そんなつもりじゃ!嫌味のつもりなんてないもん……」
その時、若い騎士の後ろから、数名の騎士が近づいてきた。先頭に立つ男は腕組みをしたまま、値踏みするような目でソニアを上から下まで眺め回す。
「そんな弱々しい学生が、ドラゴンを倒しただと?信じられるわけないだろう」
セラは、その声に反応して強い視線を向けた。
「何が言いたいのですか?」
セラがいくら宰相の娘という立場でも、ここでは騎士団に配属されて間もない学生だ。ソニアはその言い方に驚き、慌ててセラの顔を見る。しかし、セラは男から目を逸らそうともしなかった。
「第三、第四騎士団長のアルエ様とエレナ様がいらっしゃったんだろう?あのお二人がいらっしゃれば、ドラゴンと言えどなんてことない。大方、二人の後ろに隠れてやり過ごしたんだろうということさ。どうだい、図星だろう?」
「えっ……あ、いや、そんな……」
半分はあってます……。
「いいえ。アルエ様とエレナ様は応戦されましたが、お二人だけでは討伐には至りませんでした」
セラは、言い淀むソニアに代わって淡々と告げる。男は鼻で笑い、もう一度ソニアへ目を向けた。
「ほう。では、全く魔力を感じないこのお子様が、騎士団長でも手こずるドラゴンを倒したというのか?」
「その質問には、今答えました」
セラにはそんな気は全くないが、揚げ足を取られた男は怒りを露わにする。
「おいっ!この第一騎士団を侮辱するのか!」
「いいえ、第一騎士団の侮辱はしていません。私は、あなたにしか申しておりません」
「っ!ふざけるな!」
男の顔がどんどん赤くなる。ソニアはセラの外套を引っ張り、小声で訴える。
「ちょ、ちょっと、セラ。その言い方は……」
「何よ。聞かれたことに答えただけでしょう」
「そうだけど!そうなんだけど!」
ソニアは、おろおろとしながら遠回しに訴える。
「そこまでにされたし」
ロジェが二人と男の間へ一歩入る。その顔からは、先程の気まずそうな表情が消えていた。
「両名の戦果は、団長方の報告に記されしもの。疑義あらば、まず報告を確かめられよ」
「お前もか、ロジェ。お前の剣の腕なら、俺も知っている。だが、こいつはどうだ?首席だからというだけで特別扱いだ」
男はロジェの肩越しにソニアを指した。男はこの度の任務にまだ登庁もしていないソニアが抜擢されたのが気に入らないらしい。
「そんなに強いなら、是非お手合わせ願おうか!なぁに、ここは訓練場だ。ドラゴンを倒したソニア様の胸を貸していただこう!」
「え……えーっ!」
ソニアは目を丸くすると、セラの外套を更に強く引っ張った。
「ちょっと、セラ。あなた、なんでそんな焚き付けることを言うのよ!っていうか、私が戦う流れだった、今?」
「ソニア、引っ張らないで」
セラはその手を払うと、男へ向き直る。それを見て、男は薄く笑った。
「アルエ様やエレナ様と違い、その弱々しいソニア様に首席を奪われたんだ。お前もソニア様を持ち上げるのに必死というわけか。そいつが大したことなければ、お前の評価まで下がるからなぁ」
セラの表情は変わらなかった。しかし、ソニアの手から力が抜ける。ロジェが口を開こうとした時、ソニアはその横を通り、男の目の前へ出た。




