解れ
ログロースの正門からメインエントランスまで長々と続く道に、昨日の事件を聞いた生徒達が集まる。意図的なのか、わざわざ授業の無い昼の休み時間だったため、千人を超える生徒が集まっている。ヨシュアが、ソニアを連れて生徒達の前に現れると、その喧騒はさらに激しくなる。マリアンは、人の目につかないよう、二人から少し離れてついてくる。ヨシュアは、その騒ぎを制するかのように手を挙げて応える。
「お静かにお願いします」
ヨシュアの一言に、生徒達は一斉に静まり返る。
「皆さんもさぞかし心配されたことでしょう。お聞きかと思われますが、昨晩、我が大切な妹マリアンと善良な生徒ウィンストンは、ソニアの凶刃に倒されました」
また、生徒達が騒ぎ出す。
「嘘だ!ソニア様がそんなことするはずがない!」
「でも、俺は聞いたんだ。旧校舎から、ソニアに殺されると助けを求める叫び声を聞いたんだ」
「ドラゴンを倒すほどの実力だぞ。なんでわざわざナイフなんか使うんだ」
「そうだよ、魔術で一発じゃないの?」
「いいや、私はいつかやると思っていたわ」
擁護する声、批判する声、様々が入り乱れ騒然としている。
「さぁ、行こうかソニア。憲兵は校門の外で既に待っている」
ソニアは促されるがまま、俯きながら歩き出す。その時、ヨシュアの歩みを阻むかのように、セラが前に立ちはだかる。セラは普段と変わらない無表情で、その片手には細長い布に包まれた物を持っていた。そして、肩には可愛らしいヒヨコのアナスタシアが鎮座している。
「セラ……どうしたのですか?まさか、お友達だから連れて行かないでとでもお願いをしに来たのですか?」
セラはヨシュアの言葉を無視して、話し始める。
「お待ちください。昨日の事件は、まだ確認されていないことがあります」
「はぁ……どうしても、あなた達はウィンストンに罪を着せたい訳なのですね」
ヨシュアは、前後にいるセラとソニアを交互に見ながら憮然とした表情で言う。
「会長が冤罪で生徒を憲兵に引き渡したとなったら、ログロース生徒会の名誉が地に落ちる事は火を見るよりも明らかです」
ヨシュアは一瞬眉を動かしたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「セラ、残念だが、もう結論は出ている。ウィンストンは殺され、マリアンも襲われた。ここにいるソニアにだ」
「事が重大だと言っています。人が死んでいるというのに、その場の状況だけで決めてしまうのは、少々乱暴かと思います」
「その状況が全てだと思うが?その場にいた者も言っていただろう」
「ソニアは違うと言っていました」
「当たり前だろう。犯人は罪から逃げるために嘘八百をつきもするさ」
「だからこそです。重大であるからこそ、その言葉が嘘かどうかを正しく見極めなければなりません」
二人のやり取りに周囲の皆は、固唾を飲みながら、事がどのように動くのかはらはらしながら聞き耳を立てていた。ヨシュアはセラの言葉にわざとらしくため息をつき、呆れた表情を見せる。
「状況証拠ではダメというなら、証言を聞くといい。マリアン!君はソニアに刺された、間違いないか?」
生徒達の視線がマリアンに向く。マリアンは急な質問に驚くと、ヨシュアの冷たく鋭い目が見ていることに気づく。
「…………あ、あの……私……」
マリアンは振り絞るかのように、か細い声だ。ヨシュアは、返答の遅さに痺れを切らして更に質問をする。
「ソニアに刺されたのかと聞いている!」
「…………あ、あの!」
病み上がりのマリアンは体調がすぐれないのだろうか、それとも兄への恐怖心からなのか、両手を胸に当てながら息を荒げている。
「マリアン!」
ヨシュアが少し語気を強めて言うと、マリアンは体を強張らせる。
「はい!そうです!ごめんなさい!」
マリアンは、咄嗟に謝ってしまい慌てて口元を押さえる。
「待ってください!マリアンは、まだ怪我も癒えてないのですよ!もう少し、言い方があるでしょう!」
マリアンの前に割って入ったのは、ソニアだった。つい熱くなってしまったヨシュアは、皆の前で取り繕うように優しさを見せる。
「あぁ、すまない。私としたことが、外に憲兵を待たせているので急いてしまったようだ。でも、どうだい?妹はソニアがやったと言っているが」
「そうですね」
セラはそう言うと、ゆっくりと歩き出す。ヨシュアの目の前を通り過ぎ、マリアンのところまで行くと手にしていた布を静かに解いた。マリアンは、その布の中のものに目をやると酷く驚き後ずさる。
それは、セラが事件現場の教室で見つけたコレポルト家の家紋の刻まれたナイフだった。自分の体を貫いたものだ、それを見て嫌悪するのが当然だ。ソニアもそのナイフを目にすると、セラを嗜めようとする。
「セラ!ちょっと、これは……」
「静かにしてちょうだい!」
セラはソニアの言葉を遮る。
「申し訳ないわね、マリアン。だけど、私は真実が知りたいの。だから教えてちょうだい」
セラはマリアンに向かって一歩踏み出し、じっと見つめる。
「これは教室から見つかったの。このナイフは、あなたの物かしら?」
ヨシュアは、小さく舌打ちをする。
「………………それは」
昨夜、自分を刺した刃を見間違えるはずがない。マリアンは酷く狼狽して、ナイフとヨシュアを交互に見る。そして、整わない息のままマリアンが答えようとした、その時。
「そうだ。それはマリアンの物だ」
割って入ったのはヨシュアだった。セラはナイフを下ろすことなく、視線だけをヨシュアへ向ける。
「会長には聞いておりません」
「家の物を、家の者が判断して何が悪い。コレポルト家の紋章が入っているだろう。妹に持たせていた護身用のナイフだ」
ヨシュアは振り向くと、集まった生徒達へ聞かせるように声を張る。セラがナイフを見つけていると知っていたのか、オーバーリアクションのその様は、まるで劇中の演者かのようだった。
「おそらくソニアは、マリアンからそのナイフを奪って刺したのだろう。そして、その後、証拠を隠すために投げ捨てたのだ」
「納得できません」
しかし、セラは即座に否定する。
「何故だい?」
「会長は今、『証拠を隠すために投げ捨てた』と仰いました。……このナイフが、どこから見つかったかご存知ですか」
「知るものか」
「教室の後ろに寄せられた机の、一番奥の床です。私が四つん這いで潜り込んで、手を伸ばして、ようやく届いた場所でした」
セラはナイフを掲げたまま、一歩踏み出す。
「投げた物は、飛んで、落ちて、跳ねて、止まります。机の脚に当たれば、そこで止まる。あの奥まで届くのは、床すれすれを真横に滑った物だけ。——手で投げて、あの位置には入りません」
「では何だと言うのだ」
「弾かれたのです。人の手ではなく、魔術で」
「それに、隠したいのなら、窓から捨てればよかったのです」
「窓……?」
「あの教室は四階です。窓の下は草の生えた庭。開けて放り投げれば、朝まで誰も見つけられなかったでしょう」
セラは、ヨシュアの目を真っ直ぐに見る。
「証拠を隠したい犯人が、わざわざ自分の足元に隠すのですか。しかも、翌朝、生徒が一人で探しに来て、十分足らずで見つかるような場所に」
「——結構。ならば逆に伺おう、セラ・アーケイン」
ヨシュアは、初めて笑みを完全に消した。
「そのナイフは、どこから出てきた?」
「……現場からです」
「そうだろうな。今朝、君は私の名を騙って封鎖された現場へ立ち入ったそうだな。見張りの職員から報告は受けている」
セラの指先が、わずかに強張った。
「生徒会長の命令だと偽って現場を荒らし、そこから『証拠』を持ち出した。——皆さん、お聞きになりましたか。この者が持ってきた物を、どうして信じられるのです」
生徒達のざわめきの質が変わる。今度は、セラへ向けられたものだった。
「騙りました」
セラは、否定しなかった。
「生徒会長の許可が出ている、と職員に伝えました。早急に現場を調べようとしたための嘘です。処分は、後でいくらでもお受けします」
ヨシュアの口の端が上がる。
「ですが」
セラは、ナイフを持つ手を下ろさなかった。
「私がどうやって手に入れたかと、この刃が誰の物かは別の話です」
セラに向くヨシュアの外套が、綺麗な弧を描く。セラはそんな演技になど微塵も興味を示さず、ソニアへ確認を取る。
「ソニア。あなたは、マリアンが護身用のナイフを持っていたことを知っていて?」
「い、いいえ」
知らなくて当然だとでも言うように、ソニアは目を丸くして答える。
「でしょうね。護身用ならば、わざわざ人の目につくようには持たないでしょう」
「セラ。君は何を言いたいんだい?」
「会長の説明だけでは、ソニアが犯人だと断定できないと言っているのです」
セラは、ナイフを持ったままヨシュアを真っ直ぐに見つめる。
「ソニアは二人を手にかけるための凶器を用意していませんでした。もし、何らかの理由で凶行に及んだと仮定するならば、その場で何かしらのトラブルが起こったはずです」
「だから、ソニアがマリアンから奪ったと言っているだろう!」
「それは、会長が作った推測です。事実ではありません」
セラの言葉を聞いた生徒達が、再び騒がしくなる。先程まで芝居がかった態度を崩さなかったヨシュアは、今やじっとセラを睨みつけている。
「しかも、被害者であるマリアンの証言だけで、犯人を決めてしまうのは明らかにおかしいです。同じくその場にいたソニアの証言も聞くべきです」
「マリアンは被害者だぞ!」
「ソニアは容疑者です。容疑者だからこそ、言い分を聞く必要があります」
セラはヨシュアの目をじっと見る。
「アーケインの小娘が……」
ヨシュアは誰にも聞こえないように呟く。周囲の生徒達も、ヨシュアを見る。理路整然としたセラの言葉によって、憲兵に連れていかれるだけで何も話すことが許されなかったソニアに、ようやく話す機会が与えられる。
「ソニア。あの日のことを話してくれる?」
ソニアは呆気に取られてきょとんとしていたが、自分に問われていると気づき、身を正しながら話し出す。
「昨日は……生徒会の依頼で、旧校舎を調べることになりました。皆で一階から順番に教室を調べていきましたが、四階に着くと、マリアンが慣れただろうからと、それぞれ一人で教室を調べるよう提案しました」
マリアンの身体が、僅かに強張る。
「私は、一番奥の部屋を調べました。そしたら、廊下からウィンストンが、マリアンが倒れていると叫びました。呼ばれたままに教室へ行くと、マリアンが血を流して倒れていました」
ソニアは一度、マリアンへ目を向ける。
「容態を確認しようとマリアンの元へ行くと、後ろからウィンストンに襲われました。それが、今セラが持っているナイフです」
周囲が騒がしくなる。ソニアは一度息を整え、続きを語る。
「私は応戦しました。その時、そのナイフを魔術で弾き飛ばしました。すると、ウィンストンは別のナイフを隠し持っていて、また襲ってきました。そして、旗色が悪くなると、窓から大声で、私に襲われていると叫んだんです」
「そんな話を、誰が信じるというのだ!」
ヨシュアが大声で遮る。しかし、ソニアは怯むことなく、ヨシュアへ顔を向ける。
「そして、争いの最中にウィンストンは言いました。全ては生徒会長、ヨシュアの命令だと……」
その場にいた誰もが予想していなかった証言に、驚きのあまり誰一人として声を発する者はいなかった。その静寂が余計に空気を重くする。
「そんな馬鹿な論理が通るはずがないだろう!」
ヨシュアの顔から、柔らかな笑みが消える。
「二人を手にかけたことだけでは飽き足らず、今度はコレポルト家の!生徒会長の!この私に罪を着せようというのか!」
退路の無いソニアには、全くその脅しは通用しなかった。
「私は、本当のことを言っただけです」
「ウィンストンが、何故私と関係があると言える!ウィンストンがコレポルト家のナイフを持っていた証拠などあるまい!」
その時、生徒達の中から、一人の少女が進み出た。
「あ、あの……!私、見ました!」
医療学科の制服。眼鏡の奥の目が、真っ赤になっている。
「クララ!」
ソニアが、思わず声を上げた。
「ドラゴン討伐の時……私、そこにいました。ソニアの魔術、この目で見たんです」
クララは、震える手を握り締めて続けた。
「あんなの、ナイフなんていらないです。だって、ソニアは……竜の鱗を、一発で灼き抜いたんですよ」
騎士科の生徒達の間から、幾つも「見た」と声が上がる。
「魔術で一瞬で終わるのに、どうしてわざわざ人からナイフを取り上げて、近づいて、刺すんですか。……そんなの、おかしいです」
「簡単なことだ」
ヨシュアは、即座に切り返した。
「魔術で殺せば、術式の痕跡から術者が割れる。刃物ならば、誰にでも扱える。——つまり、あえて刃を選んだこと自体が、この女の計算高さの証明なのだ」
クララは、答えられなかった。
「そこまで頭が回るのに、凶器を現場に置いていったのですか」
セラが、静かに口を挟む。
「錯乱していたのだろう」
「計算高いのか、錯乱していたのか。——どちらなのでしょうね、会長」
「証拠ならば、ここにある」
ヨシュアが大立ち回りを披露した時、野太く低い声が生徒達の後ろから響いた。千人を超える生徒達が一斉に振り返る。人垣が左右に割れ、その中央を、白く長い髪をなびかせた男が歩いてくる。鈍く黒色に光る珠を頭に持つ錫杖を地面へ突くたび、乾いた音が辺りに響いた。
「が、学院長……」
ヨシュアは唇を強く噛み締め、渋い表情を見せる。セドリック・アシュクロフトは、ヨシュアの前まで来ると、鋭い目で睨みつける。
「随分と勝手な真似をしてくれたものだ、ヨシュア・コレポルト」
「学院長。これは、学院の名誉にも関わる重大な事件です。生徒会長として、早急に――」
ヨシュアは、早口で説明をしようとする。
「私への報告もなしに、生徒を憲兵へ引き渡すことが、生徒会長の仕事か?」
ヨシュアは言葉を詰まらせる。しかし、周囲から向けられている視線に気づくと、すぐにいつもの柔らかな笑みを浮かべた。
「学院長先生はお忙しい身です。事件は既に明白でしたので、生徒会で処理を進めておりました」
「処理だと?」
セドリックは錫杖を強く地面へ突く。その一音で生徒達に緊張感が走る。
「人一人の人生を、君の一存で処理したというのか。生徒会長という職は、いつから学院長より上になったのだ?」
「そのようなつもりは……」
「ならば、何故私の許可もなく、憲兵を呼んだ?」
「それは、事が急を要したためです」
「急いでいたのは、都合の悪いことを調査される前にソニアを学院から追い出したかったからではないのか?」
「何を根拠に、そのようなことを!」
ヨシュアは声を荒らげる。セドリックはヨシュアから視線を外すと、セラが手にしているナイフを見る。
「セラ・アーケイン。そのナイフを私に渡しなさい」
「はい」
セラはセドリックの前まで行くと、金色のナイフを手渡した。セドリックはナイフを受け取ると、今度は自身の外套の内側から、細長い金色の鞘を取り出す。
「これは昨晩、ウィンストンの亡骸を調べた際、衣服の内側から見つかった物だ」
「なっ……!」
ヨシュアは、思わず声を漏らす。セドリックは金色のナイフを鞘の入り口へ当てると、生徒達にも見えるよう、ゆっくりと差し込んでいく。ナイフは何の抵抗もなく、鞘の中へと収まった。そして、ナイフの柄と鞘の紋様が、寸分の狂いもなく一致する。
「つまり、ウィンストンはこのナイフと一組の鞘を、衣服の内側に隠し持っていたことになる」
権力者はどうやらアクションが大きいきらいがある。セドリックは大層な財宝でも見つけたかのように、ナイフと鞘を生徒達へ見せるように掲げる。生徒達もつられて、「おぉ!」と声をあげ、一斉に騒ぎ始める。
「ウィンストンが持っていたのか!」
「じゃあ、ウィンストンがナイフを使ったんじゃないか?」
「しかも、コレポルト家の紋章が入っているぞ」
ヨシュアは、すぐに両手を広げて生徒達を制する。
「待ってください!ウィンストンがマリアンから鞘を盗んだ可能性もあるでしょう!鞘を持っていたからといって、私との関係を示すことにはならない!」
「会長。今、ご自分で何を仰ったか、お分かりですか」
セラの声は、冷たく澄んでいた。
「あなたは先ほど、そのナイフを『妹に持たせていた護身用の物』と断言なさいました。ならばお尋ねします。——ナイフを奪われた人が、どうして鞘まで盗まれるのでしょう」
「それは……」
「中身のない鞘を、わざわざ服の内側に隠して持ち歩く。そんな意味のないことをする人が、この世にいるのかしら」
生徒達の中から、ぽつぽつと声が漏れ始める。
「盗まれたのが鞘だけだと言うのなら、ナイフを持っていたのはマリアン。刺したのもマリアン。あなたは今、ご自分の妹を犯人にしたのですよ、会長」
「詭弁だ!鞘は、あの晩ウィンストンがマリアンから奪ったのだろう。マリアンが刃を抜いて構えていたところを、鞘だけ奪われた——そういう順序も、いくらでもあり得る!」
「では、マリアンに聞けばよろしいのではなくて?」
「マリアンは怪我をしている!記憶も曖昧だ!」
「都合の良いときは証言させて、都合の悪いときは記憶が曖昧。……ずいぶん便利な妹さんですこと」
セラは、初めて声の温度を落とした。
「マリアン。この鞘は、あなたの物?」
千人の視線が、一人の少女に集まる。マリアンは胸元を押さえたまま、鞘を見つめている。何かを言おうと唇が開き、そして、閉じた。
「…………」
「答えないのね」
セラは、それ以上追わなかった。ゆっくりとヨシュアへ向き直る。
「会長。妹君は、否定なさいませんでしたわ」
「答えなかっただけだろう!」
「ええ。ですが——ご自分の物かどうかを、答えられない。それだけは、皆が今、見ました」
「随分な言い草だな」
セラが、冷たい視線をヨシュアへ向ける。
「あなたの大切な妹を刺した人がウィンストンかもしれないのよ。それなのに、会長が最初に気にするのは、妹のことではなく自分との関係なのね」
「今から言おうとしたところだ!」
「それだけではない」
セドリックは外套から、一枚の書類を取り出す。
「ウィンストンが3ヶ月前にログロースへ転入した際の書類だ。生まれはレムルイ・ダル」
その国名を聞いた人々から驚きの声が上がる。
「レムルイ・ダル!5年前に内乱で滅んだ国じゃないか!」
「由緒あるログロースに、どうやって入ってこられたんだ?」
ログロース学院はエルドブリッジ王国の中枢学院、生徒達は皆身分の差こそあるが、身元は必ず確認される。それなのにもかかわらず、亡国という身分の無いウィンストンは途中入学が許されていた。それが、生徒達からは不可解なことだった。だからこそ、セドリックは声高に続ける。
「左様、その身元も定かではないウィンストンを学院へ入学させたのは、コレポルト家の推薦状があったからだ」
「待ってください!才能ある亡国の生徒を救済するため、コレポルト家が推薦しただけです。それが何の罪になるのですか!」
「罪だとは言っておらん。ただ、先程まで無関係を装っていた君とウィンストンに、明確な接点があったと確認しただけだ」
「もう一つだけ、確認させてください」
セラは初めてヨシュアから目を離し、集まった生徒達へ向き直った。
「昨夜、旧校舎から叫び声を聞いた方は、いらっしゃいますか」
ざわめきの中、ぱらぱらと手が挙がる。十数人。旧校舎に近い寮の生徒達だ。
「では、伺います」
セラは、その一人一人を見た。
「その声は——男の声でしたか。女の声でしたか」
一瞬、広場が静まった。
「…………男の、声だった」
最初に手を挙げた男子生徒が、戸惑いながら答える。
「僕も、そう思う」
「男の人の声だったわ」
声が、次々に続いた。
「もう一度だけ、聞きます。『ソニアに殺される』と叫んだのは、男の声だったのですね」
「……はい」
セラは、ゆっくりとヨシュアへ向き直る。
「あの教室にいた男は、ウィンストン、ただ一人です」
どよめきが広場を走った。
「当たり前だ!」
ヨシュアが叫ぶ。
「刺された者が、助けを呼んで何が悪い!君は、被害者が声を上げたことを罪だとでも言うのか!」
「いいえ」
セラは、静かに首を振った。
「ただ——皆さんは、ソニアの名を呼ぶ声を聞いて、ソニアがやったのだと思われた。ですが、そう叫んだのが誰なのかを、誰一人、確かめてはいらっしゃらない」
生徒達が、互いに顔を見合わせる。名前だけが、独りで歩いていた。
「会長。ここまでで分かったことを、整理いたします」
セラの声は、もう争う色をしていなかった。
「凶器は、コレポルト家の物でした。その鞘は、ウィンストンが懐に持っていました。ウィンストンを学院へ入れたのは、コレポルト家でした。そして、助けを求めて叫んだのは、男の声でした」
セラは、一度言葉を切る。
「——ですが」
「ですが、何だ」
「これだけ並べても、証明できるのは『ウィンストンがその刃の持ち主だった』ということだけです。誰が、誰を刺したのか。それは、物では決まりません」
「……ならば、君の話は全て無駄だったな」
「いいえ」
セラは、ヨシュアの脇を通り過ぎ、震えている少女の前に立った。
「無駄ではありません。ここから先は、あの場にいた人の言葉でしか決まらない。——それが、はっきりしたのですから」
ヨシュアが、皆の声を掻き消すように叫ぶ。
「くっ!マリアンは、ソニアに刺されたと証言しています!それはどうなるのです!」
再び、生徒達の視線がマリアンへと集まる。マリアンは胸元を押さえ、俯きながら震えていた。
「マリアン」
ヨシュアが説き伏せるように落ち着いた声で話しかける。だが、その目にはマリアンが何度も目にした冷たく鋭い光が宿っていた。
「もう一度、皆に真実を話しなさい」
「…………」
「君を刺したのは、ソニアだね?」
マリアンの唇が震える。何度か口を開こうとするも、声にする事ができない。それは、既にマリアンへの呪縛とも言えるものだった。




