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Hiyoko's witch  作者: POCO
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教師の資質とは、かくあるべき?

 ソニアが第一騎士団の所属を告げられた後、オリエンテーションを受けて、その日の授業は終わった。もちろん、ソニアは放課後にセラやアナスタシアに魔術の猛特訓を受けた。相変わらずの魔術下手だったが、2人は嫌な顔一つせずに付き合ってくれた。

 次の日、一限目はエドワード先生の騎士道序説をセラと一緒に受けた。セラは背筋正しく全く動かなかったが、よく見たら寝ていたことに驚いた。アナスタシアはいつも通りの夢の中だった。そして、二限目はセラ選択科目の雷属性実践魔術、ソニアは一番得意な炎属性実践魔術を受けるために別れた。

 実践魔術のグラウンドは編成試験の時に使われていたアリーナとは別の場所だったが、作りはほとんど同じだ。選択科目は、炎氷雷風土の五属性と補助・回復魔術に分かれていて、このアリーナには炎魔術を選択した1年生から3年生までが講義を受ける。ソニアがアリーナに着くと、20人ほどの生徒が待っていた。その生徒たちは、ソニアを見つけるとちらちらと様子を伺っている。

「うぅ〜、見られている〜。この視線、嫌だなぁ」

「気にすることなど、ないだろうに」

 ソニアは、頭を下げて外套で顔を隠しながら視線から逃れるようにアリーナの端の方へ行く。そして、小さくなりながら炎の魔術書を確認していると、急に男性から話しかけられる。

「ねぇ、君、主席なんだってね」

 急に話しかけられた驚きと、初の講義の緊張から、ソニアは「はぃ!」と素っ頓狂な声が出た。咄嗟のことだったので、頭は回らなかったが外套の色から、話しかけてきたのは3年生の男女のグループだと分かった。

「な、な、なんでしょぅヵ……」

 ソニアは、目を泳がせながら吃りながら応える。主席とは思えない弱々しさに、上級生は驚いた表情を見せたかと思うと、にやりと笑う。

「ぎこちなー!緊張してんの?今年の主席って聞いたからどんな奴かと思ったら、こんなんかよ」

 グループの男子生徒が吹き出す。ソニアは俯いたまま、手で外套を握り締める。

「ログロースは、こんな奴ばかりなのかい?」

 アナスタシアは、フードの中から顔を出して、怒りを露わにする。

「しかも、こいつまだぬいぐるみなんて持ってるぜ。ウケるんだけど!」

 もう1人の男子生徒が、笑いながらアナスタシアに手を伸ばしてきたので、ソニアは必死に身を捩り「失礼します」と逃げる様にグループから離れる。

 グループの皆は、特に後を追っては来なかった。最悪の気持ちだが、気を取り直して乱れた呼吸を整えているとエドワード先生が現れた。簡単な説明を終えると実践に入る。ソニアの出来は相変わらずの芳しくないものだった。今年の主席だからとやたら注目を集めてしまったため、以前より顕著に驚きと嘲笑の囁きが聞こえてくる。

「ご主人様よ、もっと体内の魔力の流れを掴んで、グッとやって、バッと出すんだよ」

 アナスタシアは、肩の上で周りからは見えない様、お尻をクイっとする。アナスタシアの指導は、まさに天才のそれで、抽象的でソニアは何をどうすれば分からなかった。その後、エドワード先生にもきちんと取り組む様に叱られた。

 講義のあと、魔力を使い果たしたソニアはふらふらになり、セラとクララとランチをするために食堂へ向かおうとする。

「あれでも、全力でやってるんだけどなぁ」

 食堂のある校舎まで歩いていると、先程ソニアに絡んできたグループがいた。ソニアは、また話しかけられたらたまらないと、少し遠くを通り過ぎようとする。

「あれ、さっきあんな小さな子いたっけ?」

 ソニアが異変に気づいたのは、講義前に話しかけられた時にはいなかった男の子がいたからだ。そのグループは、その子を逃げられない様に囲みながら校舎裏へ消えていった。ソニアは自分の経験からか、これはただ事ではないと嫌な予感が走る。

「アナスタシア、ちょっとごめんね」

 ソニアはランチに遅れる事を謝ったのだが、アナスタシアにはその意図が分からないようだった。ソニアは、そのグループの後をつけて行く。そこは、ソニアがマリアン達から絡まれた場所で、依然として人影は少ない。ソニアは様子を伺うため、校舎の影に隠れて見守る。囲まれている男の子は、3年生の男子生徒から比べると胸の高さくらいだった。ブロンドの髪が目にかかっていて、表情は見えない。

 あの色、私と同じ1年生?小学部からいるけど、あんな子見た事ない……。高等部から、転入してきたのかな。

 ソニアは、外套の刺繍のラインから同学年と判別する。そのまま、1対多数のグループの様子を訝しんで見ていると、グループの1人が男の子の胸ぐらを掴む。ソニアは無意識に飛び出して、声を上げる。

「あ、あの!すみません……」

 勢いよく出て行ったものの、言葉尻は窄んでいく。しかし、ソニアの一言にグループの全員が反応する。上級生たちは振り返った時こそ驚いた様子だったが、声をかけたのがソニアと分かるやその表情は怒りに変わっていく。

「何だよ、主席のソニアさん。俺たちに用事かい?」

 口調は優しいが、その態度からは苛立ちを感じる。そして、グループの1人が近づきながら詰め寄ってくる。先程の授業でのソニアの実力を知ったからか、上級生は全く主席ということを気にしてはいなかった。迫ってくる男子の上級生は大柄で、ソニアはその男の肩の高さにも届かない。覆い被さるかのように見下ろしてくる様に恐怖を感じ、ソニアは横を向いて手を胸に当てて縮こまる。

 うぅ、怖い……でも、全員がこちらを見ている。

「そこの君!逃げて!」

 ソニアは、グループの意識が少年から離れたのが分かると、縮こまりながらも男の子に逃げる様に促す。その子は驚いた様子できょとんとしていたが、ソニアが自分を逃がそうとしてくれていると分かるとぺこりと頭を下げて走って逃げて行く。男の子が逃げて行った方を皆が見ている。もちろん、その後に自分へ怒りの矛先が向けられることは分かっている。

「何してくれてんだよ!てめぇ!」

 男の怒鳴り声で、さらにソニアは縮こまる。

「ひぃぃ!ごめんなさい!」

「後先を考えずにやりすぎだ。ご主人様も、十分トラブルメーカーだよ!」

 ソニアは「ひぃ〜」と悲鳴をあげてしゃがみ込むと、アナスタシアがフードの中から飛び出てくる。アナスタシアが飛び出して来たのだが、男にはソニアがぬいぐるみを取り出した様に見えたのだろう。怒っている者にしてみたら、対象の人物がぬいぐるみを取り出してくるなど、火に油を注ぐようなものだろう。

「ふざけてんのか!ぬいぐるみ何て出してんじゃねぇよ!」

 男がソニアに掴み掛かろうとする。

「ご主人様よ、僕と変わるんだ!」

 と、アナスタシアが声を上げたとき、ソニアが何かを呟いた。

「………………」

 それは、目の前にいるアナスタシアにさえ聞き取る事は出来なかった。次の瞬間、ソニアは男から距離を取っている。男がソニアに伸ばした手は、空を掴む。

「あれ、いつの間に?」

 呆気に取られた男は、少し離れた場所でぬいぐるみを持ちながらぺたりと座っているソニアを見つける。アナスタシアは、ヒヨコのため見た目では分からないが、非常に驚きソニアを見上げる。

「ご主人様……今のは何だい?」

「しょうがないでしょ。腰が抜けて、立てないのよ」

 ソニアは何に対しての質問かは分からないのか、アナスタシアの意図する回答ではなかったようだ。

「いや、ご主人様よ、今周りの動きが止まったかのように見えたのだけど……まるで……」

 アナスタシアが説明しようとしていると、逃げたソニアに再度迫ってくる。ソニアは悲鳴をあげて、四つん這いで男から距離を取ろうとする。

「周りも、気付いていないのか……」

 アナスタシアは独り言をいいながら、必死に短い足をバタつかせてちょこちょことソニアの後を追いかけてくる。

「ご主人様、僕と変わるんだ!くれぐれも、押す時は……」

 アナスタシアの言葉を聞くや否や、ソニアはぱっとヒヨコのぬいぐるみを取り上げる。

「ありがとう!」

 ソニアは飛び付くようにアナスタシアを取り上げ、クチバシを思いっきり押す。

「ぶへぇ、これは言っても無理なのかな」

 アナスタシアは、鼻を抑えながら立ち上がる。そして、即座に風魔法を発動させる。

「吹き飛べ」

 襲いかかろうとした上級生達は、アナスタシアを中心に円状に広がるように吹く突風に吹き飛ばされる。

「何だ、急にものすごい風が吹いたぞ?」

 グループのメンバーは、誰1人としてそれがアナスタシアの魔法だとは気が付かない。

「おい、そこの男共。主席の力、見せてやろう」

 アナスタシアは、早速上級生を煽り出す。

「そうやって、いつも一言余計なのよ!」

 ソニアは、躍起になって嗜めるが、アナスタシアは「大丈夫、大丈夫」と、手をひらひらさせるだけだ。

「全く、登校するたびに何かしらのトラブルが起こるね、ご主人様よ。いやぁ、飽きない、飽きない。おっと、杖を出すんだったね」

 忘れていたとばかりに、アナスタシアは杖を取り出す。それを見た上級生も、すかさずに魔術杖を取り出す。

「この人数とやろうってのか!」

 男たちは数に対する余裕の笑みを浮かべながら魔術杖を構えて、魔術を唱え出す。

「人気のない所を選んだのが間違いだったね。周りを気にせず、心置きなくやれるってもんだ」

 アナスタシアは、相手が魔術を唱え終わるのを見計らう。

「アインス・イグニス!」

「アインス・フルメン!」

 メンバーたちは、次々に魔術を放つ。発動を確認すると、アナスタシアは詠唱の振りをする。

「契約の鍵、風よ吹け、我が名はソニア・エヴァークレスト!……あ、ご主人様よ、魔術名を教えておくれ」

「うおぉぉい!今、攻撃されてるんだよぉ!」

 ソニアは急にエセ詠唱を止めたアナスタシアに盛大に突っ込む。そして、放たれた魔術はアナスタシアに襲いかかる。

「ざまぁないな!」

 メンバーの1人が、勝利を確信して吐き捨てるかのように言う。しかし、それらの魔術はアナスタシアには届かない。アナスタシアの常時バリアの魔法は、簡単な魔術では破る事はできない。

「な、なんだ?魔術がかき消されたぞ」

 上級生達が驚いているが、アナスタシアは全く攻撃されたことを意に介していない。

「すまないね、今回は魔術名まで入れてみようと思ったのさ」

「バリアがある事は分かっているんだけど、心臓に悪いんだよね!」

 ソニアは息を荒げて、アナスタシアの髪の毛をひっぱりながら言う。

「まぁ、いいじゃないか、ご主人様。次は成功させてみるから」

「いい?基本だけ教えるね。炎はイグニス、氷はグラキエス、風はヴェントス、雷はフルメンだよ。そして、レベルはアインス、ツヴァイ、ドライの順に高くなるの。とりあえず、それだけ覚えて」

 ソニアが説明する間にも、魔術が放たれたはバリアに弾かれている。ソニアも次の攻撃からは慣れたようだ。

「なるほどね……覚えられないから。今日は炎にしよう」

 アナスタシアは、手をぽんっと叩き納得する。

「何であいつに届かねぇんだ!防御魔術なんて唱えてもないだろうが!」

 上級生達は諦めずに魔術を唱えては打ち込んでくるが、アナスタシアのすんでのところで弾かれる。その攻撃の中、アナスタシアは、詠唱を試してみようと、ゆっくりとグループのメンバー達へ向いて微笑む。アナスタシアは、魔術杖を相手に向けて詠唱をする。

「契約の鍵、燃えろよ燃えろ、我が名はソニア・エヴァークレスト、アインス・イグニス!」

 魔術杖の先に魔法陣が現れ、火球が発現すると、そこからいくつもの光線上の炎が相手を襲う。上級生達は、1文節という非常に短い詠唱で魔術が発動されたことに驚くも、それどころではないと、何とか外套で防ごうとする。しかし、アンチ魔術の施された外套は、ただの布切れのように燃えて消し炭になった。

「どうだい、主席の力は。もう一度発射したら、次は何で防ぐ気なんだい?」

 アナスタシアが指す魔術杖の先で、火球がゴォォと小さく音を立てている。上級生達は冷や汗をたらりと垂らしながらお互い顔を見合わせると、「すいませんでしたぁ!」と逃げて行く。上級生の後を見送ると、アナスタシアは「あぁ、楽しかった」とまたソニアと入れ替わる。

「しかし、ご主人様よ、さっきはトラブルメーカーと言ってしまったが、見直したよ。ご主人様はセラやクララの事をすごいと言うが、ご主人様も十分覚悟が出来ているではないか」

 アナスタシアは、クチバシを上げて喜ぶように語る。

「覚悟って?」

「アルエとエレナからセラを庇った時もそうだが、ご主人様の困っている人を守ろうと後先考えずに動けるのは、早々できることじゃぁない。ご主人様は教師になりたいんだろう?教師として必要なのは、何も学問や魔力だけじゃない。僕はセラやクララ達同様、立派だと思うんだがね」


 マリアンの時もそうだった。中学部に入り、毎日クララ達友達と楽しく学校生活を送っていた。ある日、1人で授業に向かっていると、マリアン達が同級生を虐めていた。その子は泣いていた。理由は分からなかったけど「ごめんなさい」と、その子は謝っていた。それを笑うマリアン達を見て、自然と身体が動いた。もちろん、マリアン達に勝てる訳もなく、返り討ちあった。そして、その後は虐めの対象が私になったんだ。あの日、あの行動が無ければもっと楽しい学院生活だったと何度も思った。毎日のように卑下され、魔術もろくに扱えない私に教師になる資格は無いと思った。でも、そんな私の蛮勇を、アナスタシアは「立派だ」と認めてくれた。

 ソニアは、自分は教師を目指していいのだと心が軽くなった。そして、ヒヨコのアナスタシアの頭を笑顔でよしよしする。

「そうね、私、教師になるためにがんばる!」

「な、何だい、真剣な顔をしていると思えば、急ににやけて……」

 いつされたのか思い出せないよしよしに照れるアナスタシアは、向こうを指差してはぐらかそうとする。

「ところで、助けてあげた子が帰って来たようだよ」

「えっ」とソニアが振り返ると、先程の男子学生がこちらに歩いてくる。先程は、俯いていたため目が見えないのかと思ったが違った。金色の前髪が目を覆い元々見えていない。背はソニアと同じくらいで同学年の男子生徒と比べると小さい。肌の色は白く、全体的な印象として活発なイメージは湧かない。

「あの、助けてくれてありがとうございます。あの人達、僕が新入生と言ったら、絡んできて困っていたんです。僕、ウィンストンと言います。」

 声もか細く、弱々しい。

「良かった、怪我はなかった?」

 ソニアは安心させようと笑顔で話しかける。ソニアもあまり気が強い方ではないため、今の男の子の気持ちが分かる。

「うん、さすが主席のソニアさんだ。上級生が何人もいたのに、倒しちゃうなんて」

「えっ、見てたの!」

 ソニアは驚くと、アナスタシアをチラリと睨みつける。アナスタシアはさっとフードの中に隠れる。

「い、いや、別にすごいなんて……とんでもない!」

 ソニアは両手を顔の前でぶんぶんと振る。

「僕は最近編入してきたから知らないのだけれど、なんでもセラさんを倒したらしいですね」

「いやいやいやいや!それには色々あって……」

 ソニアの的を得ない言い返しに、ウィンストンが首を傾げる。それを見たソニアは、セラとアナスタシアの言葉を思い出す。

 

「これからの事をやる前から諦めているのは、私は好きではないわ」

「僕はセラやクララ達同様、立派だと思うんだがね」

 いつまで、言い訳するつもりだろう。あの時、全部受け入れてアナスタシアとの入れ替わったのは、私の意思だったのに。今日1日見てもそうじゃない。自分の実力以上の目で見られて、求められるんだ。セラは諦めるなと言ってくれて、アナスタシアは立派だと言ってくれた。もう、アナスタシア含めて私なんだから、もっと……もっと自分の言葉、行動に責任をもたなくちゃ。

 ソニアは、もう一度ウィンストンに力強く言う。

「いや、違う。ごめん、そう、セラに勝ったよ。でも、本当にセラはとても強かったんだよ」

 急に真剣な顔で言うソニアに、ウィンストンはきょとんとする。ソニアの表情の変化は、初めての相手には不思議に感じるようだ。

「そうなんですね、僕は早々に負けてしまったので、いやぁ、見たかったなぁ」

 ウィンストンはにこりと笑った。

「そうだ、ウィンストンくん、あなたは何科なの?」

「僕は騎士科です」

「そっか、同じなんだね。じゃあ、専門科目は一緒だね」

「そうですね、よろしくお願いします」

 ウィンストンが握手を求めてくるので、ソニアはそれに応じる。

「それじゃあ、私、そろそろ行くね」

 ソニアが、ランチに向かうためにその場を去ろうとするとウィンストンが呼び止める。

「あ、あの!本当にありがとう!」

 振り向き手を振りながらその場を離れていくソニアを、ウィンストンはじっと見つめていた。

 

 次の日、足取り重くソニアは実践魔術の授業に向かう。

「はぁ、昨日、やっちゃったからなぁ、先輩達に会いたくないなぁ」

 人助けとはいえ、手を出してしまった相手と同じ授業に出るのは気が引けるようだ。

「まぁ、いいじゃないか。目には目をってやつさ」

「全く……助けてもらってるから、いいけどさ……」

 ソニアはため息をつきながら、アナスタシアに言った。

「ソニアさん、おはようございます」

 アナスタシア、ヒヨコのぬいぐるみに話しかけているところを、急に隣から声をかけられたため、ソニアはびくぅっと飛び跳ねて驚く。胸に手を当てながら振り向くと、昨日助けたウィンストンだった。

「お、おはよう。びっくりしたぁ」

「すいません、影が薄いもので……」

 ウィンストンは申し訳なさそうに謝る。

「いや、ごめんね、そんな意味じゃないんだ。次は何の授業なの?」

 自虐なのか、本当に誤っているのか分からず、まずいと思ったソニアはすかさず話を逸らす。

「炎の実践魔術です。ソニアさんは?」

「え、同じなんだ!じゃあ一緒に行こうよ」

 でも、ウィンストンくん、昨日の授業にいたっけ……?

 一瞬そんな考えも過るが、何より気が重い授業に知り合いがいた事に、ソニアの顔は明るくなる。ウィンストンは、きっとソニア同様学力で転入してきたのだろう、魔術はソニアと同レベルだった。ソニアは魔術の扱いは下手だが、知識はあるので色々と教えてあげられた。それも、ソニアにとっては、嬉しいものであった。

「ソニアさん、ありがとうございます。ソニアさんの教え方、とても分かりやすいです」

 授業の後、ウィンストンは笑顔で感謝を述べる。

「えへへ、分かりやすかった?良かったー!そうだ、この後友達とランチするんだけど、良かったら来ない?」

 おだてに分かりやすく、ソニアはにやけながら食事に誘う。ウィンストンは、少し考えてから笑顔で誘いを受ける。


 実技魔術のアリーナから、徒歩約3分のところにある食堂までやってくると、セラとクララがすでにテーブルに座っている。まだ、テーブルには何も食事はなく、二人はソニアを待っていてくれたのだろう。ソニアを見つけると、クララは手を振って場所を教える。

「あっ、あそこだ!ウィンストンくん、行こう」

 ソニアは足早に二人のテーブルまで向かうと、早速ウィンストンを紹介する。

「こちらウィンストンくん、昨日知り合ったの。私と同じ騎士科の1年生で、最近転入してきたんだって。実技魔術が一緒だったから、ランチ誘ったの」

 ソニアが紹介すると、ウィンストンも笑顔で挨拶をする。

「クララさん、初めまして。セラさん、こんにちは」

 ウィンストンの言葉に、違和感を覚えたソニアはウィンストンに尋ねる。

「あれ?ウィンストンくん、セラと知り合いなの?」

「ええ、実は僕、転入してきてから時々生徒会のお手伝いをしているんです。そこで、何度かお会いしたことがあるんです」

 ウィンストンは、初対面ではないことを説明する。セラは「こんにちは」とだけ言うと、ウィンストンから目線を外す。

 相変わらず無愛想だなぁ、セラは。


 

 セラとクララに紹介して、ランチをする。ウィンストンは、終始笑顔で3人の事を聞いては、驚いたり、賞賛したり、感心したりする。ソニアとクララは、とても良い気分で目尻が下がっているが、セラだけは無表情だった。

「そういえば、ソニアさんはいつもそのヒヨコのぬいぐるみを持っていますね」

 ウィンストンはふと思いついたかのように、ソニアの外套のフードを指して尋ねる。にやけ顔のソニアは、フードの中で寝ているアナスタシアを取り上げて何気なく答える。

「そうなんだよ。これは昔から私の部屋にあったんだ、宝物なの」

「そうなんですね。僕を助けてくれた時、そのぬいぐるみを持った途端に強くなったように感じたので、てっきり魔道具か何かだと思いました」

「あははは、確かに魔道具みたいなものかも。このぬいぐるみのお陰で主席も取れたしね」

「へぇ、そのぬいぐるみにそんな力があるんですね」

 ウィンストンが、目を丸くして驚きながらヒヨコのぬいぐるみに顔を近づけようとすると、セラが間に入ってくる。

「ちょっと!ソニア!あまりアナ……ヒヨコのぬいぐるみのことは」

 セラがソニアの緩くなった口を諫めると、ソニアはぎょっとした顔を見せ、しどろもどろで取り繕う。

「あー、全然そんなんじゃないよ!ただのぬいぐるみだよ!その……ただ、何だ……握ると安心するくらいだから!全然、魔力とかアップしないし!本当だよ!」

 ウィンストンはポカンと口を開けている。クララは顔を逸らしている。ソニアは恐る恐るセラの方へ向くと、そこには鬼の形相のセラがいた。

「ウィンストン。私たちは次の授業があるの。失礼するわ」

 つっけんどんにセラはウィンストンに別れを告げると、ソニアの襟を掴んで引きずって行く。

「ごめんね、ウィンストン君」

 クララはセラの無愛想と1人にしてしまうことを謝り、2人について行く。3人の後を見送るウィンストンは、笑みを浮かべて手を振っていた。


 

「ちょっと!あれだけ気をつけなさいと言ったはずよ!既にお父様やアルエには怪しまれているというのに、自分でペラペラと!」

「はぃ、ごめんなさい」

 昨日、ウィンストンを助けたところで、ソニアはセラに怒られている。ソニアは、小柄なセラよりも小さく見えるほど縮こまっている。クララはセラに「まぁまぁ」と声をかけて宥めているが、セラは収まりそうにない。

「いい?これは、あなたの自由がかかっているのよ!もう一度言うわよ、ソニアがアナスタシアと入れ替われることを知られたら、この国からも、他国からも狙われることになりかねないのよ!」

「はぃ、その通りです」

「何よりあなたが捕まってしまっては困るの!いい?アナスタシアは私が絶対に倒すんだから!」

「はぃ、アナスタシアを倒すのはセラです……」

 ソニアは、もうセラの言う通りに謝り倒している。一気に捲し立てたセラは、息が上がっている。

「いい意気込みだね。頼もしい」

 アナスタシアもソニアの頭の上で足を組んで、セラの気概に感心している。

「あーっ!こんなところにいたんだぁ」

 人気のないところだったため、急に声をかけられた3人ははっと振り向く。そこには、生徒会2年のルミエラがいる。セラは何事もなかったかのように平静を装って応える。

「こんにちは、ルミエラ。私を探していたのかしら?」

 同じ生徒会ともあって、自分に用事があったのかと思う。ルミエラが近づくにつれて、腕を怪我していることに気づく。

「その腕はどうしたの?」

 セラが怪我を案じて尋ねるが、「まぁねぇ……」とあまり言いたくないようだ。

「そんなこといいからさ、そにあとぉ、せらとぉ、くららにくにからひょうしょうがあるんんだってー」

 ルミエラの言葉は、音量や滑舌に問題があるわけではないが、非常に聞き取りにくい。

「国から表彰?」

 セラは聞き取りにくいルミエラの言葉を言い直す。

「なんかぁ、どらごんとーばつ?ってやつ?それで、3にんをよんでこいってさー」

 ソニアとクララは顔を見合わせる。セラは「お父様……」と溜息をつく。

 ソニアは、未だ自分がどんどん大きな渦に巻き込まれていっていることに気づいていない。アナスタシアという存在がもたらした変化は、徐々にソニアの意思を越えていくものとなろうとしている。

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