ログロース学院高等部騎士科第一騎士団所属1年ソニア・エヴァークレスト
ソニア達はドラゴン討伐の後、エレナの手当を最優先として、村のことは駐屯する兵に任せてアーケイン城へと帰城した。エレナは肩から胸部あたりにかけての斬撃による流血だったが、命に別状はなかった。ソニア達は思わぬドラゴン討伐のため、日程超過してしまい新学期の間近になってしまった。そのため、アーケイン城へ着くや否やログロース学院へ向かうため、馬車に飛び乗ったのだった。
新学期当日の朝、ソニアは多少の疲れは残っているものの、遅刻することなく支度を終えてログロース学院へと向かう。
時魔術のことを調べるためにアル・ヘレナへ行ったのに、結局よく分からないままだし、ドラゴン討伐にも参加させられるし色々あったなぁ。でも、アナスタシアの声がクララとセラにも聞こえるようになったのは、嬉しかったかも。まぁ……やっぱりというか、私、何の役にも立ってないよね。あーもう、本当にだめだめだなぁ、私。高等部に入ったら、教師になるためにもっともっと頑張らないと!
ソニアが歩きながら高等部での生活に意気込みを巡らせていると、アナスタシアがじっと見つめている。
「久しぶりに見たね、ご主人様のその1人顔芸は」
アナスタシアはけらけらと笑う。
「何よ、失礼な!」
ソニアは頬を膨らませて怒るが、直ぐに伏目になる。
「なんだか、私だけなーんにもできなかったなぁって。ドラゴンを前にして、怯えて、アルエさんの足を引っ張って……」
「なぁに、ドラゴンを前にして怯まなかった人間の方が珍しいさ。団長さんも、きっと実力以上の存在に足がすくんだはずだ」
ソニアがその様に思っていたのかと、アナスタシアはいつになく真面目に応える。
「でもね、ご主人様。なぜ、団長さんは戦えたと思う?」
「うーん、村の人たちを守らないといけないから?」
ソニアは素直に思ったことを言う。
「分かっているじゃないか、結局のところ覚悟なんだよ。団長さんたちも人々を守る覚悟、セラやクララも、ソニアのために僕を何としても届けるという覚悟があった。ご主人様も、何かこれだと決めたことがあれば、絶対に怯むことなんてないさ」
ソニアは少し考えて、乾いた笑いを浮かべる。
「そんなものかなぁ、私、これでも頑張ってるんだけどなぁ……」
アナスタシアは何か言おうとしたが飲み込んだ。そんな沈んだ空気のまま歩いていると、ログロース学院の校門が見えてくる。いつも通りのクララ、それとセラが待っている。セラは敷地内の、上級貴族しか入寮出来ない寮のはずなのに、わざわざ遠回りをして来てくれたのだろう。ソニアはそれを、嬉しく感じる。3人は挨拶を交わすと、自分の学科が掲示されているエントランス前の広場に向かう。クララは医療学科、セラは騎士科、ソニアは魔術学科の掲示を見る。
「あった!ちょうど真ん中の順位ね。まさに私」
クララは、少し自虐めいた冗談を言う。ソニアは、苦笑いを浮かべながら自分の名前を探す。
アナスタシアのお陰だけど一応実技は主席だから、落ちることはないと思うんだけどなぁー……。ん、あれ…………ない?ない!名前がないよ!そんな!どうして?やっぱり、筆記試験の点数が剥奪されたから……でも、だ……け……ど…………やっぱりない!
ソニアは急に身体中から汗が吹き出してきた。思考が追いつかず、平静を保っていられない。
嘘でしょ、退学ってこと。どうしよう!お母さんとお父さんになんて言おう……。
その時、急に肩を掴まれる。ソニアが我に帰り振り返ると、セラがいつも通りの平坦な顔で言う。
「ソニア……あなた、騎士科の主席よ」
「はい?」
ソニアは変に甲高い声で応えると、見たことのないスピードで他の生徒をかき分けて、騎士科の掲示板を見上げる。今度は一気にソニアの顔が青ざめていく。
「1番とはすごいじゃないか、ご主人様」
アナスタシアが、笑顔で語りかける。ソニアはその言葉に反応できず、がたがたと震えている。
「セラ……私は教師になりたくて、魔術学科を志望したの……」
ソニアはカクカクとまるでネジ巻きのブリキ人形のようにセラに向きながら言う。
「そうなのね」
セラは淡々と応える。
「騎士科って、戦う系だよね……」
「そうね」
「私、教師になれるのかな……」
「実践魔術の教師には……なれるわね」
「私の魔術の実力知っていても、それ言える?」
「…………」
セラは顔を背ける。アナスタシアがフードから、ソニアの肩をぽんと手で叩く。
「僕が教えてあげるさ、ご主人様!」
がっとアナスタシアは掴まれると、思い切り投げられる。それは、ソニアが投げた人生最高飛距離だった。
ログロースの高等部は、全学科同様の必修科目がある。騎士科は、その他に専門科目の騎士道、選択科目の属性ごとの実践魔術があり、履修しながら専ら騎士団に属して実習を重ねる。特に成績上位者は、第一騎士団に所属され、ログロース学院ではそれが栄誉とされる。
ソニアはセラと一緒に、騎士科の1年教室にいる。教室には約100名程度の生徒がいる。編成試験で大暴れしたセラと、宰相の娘セラを倒したソニアは、相変わらずの注目の的だ。しかし、2人は全くそれに関心が無かった。セラは言わずもがな、今までずっと注目の対象として生活してきたので、視線を集めることを何ら気に留めることはない。そして、注目される事が苦手なソニアは、希望した魔術学科になれず、自分の素質からは真反対の騎士学科になった事のショックから立ち直れていないのからである。
「ソニア、大丈夫?しっかりしなさいよ」
セラは女々しいのが嫌いなため、ソニアの切り替えの遅さにイライラしている。
「あなたねぇ、騎士科の主席がどれほどの事か分かってるの?」
「分かってるも何も、それはアナスタシアの力でしょう」
ソニアは突っ伏したままセラに向くと、だらだらと涙を流しながら訴える。
「私、このままじゃ、アナスタシアに頼って生きていかなければならないじゃな〜い……私の所為だけど」
ソニアは、また顔を伏せて泣いている。
「でも、ソニアは第一希望を魔術学科で出したのでしょう?それで、実技も主席となれば希望が通りそうなものだけれど……」
そこまで言うと、セラは何かに気がついた様にはっとする。
「お父様ね……」
セラは怒りの表情で、拳を握り締める。しかし、セラは泣いているソニアを見ると拳を下げる。
「ソニア、いい?」
ソニアは、また、ゆっくりと機械的に顔を向ける。
「確かにあの試験は、あなたの実力では無かった。でも、あの時アナスタシアがいなければ、ここにさえ残れなったのよ。あなたが置かれている状況は、今がベストだと思うわ」
ソニアは、セラのいつも通りだけど何処か違う真剣さに顔を上げる。アナスタシアは、フードから顔を覗かせる。
「今まで努力をしてきたことは分かるわ。でも、だからってこれからの事をやる前から諦めているのは、私は好きではないわ。私もアナスタシアに勝って、アーケイン家全員に私の力を認めさせてやるわ。それは、絶対に諦めない」
セラは言うだけで言うと、正しい姿勢のまま前を向く。
「セラは、良い事言うねぇ」
耳元でアナスタシアの感嘆の言葉がもれる。
セラは淡々と言うから、私を鼓舞してくれているのか、本当の気持ちなのか分からないけど、とてもありがたい……。そして、アナスタシアはちょっとイラッとするわね。
「セラの言う通りね。私も、みんなに負けない様に、魔術が使える様努力する!セラ、ありがとう!」
セラは目だけ向けると、ソニアの先程の表情とあまりに違った明るい表情に驚く。
「ふん、別に思ったまでを言っただけよ」
セラが少し顔を赤らめて真顔で言う。
がらっと教室の扉が開くと、教師が入ってくる。丸眼鏡をかけている、白髪のオールバックでシワ一つないテーラードスーツ。その上から職員を示す黄金のラインの入った外套。
「皆さん、おはようございます。私はこの騎士科で騎士道、魔術で教鞭を取る、エドワード・クレメンス」
顔色一つ変えず、顔を全く動かさず、ぎろりと全体を見渡しながら言うその雰囲気は、生徒たちを圧倒する。
「あの先生、仏頂面で何だか威圧的ね」
セラは教師に向いたまま、顔色一つ変えずに言う。
「…………」
ソニアはセラに「それ言う?」と言いそうになったが、ぐっと堪えて言わなかった。
「では、今から騎士科の諸君に大切なプリントを配布する」
エドワード先生から配布されたのは、高等部での履修単位と履修方法、そして所属騎士団だった。ソニアはこれからの単位をどの様に取ろうかとプリントを確認すると、そこには思いもよらない事が書かれている。
「だ、第一騎士団……」
ソニアは、手に取るプリントわなわなと震わせている。
「まぁ、主席だものね当然よね。私も第一よ」
セラは何を分かり切った事をと言わんばかりにソニアを一瞥する。
「もう……どうにでもなれ」
ソニアは、机に突っ伏して誰に言うでもなく言った。




