クリケット部のクララ
クララ・ハーヴェスト、ソニアと同じ地方貴族で、父と母2人に大切に育てられる。ログロース学院に受かった時には大喜び、一人暮らしに出る時は大泣きする両親を心から信頼している。成績は学力と魔術共に中の中。ソニアという親友も出来た。部活動では、クリケットを小学部から始めて、今でも熱心に続けている。将来の夢は医療従事者で、人々の役に立ちたいと思っている。
アルエの叫びから、数十分前。
セラとクララは第一陣を見送ると、早速村人の非難に当たる。村は先程のレッドドラゴンの咆哮で混乱状態だ。女性の叫び声や子供達の泣き声が聞こえる。
とは言え、何から始めたらいい。避難といっても、距離を取る以外ないか?
この様な場に慣れていないセラは、避難の算段を立てようとするも何から始めたら良いか分からない。
「皆さん、落ち着いてください!今のは攻撃ではありません!皆さんに被害は出ません!どうか聞いてください!」
声がした方を向くと、クララが野営地に積まれている荷物の上に立っている。先程のまで生気のなかったクララが一声で村の皆を黙らせたのだ。クララのその声は、村人に平静をもたらす。セラもクララの言葉に従い、耳を傾ける。
「今から皆さんは安全な所へ避難します。安心してください、あのドラゴンには騎士団長2人が討伐に向かっています」
クララは、後ろを振り向き騎士団へ指示をだす。
「皆さんは、フロリアの東の森に簡易的な野営地を建ててください。私たちは、村の人々を連れて行きます。本当に簡易的でいあです。そう、まずは休憩出来る場所があれば。」
的確かは分からないが、この様な緊急事態のときに迷わず意思決定を行うクララに誰も反論はしなかった。騎士団の人達は、分かりましたと荷物をまとめ始める。
「皆さん、今聞いた通りです。落ち着いて避難の準備を進めてください。私はヒーラーです、今の混乱で怪我をした人は教えてください。あと、医療の知識がある人は名乗り出てください」
混乱が収まり、人々に秩序が戻る。転んだ人を抱き起こしたり、家族でまとまったりと非難に向けて動く。クララと他騎士団のヒーラーが、怪我人の手当てに当たり、セラは怪我人の整列を行う。
「クララ、あなた本当にすごいわ。今日朝とは別人のよう」
クララは、くすりと笑う。
「不思議だよね。あんなに怖かったのに、いざ村のみんなが困っていたと思ったら、私がやらなきゃって」
クララは手当てをしながら言う。
まただ、また私だけ何も出来ていない。ソニアもクララも自分のやるべきことがある。それなのに、私だけまだ何も出来ていない。早く兄と姉に追い付かないと……。
その時、誰かの鳴き声が聞こえる。
「何?小さな声……」
セラは耳を澄ませる。
「女の子、の泣き声……すごく小さいけど」
セラの独り言とも思える呟きに、クララが反応する。
「えっ、鳴き声?どっちから?怪我しているのかも」
クララはちょうど手当てを終えたところで、立ち上がり心配そうに聞く。セラは頷くと、泣き声が聞こえる方へ歩いて行く。クララもセラに続いて、辺りを耳を澄ませ、辺りを見渡す。
すると、一軒の家の前で1人の女の子が顔を伏せて泣いている。
自分の家かしら?家族と離れ離れになったのね。
セラは女の子の前に立って、女の子にいつも通りに話しかける。
「あなた、ここで何をしているの?早く避難をするのよ」
女の子は泣いたまま、答えようとしない。セラがため息をつくと、クララが女の子の前にしゃがみ込む。
「どうしたの?何があったかお姉さんに教えてくれる?」
クララは、女の子の頭を撫でて落ち着かせながら優しく話しかける。
「おかぁさぁんが……」
女の子はその以上、言葉が出ないようだ。ふと、クララが女の子の服を見て言う。
「この子、さっきの………アルエさんに話しかけていた子」
白いリボンに淡いミントのワンピース、クララはその服装に見覚えがあった。先程、駐屯地でソニアや団長達に話しかけていた子供達の一人だった。
「どうした、母親とでも逸れたか?」
子供に対しても、セラは相変わらずの無遠慮の質問を子供にする。女の子は泣いたまま、やはりその質問には答えない。セラは、またため息が漏れる。
「大丈夫だよ、お姉さんたちがお母さん探してあげる。だから安心して、ね?」
クララの優しい言葉に女の子は「ほんと?」と、ゆっくりと顔を上げる。顔を上げた時、女の子の手元に鮮やかな黄色が目に飛び込んでくる。その黄色い物体はぬいぐるみ、見覚えがあった。
「あぁ、助かったよ。何せ声が届かないんだ、どうしようもない。さらに、僕は子供に泣かれると弱いんだ」
女の子は手にヒヨコのぬいぐるみを抱いていた。
「……………………」
「……………………………………」
セラとクララは、脳内がその黄色の物体を識別するにつれて、驚きの表情に変わっていく。そして、セラとクララは顔を見合わせる。
「あーーーーーー!」
2人はアナスタシアを指差して、声を合わせて叫ぶ。セラとクララのあまりの大声に女の子は驚き、再び泣き出してしまう。セラはそんなことは全く気にせず、むんずっとアナスタシアを女の子から奪い取って怒鳴る。
「何であなたがここにいるのよ!」
女の子は、自分が怒られていると感じてさらに大声で泣いてしまう。
「ああぁ、ごめんね。急に大声を出して。あなたの事ではないのよ」
クララが女の子の肩を抱いて、頭を撫でながら謝る。
「何を怒っているんだい?何故って、ソニアが僕をこの子に預けたんだ。理由なんて聞かれても何も出んよ」
「うるさい!既にソニアはアルエ達と出発してしまったのよ!レッドドラゴンの元へ!あなたを忘れて!」
アナスタシアは、耳を塞ぐような仕草をしていたが、それを聞いてはっとする。
「ほう……なるほど……それは…………それは、まずいじゃないか!」
アナスタシアも事の大きさを理解する。
「しかも、赤!色付きだと!早く僕をソニアの元に連れて行かないと、ソニア達の身が危ない!」
「セラ、アナスタシアをお願い!私もこの子を預けたら直ぐに向かうわ」
クララの言葉にセラは頷き、アナスタシアをフードに入れると、野営地まで駆け出す。雷魔法を使えば早いのだが、直線的な動きで何よりも村の人たちを雷に巻き込んでしまう。セラは全速力で走り、野営地に駆け込んでいく。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
すごい勢いで入ってきたので、周りの団員も何事かと集まってくる。
「誰か馬をお願い!」
セラの必死の訴えに、周囲の団員たちは直ちに動き馬を準備する。用意されるや否やセラは馬に跨り、野営地を飛び出す。セラは村を抜けると、とにかくレッドドラゴンの見える方へと馬を走らせた。
馬の走りは早く、どんどんレッドドラゴンの姿は大きくはっきりとしてくる。
「アナスタシア、見て。あれがレッドドラゴン、あなたが色付きと呼んだモンスターよ」
「ふむ、間違いないね。100年ぶりくらいか……いや、1400年ぶりか」
どうやらアナスタシアは、レッドドラゴンとは対峙したことがあるらしい。その時、レッドドラゴンが炎を吐き、地上に向かって突撃する。まだ距離のあるここにまでその地響きは聞こえてきた。
「戦闘が始まったみたいだね」
「ええ……あれがドラゴン。遠くからでも分かる。とてもじゃないけど、倒せる気がしなわ……」
セラは、ドラゴンの力を目の当たりにして、強く手綱を握り直す。
「ソニア、無事でいるのよ。」
そこから程なくすると、辺りの草原に火が点々と上がっている。ドラゴンの攻撃によるものなのだろう、縄張りに入ったことがわかった。セラは、その火を避けながら、少しでも前へと進んでいく。炎で視界も悪く、ドラゴンも目視出来なくなった。更に炎の影響はだんだんと激しくなり、進みもかなり制限される。
「くそっ、一刻を争うと言うのに!」
セラは思わぬ足止めに、苛立ちを隠せない。その時、巨大な氷の刃が辺り一体に降り注ぎ、地面を凍らせる。
「よしっ、エレナの氷魔術ね。炎が消えたわ!」
セラの視界が開けると、レッドドラゴンまでかなり迫っていたことが分かった。そこには、アルエとソニアの姿もある。どうやら、ソニアはまだ無事のようだった。
「ソニア!アナスタシア、持ってきたわ!」
セラはソニアに向けて叫んで伝える。その時、レッドドラゴンはぐるりと首をこちらに向ける。アルエから標的をこちらに向けて攻撃体制に入る。
「セラ!後ろよ!後ろによけて!」
アルエの必死の叫びに、セラは反応して、馬を転回させ避ける。レッドドラゴンは、炎を薙ぎ払うように吐くと、また当たり一面を炎に変える。
「くそっ!もう少しだったのに!」
またしても、ソニアと分断されてセラは次の方法を考えなければいけなくなる。
「セラ!大丈夫!?」
後方からクララが馬でセラ近くまで辿り着く。しかし、炎が邪魔をして、クララのところに行くことはできない。女の子を預けてここまで来たのだろう、あまりの手際の良さにセラは驚く。だが、それよりも今はアナスタシアをソニアに届けることが最優先だ。
「クララ、すまない!炎が邪魔でこれ以上進めないの!」
「すごい炎。ソニアまではどのくらいなの?」
クララは、熱風を手で遮りながら確認をする。
「確かではなけど、多分100メートルくらいだと思うわ。方角はあちら!」
セラは指でソニアを目視した方を指す。クララは馬を止めて、馬が暴れないよう宥めながら降りる。
「セラ!アナスタシアをこちらに投げて!」
セラは、何事かと驚いたが、クララの表情を見てそれが真剣であることを確信する。
「どう言うこと?」
セラが尋ねると、クララは何処からかバットの様なものを取り出す。セラは状況が飲み込めず、呆けた顔になる。
「いいから!一刻を争うのよ!アナスタシアを何としてでも届けるの!」
「わ、分かったわ!」
セラはクララの危機迫る訴えに言われるがままにする。
「ちょ!嫌な予感がするのだが!まさか、あの、棒で……」
アナスタシアが騒いでいたが、セラはお構いなしにクララを目掛けて放られる。クララは、バットを顔の前持ち、集中を高める。
「私は、ログロース学院、クリケット部のバッツマン。ソニアに届け!」
目をかっと開き、一気に振りかぶる。
「うおぉぉぉ!」
ぶぅぅんとドラゴンの炎を消すかのような一振りが、アナスタシアにお見舞いされる。
「ぶっっ、へぇぇぇ!」
勢いよく打たれたヒヨコのぬいぐるみは大きな放物線を描きながら掻き分け飛んでいく。
「いっけぇぇぇ!」
クララのフォロースルーは、大きく美しい弧を描いた。クララとセラは、方法はともかくアナスタシアを、ソニアに届けたのだった。




