ご主人様を助けるために
ログロース学院の一際豪華な建物、爵位をもつような上級貴族のみが入寮を許される学生寮がある。
その寮の1番大きな部屋にアナスタシアはいる。寮の外観がアーチや彫刻が施されたような様式美の華やかさならば、この部屋は可愛らしさに突き抜けた華やかさだ。白いベッドに淡いピンク色のもふもふの掛け布団、枕にはたくさんのぬいぐるみが綺麗に飾られている。勉強机も白く、同じ様に可愛らしい人形が置かれている。
朝、ヒヨコのアナスタシアはその部屋のベッドで目を覚ます。周りの人形に見事に紛れて、まさかヒヨコのぬいぐるみだけが動くとは誰も思わないだろう。むくりと起き上がると、目の前にはセラが人形の様に静かに眠っている。辺りを見回して、自分の状況を整理する。
「可愛い部屋だな……」
無意識に口から言葉がこぼれるが、アナスタシアにいつもの様な元気はない。それは全て昨日の夜の出来事のためだ。呟くような小さな声だったが、セラはすっと目を覚ます。
「あら、起きたのね。おはよう」
セラは起き上がると、アナスタシアの挨拶を待たずに続ける。
「あなたほどの者でも憔悴はするものなのね。あなた、フードで寝ていたわ。どう、少しは快復したかしら?」
綺麗な人形の様な顔で、全く気を遣わない言葉をかける。しかし、アナスタシアは気に障ることなく答える。
「あぁ、すまない。僕は自分の力を過信して、人の覚悟というものを簡単に見誤るようだ。ウィンストンにしても、ソニアにしても…………」
セラは黙ってアナスタシアの話を聞いている。
「僕が傲慢だったばかりに、ご主人様にあんな決断をさせてしまった。だが、もう大丈夫だ、今後は絶対に慢心はしない」
「そう……それは良かったわ」
その言葉はきっと自分に言い聞かせているのだろうとセラは思ったが、敢えて問いはしなかった。アナスタシアはセラの前までやって来ると、顔はヒヨコだが真剣な面持ちで頼み込む。
「セラよ、申し訳ないが、ご主人様を助けるための力になってはくれないだろうか?僕はこの通りの小ささだ、移動だけでも日が暮れてしまう」
セラはアナスタシアの頭を掴み顔の近くまで持ってくると、いつも通りの真顔で答える。
「ふん、当たり前よ。ソニアが憲兵にでも捕まろうものなら、もうあなたと戦うことができないじゃない」
差し込む朝日がセラの髪を眩しく輝かせ、アナスタシアもぱっと表情が明るくなる。
「ありがとう!では、早速ソニアのところに行こう!」
アナスタシアは掴まれたまま手足をちょこちょことバタつかせる。
「ちょっと待ちなさいよ。昨日のことは何も知らされずに、あなたは寝てしまったのよ。まずは昨日何があったのか教えてちょうだい」
アナスタシアは、届かないながら短い手をぽんっと叩く仕草をする。
「確かにそうだね。では、昨日あったことを話そう」
「時間がもったいないから、私が準備をする間に教えてちょうだい」
そういうと、セラはアナスタシアを肩の上に乗せベッドから降りる。
昨日の出来事を聞いたセラはただ一言言い放つ。
「下衆ね」
セラの一言は、時に清々しく気持ちいい。学生服に着替え、髪を梳かし支度を終えたセラは外套を纏うと、アナスタシアを肩の上に乗せる。
「というか、あなた、このままソニアのところに行ってどうするつもりなの?」
「えっ?どうって、セラが雷魔術でぶっ飛ばしてソニアを救い出すしかないのではないかい?」
「あなた、慢心する前に、まずよく考えて行動しなさいよ。いくら弁明の余地が無いといえど、そんなことしたら全員揃ってお尋ね者よ」
セラは自室のドアを閉めながら、アナスタシアをジト目で睨む。
「そんなこと言っても、では、どんな方法があると言うのだい?……正直、僕は完璧にやられたと思っているよ?マリアンは怪我こそしているがコレポルト側だ。そして、ウィンストンが助けを求めた後に自害。どうしたら、ウィンストンの仕業だと証明できるんだい?」
アナスタシアは、階段を降りるセラの横顔を見ながら尋ねる。
「手掛かりを探すわ。幸い、昨日はあの後、夜にもなっていたし職員によって現場は保存されたわ。今からそこに行き、一度調べてみましょう」
セラは寮を出ると、昨日の事件現場へと足早に向かう。旧校舎は、テープで仕切られていて、ログロースの職員が立ち入りができないよう見張っていた。
「どうやら、簡単には入れてくれなそうだね」
アナスタシアは、セラの肩の上で難しそうな顔をする。
「別になんてことないわ」
セラは、アナスタシアの心配を他所に澄ました顔で見張りの職員へ近づいていく。
「おはようございます。生徒会のセラ・アーケインです。生徒会長の命により、現場を調べさせていただきます。通していただけますか?」
「ど直球に聞くもんだね」
アナスタシアは、セラの何の捻りもない物言いに驚く。
「お、おはようございます!セラさん。生徒会のお仕事、お疲れ様です。どうぞ、お入りください」
セラの眉一つ動かさない無表情に、職員はすんなりと言うよりも、寧ろ畏まってセラを通す。
「ありがとう」
セラも当たり前かのようにそこを通る。
「ここの生徒会というのは、随分と力があるのだね」
アナスタシアは振り返り、職員を見ながら言う。すると、セラはふと立ち止まり振り返る。
「そうだ、先生。昨日から今まで、私以外に誰か現場に来たのかしら?」
急にセラに質問された職員は、不思議そうな顔をする。
「私は朝に当番を変わったので、何とも言えませんが、誰かが来たと言う報告は聞いていません。セラさんが、初めてだと思いますよ」
「そう、ありがとうございます」
セラは踵を返すと、何事もなかったように歩きだし、先程のアナスタシアの質問に答える。
「いいえ、生徒会の力というよりも、ヨシュアの力よ。それくらいに、コレポルト家は、このログロースで力があるの。だから、あいつに知られる前にどれだけ動けるかが鍵よ」
セラはアナスタシアの質問に答える。
「はぁ〜、度胸が据わってるねぇ。では、さもヨシュアの命令かのように一芝居打った訳だ。しかも、あんな仏頂面で」
「…………仏頂面なんてしてないわ」
どうやら違ったようだ。
「そ、そうかい……それは、申し訳ない」
アナスタシアは気まずそうに、セラの歩く先を見つめる。セラは顔を赤らめて「ふんっ」とだけ言うと、足早だった足が更に早くなった。その速足が功を奏したのか、部屋を出てから15分後には昨日の4階に着いた。セラは事件のあった教室にゆっくりと足を踏み入れ、辺りを見回す。見渡した限りでは、教室は全て昨日のままのように感じた。
「いい、とにかくこの教室を隅々まで調べるのよ。あの用心深いヨシュアだから、あまり期待は出来ないかもだけど」
アナスタシアは頷き、セラの肩から飛び降りる。自重が軽いため、スムーズに着地して歩き出す。そして、昨日ウィンストンが自害した場所まで来ると、背の低さを生かして調べ出す。
「ふむ、大量の血痕だね。さすが暗殺者だ、何処を刺せば絶命するのかを知っていたのだろう」
アナスタシアが調べているところは、既に血痕以外に特に新しい発見はなかった。セラは倒れた教卓を起こして、その下を探している。
「そうね、暗殺者ならばそのくらいは知っていたのでしょう。でも、本当にあのウィンストンがヨシュアに雇われた暗殺者だったとはね」
セラはアナスタシアを跨いで、窓際を調べる。
「今考えれば、不自然な時期に転入してきたわね。しかも、すぐに生徒会、ヨシュアの手伝いをするなんて、よくよく考えれば変よね」
「誰もおかしいと思わなかったのかい?」
「全く、気にしてなかったわ」
セラは窓の周りを一通り調べ終えると、教室の後ろに行き寄せられている机の下を探る。
「まぁ、いずれにせよ、クズね。マリアンまで道具のように使い、ソニアを陥れようとするなんて」
その時、セラは奥で何か光る物を見つけた。この旧校舎の教室で大体のものがくすんでいる中、少しの陽の光で光るということは、最近まで使用されていた物だろう。
「何かしら、一番奥にあるわ」
セラは自身の背の低さを生かして、机の下を四つん這いで進んでいく。
机を退かせば良いのでは?
とは言わず、セラの行方を見守る。近づくにつれその物の形状がはっきりとしてくる。セラは目を見開き、少しスピードを速める。
「これは…………」
アナスタシアは次の言葉を待つも、すぐに続かなかったので、待てずに聞く。
「何だったんだい?」
「ナイフよ、金色のナイフ…………しかも、これ!あいたっ!」
ナイフを見つけたセラは、自分が机の下にいたことを忘れて、立ちあがろうとして頭をぶつけた。
「おいおい、大丈夫かい?結構、派手な音が鳴ったが」
「ったぁ〜。な、なんともないわ」
セラはそう言うと、今度は気をつけて身を屈めて上手にアナスタシアの元までやってくる。
「とにかく、これを見てちょうだい」
そして、やってくるなりセラはアナスタシアの目線に合うようにしゃがみ込み、今し方見つけたナイフを見せる。セラが差し出した金色のナイフ。その柄には、見間違えようのない紋章が刻まれていた。それは、エルドブリッジ王国の貿易を司る三公爵家、コレポルト家の紋章だった。




