表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Hiyoko's witch  作者: POCO
PR
11/25

アーケイン家の人々

「恒久の四傑」、この世界に多大なる影響を及ぼした人物、家を賞して呼ばれる言葉である。アナスタシア・ウィリンガム、現代魔法の祖、現在使用されている魔術の大元となった魔法を生み出した者として、第一席とされている。アーケイン家のアラミス・アーケイン、アナスタシアが残した魔法は一部の特殊能力をもつものしか扱えなかったが、人が元来もつ魔力をもって術として体系化、書物化し世界へ魔術を普及させた家として第二席とされている。ルーチェ家、アーケイン家が体系化した魔術を魔術具として道具化して、武具としてだけではなく魔力の少ない者でも扱えたり、インフラ整備から身体の弱った老人への補助具などとしても世界に新たな価値を与えた家として、第三席とされている。エデン家、戦争のあった昔より、エデンを冠する者に比類なしと讃えられ、戦争をその武力で治めてこの世界に平和をもたらしたとされ、第四席をされている。


 ソニアが実技試験を優勝した翌日から、ソニアの周りから反応は全く違うものだった。朝、校門を潜るなり、周囲からの視線を集める。誰もが魔術下手だと思っていたソニアが、この学年の筆頭と名を馳せていたセラをタイマンで倒したというのだから当然である。

「みんなに見られてる……」

 ソニアは顔を伏せながら、こそこそと足早に歩いている。

「噂が広まるのは、いつの時代も早いものだね」

「私がセラさんに勝つなんて、天地がひっくり返っても起きないことだよ」

「何を言うかね、誰も使用出来た事がない時魔法を使用したんだ。僕にとってみれば、天地がひっくり返る方の確率の方が高いよ。あの試験で僕が戦ったことも、その時魔法を使用して僕を呼び出したご主人様の力さ」

 ヒヨコのアナスタシアが、肩に乗り出して力説している。

「まぁ、そう考えると、気が楽になるわ」

 ソニアは腑に落ちない様子ではあるが、気が少し楽なった。2人で話をしていると、普段通りクララが声をかけてくる。でも、いつもと違うのは、その隣に最近よく見かける人が立っていたことだ。

「おはよう、ソニア」

 セラが、いつも通り怒っているのか分からない声で挨拶をしてくる。

「お、おはよー……」

 ソニアは、少し遠慮がちで挨拶をすると、クララが勢いよく突っ込んでくる。

「ソニアー!やっと来てくれたぁー!もう、大変だったんだから!私が何話しても、「ええ」「そうね」のどちらかなのよ!」

 クララは、セラが急に現れて一緒にソニアを待つことになった努力を、激しく訴えかける。

「クララ、大変だったね。分かる、分かるよ、その気持ち。でもね、あれがセラなんだよ」

 そう言うと、ソニアはセラに向かって挨拶をする。

「おはよう、セラさん」

「ソニア、そのような、さん付けはやめてくれる?アナスタシアからの呼ばれ方に慣れてしまったから、気持ちが悪いのよね」

 嫌悪感を露わにした表情で、セラは提案する。

 ソニアは、苦笑いを浮かべて言い直す。

「ふふ……分かったわ。セラ、おはよう」

「ふんっ」と言うと、セラは歩き出す。2人は後をついて行く。ソニアとセラが2人で歩く様は、更に周囲の興味を引いた。

 

 今日から1週間、中等部の3年は高等部の進学までの休業日となる。それでも、3人が集まったのは遊ぶからではない。ソニアは、アナスタシアの事を2人だけには伝えようと決めたからだ。

 登校の時間が終わり、他の学年はいつも通り授業があるため、学院内の広場に人はいなかった。

「じゃあ、2人とも行くよ」

 ソニアがヒヨコのクチバシをいつも通り思いっきり押すと、「ぶっへぇ」とアナスタシアと入れ替わる。

「ご主人様、わざとやってないかい?」

 アナスタシアは、ソニアに一言物申すと、自身の能力を示すために魔法を使用する。まるで、花吹雪を振りまくが如く、アナスタシアが手を振り上げると火・水・風・雷の主要四元素の魔法が、まるで花火ように美しく宙に浮いては弾け、浮いては弾けを繰り返す。

「綺麗……」

 クララは、あまりの魔法の華麗さに感嘆する。

「どうだい?綺麗な物だろう。昨日の試験では、魔術は攻撃、守備と役割をもって唱えられていたが、魔法はもっと自由なものなのだよ」

「へぇー、本当にアナスタシアなのねぇ」

 クララは、徐ろにアナスタシアに近づくと、顔を両手で掴み引っ張る。

「痛い、痛い、痛い!だから、顔は変わってないんだよ!変わったのは中身だよ!」

 アナスタシアは、クララから逃れて距離を取る。クララはこの一大事を、素直にさらっと受け止めている。

「でも、何より驚いたことは、ソニアが時魔術を使用できたことね」

 セラが、割って入り、このとりかえばやの根幹を問う。

「そうだね、僕は100%今の時代には生きていない。でも、ソニアの時魔術は、時間の概念を飛ばしている。つまり、過去現在、もしかしたら未来も含めて同じ軸になったようなものだね」

「つまり、ソニアの時魔術は、この世界に時間という軸をプラスするものだったってことね。時間軸が自由に行き来できる事で、人の精神も自由に肉体から離れることが出来るって訳ね。そして、その時魔術は、今もソニアとアナスタシアの間で働いているから、入れ替わる事が出来ると……。アナスタシア、そのヒヨコのぬいぐるみを貸して」

 セラは、アナスタシアの一度の説明で、大体を理解する。しかし、クララは、ぽかんとして全く理解できていないようだ。

 アナスタシアは「僕のご主人様を大切に」と言うと、セラに渡す。「ふんっ」と仏頂面で言うと、セラはクチバシを押してみる。

「やっぱり、私では変われないみたいね。そして、声も聞こえない。ただの動く不気味なぬいぐるみね」

 セラの試みで、入れ替わりはソニアとアナスタシアの間だけの関係だと分かった。セラは、ヒヨコのソニアをアナスタシアへと返す。

「面白いものね」

 セラは、感心して言葉を漏らす。アナスタシアは、もう一度クチバシを押して、ソニアへと入れ替わる。

「私が、興味本位で時魔術に手を出しちゃって、みんなに迷惑かけちゃったね。アナスタシアは自分の人生もあるのに元に戻れないし、セラだって本当は優勝してただろうし……本当にごめん」

 ソニアは、申し訳なさそうに呟く。

「そんなことはない」

「そんなことはない」

 アナスタシアとセラは、ハモりながらソニアの謝罪を否定する。

「考えてみなさいよ、魔法はアーケイン家がアナスタシアの研究をまとめた物だけど、時魔法はそのアナスタシアさえ成功していないの。つまり、アーケイン家が、まとめた時魔術書は未完成だったはず。それをソニアは成功させたのよ、正直意味がわからないし、賞賛に値するわ」

 アナスタシアも、ずいっとソニアに迫り言う。

「そうさ、時魔法は僕が人生賭けて研究したものなんだ。それこそ、数百年をかけてだよ。それをだよ、まさか齢15の女の子が、使用できるとはね。僕は、ご主人様を心から尊敬しているよ」

 二人ともソニアに気を遣っていないと分かるので、本当にありがたく感じた。

「2人とも、ありがとう。なんだか元気が出てきたわ」

「アナスタシアが何を言っているかは、分からないけど、私は事実を述べたまでよ」

 セラは至って真剣だった。そして、セラはソニアに提案する。

「ソニア、貴方の時魔術だけど、私の城に来ない?アル・ヘレナの大図書館なら、時魔術の事も詳しく調べられると思うの」

 セラは、ソニアに時魔術の調査を提案する。

 ソニアは、ヒヨコのアナスタシアを見ながら考える。

 アル・ヘレナの大図書館、世界一の図書館なら、アナスタシアを元の世界に帰してあげる手がかりが見つかるかも。

「そうだね、セラ、ありがとう。私、調べてみたい。ねぇ、クララも一緒に行こうよ」

「えー、私が行っても何もできないわよ。しかも、この国の宰相の家だよ。何かあったら只じゃ済まないよ」

 クララは、顔の前で手を盛大に振って断ろうとする。クララが驚くのも当たり前で、アーケイン家の当主アルベリックはセラの父親でもあり、このエルドブリッジの宰相だ。

「では、明日の朝7時にログロースの校門に馬車を用意させるわ」

 セラは、クララの杞憂を一切無視して、明日の段取りを伝える。ソニアとアナスタシアはやる気を見せているが、クララはがっくりと肩を落とした。

「私の平穏な休日が……」


 首都ログロースの南東に位置するアーケイン領にアル・ヘレナがある。アーケイン領の東は海に面していて州の80%が平地で、漁業・貿易など産業が盛んなところだ。西は山々に囲まれログロース同様、要塞としても機能している。アーケイン城は、その山々の丁度谷間になっている攻撃、防御面でも一番地理的に強固なところにある。そこから、アーケイン領の領都アル・ヘレナへ向けて蛇行した長い道が続いている。アル・ヘレナは、ログロース同様に海に面した街で、水路が整然と整備されていて、石造りの家が並ぶ綺麗な街並みである。また、アーケイン家は、魔術を流布したという歴史もあり、アル・ヘレナ全体が産業だけでなく魔術に対しても世界屈指の賑わいを見せている。魔術書や魔術杖、魔術具など多岐にわたる店が軒先を連ねている。この街の華やかさに、領主アルベリックの政の才覚が現れている。

「クララ、見て!海の光と、街の魔術が反射し合って凄く綺麗!」

 ソニアは、自然と魔術が織りなす風景に、小さな子供のように興奮する。3人は、窓のついた装飾を施された馬車から顔を覗かせている。

「本当だ、噂には聞いていたけど、実際見てみると凄いね」

「これは、凄いね。昔、この辺りは小さな漁村だったのにね」

 アナスタシアは、昔を語るお婆さんのような事を言っているが、ソニアにしか聞こえていない。

「そうね、この街並みはいつ見ても飽きない。特に私の部屋から見る景色は格別よ」

 街を見ながら語るセラは、光の加減なのか笑顔に見える。馬車は、城までの長い道を進み、大きな城門を潜っていく。城門を過ぎると、城の前に100を越える人々がセラの到着を待っている。

 時魔術の秘密を探ろうと後先考えずに来ちゃったけど、セラは宰相の子なのよね。アーケイン城にお世話になると思うと、急に緊張して来たわ。クララが言った通り、絶対に問題は起こせないわ。

 ソニアは、肩に乗っているアナスタシアをきっと視線を送る。

「アナスタシア、ぜっっったいに変な事しないでよ」

「はいはい、分かっているよ。僕を問題児のように言わないでおくれ」

 アナスタシアは、ソニアの心配を軽くいなす。

「ソニア……心中察するわ」

 ソニアの言葉しか聞こえないが、そのやり取りを見てクララは案じている。そして、セラもアナスタシアへ忠告する。

「いい、アナスタシア。現代の魔術において詠唱をしない、魔術陣を描かないはありえないことなの。今後、ソニアにいらぬうたがいがかからないためにも、もしも、もしもよ、何かの間違いで誰かと戦うことがあろうものなら、兎に角振りをするの。魔術陣を描き、詠唱して魔術を唱える振りをね」

「なるほど、現代に順応してこそということだね」

 アナスタシアは、セラの忠告を受け入れる。馬車が城門にたどり着くと、馬車から降りるために荷物の整理をしよとする。セラはあまり荷物を持ってきていないため、初めに馬車から出る。

「ふぉっふぉっ、セラ様、ご立派になられて、爺やは嬉しく存じまするぞ」

 降りるや否や、真っ先にセラの元へ駆け寄ってきたのは、長い眉で目が隠れていて、髭も長くオールド犬を彷彿させる。外見では70を超えるようのな見た目だが、黒いテーラードスーツを見に纏い凛とした執事だ。

「やめろ、爺や。私はもう、そのような歳ではないと、毎度伝えているだろうに」

「いいえ、セラ様。爺や目はあなた様の成長が嬉しいのです。どうかお世話をせてくださいまし、ふぉっ、ふぉっ」

 あの、常にむすっとしているセラが、爺やと呼ばれる執事の前では子供扱いだ。その様子が可笑しく、ソニアをクララは顔を見合わせて笑う。

「まぁまぁ、セラ様がまさかご遊学をお連れになるとは!入学以来、一切仲良くしてくれ人もおらず心配して参りましたが、まさかお二人もお連れになるとは。爺やは、もういつ死んでもいいですぞ」

 セラは、顔を真っ赤にさせて反論する。

「な、何をいうか!わ、私は別に友達を作りにログロースへ行っているのではないぞ!」

 セラの反論も虚しく、爺やは「よかった、よかった」とセラの頭を撫でる。セラも、それを嫌がるわけでもなく受け入れている。

「も、もう良いか。では、行こうか」

 セラは、兎に角この場から離れたいのか足早に、城の中へと入っていく。セラを先頭に、城の中を歩いて行く。金や銀を散りばめたような美しい装飾品はなく、甲冑や歴代の魔術師が使用しただろう杖やローブなどが飾られていて、荘厳さを感じさせる。歩く音が、点々と灯りのある静かな廊下に響き、ソニアとクララは自然と背筋を伸ばす。

「ソニア、なんだか緊張するね」

 クララは、雰囲気を感じ小声で呟く。

「う、うん、私こんなすごいお城に来たの始めてだよ……」

 ソニアは、苦笑いをする。

「悪いけど、図書館に行く前に、お父様に挨拶をさせてちょうだい。貴方たちは私の部屋で待っていて」

 セラは父親に挨拶をするので、2人に客室で待つように言う。

「いえ、セラ様。アルベリック宰相は、ソニア様とクララ様にも会いたいとおっしゃられておりますゆえ、お二人にもご挨拶いただきたく存じます」

 爺やの提案に、セラは急に踵を返し爺やに迫る。

「それは、絶対にまずいわ!どうにか、断ってちょうだい!」

 聞き迫るセラの形相も、爺やは「ふぉっ、ふぉっ」と笑い飛ばす。

「セラ様、アルベリック宰相のみならず、アルエ様とエレナ様もお待ちです。どうかお覚悟を」

「何ですって!あの2人もいるの!」

 セラは、あからさまに動揺して、爺やの前を行ったり来たりしている。

「まずいわ、あの二人までいるなんて、何を言われるか」

 セラがめちゃくちゃ困っている!どんな家族なのかすっごい気になる!けれど、お招きいただいているからには、挨拶をするのが礼儀だよね。

 ソニアは、困っているセラにお願いする。

「セラ、私はぜひ宰相にお会いして、お礼を伝えたいわ、緊張するけど。ねぇ、クララ」

「ええ、始めらかそのつもりだわ」

 クララも同様、お邪魔するからには挨拶は当たり前だと思っている。

「ふぉふぉ、それでは決まりですな。それでは参りましょう」

 ここまでセラが先頭を歩いてきたが、ここからは爺やが先導して、その後をソニアとクララ、ガックリと項垂れるセラが続いていく。長い廊下を歩いていくと、今までにない装飾の施された扉が見えてくる。セラがいうには、自分の部屋や兄姉の部屋らしい。ここを境に、今まで荘厳で無骨な空間から、人を招き入れるような華やかな装飾が見られる。そして、そこを抜けると衛兵が守る、いかにも謁見室ともいえそうな、人の身長の3倍はあるだろう扉の前まできた。

「ソニア、クララ、とにかく静かにしているといいわ」

 セラは力無い言葉に、ソニアも足がすくむ。

 本当に嫌なのね……あの無表情のセラがこんな風になるなんて、一体どんな人たちなのだろう。凄く怖いのかな。まさか、セラみたいにいきなり魔術を使ってくるなんてないよね。どうしよう、アナスタシアに変わっておいた方がいいのかな。

 ソニアの緊張を他所に、アナスタシアが声をかける。

「ご主人様、顔色がすぐれないね。変わるかい?」

「大丈夫だよ、アナスタシア、たかだか挨拶よ」

 アナスタシアは「そうかい?」というと、フードの中にさっと帰っていく。

「2人とも、もう観念していくわよ!」

 がっくりしているセラとソニアにクララの一喝が入り、2人は「はいっ」と背筋が伸びる。「ふぉ、ふぉ」と爺やが笑い、扉の衛兵に合図を送る。扉は分厚く、人が通ることが出来るくらいまで開くのに時間を要する。その時間が、ソニアの緊張を更に強める。

 謁見室の入り口は、赤の絨毯が玉座まで伸びていた。玉座は、10段ほど高いところに鎮座している。宰相がいるだろう玉座には、今は誰もいなかった。その階下に軍服を身に纏った2人の人物が絨毯を挟んで左右に立っている。一人は濃紺の軍服を着ていて、スラリとした細身で、髪はライトブルーで分けている中性的な顔つきで、見方によっては女性のような男性だ。もう一人は、深く赤い軍服を着て、大柄で髪は赤く長いストレートの女性だ。ソニアたちは、扉からゆっくりと歩を勧める。

 この人たちが、お兄さんとお姉さんかな、セラはゴールドの瞳だけど、二人は青と赤の瞳。同じ家族でこんなに瞳の色が違うなんて、あるんだね。

 ソニアがアーケイン家の瞳に気を取られていると、兄姉が待ちきれないとばかりに歩いてくる。

「セラァァァ!会いたかったよぉぉ!全く顔を見せないんだもの、アルエにもっと顔をよく見せておくれぇぇ」

 自らをアルエと名乗ったのは、女性の方だった。セラは、ハグを仕掛けてきたエレナを、全力で拒み続けているが、負けじとハグを試みている。すると、後ろからもう一人が声をかける。

「あははっ!久しぶりだね、セラちゃん!アルエちゃんは君をすごく心配していたんだ。アーケイン領の行事にさえ顔を出さないと思えば、急に試験休みに帰ってくるなんて、お父様も大急ぎでこちらに向かっているよ!」

 エレナは、快活にはっきりと喋るので、裏表のないイメージだ。どうやら、アルベリック宰相は、まだ政務から帰って来ていないらしい。

「アルエ、離れて!鬱陶しいわ!」

「うぅぅ、セラに嫌われたぁ」

 セラの本気の抵抗に、アルエは負けてしょんぼりしている。しかし、セラはそんなことお構いなしに、二人に言う。

「まったく、たかだか妹が帰ってきただけで大袈裟なのよ。二人とも騎士団としての仕事はどうしたのよ?」

「あははっ!セラちゃんが帰って来るんだ。今日は、副団長に仕事を任せて、午後は休暇さ!」

 今のエルドブリッジ王国の平和を感じられる言葉だった。

「ねぇ、セラ。編成試験、負けたって聞いたけど、本当?」

 急に話題を変えたのは、アルエだった。セラの事を心配するような表情だが、確かに他の意図が伝わる。セラは表情こそ変えなかったが、ソニア達には緊張の糸が張り詰めた。

「あははっ!僕もそれが気になるな!アルエも僕も、ログロースを主席で終えて、騎士団入りだ。アーケイン家が高々編成試験で負けるなどないことだのもな!」

 言葉に重みを感じない、明るく軽い言い回しだが、その内容はセラの結果を良しとしない感覚が伝わった。

「この二人、なんか変じゃない?」

「何だか、ちょっと怖いよね」

 ソニアは、場の雰囲気に耐えられずクララに耳打ちをする。

「いいえ、その通りよ。私は負けたわ。実力で、全力でね」

 セラは無表情で、事実をそのまま伝える。

「ちょっと、待って!」

 ソニアは、あまりの言葉足らずに口を挟んだ。

「いいの、ソニア。誰であろうと、私にとっては負けは負けなの。私自身の戒めよ、もっと精進すべきと気付いたわ」

 セラの黄金の瞳から、強い覚悟を感じる。ソニアは、何も言わずに、引き下がる。

「気持ちのいい子だね」

 アナスタシアの言葉に、ソニアは静かに頷く。

「あははっ!そうか、そうか、負けたのか!アーケイン家で初の出来事だね!」

「そう言う言い方は良くないわ、エレナ。しょうがないじゃない、セラはセラなりに頑張っているわ。アーケイン家で1番魔力の弱い、あのセラなのよ。私はとても頑張ったと思うわ」

「あははっ!そうだね、言い方が悪かったね!セラちゃんは、よく頑張ったね!」

「セラ、準優勝おめでとう」

 2人は明るく「準優勝」の労いの言葉をかけるが、セラは何も言わずにいる。ソニア達の雰囲気が悪くなったことにも、気が付かないくらいに、団長2人はソニア達に興味がない。すると、アルエが、何か良案を思いついたかのように両手をぽんっと叩く。

「そうだ、セラちゃんは、私たちのように騎士団に入るつもりだったけど、辞めておいた方がいいわね!」

 本当にセラのためを思って言っているのだろう。一瞬だった、ソニアはセラが初めて表情を曇らせたのを見た。

「あははっ!そうだね、それが良い!僕はセラが大好きだから。セラに何かあったら悲しいわ」

 エレナも、その案に乗る。セラは、2人に囲まれながら拳を強く握りしめて、黙っている。ソニアは、それがマリアン達を前に何もできなかった自分と重なる。

「自分ではお父様に言いにくいだろう。僕がお父様に進言してあげよう!」

 セラの肩を両手で押さえ、エレナが騎士団の道を止めさせようとした時。

「あの、セラを馬鹿にしないでください」

 ソニアは、無意識に思いを言葉にした。その言葉は、低く重かった。クララは、驚きでメガネがずれている。アナスタシアもソニアの声色にフードから顔を覗かせる。その言葉で初めてソニアを認識した団長2人は、真顔で振り向く。

「セラは、本っ当に強かったんです。アーケイン家とか関係なく、セラはあの日ほとんどの人たちを倒したんです、生徒の中では断トツだったんです。ただ……その……なんて言うか、魔法の祖というか……」

 初めこそ威勢は良かったが、どうやら何を言うべきかは考えていなかったようだ。だんだんと言葉じりが、弱くなる。セラは、ソニアが団長二人に異見を言ったことに驚いている。

「………………」

「………………」

 団長二人は、何も言わずにソニアを凝視する。

「あははははははっ!」

 エレナが大爆笑する。アルエも外套で、顔を隠して肩を振るわせている。

 途端、2人の笑いが止まる。困った表情のアルエ、爽やかな表情のエレナ、二人が何を考えているかわからない。それが、ソニアを不安にさせ、動揺させる。2人はセラから離れて、ソニアを挟み込むように歩いてくる。二人がソニアを挟み込むと、エレナが笑う。

「あははっ!いやぁ、すまないね!そういえば、セラちゃんの後ろにずっといたけど、君達は一体どちら様なんだい?」

「エレナ!何を言っているのぉ。セラちゃんのご学友ですわよ。あの、友達のできないセラがお友達を連れて来たのよ。でも、何故でしょう?あなたから、その……申し訳ありませんが魔力を感じないと言うか……」

 アルエの一言が、ぐさりとソニアの心に刺さる。

「なるほどね!君はセラのお友達なのかい!でも、何故君は僕たちが、セラを馬鹿にしてるなんて言ったのだい?僕たちはセラの事が大好きでたまらないんだ。騎士団に入って、怪我でもしたら可哀想じゃないか。馬鹿になんてしてないさ」

 その時、クララがソニアを案じてぼそりと呟く。

「ソニア……」

 すると、団長の2人はかっとクララを見ると、ゆっくりとまたソニアの方に振り向く。

「君……が、ソニア?」

 エレナの笑顔が消える。

「あらまぁ!あなたがセラに勝ったという噂の……」

 2人とも目を丸くして、ソニアを品定めするかのように、上から下まで観察する。どうやら、2人はセラの事が気がかりで、編成試験の結果を調べていたようだ。ソニアは二人の肩ほどしか背がなく、ほとんど囲まれている状態だ。

「あははっ!驚いたな!こんな魔力を持たない子に負けたのかい!セラちゃん、本当なのかい?」

 セラはエレナを見ずに「そうよ」とだけ呟く。

「あら、あら、セラには困ったものねぇ。あなた、ログロースに何をしに行ったのかしら?」

 アルエは、頬に手を当てながら困り顔だ。

「あははっ!もう、城に戻ってきた方がいいんじゃないかな!」

 ああぁ!私が下手にしゃしゃり出たから、セラの立場がもっと悪くなっちゃった!どうにかしたいけど、何て言えばいいの!

 ソニアは縮こまりながら、セラを庇うための言葉を考えようとしたが、全く二人に言い返す言葉が浮かばない。その時、髪の毛をちょいちょいと引っ張られる。

「ご主人様よ、困っているのだろう?僕と変わってごらんよ。全てまぁるく収めてみせるよ」

 ヒヨコのアナスタシアがにやりと笑う。

「えー!本当にぃ?アナスタシア、あなた、力強くで解決しようとしない?」

 ソニアは、警戒した目をアナスタシアに向ける。ソニアが小さくなりながらアナスタシアと話していると、アルエがソニアの顔の前まで身を屈めて言う。

「あははっ!どうしたんだい?ヒヨコのぬいぐるみとお話ししてるのかい?」

「うっ!」

「ほら、早くしないと!」

「わ、分かった、分かったわ!お願い、アナスタシア」

 ソニアは、ヒヨコのアナスタシアを手に取ると、力の限りクチバシを押す。

「ぶっへぇ!もうワザととしか思えないね。でも、ご主人様、よく言ったね!後は僕に任せて」

 アナスタシアが鼻を抑えながら、ソニアの数倍の声量で言い放つ。

 アルエとエレナは、まるで何か危険な何かから逃げる様に、アナスタシアから距離を保つ。

「へぇ、さすが騎士団長様だ。人を見る目はないが、危険だけは分かるらしい」

 アナスタシアは、左右に離れたアルエとエレナに目をやると、両手を腰に胸を張る。

「そうさ、この僕がセラに勝った噂のソニア様さ!」

「ちょっと!何言ってんのよ!」

 ソニアは、予想外の事を言い出したアナスタシアの髪を引っ張る。

「あは……、君は一体誰なんだい?」

「その魔力、どうやって隠していたの?まるで急に別人に変わったかのよう……」

 2人は臨戦態勢で尋ねるが、アナスタシアは団長達を指差しながら、質問に答えず話を続ける。

「セラを慮ってるつもりだろうが、つまるところ、アーケインの伝統という拙いプライドが傷付いたのが嫌なのだろう?」

「あはっ……何だって?」

「………………アーケインの伝統が拙いですって?」

 アナスタシアの言葉に2人の表情が曇る。

「アナスタシア、辞めて!」

 ソニアは必死に訴えるが、アナスタシアは「はっ!」と笑い飛ばす。

「いいんだよ、ご主人様。こういう思い上がった奴らは、自分の言葉で人が傷つく事を知らない。ここは一発、性根を叩き直してやらなくてはね」

 アナスタシアはにやりと笑う。

「団長さん達は、ただ運良かっただけさ。当時、僕がいたら、2人ともそろって準優勝さ」

「うおおぉぉい!アナスタシア!やっぱり力強くじゃない!早く、早く謝って!」

 ぬいぐるみながらに必死にアナスタシアの暴挙を止めようとするも、時既に遅しだった。

「私が笑っている間に、訂正するといい」

「困ったわねぇ、これは馬鹿にされているのかしら?」

 困った表情は元々なのだろうが、アルエの言葉からはしっかりと怒りが伝わる。そして、エレナの方は笑顔が消えて、怒りが限界なのが誰が見ても明らかだった。

「まずい、まずい、まずい!どうして、そうやって煽るのよ!セラを助けるだけでいいのに!」

 しかい、アナスタシアは、ソニアに向かって「まかせて」のウィンクをする。ソニアは、がっくりとヒヨコのほぼ無い肩を落とす。クララはというと、既に爺やと2人で部屋の端の方へ逃げて祈っている。そして、限界と分かるエレナにアナスタシアは最後通告をする。

「笑えるね、その程度の力で凄まれても、何の脅しにもならないよ」

 そう言いながら、アナスタシアは腕を組み、頬に指を当てながら、2人を値踏みするかのように頭から足を見る。ソニアは、真っ青になりながら、フードに倒れ込む。

「バカにするな!」

 エレナは、魔術杖を取り出し詠唱に入る。その時、謁見室の大扉が音を立てて開く。緊迫した空気が緩み、皆がそちらに目をやる。倒れ込んだソニアも、何事かとフードから顔を出す。

 大扉から入ってきたのは、背が高く服の上からでも体格のよさご分かる50代の男だ。黒くオールバックの髪、片眼が傷で失い、もう一方は黒い瞳。大きな杖を片手で掴み、黒いテーラードスーツに重厚感のある外套を纏っている。その外套には、アーケイン家の紋章が刺繍されている。その佇まいは歴戦の戦士を感じさせる。

 おぉ、あの男、中々の魔力をもっているじゃないか。団長さん達も強いのだろうが、これは、これは、レベルが違うね。

「あの者、かなりの力を持っているよ」

 フードにいるソニアに、こそっと耳打ちする。突然現れた初老の男が内包する魔力に、アナスタシアは関心している。すると、先ほどまでアナスタシアに敵意をむき出しにしていたアルエとエレナは、一斉に跪く。しかし、セラは腕を組み不遜な態度のままだ。

「アルベリック宰相、おかえりなさいませ」

 その人物は、このエルドブリッジ王国の宰相アルベリックだった。アルエは、父親であるアルベリックに丁寧に挨拶をする。アルベリックは、大扉から数歩入ると辺りを見渡す。その動きはセラとところで止まる。険しい表情で、杖が震え出した。

 うわぁ、さっきのアナスタシアの言葉聞こえたのかな。宰相、手を振るわせるくらい怒っているわ……。

 ソニアは、先程のアナスタシアの無礼を案じる。しかし次の瞬間、アルベリックは杖を放し、膝から崩れ落ち、顔を覆う。アーケイン家以外の者は、何が起こっているのか分からない。

「うぅぅ………………尊い」

 アナスタシアとソニア、クララは驚きで目をぱちくりして、口を大きく開けている。権威を有する初老の大男が、涙を流している。

「お父様、辞めて。私の友人が見てるわ」

 セラは、アルベリックを冷めた目で言う。

「うっ、ううぅぅ……可愛すぎて、ワシ死ぬ」

 アルベリックぱ、咽び泣き始めた。依然、3人は固まったままだ。アルエとエレナも頭を上げ、冷めた感じだ。

 セラはアルベリックの近くまで行くと、腕を組みため息をつく。

「お父様、怒るわよ」

「うん、ごめん……」

 アルベリックは涙を拭きながら立ち上がると、セラのでを取り握手をする。

「セラたん、会えて嬉しいよ」

「その呼び方は、辞めてって言ってるでしょ!」

 セラは顔を真っ赤にさせて、アルベリックの顔を殴る。

「ありがとうございます!」

 倒れ込んだアルベリックは、殴られたにも関わらず喜んでいる。初対面の3人も、セラ同様冷めた表情になる。

「はあ、はあ……お父様、私の友人に挨拶を」

 セラは、息を整えながらアルベリックに、挨拶を促す。

「うん、ごめん……」

 アルベリックはすくっと立ち上がり、何事も無かったように話し出す。信じられないことに、その顔は今までの醜態が嘘かのような凛々しいものだ。

「初めまして、ご友人方。私はアルベリック・アーケイン。この可愛いセラた……」

「お父様……」

 セラは極限に冷徹な表情で、怒りを込めて釘を刺す。

「うっ……こほん。このセラの父親です。セラがいつもお世話になっています」

 アルベリックは、アナスタシアに握手を求めてくる。

「アナスタシア、くれぐれも失礼の無いようね!」

 アナスタシアは無言で頷き、アルベリックの手を取る。

「ソニア・エヴァークレスト、中等部3年です」

「良かった!敬語を使ったわ!」

 ソニアは心底安堵する。アルベリックは、驚いた顔をしながら握手をした手を見つめている。

「お父様、どうしたの?」

 セラの言葉にアルベリックははっと我に帰り、続いてクララに握手を求める。

「ク、クラッ、クララ・ハーヴェスト、同じく中等部3年です!」

 クララは、相手が宰相という緊張からか、噛みまくって挨拶をする。アルベリックはクララに穏やかに微笑むと、アルエとエレナへ手を向けて紹介する。

「この赤髪のこの大きな者は、長兄、第三騎士団団長アルエ・アルベリックです。そして……」

 アルベリックが次のエレナを紹介しようとすると、クララが話を遮ってくる。ソニアも、驚いて口を押さえている。(届いてはいない)

「ちょ、ちょっと待ってください!ちょうけいって……一番上のお兄さんの、長兄ですか……?」

「ん、いかにも、そうだが?」

 アルベリックは、不思議そうに答える。すると、クララが真意を理解したセラが説明する。

「そうよ、アルエは外見上は女性に見えるだろうけど、歴とした男性よ。この三兄妹の中で、立ち振る舞いは、まぁ一番女性らしいわね。それと、エレナも女性だからね。全く、面倒くさい兄姉よね」

 淡々と説明をされたが、ソニアとクララは理解に追いつかずに固まっている。アルエは慣れているのか、相手が固まっているのを気にせずにカーテシーをすると困り顔で微笑む。先程まで怒りを示していたのに、既に宰相から紹介される時には怒りを抑え、切り替えられている。

「うむ、まぁ、慣れだな」

 アルベリックは、こほんと咳払いを一つすると、紹介の続きを行う。

「そしてこの青髪は、長女、第四騎士団団長エレナ・アーケインです」

 エレナは、むすっとした顔でボウ・アンド・スクレープをする。感情に流されやすいのか、対照的にエレナは明らかに不満そうだ。

「後は、まぁ既にご存知かと思うが、次女のセラ・アーケインです」

 セラは「ふんっ、よろしく」と言うと横を向く。

「妻も、私同様官僚でね。今はログロース城で執務中なんだ。挨拶ができずに申し訳ない」

 アルベリックが謝罪を述べると、アナスタシアは丁寧に断る。

「いいえ、突然お邪魔したのはこちらです。どうかお気になさらず」

「アナスタシア、あなたにも礼儀ってものがあるのね」

 アナスタシアはじろりとソニアを睨む。紹介の終わったアルベリックは、アルエとエレナの元までいく。彼に先程までの優しさはなく、威圧感を感じる眼で二人を見る。団長の2人もそれを感じ、背筋を正す。

「ところで、エレナ、お前は何故魔術杖を持っている?謁見室でそれを取り出すことが、どの様な意味を持つか知っていよう」

 アルベリックは、エレナを問い正す。エレナはぶわっと額から汗が吹き出ししどろもどろで答えようとする。

「あっ、いや、これには訳があって……」

 エレナは目が泳いでる。父親としての顔と宰相としての顔とでは、その圧力の大小には、かなりの違いがあるようだ。

「ア、アルベリック宰相!ソニアさんは、アーケイン家を愚弄したのですよ!」

 アルエは事情を語るが、終始難しい顔をしたアルベリックは、話を聞いても尚鋭い目を2人に向ける。

「くだらん、アーケインの誇りを傷付けているのが自分達と気づかぬものなのか!ソニアさん、セラは全力を尽くして戦ったのだろう?」

「えぇ、セラは自分の力を余すことなく使い、誰に対しても敬意をもって全力で戦っていました」

 アナスタシアの答えを聞いたアルベリックは、セラの方を向く。セラは、ぷいっと外方を向く。アルベリックは少し傷ついた。

「アルエ、エレナよ、良く聞きなさい。名誉だけの誇りなど、直ぐに露と消えてしまうものだ。己の力を発揮し、相手へ敬意を払う。そういった者にこそ人は信頼を寄せるものなのだ。これまで団長として先頭に立ってきたのは、ありがたく思う。時には力を見せつけることが必要だったことも理解している。まだ、お前たちは若い。だから、もう一度その『誇り』とはどういうものなのか、ソニアさんが言わんとしたことは何なのか考え直してみなさい」

 二人は、宰相の言葉を一つ一つ噛み締めるように聞いている。

 えっ?私的にはアナスタシアが煽ったようにしか見えなかったけど、何がどうなったの?

 ソニアがこの状況について行けずに呆けていると、二人はアナスタシアのところまでやってくる。

「ソニアさん、数々の無礼、申し訳ありませんでしたわ」

「あはは……すまない。僕は頭に血が上りやすくて。この通り、すいませんでした」

「ちょ、ちょ!そんな、頭を下げないでください!」

 ヒヨコのソニアが、直ぐに言うも相手には聞こえてない。

「僕も数々の非礼、申し訳ありませんでした。最後にもう一度、あの日のセラは、アーケイン家として一切恥じることのない戦いをしました」

 アルエとエレナは、何も言わずに頭を深く下げてアルベリックの後ろに下がる。アルベリックは二人が下がるのを見送ると、打って変わって笑顔になる。

「二人とも団長として、良くやってくれているのだ。身内自慢となり、甚だ恥ずかしいが、本当に自慢の子供達だ、どうか今回のことは許して欲しい」

 アルベリックは身分の上下なく気持ちいい人物で、皆が信頼を寄せているのも頷けるものだった。アナスタシアとクララも深々と頭を下げる。

「この宰相ならば、エルドブリッジ王国が良い国だということは間違いがないね」

 アナスタシアも笑いながらソニアに話しかける。ソニアもこくこくと頷く。

 アルベリックは皆の和解を見届けると、自分は謁見室の階上にある宰相の席に座る。皆、その後を目で追う。アルベリックは、ゆっくりと目を閉じると、何か決心したかのようにゆっくりとまた目を開ける。

「アルエ、エレナよ、2人も知っての通り、私が遅れた理由はアル・ヘレナの周辺で凶暴化したモンスターが現れる件だ」

 アルベリックは、エレナに目配せをする。エレナは謁見室の中央にある大きな机の上に街周辺の地図を出す。

「特にこの領の南西に位置するアーリオ湿林はその目撃数が多く、中にはアルエ達騎士団長クラスを派遣したこともある」

 アルベリックはセラを見る。

「セラよ。セラは騎士団科希望だったね」

「そうよ」

「ふむ……ならばセラよ、今回この討伐任務に参加してみないか?このアルエとエレナも、高等部の時は既に騎士団の任務に参加していたのだ。セラもこの先騎士団として精進していくつもりなら、良い経験となるだろう」

「アルベリック宰相は、セラのことあんなに可愛がっているのに、危険な任務に行かせようとするのね」

 ソニアがアナスタシアに、耳打ちをする。

「それだけ、セラのことを大切にしているのさ。ただ、甘やかすだけじゃなく、適材適所を確実に見極める。アルベリックはなかなかどうしてできる人物だね」

 アナスタシアは、アルベリックのことを買っている。

「ふんっ、お父様、私に任せてちょうだい。必ずや任務を遂行して見せるわ」

 セラは、自信たっぷりに答える。アルエとエレナは、すぐさま反応する。

「あははっ、お父様、お待ちください。セラには手に余る任務かと思います」

「えぇ、そうですわ。セラには持て余すかと思いますわ」

 2人は、アルベリックがセラのことを買い被りすぎていると訴える。アルベリックは、笑みを見せるとアナスタシアに尋ねる。

「ソニアさんは、どう思うかね?」

 アナスタシアは、笑い飛ばして言う。

「あははっ、適任だと思います。魔力や魔術のスキルは言うまでもなく、状況判断、視野、そして覚悟、全てにおいてセラは他を抜きん出ている」

 アルベリックは、笑みを見せるとセラに決意の眼を向ける。

「だそうだ、セラ。アルエとエレナの帯同を許可する。命の危険も伴う任務となろう。必ず全うしてくるように」

 アルベリックは、重々しく3人に任務の令を伝えると、ソニアとクララの方を向く。

「ソニアさん、クララさん、君たち2人にも帯同してしてもらえないだろうか」

 あまりに突飛な提案にクララは素っ頓狂な声をあげる。

「いや、いや、いや、いや、いや、いや!無理、無理、無理無理無理無理に決まってますよ!」

 アルベリックは優しく微笑みクララを宥める。

「すいません、クララさん。何も前線というわけではありません。後方で支援をして欲しいのです」

 アルベリックは今回の来客の情報は全て熟知しているらしく、クララの回復・補助魔術の特性を理解しているようだ。

「どう思う?アナスタシア」

 ソニアは不安そうに尋ねる。

「推論するに、騎士団は相当逼迫しているのだろうね。この地域で凶暴なモンスターが現れ始めた。そこには、騎士団長クラスの力が必要だという。しかし、学生であるセラやソニアを必要とする現状は、まさに人手不足だ。その状況を地政学的に考えてみれば、騎士団は他の地域においても同じような事案が発生している、もしくは他国との関係も考えてあまり表立って動きたくはないのだろうね。もちろん、大切なセラだ。それを捨て駒として扱うことは考え難い。ということは、猫の手でも借りたい状況があるということだ。アルエとエレナで事足りればよし、さもなければ次の手を産むための時間稼ぎの駒が必要と考えれば、僕たちの手を借りたいということも合点がいく。」

 アナスタシアは、アルベリックの思考をトレースしてみせる。

「ソニアさんは、セラに圧倒的に勝利したと伺っている。君は、今すぐにでも最前線で戦う力があると私は思うのだ。命の危険がないとは言わないが、それはアルエとエレナがサポートしてくれるだろう。だから、帯同をお願いできないだろうか?」

 なるほどね、主席だもんね、当然最前線だよね。全部自分が悪いんだよね。アナスタシアに任せるってことは、こうなるんだよねぇ……。

 ソニアは改めて自分が下した決断の重さを知る。しかし、それに相反してアナスタシアは快く回答する。

「了解したよ、アルベリック宰相。安心して待つといい」

「ちょっと、口調がいつも通りになっているじゃない!」

 ソニアのツッコミに、アナスタシアは舌を出す。アルベリックは安堵の表情で、アナスタシアたちに伝える。

「それでは、旅の疲れもあるだろう。出立は明後日の早朝としよう。ご友人方、明日はゆっくりと休むといい」

 アルベリックは、にこりと笑顔を浮かべて屈託なく言う。

「騎士団長、詳しい話は追って伝えよう」

 アルベリックは団長2人を残して、客人であるソニア達の案内を爺やに命じる。

「爺や、皆の案内、頼んだぞ」

 爺やは「ふぉふぉ」と返事をすると、3人を連れて謁見室を後にした。去り行くセラに、投げキッスをしたがセラは全く見向きもしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ