ドラゴン討伐
どうしたというの?このソニアさん、初めて会った時とはまるで別人……。というか、すっごいお荷物ですわぁ!
アルエは陽動のため、エレナと別れてソニアと共闘するはずだったのだが、その作戦は砕かれる。
ただでさえ持て余すというのに、ソニアさんを守りながらなんて、無理ですわぁ!
アルエは炎魔術を得意とするため、炎属性の相手にダメージを与えるのは難しい。レッドドラゴンの吐く炎を自分の炎魔術で相殺させるかいなすか、または避けるかのいずれかだ。それに加えて、先程から怯えてぺたりと座り込んでいる。ソニアを庇いながらであるから、アルエにとってはたまったものではない。
「ソニアさん!昨日の勢いはどうしたんですの!いくら初戦といえど、ここに来るまでは平気だったじゃないです?」
「うぅ……ごめんなさい。動きたいけど……」
ソニアは、レッドドラゴンを目の前に腰が抜けて動けない。その時、周囲が炎に包まれているにも関わらず、空気が一瞬にして寒気が走るほど冷え切る。
「良かった、間に合った!」
アルエは、エレナの魔術の詠唱完成が分かった。空を見上げると、幾つもの魔術陣が空を覆っている。そして次の瞬間、その魔術陣から氷の刃が放たれる。アルエはソニアを掴むと、レッドドラゴンから一気に距離をとる。レッドドラゴンが、魔術陣に気付き空を見上げた時には、その氷刃はレッドドラゴンに降り注ぐ。氷刃の突き刺さるレッドドラゴンは唸り声を上げ暴れている。
「どう、少しはダメージを与えられたかしら」
少しの足止めにでもなればと考えたアルエの期待は直ぐに砕かれる。レッドドラゴンは、まるで身体に着いた水を払うかのように突き刺さる氷刃を体をぶるるっと震わせて振り払う。
「化け物ですわね……」
エレナの氷魔術は、レベル4、上位魔術で城の城壁をも撃ち抜くくらいのものだった。それにも関わらず、ほぼ無傷である。
村の皆への避難指示はセラがやってくれているかしら。エレナの魔術でさえ効かないとなると、私たちにできることはいよいよ時間稼ぎのみ。もって後10分、それ以上は生きて帰れるか分からないわ。
村の人々の命の危険を案じていると、遠くに馬に乗ったセラとクララが目に入る。氷魔術で地表の炎がかき消されたのだ。
「ソニア!アナスタシア、持ってきたわ!」
セラ、なぜこんなところに!あの2人の力では、足手纏いですわ。
「セラ!アナスタシアを連れてきてくれたの!」
セラが手に持つヒヨコのぬいぐるみを見て、ソニアが息を吹き返して喜ぶ。
わざわさヒヨコのぬいぐるみを届けに!馬鹿げてますわ!
アルエが学生達の行動に困惑していると、レッドドラゴンは標的をセラに変え、ぐるりと踵を返して攻撃体制に入る。
「セラ!後ろよ!後ろによけて!」
レッドドラゴンは炎を吐き、再度地表に炎の壁が出来上がる。セラの回避行動さえ目に見えたが、あまりの炎で安否の確認はできない。
セラが任務を放棄してここにくることなんてありうるかしら?あの子は小さい頃から責任感の塊のような子。村の人々を置いて、自分の私利私欲で動く子ではないはず。既に避難が完了して加勢に来たということ?
アルエが様々な考えを巡らせていると、ソニアは炎の壁の向こうにいるセラへ向かって叫ぶ。
「セラァ!アナスタシアをこちらに投げてー!」
投げる?アナスタシア?何のこと?
少しでも気を抜けば命を失いかねないこの状況で、アルエは急に現れたセラとソニアの2人の会話の内容が、全く理解がでない。その時、ソニアは何かの声が聞こえたのだろうか、急に中空を見上げた。アルエもソニアの顔に釣られて、空を見上げる。レッドドラゴンも、空を舞うものに気を取られる。
「何、あれ……?」
アルエは独り言を呟く。美しい黄色い放物線だ。徐々にそれが何か見えてくる。
「星……?ヒヨコ?いや、あれはヒヨコのぬいぐるみですの?!」
この生死を分ける場所で、全く似つかわしくない物であろうヒヨコのぬいぐるみ。それが、宙を舞って飛んでくる。あまりに場に似つかわしくない状況に、誰もが戦っているということを忘れる。ヒヨコのぬいぐるみは、そのままずしゃーっと地面に落ちてきた。アルエもレッドドラゴンもその軌跡を追っていたが、そのヒヨコのぬいぐるみを、いち早くかつ死に物狂いで撮りにいくのはソニアだった。ヒヨコのぬいぐるみを取り上げると、両手でしっかと掴む。
「アナスタシア!良かった!私もう死ぬかと思ったわ!」
「…………」
「ごめんなさい。すぐに返してもらうつもりだったの、あの子に悪いと思って」
あれが戦闘前に言っていた、ヒヨコのぬいぐるみ?あれをわざわざセラは持ってきたというの?人の命がかかっているのよ。
アルエは、沸々と怒りが湧いてくる。
「ソニアさん!あなたはこの状況で何を言っているの!今がどんな状況か分かっているのですか!ふざけるのもいい加減にしてください!」
アルエは、ソニアのあまりの場違いな行動に我慢ができなかった。
「ご、ごめんなさい!すぐに代わります!」
ソニアはアルエの怒りに、どぎまぎしながら謝る。
「かわる……?」
アルエは「代わる」の意味が分からない。
「アナスタシア、大丈夫?…………そう、ありがとう」
ソニアがヒヨコのぬいぐるみを握りしめる。途端。
ソニアの魔力が、一気に膨れ上がった?いや、全く別人になったかのよう。そう、あの城であった時と同じだわ。
その時見たことは、アルエは生涯忘れられない物だった。ソニアがゆっくりと立ち上がると、小さな声で一言。「凍れ」と、ソニアが一言呟くと、ソニアを中心に辺り一体が氷の大地になる。レッドドラゴンの足は氷で覆われ足がもつれて倒れる。驚いたことは、アルエとセラと、さらに向こうに見えるクララの足元は何事もないのだ。
「何?何なのこれは?」
アルエは誰にいうでもなく、理解が及ばないことを口にする。
「おい、アウレリウス山の主よ。久しいな。1400年ぶりだそうだよ。覚えているかい?このアナスタシア・ウィリンガムを」
レッドドラゴンは、凍った足を何とか振り解こうと必死の様子だ。聞く聞かないはどうでも良いのか、ソニアはレッドドラゴンに話かける。
「寂しいねぇ、僕を忘れるなんて。君に雪化粧をしてあげたことを忘れたというのかい?」
先程のソニアと思えない余裕に満ちた笑顔だった。相手のことを歯牙にも掛けない、既に勝利を収めたかのような、圧倒的なものがある。遠くから、セラの声が聞こえる。
「詠唱を!詠唱を忘れないで!」
魔術に詠唱は必須だろうに。我が妹は何を言っているのだろう。アルエは、もう一つ一つに詳しく思考できるキャパシティはない。
「むっ、そうか……そうだな。了解したよ。詠唱か、やってみるよ」
ソニアが何かを承知したようだ。ソニアは、腰に巻かれたポシェットから慣れない手つきで魔術杖を取り出し、魔術陣を辿々しく描く。それは、ドラゴンという種族を前にした行いとは到底思えない。しかし、レッドドラゴンもソニアの張った氷から未だに逃れることができない。それほどまでに、高い魔力が込められた氷なのだろうか。そして、やっと魔術陣を描きあげたソニアは、魔術杖を相手に向けると詠唱をする。
「ものすごく冷たい氷を、お前にぶち当てる!落ちろ、氷の塊!」
描いた魔術陣から何も発動せずに、宙に大きな氷刃が現れる。エレナのそれの数十倍だ。
今のダサい言葉は詠唱?ほんの一言だったわ。詠唱は、魔術のレベルが上がれば上がるほど、詠唱が難しくなるのに、エレナよりも高い魔術をあのような短い詠唱で完成させるとは、信じられない。
氷刃は、レッドドラゴンに向けて落とされる。エレナの時は雨にでも降られたかのようにダメージが無かったが、今度は違った。レッドドラゴンの巨大な体躯を次々を貫いていく。さすがのレッドドラゴンも、痛みにのたうち回り、悲鳴とも聞こえる咆哮を上げる。レッドドラゴンは余程攻撃性が高いのだろう、それでも起き上がる。
「おい、赤龍よ。粘るではないか、早く降参せい」
ソニアが余裕の現れなのか、腕を組み頬杖をついたとき、レッドドラゴンは最後の一撃とも言わんばかりに特大の炎を吐く。
「ソニアさん、避けて!」
アルエが叫ぶ時には、ソニアを襲う。しかし、その炎はソニアを焼き尽くすどころか、瞬時に暴風でかき消される。
防御魔術ですって……何が起きているの……。
アルエがこの急展開についていけず唖然としていると、ソニアがレッドドラゴンを指差して告げる。
「まぁ、さすがはアウレリウス山の主だね。気概は認めよう。だが、もう終わりだ。次会う時まで、精進するがよい」
そういうと、指先に魔術陣を顕現させる。
「杖で魔術陣を描くのは億劫だ、こちらの方が早くていい」
そう言うと、またソニアは詠唱に入る。
「とっても冷たい槍が、お前を刺す!行け、氷の槍!」
途端、指先の魔術陣から氷の槍が空を切り裂きドラゴンの顳顬を穿つ。
「ゴォォォォ!」
レッドドラゴンは悲鳴のような声を上げると、身体が青紫に光り身体が崩れ出していく。その時、ソニアは怪訝そうな表情になる。
「お主……本当に赤龍か?」
ソニアは何故だかレッドドラゴンに問う。しかし、その問いに答える間もなく地響きを上げて倒れる。
「うそ……勝ったの?あのレッドドラゴンに……」
アルエが呆然として呟くと、ソニアが否定する。
「これは、本体じゃないね。色付きは、もっと知性が高い、こんな思考のない攻撃はしてこなかった。会話もままならなかった、この色付き……召喚魔法か……?」
ソニアは、レッドドラゴンの亡骸を見て言う。すると、レッドドラゴンの身体が紫色に光る砂の様になり、天に登っていく。ソニアは空を見上げながら、少し悲しそうに言う。
「不名誉だっただろうに……赤龍よ……」
そんなソニアに何か声をかけようと、アルエはするが何から声をかけていいのか分からない。だが、ソニアは空を見上げたままアルエに伝える。
「アルエさんよ、これで討伐完了だ」
ソニアはアルエの方を向くと、笑っているのか怒っているのか、はたまた悲しんでいるのか何ともいい表せない笑顔を見せて言った。
もう、良いですわ。あれこれと考えるは、後にしましょう。良かった、ソニアさんのお陰で1人の犠牲者も出さずに済みましたわ。本当に良かった。
アルエは安堵の笑みを静かに返した。
「アナ、ソニア、大丈夫?」
クララは危うくアナスタシアを呼ぼうとしたが、何事もなかったかのように訂正する。セラとクララが、ソニアの本へ駆け寄ってくる。先程の氷原は、アナスタシアが魔法を解き、元の草原になっている。
「あぁ、どうだったかな?僕の詠唱は様になっていたかい?」
「何よあれ?!適当すぎでしょ!」
ヒヨコのソニアが、耳元で突っ込む。
「耳元で叫ばないでおくれよ、ご主人様」
セラもクララも笑っていない。
「本当に酷かったわ。何よとても冷たい氷の塊って」
セラは、ケラケラと笑う。アルエは、セラの笑顔を見て驚く。アナスタシアを囲んで、皆が詠唱の酷さを笑っている。アナスタシアは、揶揄われたことに怒りながらもとても楽しそうにしている。
「ソニアさん。あなたがいてくれて良かったわ。あなた、本当に中等部の生徒さんなの?」
アナスタシアは、笑いを止めて振り向く。
「あぁ、間違いないさ。ソニア、僕は中等部の生徒だ」
アルエは「そういう意味ではないのよ」と、空笑いをする。
「そのヒヨコのぬいぐるみが、戦う上でそんなに大事なのかしら?」
アナスタシアはソニアを一瞥して、アルエに笑いかける。
「そうだね、このヒヨコのぬいぐるみが僕に新しい人生をくれたんだ。戦う上じゃない。僕はこのヒヨコがいれば、僕が新しい僕生まれ変われるんだ」
アルエは目を丸くする。
「全く、何を仰っているか分からないわね」
アルエは呆れてため息を付くが、それ以上追求はしなかった。
「まぁ、勝てたのだからいいですわ。それより、先程、召喚魔法と言っていましたが、どういう意味ですの?」
アナスタシアは、事の重さを知らずに軽く答える。
「あぁ、今倒した赤龍は召喚魔法ということだよ。強さこそ本物同様だが、全てが軽い。攻撃に知性がなく、命に対する危機感が足りないというか、相対している実感がないんだよ。言わば、攻撃だけを繰り返すからくり人形のようなものさ」
アルエは、アナスタシアの言葉に耳を傾け考え込んでいる。アナスタシアは、レッドドラゴンが光になって消えていった空を見上げる。
「何より、僕の魔法で倒した後、消えていっただろう?ドラゴンと言えど生物だ、あの様に消えていくことなんてないさ。つまり、手応えと消滅をもって、召喚魔法……君たちの言うところの召喚魔術であることは違わないと思うよ」
「つまり、あの色付きは人為的なものだと言うことですか?」
「意図はともかくも、発現に関しては人為的なものだろうね。そして赤龍を召喚するとは、かなりの召喚魔術師だ」
その時、すわと、アナスタシアが叫ぶ。
「みんな、伏せろ!」
皆は何か分からずとにかく屈む。
「火球だ、かなり大きいぞ。今日はやけに火を浴びるね」
アナスタシアは、足を鳴らして目の前に氷の壁を作り、その火球を防ぐ。大きな爆発音がする。威力はかなり大きく、氷が昇華され、水煙が辺り一面を覆う。
「あっ、すまない。魔術陣と詠唱を忘れてしまった」
「今はそれどころじゃないでしょう!」
ソニアは、ズレたアナスタシアを嗜める。
「今の、攻撃でしょう?まだ、モンスターがいるの?」
ソニアは皆に向かって確認するが、アルエには聞こえていない。
「確かにレッドドラゴンを倒したはずなのに、何故?」
アルエはソニアと同じ様な事を呟く。しかし、この中にその答えを知る者はいない。皆が攻撃が来たであろう方向を見るが、水煙が未だ晴れず目視は出来ない。
「いる……まだ、何かいるわ」
セラが確信めいて皆に告げると、微かに陰影が見えてくる。
「人間……?何人かいる?」
ソニアも、目を細めて確認する。アナスタシアは、その間に魔術陣を適当に描き、簡単な詠唱をする。
「僕を中心に風よ吹いて、この煙を消し飛ばせ、突風!」
詠唱の通りに、渦巻く風が辺り一面の水煙を吹き飛ばす。
視界が晴れてソニア達の目に映るのは、にわかには信じられない光景だった。そこには、エレナが大量の血を流して、何者かに服を掴まれ引き摺られている。
「エレナ!」
アルエは大声で叫ぶ。エレナを引きずるのは、身長2メートルは越えているだろう、全身甲冑を身に付けた者だ。近づくにつれ、かしゃんかしゃんと不気味な音を立てているのが聞こえてくる。
「止まりなさい!さもないと、攻撃しますわ!」
アルエが魔術杖を構えて、忠告をする。だが、甲冑は一向に止まる気配がない。まるでカラクリのような、全く意志というものが感じられない。アルエは、背筋がぞくりと嫌な感覚が走る。そして、いよいよアルエの間合いに入ろうとした時、エレナが口を開く。
「みんな……逃げてくれ……。こい……つは……化け物だ……」
「エレナ!良かった!待ってなさい、今すぐに助けますわ!」
エレナの息がある事に喜ぶアルエが、甲冑に向かい魔術の詠唱をする。
「契約の鍵、我紡ぐは絶対の命、炎のゆらめき、赤い静寂、蒼白の消滅、爆ぜ散れ!ドライ・イグニス!」
「なるほどね、詠唱の勉強になる」
アナスタシアは、この状況でも詠唱を学ぼうとしている。
「すごい、高位魔術をあんなに短い詠唱で……」
ソニアは誰にいうでもなく声にする。アルエの前に魔術陣が発現し、細く圧縮された幾つもの線状の炎が甲冑を襲う。しかし、その炎は甲冑の前に達する事なく弾かれる。弾かれる度に空間が歪む様な波が見える。
「なぜですの!?」
アルエが戸惑い、隙が生まれる。すると、甲冑がエレナを掴むもう一方の腕を上げると、お返しとばかりに火球を飛ばす。
「無詠唱!?」
アルエは虚をつかれて防御体制が遅れてしまう。しかし、それはアルエに当たらずに、ばちんっと轟音を立てて火球が弾ける砕ける。アナスタシアが、雷魔法で防いだのだ。エレナは倒れ込んで、アナスタシアを見上げる。
「あいつには話は通じないよ。あいつからは生気を感じない。あれは、赤龍と同じ召喚魔術だ」
「召喚魔法……禁忌とされている魔術……」
アルエは信じられないと甲冑を見る。甲冑の隙間から、紫色の光とも煙とも言えないモヤが怪しく漏れ光る。
「アルエさんよ、あいつはレッドドラゴンよりもやるようだ。少しの間、下がっておいておくれよ」
アナスタシアの一言は、要するに1人の方がやりやすいとお願いするものだった。アナスタシアは甲冑に対峙すると、その奥にいるだろう召喚魔術の詠唱者に言う。
「おい、甲冑の主人よ、今からお前さんの魔力を探知する。遠くからのうのうと見物をしていると、痛い目にあうよ。早くこの召喚を連れて逃げおうせるといい」
アナスタシアは見えない術者に忠告をすると、手を広げて軽く振り索敵する。
「アナスタシア、大丈夫なの?」
ソニアは心配そうに聞くと、アナスタシアは「まあ、任せておいてくれ」と、魔術杖を取り出す。
「もう、詠唱は任せておいておくれよ!」
アナスタシアは、ソニアの心配が詠唱の事だと思っていた。
「違うよ!」
逼迫した時に、セラの教えの魔術を使うフリをきちんと守る。
そんな悠長なやり取りをしていると、甲冑は攻撃範囲に達したのだろう、エレナを放り投げて猛スピードで剣で貫こうとアナスタシアへ向けて突進してくる。その剣はアナスタシアの顔10センチで、キィーンと高い音をたてて鳴り、防がれる。2メートル超の体躯から繰り出される一撃は軽くない。しかし、アナスタシアのバリアは貫くとができないようだ。
「アーー、エーー、オォー!!」
甲冑は全く意味をなさない奇声を発する。
「神か悪魔か英雄か知らないが、意思をもつことを許されないとは酷なものだね」
アナスタシアはそう言うと、甲冑の胸に手を当てて魔術を唱える振りをする。
「契約の鍵、炎を凝縮して爆発させるよ、我が名はアナスタシアじゃなかった、ソニア・エヴァークレスト!」
「少しそれっぽい!」
ソニアの感心を他所に、爆発音を上げ甲冑が十数メートル飛ばされる。それでも、甲冑は何事もなかった様に起き上がる。ソニアたちは、立ち上がった甲冑の胸を見て驚愕する。爆散した胸部の甲冑から覗くのは何もない、ただの空洞だった。
「何もない……どうやって動いているの……」
ソニアは驚きを隠せない。セラ達も同様に、固唾を飲んで立ち尽くしている。
「召喚魔法は、その者を象徴するものが顕現するのさ。こいつは誰だか知らないが、甲冑が顕現したんだ、さも名を馳せた戦者なのだろうよ」
アナスタシアは説明すると、腕を組んで指を頬に当てて笑みを浮かべる。
「さて、探知出来たよ。ここから西に1キロ程だね。往々にして、高みで見物していると痛い目をみるのさ」
甲冑は、そんな説明はお構いなしに炎魔法を放つが、アナスタシアには届かない。魔法が効かないとなると、物理攻撃を再度試みる。一突き、届かないと分かると袈裟斬りを発狂したかの様に連発する。ついに、甲冑は剣戟を諦め、もう片方の手で掴みにかかる。だか、それも無駄だった。攻撃のたびに空間が攻撃の威力を吸収するかの様に波打つ。その空間の揺らぐ様が、まるで、見えないヴェールの様なものを羽織っているようだ。アナスタシアは甲冑の動きが止まると、後ろにステップで距離を取り、魔術杖を構えると詠唱する。
「契約の鍵、落雷注意、我が名はソニア・エヴァークレスト!」
「雑じゃない?」
中空を指すと、魔術陣が現れ雷が轟音と共に落ちる。甲冑は、バラバラに砕け散る。砕け散った甲冑は、レッドドラゴンの時と同様に紫色の光になり天に還っていく。
「すごい……」
クララは、初めてみるアナスタシアの魔法に驚嘆する。そして、アナスタシアは誰もいない西を指して、続けて詠唱する。
「契約の鍵、隠れているやつを殺る炎、我が名はソニア・エヴァークレスト!」
圧縮された炎が、細い棒状になり音速で放たれる。ソニアは額に手を当て、誰もいない方向に魔法の軌跡を目で追う。
「……ふむ、逃げたようだね。僕もまだまだ精進が必要だね」
アナスタシアは振り返り、微笑する。とても戦闘をした後とは思えない、落ち着いたものだった。
「今度こそ討伐完了だ。団長さん」




