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Hiyoko's witch  作者: POCO
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凋落

「コレポルト家には、逆らうな」

 貴族の間では、有名な言葉だ。エルドブリッジ王国の三公爵家、貿易のコレポルト家、魔術のアーケイン家、金融のゴールドマン家どれも、他の貴族の追随を許さないほどの権力をもつ。その中でも、コレポルト家は怪しい噂が絶えなかった。密輸、人身売買、ドラッグ……下の者の妬みも大いにあるだろう。事の真贋は分かっておらず、憶測の域を出ない。しかし、コレポルト家の周りで多くの人が亡くなっているのは事実だった。それは、コレポルト家と対立したもの、異を唱えたもの、意に反したものが殆どだった。しかも、その者たちは全て不審死で、毒殺、刺殺、溺殺等自殺に見せられたものもあれば、犯人不明のものもあった。アーケイン家とゴールドマン家も、国を大きく揺るがす事となると他国からの圧力が気がかりなのだろう、コレポルト家の噂には静観しているのが実情である。

 

 その夜、依頼を受けたソニア、ウィンストン、マリアンの3人と生徒会のロジェとルミエラは、旧校舎の前に集まる。旧校舎は、ログロースの最東端に位置し、学生寮を抜けた先にある。学生寮には、ログロース校舎に隣接する主に上級貴族達が住む寮と、旧校舎近くに位置するクララの様な地方貴族や他国からの留学生が住む寮、そして校外近隣には更に身分や資産の低いソニアの様な貴族の住む寮がある。

「ここは、おばけがでるって、ゆうめいなんだよねー。きょうは、まじででるんじゃない?」

 空は今にも雨が降り出しそうな曇天で星一つ見えない。ルミエラは空を見上げ、怪我をしていない左手で髪を手櫛で整えながら言う。ソニアはガタガタと震え、自分達より背の低いウィンストンの後ろに隠れる。マリアンは、何か急いでいるのだろうか、腕組みをしながら足で小刻みにリズムを刻んでいる。そして、ロジェは、目を瞑り眉間に皺を寄せて険しい顔をしている。

 やばっ、ロジェさん怒ってる?生徒会の大切なお仕事だもの、怖がっていたりせずに真剣に取り組まないと……。

 基本真面目なソニアは、ロジェの表情を見て気をしきしめようとする。そう思った矢先、ロジェは膝から崩れ落ちる。

「我、魑魅魍魎を苦手とし、甚だ恐る」

 どうやら、お化けが怖くて立てなくなったらしい。

「怖いんかい!」

「怖いんかい!」

 ソニアとマリアンは、声をそろえて突っ込む。

「我……、我……恐るる」

 寡黙なロジェの落差に、ルミエラ以外は顔が引き攣っている。

「うけるわー。まぁ、いいや、わたしがせつめいするねー。きゅうこうしゃは、きたとみなみにわかれていて、わたしとろじぇはみなみを……」

 ルミエラが聞き取りにくい説明をしていると、急に取り乱したロジェが剣を抜いて叫ぶ。

「我、主人の命を全うす!皆の物!我に続けぃ!」

 ロジェは鞘から抜いた剣を振り回して、旧校舎の中へと突撃していく。

「ちょっと!まちなさいよー。わたしのせつめいのとちゅうでしょー!」

 ルミエラは乱心したロジェを追って、旧校舎の中へ入っていく。取り残された3人は、顔を見合わせる。

「…………とりあえず、南側を捜索してみますかね」

 ウィンストンが取り残されたもの達に出来ることを提案する。それと言うのも、旧校舎に突撃していった生徒会の2人は、叫び声から、どうやら旧校舎の北側で暴れているようだったからだ。

「そうね、私、いや、私達にはやらなきゃいけないことがあるからね」

 マリアンは、何か思い詰めたような顔で呟く。

「そ、そうだね、生徒会のお仕事だもんね」

 マリアンて、責任感があるんだなぁ。正直苦手だけど、お兄さんのお願いを聞いてあげるなんて、ちょっと見直したな。

 ソニア達は、エントランスの前まで来る。旧校舎は、蔦植物がびっしりと生えて、夜ともあり殆ど外観の色は分からない。エントランスを潜り、辺りを見回すと南北に長い廊下が続いていて、中央には2階に繋がる階段が見える。壁にはガラスケースが埃を被っていて、賞状やトロフィーが寂しく置かれている。ルミエラが付けたのだろうか、薄暗く炎魔術の灯りが廊下を点々と照らしている。

「うぅ、暗いぃ〜」

 ソニアが早速挫けかけると、ウィンストンは笑顔で励ます。

「大丈夫ですよ。さぁ、行きましょう」

 ウィンストンは、マリアンにも笑顔でついて来るように促す。3人は暗い旧校舎を一部屋ずつ確認していく、1階には校長室や職員室、事務室、更衣室などがある。ソニアは、項垂れてウィンストンの後ろについている。

「何にもないわね。さあ、2階に行きましょう」

 マリアンは、ウィンストンに次に向かうように言う。

「そうですね」

 慣れてきたのか、それとも早く終わらせてしまいたいのか、マリアンはどんどん進んでいく。2階に続く階段はエントランスの他に1階の奥にもあり、3人はその階段を上がる。その後も、2階3階とどの教室も、お化けや化け物と思わしきものは何もなかった。そして、最後の4階へ続く階段に3人がさしかかった時、ソニアは何気なく皆に声をかける。

「生徒会って、こんな仕事もやるんだね。もっと華やかな感じかと思ったよ」

「そうですね。でも、基本的には生徒からの要望を、他の委員会や職員に割り振っていくらしいですね。今回はきっとイレギュラーだったのでしょう。何せ、お化けですから」

 ウィンストンは、お化け調査という変わった仕事に苦笑いをする。

「確かに、お化けの調査なんて、委員会や先生の仕事じゃないよねぇ。でも、本当にお化けなんて出るのかなぁ」

「奇妙な声とか言っていましたよね。話によると多くの生徒が聞いているそうです。仮にお化けでなかったとしても嫌ですよね……ほら、不審者とか」

 ソニアは、うわぁと嫌な顔をして、改めてこの仕事を引き受けなければ良かったと後悔をする。その後悔を、ウィンストンが後押しする。

「あと何より、誰かが立ち入っている形跡があります」

 ソニアは急に寒気を覚える。吹くはずがないのに、生暖かい風が当たっているように、首筋に何とも言えない気持ち悪さが走る。

「な、何で?どうしてそう思ったの?」

「全てではありませんが、ドアに埃のない教室がありました。そして、教室内の机も動かされた後が、いくつかありました。不審者とは言いませんが、ここは誰かが出入りをしていると思います」

 ウィンストンの言葉に、ソニアが唾を飲み込んだ時、急にマリアンが声をかける。

「ちょっと、うるさいわよ!いい加減いして!ドアを開けるわよ」

 ソニアは、「わーっ!」と髪を逆撫でて大声を出して驚く。どうやら、話しているうちに4階の教室前まで来ていたようだ。マリアンは2人の会話に苛立ちながら、教室のドアを開ける。そこは教室だったのだろう、小さい部屋に机が数十個並んでいる。

「ここも大丈夫そうね」

 マリアンはさっと教室を見回ると外に出ていく。ソニアもマリアンに続き廊下へ出てくると、ウィンストンが2人に提案をする。

「あの、お2人ともそろそろ慣れてきたと思うので、ここは手分けをしませんか?」

「えーっ!全然慣れてないよぉ!誰かいたらどうするのさぁ!」

 ソニアは、涙目でウィンストンに訴えるが、マリアンが一蹴する。

「ねぇ、あなた今日、こいつの後ろに隠れて何もしていないでしょ。最後の階くらい働きなさいよ、主席様」

 マリアンは相変わらず、機嫌が良くないらしく、ソニアに嫌味を言う。

「では、決まりですね。ソニアさんは一番奥の教室をお願いします。その手前は僕が。そして、その手前はマリアンさんが確認をお願いします」

「そんなぁ!無理だよぉ!」

「うるさい!早く行きなさいよ!」

 マリアンの怒声に負けたソニアは「はぃ……」と、がっくりと肩を落として歩き出す。その時、初めてアナスタシアが口を開いた。

「なぁ、ご主人様よ。あの2人、何だか変だぞ」

「うぁ!急に話しかけないでよ。何で?」

 ソニアは、驚きながらもアナスタシアがいるという事を思い出し安堵すると同時に、怪訝そうな顔を浮かべる。

「旧校舎に入った時から、あの2人は幾度となくアイコンタクトを交わしている。それも、ご主人様が見ていない時にだ」

 ソニアは考えながらも、全く思い当たるところがない。

「うーん、つまりどういうこと?」

「つまるところは分からないが、ソニアには内緒で、あの2人は何か企んでるように感じる。どういうことだ、何か今回の仕事とは関係あるのか?」

 アナスタシアは、限られた情報の中考えを巡らせている。

「わたしが生徒会室に呼ばれた時、マリアンとウィンストンは初めて出会ったと思うんだけどなぁ」

 ソニアは、先ほどまで怖がっていた事を忘れて、アナスタシアの疑惑に付き合う。

「今日初めて出会って、とは考えにくいがな……」

 アナスタシアと話していると、旧校舎の一番奥の教室に着く。そこで、ソニアは異変に気付く。

「あれ、この教室、カーテンで中が見えない」

 ソニアは、思ったことを呟く。先程のウィンストンの言葉を思い出して、よく観察してみると、ドアにも埃が溜まっていない。心拍数が上がっていくのが分かる。

 うぅ、実際に知らない人がいるかもしれないと思うと、むしろお化けよりも怖いよぉ。どうか、誰もいませんように!

 ソニアは、意を決してゆっくりとドアを開けていく。

「失礼します……」

 少しずつ開けていき、顔を覗かせると、今までの教室とは明らかに違っていた。ソニアは、教室に一歩足を踏み入れて灯りを付ける。

「何これ……魔術陣?」

 ソニアは、開け切っていないドアから手を離して、その異質なものを見つめる。この部屋に机は一切無く、中央に魔術が描かれている。ソニアは、魔術陣の描かれている近くまで行くと、調べるためにしゃがみ込む。

「この魔術陣……見たことない」

 ソニアは、チョークで描かれた線を指でなぞると、綺麗に拭き取れた。

「まだ新しい……。しかも、実際に描かれたものだ、これ」

「何かこの魔術陣は、おかしいのかい?」

 ソニアが不思議そうにしているので、魔術陣の知識のないアナスタシアは疑問を投げかける。

「攻撃魔法のようにその場で効果を発動させる魔術は、魔術杖で書いてしまうの。実際に描いていたら、1秒を争う戦闘には不向きでしょう。でも、この魔術陣はきちんと描かれている」

「ふむ、ふむ」

 アナスタシアは、ソニアの考えを頷きながら傾聴する。

「そして、わざわざ描くという事は、術者にもよるけど、詠唱に時間がかかる大きな魔術だという事。私もアナスタシアを呼び出した時魔術は、実際に描いて唱えたの」

「なるほど、つまりこの者は戦闘には関係のない魔術、とてもすごい魔術を唱えようとした訳だ」

「うん、多分そう」

 ソニアは魔術陣を見つめ、考え込んでいる。

「わざわざこんな人気のないところで、さらに人目につかないようして、魔術陣を描いてまで唱える魔術……」

「僕の時代では、その様に時間をかけて発現させる魔法は限られているよ。重力、磁力を操る魔法、時魔法、召喚魔法だ」

 アナスタシアの助言を聞いたソニアは、ドラゴン討伐の出来事を思い出す。

「旧校舎からの不気味な声……。空の甲冑の叫び声……ねぇ、これ召喚魔術の陣じゃないかな?」

「確かに、禁忌とされている現代において、召喚魔術は人目を避けたいという訳だね。そして、生徒から寄せられた不気味な声というのは、召喚された何者かの声だった可能性があるということだね」

 ソニアとアナスタシアは、この魔術陣は召喚魔術の可能性が高いとして一旦結論づけて、描いた者の痕跡を調べようとする。その時、廊下からウィンストンの大きな声が聞こえる。

「ソニアさん、大変です!マリアンさんが!」

 ウィンストンの叫び声に、ソニアは何事かと調査を辞めて声のする廊下へ向かおうとする。

「ちょっと待っておくれ、ご主人様」

 アナスタシアは、急ごうとするソニアを止める。

「何!早く行かないと、何かあったんだよ!」

 ソニアの焦燥を宥めるように、アナスタシアは交代を提案する。

「先程の僕の言葉を忘れたのかい?あの2人には気をつけて欲しい。この魔術陣の事もある、ここは僕と変わってくれないか」

 アナスタシアはいつになく真剣に訴えかかる。

「……そうだね、あの二人はともかく、今は何があっても言い様にした方がいいよね。ありがとう」

 いつになく真剣なアナスタシアの提案に、ソニア了承する。やっぱりソニアはヒヨコのぬいぐるみを思い切り押す。アナスタシアは鼻を押さえながら入れ代わり、廊下へと出る。

「ソニアさん、早く!マリアンさんが、倒れてるんです!」

 ウィンストンは、手招きして急ぐように促す。

「早く行こう!」

 ソニアが急かすので、アナスタシア少したげかけ足になる。

「見てください、教室の中」

 ウィンストンが指差す方を見ると、教室の中央でマリアンが倒れている。

「暗くてよく見えないので原因は分かりませんが、僕がここに来た時にはあの状態なんです。中に誰かいるかもしれませんが、僕は魔術が下手なので、どうかソニアさんお願いします」

 アナスタシアは何も言わずに頷くと、何にも注意を払わずにどんどん歩いていく。

「ちょ、ちょっと、気をつけてください!」

 ウィンストンは、慌てて後に続いてくる。暗い上に髪が乱れて分からなかったが、近づくとマリアンは仰向けに倒れている。そして、腹部にはナイフの柄と思われる物が突き立てられている。

「ねぇ、これって、まさか……」

 ソニアは目の前の光景が信じられないのか、狼狽している。アナスタシアは、マリアンの横に座り容体や状況を調べる。

「まだ、意識がある。だが、刃渡が分からないな……。臓器まで達しているか分からないと、おいそれと回復魔法をしない方がいい。まず、救助を呼んだ方がいい」

 アナスタシアは冷静に、マリアンに負担がなく救助出来る方法を考える。

「何故ですか?回復魔法ではダメなのですか?」

 ウィンストンは尋ねると、アナスタシアは傷口を確かめながら答える。

「回復は本当に擦り傷、切り傷や打撲といったものに使われるんだ。このように、臓器に達するような状態だと、医療魔法が必要となる。明るい場所で衛生面も考えなければならない」

 アナスタシアは、マリアンの容体を診ている。

「なるほど、さすが主席のソニアさんだ。それでは、僕は救助を呼んで来ます」

 ウィンストンは、にやりと笑うとどこからかナイフを取り出す。そして、全ての気配をけし、背を向けているアナスタシアの首を目掛けてナイフを一気に突き立てる。

「ウィンストンくん?何?どうして……」

 ソニアは、フードの中でその一連の動作見ていた。ナイフはアナスタシアの首には届かなかった。ソニアは、マリアンの事で頭の整理ができていないこともあり、突如としてナイフを突き立てられた事に全く事態が飲み込めなかった。

「なるほど、前情報通りか。このナイフは、アンチ魔術を施した物だったんだけどな。では、これはどうだ」

 アナスタシアは、後ろに飛び退き、ウィンストンと距離をとる。しかし、ウィンストンは、直ぐに距離を詰めてナイフと体術で追撃をしてくる。笑みを浮かべるウィンストンは、今までの優しい笑みではなかった。対峙する者を、下に見るような冷笑で、にやりと口角を上げて襲いくる様は非常に不気味だ。

「やはり、何か企んでいるのだろうと思ったよ」

「いつから、気付いてた?」

 ウィンストンの体術は凄まじく、ソニアは目で追えずにあたふたしている。

「お前らの浅はかな策など、気付くまでないさ」

 アナスタシアは、笑って返す。

「ふんっ!」

 ウィンストンは、吐き捨てるとスピードを更に上げる。

「一撃で破れなれければ、強度と速度を上げて破るまでさ」

 アナスタシアのバリアは、薄い氷が砕けるような音を立てて破られていく。アナスタシアは平然とバリアを貼り直していくが、その攻撃スピードに徐々に押されていく。

「どうしました?もう直ぐ届いてしまいますよ」

 ウィンストンは一旦距離をとり、にやにやと笑いながら再度攻撃してくる。アナスタシアは、後退りをしながらバリアを幾度も貼り直していく。しかし、それも間に合わずについに全てのバリアが剥がされてしまう。アナスタシアは、咄嗟に炎を出してウィンストンが持つナイフを弾き飛ばす。その程度では、ウィンストンは攻撃を緩めず右手でアナスタシアの首を掴む。

「アナスタシア!ウィンストンくん、辞めて!」

 ソニアは叫ぶが、ウィンストンにその声は届かない。ウィンストンは、その体躯から想像できない力でアナスタシアを持ち上げる。

「ま、待つんだ!どうして……どうして、僕を襲うんだい?」

 アナスタシアは、ウィンストンの腕を掴み離そうとするがびくともしない。終始不気味に笑っていたウィンストンは、勝利を確信したのか更に悦に入り、くちゃりと口を開き語り出す。

「なんて事ない……コレポルト家の気を悪くさせただけさ。ヨシュア様は、コレポルト家の次期当主となるお方だ。そのお方が、お前を殺せと命令したんだ。全く何をしたんだか、可哀想に……」

 その言葉が本心ではない事は、誰が見ても明らで、「くくくっ」と笑い声が漏れている。

「私を殺せって……」

 ソニアは、あの生徒会長がその様なことを言ったことを信じられない。

「で、では、マリアンは誰にやられたんだい?」

 微かに意識のあるマリアンは、目だけウィンストンに向ける。ウィンストンは、マリアンを一瞥すると、吐き捨てる様に笑いながら言う。

「あぁ、あいつは僕がやったんだ。ただの保険さ。お前は、あのアーケインのセラをやった女だ。念には念を入れて、背後からやれるようにヨシュア様が提案されたんだ。コレポルト家の出来損ないを有効活用してくれとな。まぁ、失敗したから命を落とす意味は全く無かったがな、あーはっはっは!」

 マリアンの目から大粒の涙が流れる。頬まで伝った涙は、床に小さく溜まる。ソニアはそれを悲しそうに見る。

「それじゃあ、そろそろ終わりにしよう。このまま、喉を潰させてもらうよ」

 ウィンストンは、腕に力を込めて、ソニアと過ごしていたときの様に穏やかな笑顔でアナスタシアの首を折りにかかる。

「さようなら、ソニアさん」

 ウィンストンは、嫌味に丁寧に言う。

「アナスタシア!」

 ソニアが叫びアナスタシアを助けようとしたとき、ウィンストンの笑顔が消える。

「な、何だ……これ以上、いかない!」

 ウィンストンがアナスタシアの首を絞め潰そうとするも、まるで鋼鉄の塊でも握っているのかの様に全く潰せない。

「何故だ!身体強化か?!そんな魔術何時唱えた!」

 勝利を確信していたウィンストンから笑顔が消える。

「ぺらぺら、ぺらぺらと全く……お前のような下衆がこの世に存在するとはな」

 アナスタシアは、首を掴まれているにも関わらず平然と話す。

 ウィンストンは隠し持っていたナイフを取り出して、アナスタシアの胸に突き立てるが、バリアに阻まれる。

「何故だ、さっきまでは簡単に破れたのに!」

 何度も何度も、ナイフを突き立てるが徒労に終わる。

「お前が想像以上に阿呆で助かったよ」

 アナスタシアは、まるでゴミでもミルのような冷淡な目で、何の感情も抱かない表情で一言呟く。

「さわるな」

 すると、ウィンストンは、アナスタシアの首を掴んでいた手を床に打ち付ける。

「お、重い!何をした!」

 アナスタシアは、首の周りを拭うように触り、ぺっぺっと汚いものを飛ばすような仕草をする。

「コレポルト家に反する者を消す、雇われ暗殺者よ。随分と腕には自信があったようだが、相手が悪かったね。さぞかし気持ちが良かっただろう?僕の力も測れずに、悦に入って内情を吐露して、本当に滑稽だよ。まさに、プロフェッショナルだ。さぁ、この後はどうするんだい?まだ、策があるんだろう?」

 ウィンストンは、重力魔法から何とか逃れようと踠くが、びくともしない。噛み締める歯から、血が滲み出ている。アナスタシアは、今までウィンストンがしていたいやらしい笑みを返す。

「殺す!」

 ウィンストンは重力で押し潰された手を、自分の持つナイフを突き立て引きちぎり、アナスタシアの魔法から脱する。アナスタシアは、すんと笑みを消す。

「ほぅ、なんだ、少しは肝の座ったやつじゃないか」

 ナイフからは血が

「はぁ、はぁ……お前なんて本気を出せば、片手で十分なんだよ!」

 ウィンストンは、アナスタシアに襲いかかる。しかし、アナスタシアにたどり着くことはできない。先程までのバリアと違い、全く貫くことができず弾かれ、そこにアナスタシアの魔法が突き刺さる。炎の爆発で肢体は麻痺し、氷の刃で裂傷を受け、雷で前後不覚となり、風で教室の壁に打ち付けられる。

「こ、このままでは、ヨシュアさ、ま……に」

 ウィンストンが見上げるとそこには、嘲笑を浮かべるアナスタシアがいる。

「弱すぎるんだよ、意思を持たない刃は。ただ命令されて何人の命を奪った。薄汚い笑みで、何人の命を踏み躙った。コレポルト家の気分だと。家の尊厳よりも軽い命など、一つもない!」

 アナスタシア……怒ってる……。

 ソニアは肩の上で、アナスタシアの顔を見上げる。それは、何時もの飄々としたアナスタシアではなかった。傷だらけのウィンストンは、這いつくばって逃げていく。アナスタシアは、それを目だけで追う。

「もう一つ、教えてやろう。マリアンには、すでに傷口に医療魔法で処置をした。これから手当は必要だが、命を落とす事はまずない。つまりだ、お前は何も成功していないんだよ。高みの見物をしていると、こうなるんだよ」

 窓際に突き当たると、ウィンストンは逃げるのを辞めて上体を起こす。手には先程弾かれて床に落ちたナイフを持っている。

「はぁ、はぁ……ヨシュア様……」

「この期に及んで、ヨシュア様とはね。随分と健気なもんだ」

 アナスタシアは、顔色一つ変えず吐き捨てたように言う。

「コレポルト家は、僕を救ってくれた……はぁ、はぁ。売られてきた僕を……ヨシュア様は……コレポルト家をもっと……はぁ、はぁ」

 誰にともなく独り言の様に呟くウィンストンを、2人はただ見ている。

「早く降参をするといい。そしたら、回復をしてやるよ」

「ははっ……嫌だね、絶対に……。ヨシュア様のお望み……通りに……」

 ウィンストンは窓の縁に手を掛け震えた脚で立ち上がり、大きく息を吸うと、ありったけの声で外に向かって叫ぶ。

「助けてくれー!ソニアに殺されるー!誰か、早く来てくれー!」

 ウィンストンは何を思ったのか、助けを呼ぼうとする。その大声は、旧校舎前の開けた庭を響き渡る。その声を聞きつけたのか、向かいにある学生寮の灯りがいつくかつく。

「おい、どうしたんだい?今更助けを呼ぶなんて……」

 アナスタシアはそこまで言うと何かに気付き、はっとした表情になる。

「お前!」

 その時には、ウィンストンは既に次の言葉を発する。

「マリアンが刺されているんだ!早く誰が来てくれ!ソニアに殺される!」

 学生寮から騒がしくなる。ウィンストンは、それを確認すると、窓際を背にして寄りかかる。

「マリアン……いいか。お前はこの事を全てソニアがやった事にするんだ。はぁ、はぁ、コレポルト家……ヨシュア様のために……。もし、本当の事を言ったらどうなるか分かるな?はぁ……それが、お前が生き延びる唯一の道だ」

 頷くでもなく、ただ涙を流しながら横たわるマリアンを見て、ウィンストンは「くくくっ」と空笑いをする。

「ソニア、僕の勝ちだ。お前は今日ここで、終わるんだよ。ヨシュア様!栄光あれ!」

 ウィンストンはそういうと、持っていたナイフを胸に突き立てる。

「きゃあぁぁぁ!」

 ソニアは、凄惨な光景に叫び声を上げる。アナスタシアは、即座に回復魔法を試みようとしたが止める。心臓を一突きで、即死だと悟ったのだ。その時、教室の外から何人もの声が聞こえる。

「くそっ!滑稽なのは、この僕だった。あいつの覚悟を見誤っていた」

「アナスタシア、どういうことなの?」

「ご主人よ!今、僕たちはマリアンとウィンストンの殺害容疑がかけられそうになっているんだ!命を奪うことが難しいと判断したあいつは、この現状の犯人を僕たちになすり付けて社会的に殺そうとしているんだ!」

 この状況で、誰がソニア以外の者がやったと思うだろうか。無実を理解してもらえるだろうか。もう後数秒後には、ウィンストンの助けを聞いた者が教室に入って来るだろう。アナスタシアは、苦虫を噛み潰したような表情で立ち尽くす。外は、いつの間にか大雨が降り出していた。

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