アル・ヘレナ出発
「おはようございます」
ソニアが挨拶をしながら姿を現したのは、アーケイン城城門。そこは討伐を命じられた5人が集まる場所だ。そこには既にクララとセラ、執事の爺や、アルエとエレナの軍馬を連れた従者、ソニア達を乗せる馬車の使用人と皆集まっていた。ソニアは、アーケイン城の客間に宿泊させてもらい、そこはこれまでの人生の中で経験した事のない広い部屋だった。ソニアは、あまりに豪華な客間にテンションが上がり、中々眠れず起きたのはついさ集合時間ギリギリだった。
クララは、ソニアの挨拶に返して手を振っている。セラは「おはよう」と小さな声で言う。いつも通りの機嫌を計る事ができないが、きっといつも通りなのだろう。ソニアは歩いてクララとセラの所へと向かうとき、団長達に目をやる。団長のアルエとエレナは既に出発準備が整っているようで、2人で話し合っている。改めて2人を見ると、昨日には気付かなかった部分も見えてくる。
アルエは普段の表情や仕草が弱々しいので気づかなかったが、とても良い体格をしている。無骨な赤い軍服だと思っていたが、肩部分は可愛らしくパフスリーブになっていてアーケイン家の紋章があしらわれている。そして、シースルーの赤い前開きのスカート、長身が映える長い白いブーツ、威圧感こそないがその佇まいは凛としている。そして、何より目を惹くのは、謁見室では見られなかった、大男の筋力でも扱いに苦労するだろう大剣を携えているところだ。逆に、エレナは透き通るような色の白さに、華奢な体つきだ。軍服の上に、白から裾に向かって青に変わる外套を纏い、すらりと長い濃紺のブーツを履いている。
アルエさんは確かに大きいけど……あんなに可愛いのに男性と言われても信じられないなぁ……。エレナさんも、本当に綺麗……女性と言われて、逆に納得がいくよね。
ソニアが、2人の美貌に気を取られていると、団長達が近寄ってくる。
「おはようございます、ソニアさん。よろしくお願いしますわ」
「あははっ!おはよう、ソニア!今日から一緒に頑張ろう!」
2人は妹のセラと違い、気持ちのいい挨拶をしてくれる。
「おはようございます!よろしくお願いします」
2人の美しさに、ソニアは急に自分の身なりが気になり、髪を整えながら挨拶を返す。全員が揃い挨拶が終わった丁度、アルベリックの衛兵が城から出てくる。すると、その奥からアルベリックが猛烈な勢いでセラに向かって走ってくる。
「セラたぁぁぁん!行かないでおくれよ〜!」
アルベリックの言動に、セラは本能的に全身の毛穴が逆立つ。そして、セラに抱き付かんと迫ってくるアルベリックを、寸でのところで華麗にかわす。勢い余ったアルベリックは、そのまま顔ごと地面に擦り付けてソニアとクララの前までくる。ソニアとクララは、宰相の奇行に呆気に取られて見ている。だが、アルベリックはむくりと起き上がると、何事もなかったようにソニア達に向く。
「皆さん、おはようございます。改めて討伐隊へのご参加、感謝を申し上げます」
顔は汚れているが、優しい笑顔で握手を求めてくる。2人は苦笑いで握手をする。
「おはようございます、宰相。できる限り力になれればと思います」
まぁ、アナアスタシアに任せるけど。じゃなきゃ瞬殺よね。
2人と握手を交わすと、自分の子供達に挨拶をする。
「アルエ、エレナ、セラ、おはよう。お前達には苦労をかけるが、よろしく頼む。特にセラ、今回はアルエとエレナの指示に従い、くれぐれも戦果をあげようなどと先時ないようにしなさい。騎士団における指揮の乱れは、自分だけでなく、多くの人々を危険に晒すこととなる。分かったね」
アルベリックは、セラが突出しないように釘を刺す。
「承知しました、宰相」
アーケイン家の日常なのか、出会い頭のアルベリックの突撃は無かったものとなっており、セラも粛々と従う。アルベリックは、一同を見渡しながら、本任務の概要を伝える。
「本討伐隊は、今からアーリオ湿林の東に位置する村、フロリアへと向かう。そこで、第一陣が出撃し、二陣はフロリアにて待機し、後方支援として動いてもらう。第一陣は、第三騎士団団長アルエ・アーケインと第四騎士団団長エレナ・アーケイン、そしてログロース学院中等部3年ソニア・エヴァークレスト。第二陣は、ログロース学院中等部3年のセラ・アーケインと同じくクララ・ハーヴェスト。目標は未だ不明確であるが、ドラゴンタイプであることは確かだ。本作戦はドラゴンタイプの識別、討伐が主となる。しかし、最優先事項は5人全員の命である。そのため、討伐の可否は団長2人に一任する。皆のもくれぐれもよろしく頼む」
アルベリックのその様は、宰相の威厳を感じさせるもので、学生3人は改めて本当の戦いに臨むことを再確認する。
「ちょっ、ちょっと待ってください!ドラゴンって、私でも知っているような、強いモンスターじゃないですか!」
クララは、初めて明かされたドラゴンという言葉に、無意識に語気が強くなった。アルベリックは、毅然とした宰相の顔を緩め、申し訳なさそうに言う。
「あぁ、報告が遅れて申し訳ない。だが、正直なところを申し上げると、現状では団長の次に戦力となるのは君達だけなのだ。皆さんには危害が出ないよう団長には命じてある。だから、どうか頼まれてはくれまいか?この通りだ」
アルベリックは丁寧に深々と頭を下げた。それを見たクララは、直ぐにアルベリックに近寄り訂正する。
「さ、宰相、頭を上げてください!そんな、そういう意味で言ったのではなかったんです。分かってます、引き受けたことはやりますから、頭をお上げください」
セラに勝った私が、第一陣か……学院に残るため不正を働いたばかりに、こんな事に……。
ソニアは、仕方がないにしても自分のとった行動を後悔する。そんな表情を見ると、アナスタシアはちょいちょいとソニアの髪を引っ張る。
「ご主人よ、この僕が戦うから、心配しないでおくれ。ソニアには傷付けさせないようにするから」
「うん……、もうアナスタシアに任せるしかないよ」
ソニアとアナスタシアのやり取りを横目にセラが、一歩前へと出てくる。
「私たち第二陣は、どのような支援を行えばよいのでしょうか」
セラがアルベリックに尋ねると、アルベリックはセラとクララの2人を見て、任務の詳細を伝える。
「君たちの後方支援としての任務は大きく分けて3つだ。1つ目は、モンスターがアルエ達の手に負えない時の撤退の補助をしてもらう。2つ目は、討伐可となった時、アルエ達がその旨を知らせる。そこでセラは前線に赴き追撃を、クララさんはそのままそこに残り怪我人が出た時の回復をする。3つ目は、起こってほしくはないが、回復魔法では処置が難しいほどの重症者が出た時だ。その重症者を野営地の村、もしくはアル・ヘレナまで連れて来てもらいたい」
セラは無表情でそれを聞き、「承知しました」とだけ言う。クララも何かに祈るように手を前で組み、「承知致しました」と意を決したようだ。今回の討伐の大体を伝えられると、アルエが皆に促す。
「それでは、出発しましょうか」
アルエが皆にそう伝えると、ソニア達はそれぞれ出発に向けて動き出す。
「ソニアさん」
アルベリックの声かけに、馬車に乗り込もうとするソニアは振り向く。
「あなたは第一陣として、最前線に立つわけだが、私に何も訳は聞かないのかい?頼んでおいてこんなことを聞くのも変なのだが、命の危険が伴う任務だ。どんなに中等部屈指の実力者と言えど、そのように平然としてられるのは……正直驚きが隠せない」
ソニアの顔がみるみると驚愕の表情になる。
確かに!今回はアナスタシアに全任せするつもりだったから、全っ然気にして無かったけど、考えたらこの任務かなりやばいことだよね。クララの反応が普通だよね。自分だけ人任せなんて、すごい嫌な人じゃない!
「そ、そうですね……怖い……怖いです。でも、私は一人じゃないんです。大丈夫、きっと何とかなるはずです」
アナスタシアが、きっとみんなを守ってくれます!
ソニアの最後の心の声は届かないが、その言葉にアルベリックはにこりと笑う。
「私を許してくれて、ありがとう。ソニアさん、くれぐれもよろしくお願いします」
「承知しました。では、失礼します」
ソニアは、どんどん自分の力の及ばぬ方へ向かうこの状況に、ものすごい不安を感じながらも、今はどうすることも出来ないのでとりあえず馬車に乗った。使用人も荷物の積み込みが終わると、爺やを先頭に使用人たちが揃って並ぶ。
「アルエ様、エレナ様、セラ様、そしてソニア様、クララ様。どうか皆様無事にご帰還くださいませ」
爺やの言葉に、先頭に立つアルエは「ありがとうございます。必ず全員無事に帰って来ますわ」と告げて愛馬で走り出す。それに続いて、エレナとソニア達を乗せた馬車が続いていく。一行は、アーリオ湿林近くの村の駐屯地まで向かう。




