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Hiyoko's witch  作者: POCO
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高等部編成試験

 マリアンを叩きのめしてから、ソニアの生活は平和なものだった。マリアン達が何か言ってくることもなく、また、ソニアがマリアン達を返り討ちにしたことも、全く噂にもなっていなかった。ソニアにとっての1番の懸念点は、報復があるのではないかということだったが、今のところ何もなかった。いつも通りクララと校門で出会っても、クララは何も言ってこない。今日は、朝会のある日で、中等部の全生徒が講堂に集められて、教員から連絡がある。毎週のことで、2人一緒に講堂へ向かう。

「えー、再来週からついに高等部編成試験が始まります。皆さんご存知だとは思いますが、学力、魔力、実技などの総合的試験となります。それによって、この魔術学部は魔術の研究や教育に携わる魔術学科、都市整備など行政に携わる都市工学科、医療に携わる医療学科、国の平和を守る騎士学科に分かれます。皆さんには是非実力を十分に発揮していただき、希望の学科に入れることを望みます。それでは、今から配る用紙に第一希望を書いてください」

 他の教員が、用紙の配布に取り掛かると、クララが話しかけてくる。

「ソニアは魔術学科だっけ?」

「うん、そう。クララは、医療学科だよね」

「そうだね、高等部になったらなかなか会えなくなりそうだね」

 用紙が前から手渡されると、クララは用紙に向かう。

 仕方のないことだけれど、クララとあまり会えなくなると思うと寂しいな。でも、まずは編成試験に受からなきゃだから、頑張ろう!

 ソニアが決意を新たにして、いざ用紙に書こうとするとアナスタシアが話しかけてくる。

「ご主人様よ、君は哀しそうな顔をしてみたり、やる気に満ちた顔をしてみたりと面白いね」

「えっ、顔に出てた?恥ずかしっ!」

 ソニアは顔を赤らめるが、アナスタシアは気にせず話を続ける。

「ご主人様は、魔術学科なんだね」

「私は魔術がダメダメだからね。学力だけでいけるのは、魔術学科と都市工学科なのよ。そして、私の夢はログロースの教員になるのが夢なの」

 ソニアは自分の意思を改めてアナスタシアに伝えて「魔術学科」と強い文字で書く。

 ソニアは希望を書いた用紙を回収箱に入れると、席に戻る。

 先程、編成試験のアナウンスをしていた教員が、言い忘れたのか少し慌てながら補足の説明をする。

「あっ、そうだ。大切なことを言い忘れていました。この試験で、成績が著しく芳しくないものは、退学もしくは留年扱いとなるためくれぐれも体調管理などは怠らない様にしてください」

 退学という強い言葉が伝えられるも、学生たちからは特に驚きの声は上がらなかった。それだけ、周知のことなのだ。

「へえ、厳しいもんだね」

 アナスタシアだけは、その厳しい試験内容に驚く。

「そうだね、でもここで受からないと」

 ソニアからは普段と違い、強い意志を表情に表す。

「ソニア、最近独り言多いよね?」

 クララが、ソニアの顔を覗き込みながら怪訝そうな顔で尋ねる。

「あっ、ごめん!」

 やばっ、だんだんとアナスタシアとの会話に慣れてきて、普通に喋ってた。

「そろそろ、授業が始まるからいくね」

 クララはそう告げると、鞄を持ち講堂を出ていく。

 

 この2週間、ソニアは勉強の合間に、2人の入れ替わる関係を確認した。1つ、ヒヨコはある程度自立歩行が出来、意外と動けること。2つ、ヒヨコの会話は2人だけにしか聞こえないこと。3つ、入れ替わるにはヒヨコのクチバシを指で押すこと。4つ、入れ替わりには制限がないこと。5つ、魔法はアナスタシアの時は、どんな上級魔法も使いこなせるが、ソニアの時はその才能が引き継がれないこと。

 高等部編成試験当日、ソニアはいつもよりも早く起きて、ログロース学院のメインエントランス前のベンチで1人筆記試験の最終確認をしている。ソニアの緊張は傍目から見ても分かるくらいで、鬼気迫る表情で自分のノートを見返している。

「ご主人様、誰か来るよ」

 ヒヨコのアナスタシアが、肩の上で指差している。「ちょっと邪魔しないでよぉ」とソニアが顔を上げると、ソニアの表情がいやーな顔になる。アナスタシアが指した先には、セラが近づいてくるのが見える。背が140センチ台あるだろうか、とても学院随一の雷魔術使いとは思えない。

「ご主人様、僕と変わるんだ」

 アナスタシアが、ソニアに体の入れ替わりを申し入れる。先日の一件で、セラが関わってきた時は、アナスタシアに変わることにした。いきなり、雷魔術を放たれてはソニアでは対処できないからだ。

「もう、勉強したいのに……」

 ソニアは、ヒヨコのクチバシを思い切り押した。

「ぶっへぇ、これは何回やっても慣れないな」

 アナスタシアは、鼻をさする。

「おはよう、ソニア」

 出会った時から感じていたが、どうやらこのぶすっとした無愛想な表情が普段通りなのだろう。とても気持ちの良くない挨拶をしてくる。

「おはよう。しかし、挨拶はもう少し明るくして欲しいものだね」

 アナスタシアは、笑顔で冗談混じりに言う。

「お、おはよう、ソニア!」

 セラは別に機嫌が悪い訳ではないようだ。ソニアに悪いと思ったのだろうか、セラは引きつった笑顔になって再度挨拶を返す。不器用なコミュニケーションを図ろうとしている様が、アナスタシアには可笑しく思えた。

「できるじゃないか、おはよう。毎日、僕のことをよく見ていてくれるね。そんなに、僕に興味があるのかい?」

 セラは、また真顔に戻り答える。

「私が貴方を見ていたのは、貴方が他国のスパイなんじゃないかと疑っていたからよ!魔法の実力を隠して、無能な生徒を演じているのだから。生徒会として、当然の調査だわ」

 ソニアは無能という直球な誹りに、がくーんと酷く項垂れた。

「あはははっ!そうか、セラ。君には僕がその様に映っていたんだね。面白いことを考えるもんだね、僕はただのログロースの生徒さ」

 アナスタシアは思ってもみない回答を面白がった。

「では、何故隠そうとするの?」

「それは秘密」

 セラの顔が怒りの表情に変わる。

「もう、いいわ!私があなたよりも強ければ、なんだって!」

 アナスタシアは、その怒声にも平然としている。

「ねぇ、どうするのよ。セラさん、めちゃくちゃ怒ってるよ!もう少し上手くやってよ」

「では、何と説明すればいいのさ?」

「うっ、それは……うーん、うーん……」

 ソニアは考え込んで、頭から煙が見えるようだ。

「では、本当のことを言うかい?」

「信じる訳ないでしょう!」

 ソニアは、すぐに突っ込む。

「その、ぬいぐるみと話すのを辞めなさい!」

 セラは語気を更に強める。

「あぁ、すまないね。癖なんだ」

 アナスタシアの適当な言い訳には耳を貸さずに、セラは話を続ける。

「いい、今日の実技試験で必ず貴方を負かしてみせるわ!全力で行くから、覚悟していなさい!それを伝えにきたの!」

「分かった、では取り引きをしよう。もし、僕に勝つことができたら、その秘密を教えてあげよう」

「ふんっ!私が勝てばそんな事は、どうでもいいわ!でも、約束よ!」

 セラはどうでもいいと言いつつも、約束だけは交わして踵を返し去っていく。

「激しい子だね」

 アナスタシアが肩にいるソニアに声かける。

「私も初めて知ったわ」

 2人ともセラの気迫に、呆気に取られていた。


 高等部編成試験は、午前と午後の前日で行われる。午前は筆記試験で、午後は実技試験だ。どの学部を希望しようと、その総合的な評価で学部が決まる。ソニアは、筆記試験直前にも関わらず、先程からノートも全く開かれておらず、机の上で頭を抱えている。

「どうしよう、セラさんと戦う何て、大変なことになったわ」

 そんなソニアの横に可愛らしくアナスタシアのヒヨコが座っている。周りから見たら、不思議な子全開である。

「何が大変なんだい?セラとの試合は僕に任せておけばいいじゃないか」

 ソニアは、じろっとアナスタシアを睨みつける。

「それ、不正じゃない!」

「真面目だねぇ。いいじゃないか、それくらい」

「ダメだよ……魔術はあんなでも、今まで頑張ってきたんだから。自分の実力でやらないと」

 ソニアのいつになく真剣な表情に、アナスタシアはそれ以上返答をしなかった。そして、試験開始時間となると試験官が受験者に向かって準備を促す。

「それでは、今から問題用紙と解答用紙を配布します。皆さんは筆記用具以外をしまってください」

 ソニアはそそくさとノートをしまい、筆記用具を整えるとアナスタシアに忠告する。

「アナスタシア、静かにしててね」

「僕はペットかい!」

 アナスタシアのツッコミは無視され、ソニアはふんすっと気合を入れている。


 午前の筆記試験が終わった。アナスタシアも、行儀良くフードの中でうたた寝をしていた。

「よし、結構良い出来かも!」

「流石だね、ご主人様。」

 ソニア達は、クララとランチをするために歩いている。

「これで、実技試験がダメダメでも何とか魔法学科に入れるかも」

「前向きなのか、後ろ向きなのか分からないね」

 アナスタシアが笑いながら言うと、ソニアは口を尖らせる。

「しょうがないでしょ!あのセラさんと対戦なんて、勝てるはずがないんだから。絶対に、いの一番に倒されて終わるのよ」

「だから、僕と変われば……」

「不正、良くない!」

「難儀だねぇ……」

 その後、合流したクララと試験問題の話をしながら昼食をとった。


 午後の実技試験は、戦闘訓練を目的として造られていて、コロシアムのような建物で行われる。かなりの広さがあり、戦闘時には見学席との間に見えない結界が張られるため、魔法を乱発しても人や建物に影響はない。見学席の一部に来賓用の特等席が設けられていて、今日そこには3人の試験官が座っている。その中の1人に生徒会長のヨシュアがいる。ヨシュアが笑顔で手を振ると、受験者から黄色い歓声が起こる。

「やっぱり、すごい人気よねぇ、生徒会長」

 クララが、ヨシュアを見上げながらしみじみと言う。

「そうだよね、オーラが見えるもの」

 ソニアも、久しぶりに見る有名人に興奮気味だ。

「だよね!キラキラしてて、直視出来ないよね」

 皆がヨシュアに魅了されていると、試験官が立ち上がる。

「お静かに。これから実技試験の内容を発表します」

 定刻になり、試験官が立ち上がり静粛を求めると、受験者達の間に緊張が走る。特に筆記試験が芳しくなかった者や、騎士学部を希望する者はこの実技試験に対する意気込みがすごい。

「今年度の高等部編成試験の概要を説明する」

 試験官から、実技試験の内容の発表がある。それは、2人組になり、ツーマンセルでバトルロイヤルだ。そして、残った2組は仲間同士で戦い、勝った者が決勝戦を行い首席を決めるとのことだ。要は、2組になるまでは混戦の中での動きや技術、判断力を問われ、残った4人で個の実力を問われる内容だ。

「おい、ご主人様!すごい面白そうじゃないか!」

 ヒヨコのアナスタシアは、興奮気味でぱたたたっとソニアの頬を叩く。

 薄々感じてはいたけど、アナスタシアは結構好戦的なようね。クララが近くにいる手前、肩にいるアナスタシアに静かにと唇に人差し指を当てた。

 試験内容は、例年通りだっため受験者達に大きな混乱はなく、一様にパートナーを決めていく。特にセラの周りにはかなりの人数が集まり、パートナーを申し込んでいる。強者とペアになろうと殺到する光景は毎年の恒例で、パートナーによって最後まで残れるのだから、仕方のない事なのだろう。

 クララはきっと私に気を遣って、パートナーを決めていないんだろうな。回復、補助魔法を専攻する人は人気だからきっと……。

「ねぇ、クララ、僕と組まないか?」

 学年でも優秀な1人の男子生徒が声をかけてきた。

「えっと、私は……」

 クララはソニアに気を遣ってか言い淀む。

「クララ、絶対に組んだ方が良いよ!応援してるね!」

 クララが断ろうとすると、ソニアは直ぐに割って入った。そして、クララが答える前にその場から離れる。

「ソニア!」

 クララの声にソニアは反応せず、会場の隅まで小走りで来た。

「きっとアナスタシアがいなかったら、私クララのことを引き留めちゃったんだろうな。そしたら、私、すごい嫌な人だよね」

「そんな事、ないさ。人間誰しも、打算はするさ。寧ろ生きる力だと、僕は思うけどね」

「ありがと……」

 すると、会場の一角から人の響めくような騒ぎが起きる。ソニア達が何事かと目をやると、先程セラを中心に出来ていた群衆だ。その人集りが割れて一本の道が出来ると、その先にはセラがいた。セラは、ゆっくりと歩を進める。その人の道は途中で切れているが、ソニアに向かって続いているように見えた。

「ちょっと、みんな見てるよ!ど、ど、どうしよう!」

 群衆の視線を一端に集め、人前に出るのが得意でないソニアは狼狽している。

「うっ……やっぱりセラさん、私なのね」

 ソニアは、涙目で呟く。セラはソニアの前に立つと、手を伸ばしてくる。

「約束よソニア、私と組みましょう」

 その所作から、まるで舞踏会でのパートナーの誘いのようだが、セラはソニアよりも背が小さいので何とも締まらなかった。

「う、嘘だろう?」

「相手はソニアだぞ!」

 セラがソニアを選んだことに、周囲から驚きの声が聞こえる。

「あ、あの、私……足手纏いにしかならないと思うんですが……」

 ソニアは、おずおずとセラの手を取った。

「何?その話し方。ふざけているの?」

 セラは、アナスタシアではないソニアに初めて相対しているので、不審がっている。

 まずい、試験だからアナスタシアに変わることが出来ないわ。もっと偉そうに話さないと。すごく偉そうに、余裕な表情で。

 ソニアの心とは裏腹に、薄ら笑いを浮かべた気味の悪い顔で、話し始めた。

「しゅ、しゅまないね。さぁ、行こうか」

 めちゃくちゃ噛んだー!恥ずかしい!私のアホー!

「ご主人様……すまないが、全く真似出来てないぞ」

 赤面したソニアは、この場から逃げるようにすたすたと歩いていく。セラもその後に続く。パートナーが決まった組の集合場所に行くと、周りでは談笑をしたり、作戦を立てたりする人がいる。その中で、2人は会話もせずに、ただ立っている。セラは仁王立ちで腕を組んで、目を瞑っている。

 どうしよう、何か話しかけた方がいいのかな。でも、アナスタシアの話し方は、恥ずかしいしな。そして、セラさんは機嫌が悪そうだし……悪くないんだろうけど。

 セラの方が背が小さいのにも拘らず、傍目からはソニアの方が小さく見える。ソニアが幾度か声をかけようとして辞めたところで、試験官のアナウンスが聞こえる。全ての組ができたのだ。

「それでは、実技試験を始めたいと思う。1分後に始める。各々、攻めやすい、守りやすい場所へと散るように。また、ログロースの外套は、ある程度の魔術は緩和してくるので、くれぐれも外すことはないように」

 アリーナは楕円形の造りで、受験者は散っていく。そして、試験官のカウントダウンが始まる。

「5、4、3、2、1、始め!」

 開始の合図と共に、皆が魔術を唱えだす。サポート役は守護、強化魔術を、攻撃役は攻撃魔術を唱えるための魔術陣が描かれる。

 魔術をこれまで学んできた人達は、この魔術を唱えるスピードをいかに早く出来るかを鍛錬する。学問で言う、情報処理、マルチタスク、ワーキングメモリと近しい。こと、戦闘を主とする騎士科においては、生死を分ける重要な力だ。

「は、始まっちゃった!ま、魔術、魔術!いや、魔術杖を出さないと!」

 ソニアは、周りの殺気だった雰囲気に完全に飲まれ、慌てふためき思い切り遅れている。

「ご主人様、落ち着くといい」

 フードから、アナスタシアは平静を促す。ここ数日で、アナスタシアは現代では魔法ではなく、魔術という呼称になっていることを知った。そのため、アナスタシアは受験者達が唱える魔術を、興味深く観察している。

「あの者達は、魔術を唱えるのに、魔術陣、詠唱を介して身体の魔力を整え、集約しているんだ。見た感じ、あの者たちの魔術が放たれるまで、後10秒はかかるよ」

「だから、何が言いたいの?私はそれ以上に時間がかかるよ?」

 アナスタシアはソニアに向く。

「つまり……セラの後ろに隠れるといいということさ」

「何よそれ!」

「あなた、こんな時までぬいぐるみとお話なんて、余程余裕なのね。まあ、いいわ。片付ける」

 セラは、華麗に外套につけられている魔術杖を手に取り、魔術を唱えだす。ソニアはその魔術の展開の早さに驚愕する。

「契約の鍵、雷帝の依代、我穿つ、アインス・フルメン」

 セラを中心に中空に現れた数多の魔術陣から稲妻が走る。この混戦で、セラを狙っていた者も多くいたが、それが仇となり一撃で4分の1程度が脱落する。ログロースの学生に支給される外套は、上級のアンチ魔術の細工が施されているため、学生レベルの魔術ならば相殺できる。しかし、セラの雷にやられた受験者は、失神して倒れている。つまり、セラの雷魔術は学生レベルを超えていて、かなりの威力であることが分かる。

「あれだけ後から魔術を唱え出して、他より早く撃てるなんて」

「しかも、初級魔法であの威力だぞ」

 受験者から驚きの声が上がる。詠唱の文節の長短は、術者の魔力とその魔力の扱いの巧さで決まる。今まで、セラの強さは耳にしていたが、実際に見たものは多くない。今回の実技試験で、それを目の当たりにして、セラの恐ろしさを実感する。

「ひぃぃ!」

 ソニアは、あまりの轟音に頭を隠して伏せている。

「あなた、何やってるの?真面目にやりなさいよ」

 あんなに短い詠唱で、あの威力の魔法が打てるなんて、セラさん、凄すぎる。私なんて、何をやっても足手纏いにしかならないな。何より、驚きすぎて、今動けなそう……。でも、何か言わないと。

 ソニアは、あれこれと考えながら立ち上がるが、あまりの驚きに膝が笑っている。

「や、やるじゃないか、セラ。こ、この僕の力がなくてもいけそうじゃないか」

 ソニアは言葉とは裏腹に、顔色を伺いながら恐る恐る言う。

「ふんっ!偉そうに。いいわ、私が片付けてあげる」

 そう言うと、改めて周囲を見渡すと、他の受験者に言い放つ。

「あなた達、私が全員を相手してあげるわ」

 セラの雷魔術の威力に呆気に取られていた受験者達は、はっと我に返る。

「ふざけてるなよ!」

「いくらセラと言ったって、これだけを相手になんか出来るものか!」

 セラの無意識の挑発に乗った受験者達は、一斉にセラへ向かい魔術を唱えだす。そして、サポート役が攻撃役の魔術の詠唱を守ろうと、次々と守護魔法を唱えだす。

「これでセラでも簡単には貫けまい!」

 攻撃役も、魔術を唱え出している。しかし、セラは全く動じていなかった。左足を軽く前に出し、魔術杖で足元に魔術陣を描いていく。

「契約の鍵、麒麟の霆行、我雷光とならん、アインス・フルメン・メ・ペルワーデ」

 セラの足元から頭を貫いて雷が宿る。雷の弾ける音が、辺りを制圧するかのように鳴る。セラの身体からは雷が走っている。そして、相手を確認するかのように、ぎょろりぎょろりと眼球が動く。

「セラはじっとしたままだ!詠唱はまだか!」

 サポート役が痺れを切らした時、ほとんどの攻撃役の術者の詠唱が終わる。

「一気に行くぞ!」

 セラへ目掛けて多数の魔術が放たれる。そして、今まさにセラに魔術群があたろうとしたその時……。

「駆け抜ける!」

 セラの一言、瞬間、稲妻が走る。受験者達が次にセラを認識したのは、その一団が背後を取られた時だった。そして、セラが駆け抜けただろう軌道にいた受験者達は次々と意識を失い倒れていく。

「う、嘘だろ……」

「何が起こったんだ……」

 受験者達が、状況を把握しようとしていた時、セラは次の魔術陣を描き終えていた。

「そんなに喋っていて、あなた達、勝つ気あるの?次の一撃は重いわよ」

「まずい、守護魔法を!」

 サポート役は慌てて魔法を唱え出すが、既に遅かった。

「契契約の鍵、雷帝の依代、天雷の理、我に降り立ち万象の理を断つ、我が名はセラ・アーケイン。穿つ、ツヴァイ・フルメン」

 魔術陣から雷が放たれる。その威力は先程の初級魔法とは全く違い、恐ろしい雷撃が辺り一帯を蹂躙する。その一瞬で、殆どの受験者が脱落する。

「で、残ったのは……」

 セラが残ったもの達を確認するために辺りを見渡すと、競技場の片隅に小さく丸まっていた受験者が、一組だけが残っていた。

「あら、あなたはマリアン。残ったのね」

 マリアンは、咄嗟に身なりを整えて、兄の方を伺いながら応える。

「ま、まあね……余裕だったわ」

 その答えを聞いていないのか、セラはソニアの元に歩く。そして、雷に再度腰を抜かしたソニアに、何事もなかったかのように首を傾げた。

「まあこんなものね。これで、あなたとやれるわね」

「は、ははは……そ、そうだね……」

 ソニアは乾いた笑いで、目を合わせようとはしなかった。

 終わった。私、この後あの雷を喰らうんだよね。うわー、やだなぁ、この外套があっても、殆どの人が気を失ってるじゃん。今からリタイア何てしたら、セラさん怒るだろうな。でも……本当のこと言っても、信じでくれないだろうなぁ。

「そこまで!勝ち残った者は、セラ・ソニア組!マリアン・ロイド組!」

 勝ち残ったもう1つの組は、先日、アナスタシアに懲らしめられたマリアンとそのグループの一人だった。ソニアは、マリアン達はもちろんセラにも目を合わさずに、何とかやり過ごそうとしている。

 来賓席にいる試験官の一人が、妹のマリアンが残ったことを喜び、ヨシュアに阿る。

「いやぁ、流石ですな。マリアンさん、見事に決勝に残りましたな!コレポルト家の未来は明るいですな!」

「ありがとうございます。妹は、運が良かっただけですよ」

 マリアンの実力ではないことは誰から見ても明らかだったため、ヨシュアは笑顔で社交辞令を返す。試験官も、自分の株が上がらない失言だったと、焦って立ち上がり2組に呼びかける。

「それでは、脱落者の退場が済み次第、決勝トーナメントを始める!セラとソニアは、両名で倒されるか降参での決着とする。そして、マリアンとロイドは、ロイドがサポート役の為、5分間マリアンの攻撃を凌いだら勝ちとする。それまで、休憩とする」

 ソニアは、その言葉を聞いた途端に走り出す。

「お、お手洗いに行ってきます!」

 アナスタシアの真似など忘れ、とにかくその場から離れた。


 会場の整備が終わり、ソニアは足取り重く会場に戻った。そこには、既にセラとマリアン達がいた。セラの大立ち回りで受験者全てが医務室送りとなって、会場は4人と試験官、ヨシュアのみだった。セラは目を瞑り、腕組みをしていて、いつも通り機嫌を伺うことはできない。マリアンとロイドは、ずっとソニアを見てニヤニヤと笑っている。

「何だい?あの二人は。こちらを見て笑っているぞ」

 アナスタシアは、ぷりぷりと怒っている。でも、ソニアはそれどころじゃない。

「うぅぅ、ほっといて、今から私は雷に打たれるの……」

 アナスタシアは、やれやれとため息をつく。

「全員揃ったようだな。それでは、これから決勝トーナメント第一試合を始める。第一試合は、セラとソニア!両名、会場中央へ位置するように。マリアン、ロイドは見学席で待つように」

 試験官が、4名に移動を促す。セラは目をゆっくりと開くと、同じようにゆっくりと歩みを進める。ソニアも、肩を落としながらとぼとぼと歩いて行く。

「ソニア、貴方を必ず倒してみせる」

 セラが、低い声で言う。その声には、確かな気概が溢れている。己の尊厳をかけて相手に臨む、清々しい誠実さを感じる。しかし、ソニアは両目を瞑って、何かに祈っている。この明らかな対照さは、決戦に臨むものとしての品位の違いとして明らかだ。

 そして、試合の開始が告げられようとしたその時、ヨシュアが試験官の前に出てくる。

「大切な試験の前に、申し訳ありません」

 ヨシュアは、試験官に深々と頭を下げる。

「先程、憲兵からある情報が寄せられました。それは、先週のプロムストリートでの暴行事件です」

「あれは確か、うちの生徒が関わっているとか……」

 生徒会長の言葉に、試験そっちのけで耳を傾ける。

「ええ、そうです。ログロースの生徒が、善良な一市民を魔術によって暴行するという、あってはならない事件です」

 常に笑顔を絶やさないヨシュアが、真剣に語り出す様に試験官は固唾を飲む。

「待ってください。あれは、暴漢が……」

 セラは何事かは分からないが、事実が曲解されるようなヨシュアの言い回しに口を挟む。

「そして、その事件の首謀者が、そこにいるソニア・エヴァークレスト。あなたです」

 しかし、ヨシュアはセラが横槍を入れてきたことを、気きれずに推し進める。

 ……私が暴行した?善良な一市民に?あの時は私は気を失ってはいたけど……アナスタシアもセラさんも、そんなこと言ってなかったのに。

 ソニアは、まだヨシュアがなぜこのタイミングで、先日の事件の話をし出したのか理解していない。しかし、事の次第を知っているセラは違った。自分の嘘がバレていること、ヨシュアが暴漢を善良な一市民と謀ったこと、嫌な予感がしてならなかった。

「会長!話が違います!あの日は、私が暴漢に絡まれ、ソニアは助けに入ってくれただけです!あの者達をやったのは私だと言ったはずです!」

 セラは、先日の生徒会長室での聴取の時についた嘘を貫き通す。落ち着きを失ったセラとは対照的に、ヨシュアはいつもの笑顔になる。

「セラ、あなたは本当に優しい方だ。私たち生徒会の聴取においても、私たちのログロースの名誉を守るために、自分がやったとソニアを庇った。本来はよろしくはないが、名誉を重んじるセラの気持ちは賞賛に値する」

 セラは、すかさずに反論する。

「なぜです!なぜ私がやったと言ったのに!」

「憲兵を甘く見てはいけませんよ、セラ。あの日の出来事は、既に調べ尽くされています。民衆、近辺の酒場、店、あらゆる人々の証言を得て言っているのです。あの日、魔術を行使して一市民に暴行を振るったのは、ソニアです。セラ、ログロースの生徒が学院外で魔術を使用することは、一定の制約があると知っているでしょう」

 ヨシュアは、笑顔を崩さない。セラは、歯を食いしばりヨシュアを睨んでいる。

「だとしても、ソニアは暴漢から私を救い出そうとしたのです。間違っても、あの者達はあの時、善良な一市民ではなかった!それこそ、あの時周囲にいた人々が証言しているはずです!」

「いいえ、その時周りにいた市民は、あなたが絡まれていたことなど誰も見ていません。憲兵が全て聴取してのことです」

「そ、そんな……」

 ヨシュアの思わぬ言葉に、セラは唖然として言葉に詰まる。ヨシュアは、それを察して、さらに笑顔で言葉を強める。

「セラ、あなたのためでもあるのです。こんなことが、貴方の父、アルベリック宰相に知れたら何というか」

 セラは、目を瞑り無念を抑えきれずに、唇を噛み締めている。

 えっ……何?私、どうなっちゃうの?私が完璧に悪者みたいになっているじゃない。

 ソニアが狼狽えていると、アナスタシアも謝る。

「ご主人様、すまない。僕がソニアのことを考えずに動いてしまったばっかりに……」

 物事に動じないアナスタシアも、自分のしたことでソニアが処罰を受けそうになっていることを申し訳なさそうにしている。

 セラとの問答が終わったヨシュアは、ソニアを見下ろす。そこに、いつもの笑顔はなかった。

「ソニア、学院の生徒が一市民に魔術を使用したこと、そしてログロース学院の名誉を著しく傷つけたこと、2点に対して厳正に処罰を与える。ただし、今までの君の学問の成績や素行は加味する」

 ソニア、アナスタシアは、ヨシュアの次の言葉を待つ。

「よって、ソニアの午前の筆記試験の点数を剥奪する。ソニア、つまり君はこの午後の試験のみで高等部の編成試験を行うこととなる。この決勝に出られたのもセラの奮闘によるものだとすると、現在の君の点数はほぼ0に近い」

「待ってください!一生徒会長にそのような権限はありません!」

 セラは、激昂してヨシュアに怒号を浴びせる。

「いいですよね、先生?」

 ヨシュアは、試験官に満面の笑みで問う。

「これで、ソニアは終わりね」

 マリアンはそういうと、笑いを堪えてにやけている。

「そ、そうですね、生徒会長のおっしゃる事はまさに正しいですね。ソニア、本来ならば退学もあり得る行いに対して、生徒会長の寛大なお心で学院に残れる可能性もあります。生徒会長への感謝の念は、ゆめゆめ忘れぬように」

 試験官は、教員としての対面とヨシュアへの諂いをもってソニアに判決を言い渡した。

「それでは、もう初めてよろしいですか?生徒会長」

「はい、申し訳ありませんでした。どうぞ始めてください」

 セラは、ソニアの方に視線を向けて苦い顔をしている。

「初め!」

 準決勝の火蓋は斬られたが、両者とも動かない。

 そんな、無理に決まっているじゃない。セラさんに魔術で勝つなんて。確かに学院外で魔術を使ったのは確かだけど、セラさんだって悪いのは向こうの方だって言ってたじゃない。なんで?ここまで頑張ってきたのに。退学になったら、お母さんとお父さんに合わせる顔がない!

 ソニアは、俯いたまま戦う意志を示さない。

「ご主人様!もういい、全て僕がしでかしたことだ!僕と変わるんだ!僕ならセラを確実に倒してみせる!」

 アナスタシアの叫びも、反応がない。

「あの日、私たちは何一つ間違ってはいない。ヨシュアは、貴方にどうしても受からせたくない理由があるみたい」

 セラがソニアに語ったその時、セラは自分の発言からあることに気づいたようだ。セラは冷ややかな目でヨシュアとマリアンを一瞥すると、ヨシュアとマリアンの笑顔が見える。

「クソみたいな人種だわ。妹の、いや、家の名誉のために事実を曲げるのね」

 セラが、一人呟きソニアへ向き直る。

「ソニア、だからと言って私は手を抜くことはしないわ。これは、私の意地でもあるの。いい?全力で来なさいよ」

 セラは、魔術杖を取り出し魔術の詠唱に入る。

「契約の鍵、雷帝の依代、我穿つ、アインス・フルメン」

 中空に魔術陣が現れ、稲妻がソニアの足元に落ちる。その衝撃で、ソニアは数メートル吹っ飛ばされ、横に倒された。

「ソニア!立って!もう始まっているのよ、次は当てるわ!」

 セラが、ソニアのあまりの無気力さに叫ぶ。

「ソニア!君の夢がこんなことで途絶えてはいけない!僕が言えることじゃないが、あの日の正義は僕たちにある!それが何故だ、事実が曲がっている!だから、今は勝って試験に受かることだけを考えよう!」

 アナスタシアも必死にソニアを説得する。ゆっくりとソニアは起き上がり、魔術杖をセラに向けた。

「………………」

 ソニアの顔は見えないが、口が僅かに動いている。アナスタシアには、聞き取れない。その時、ソニアの魔力が魔術杖の先端に集約されていくのがわかる。聞き取れるかどうかの声だったが、詠唱だ。セラの詠唱に比べるとあまりに長すぎる。それだけの、詠唱を伴わないと自身の魔力を集めて魔術を使用できないのだ。ソニアが魔術の詠唱に入り、セラもそれに気づき身構える。

「……………アインス・イグニス」

 魔術杖の先に、小さな魔術陣が現れ、小さな炎がセラに向かって飛んでいく。それは、あまりに遅く、一歩でも歩けば裕に躱せるものだった。

「あなた、この後に及んで、私をバカにしているの?」

 セラから見たら、その魔術はバカにされているようにしか感じなかった。その時……。

「悔しい!!」

 しかし、ソニアは辺り構わずに怒号を発した。それは、セラの苛立ちをかき消すくらいの叫びだった。握りしめた拳は、わなわなと震えている。

「私には、もうどうにもできない!自分の力でやりたかったの!これでも、ずっと頑張って来たんだもの!2人がここに通わせてくれたから!自分の力じゃないと、意味がなかったの!」

 怒号ではなかった、それは悲痛な……自分ではどうすることもできないことへの最後の反骨心だった。


「ソニア、たくさん食べてね、体が丈夫じゃないと受験どころじゃないからね!」

 毎日、私の体のことを考えて、母は美味しいものをたくさん作ってくれた。自分が体調が悪い時でも「お母さんはこのくらいしかできないから」と、絶対に欠かすことなく用意してくれた。

「ソニア、まだ勉強しているのかい?頑張っているね。でも、もう夜も遅い。キリの良いところで寝なさい」

 私が勉強をしていると、毎日お父さんが心配してくれる。毎日、お仕事で疲れているのに、必ず私を労ってくれた。

「すごいじゃないか!前よりも気持ち詠唱時間が短くなっているぞ!」

「一人で練習して、ソニアは本当に偉いわねぇ」

 魔術の練習の時も、私が全く上手にできなくても認めてくれた。私が周囲よりも、魔術の素質がないことなど分かっているというのに、前よりも良くできたところ見つけて褒めてくれた。私はあの2人に喜んでもらいたくて、私が夢を目指している姿を喜んでくれるあの2人に……。だから……だから、私は絶対に退学だけはしたくない!

 

「ソニア……」

 アナスタシアは、かける言葉が見つからない。髪は乱れて、ソニアの表情は確認出来ない。

「あなた、どうしたの?」

 あまりの悲痛さにセラは恐る恐る、ソニアの顔を覗き込む。すると、ソニアはキッとセラを睨む。

「私は、絶対にログロースを辞めない」

 ソニアは、計り知れない覚悟を感じる低く重い声で、誰ともなく言い放った。

「セラさん、私は貴方を倒して何としてでも生き残る!アナスタシア!ごめんなさい、もうあなたしか頼れない!」

 ソニアはフードにいるヒヨコのぬいぐるみを取り上げると、全ての怒りを込めてクチバシを押した。

「ぶっへぇ!ご主人様よ、そんな強く押さなくても大丈夫だよ……」

 セラは、突如身構える。それは、彼女の危機察知からなのか、ソニアを取り巻く何かが変化したことが分かった。

「雰囲気がかわった?」

 ヨシュアもソニアの変化に気付くが、初見のためかそこまで気には留めていない。マリアン達は、全くその変化には気づかない。

「ご主人様の覚悟を慮らず、僕は何て浅はかな声掛けをしてしまったのだろう。本当に申し訳ない」

 ヒヨコのぬいぐるみを掌に乗せて、アナスタシアは謝罪する。

「どんなに頑張ってきたかは、ここ数週間見ただけで分かる。全て僕の軽率な行動で無駄にしてしまった。だから、ご主人様、ここは……ここだけは任せてくれ!」

 アナスタシアは、力強い眼光をセラへ向けた。

「あなた、何か変だとは思っていたけど、何なの?雰囲気だけならまだしも、まるで人が変わったよう」

 セラは疑問を投げかける。

「それは僕に勝ったらと言ったはずだ。僕は今バツが悪いんだ、直ぐに倒させてもらうよ」

 そう言うや否や、アナスタシアは右手を頭上へ指し、そのまま横へ肩の高さまで下ろしていく。その指の指した先々にいくつもの火球が発現する。

「なによ、出来るじゃない」

 セラは、アナスタシアの発現させた火球を見て、口の端を上げる。

「何だ?あれは、炎の魔術か?」

 ヨシュアが1人で呟くと、マリアンが言葉を被せてくる。

「あれなのよ!お兄様!ソニアはああやって、どんどん魔術を放ってくるの!」

 マリアンはヨシュアに向かって力説するが、ヨシュアはそのまま戦況を静かに見守る。

 横に広げた腕を、勢いよく前に振ると、火球は先程ソニアが放ったそれとは大きさこそ同じだが、威力と速さが全く違った。セラも臨戦体勢を取っていたが、反応出来なかった。しかし、火球は、全てセラの足元へ着弾し、大きな穴を開けただけだった。

「これで、さっきの借りは返したよ。次は当てるよ」

 セラはその言葉を待たずに、詠唱に入る。

「契約の鍵、麒麟の霆行、我雷光とならん、アインス・フルメン・メ・ペルワーデ」

 アナスタシアは、詠唱の間に今度は両手で火球を作っていく。両手の分、初撃の倍の量が放たれる。凄まじいスピードの火球がセラを襲ったが、速度強化したセラは横へと回避する。そして、アナスタシアが振るった腕を戻すその刹那に詠唱する。

「契約の鍵、雷帝の依代、天雷の理、我に降り立ち万象の理を断て、我穿つ、ドライ・フルメン!」

 セラの背後にたくさんの魔術陣が浮かび上がる。

「中等部の試験で、上級の魔術とはね……」

 ヨシュアは、感嘆して驚いている。

「なるほどね、君達は魔力を術式の媒介を通して顕現させているんだね。魔術を考えた人間はすごいね。その魔術陣は、非常によく出来ているよ」

 アナスタシアは、セラの一撃を待つ余裕を見せる。

 セラは余計な言葉を発せず、魔術を放つ。魔術陣から、夥しい稲妻がアナスタシアに直撃する。あまりの雷撃に辺りは土煙がたち周りからはアナスタシアの無事を目視できない。

「これは、終わったかな。試験官」

 ヨシュアは、試験官に終わりの合図を促す。マリアンは、間接的に仕返しが出来たことに手を上下に振り回して興奮している。しかし、セラは違った。更に詠唱を始めている。

「この時間で、私の最大を打つ!契約の鍵、雷帝の依代、天に連なる古き盟約に従い、今ここに応えよ。天雷の理よ、蒼穹を裂きて我に降り立ち、その威をもって血肉に宿れ。」

「血迷ったか!」

 ヨシュアが声を荒げる。セラの使用としている魔術は、上級の更に上、高位に属する魔術で、小さな町ならそれ一撃で薙ぎ払える位のものだ。

「待て!そこまでだ!学院が吹っ飛ぶぞ!」

 試験官が大声で制するも、セラの耳には届かない。

「万象を縛る理は脆く、偽りの秩序はここに断たれん。鳴り響く雷鳴は裁きの声、走る閃光は終焉の徴。奏でる蒼白はすべてを照らし、逃れ得ぬ審判を告げる。我が名はセラ・アーケイン、貫き穿つ、フルメン・プリムス!」

 セラの魔術杖の前に魔術陣が現れ、そこから青白く輝く荘厳な雷槍が現れる。

「これで倒す」

 セラは雷槍を投げ放つ。雷槍は辺りの土煙を吹き飛ばし、アナスタシアがいるだろう所へ放たれる。誰もが大惨事を確信した時、信じられない事が起こる。瞬間、土煙から現れたアナスタシアがその雷槍を、片手で相殺したのだ。それも、笑みを浮かべながらだ。

「セラよ、僕の本気が見たいなら、今後も精進することだ」

 アナスタシアは、煽るでもなく、当然だと言わんばかりに言う。セラは、想像通りだったのか、自分の最大の魔術を対処されたことに、何も驚きはもっていなかった。

「ここまでとは、思わなかったわ」

「郷にいらば郷に従えともいうしね、僕も真似てみるよ」

 アナスタシアはそう言うと、両手を大きく振るった。すると、先ほどのセラの唱えたように、アナスタシアの背後に魔術陣がいくつも現れる。瞬時に多数の魔術陣を発現させたことも驚くべきことだった。しかし、全員を驚かせたのはその幾多の魔術陣から現れたのが、先ほどセラが放った高位魔術同等の雷槍そのものだったことだ。

「あ、ありえない……なぜ、あのような者が今まで誰の目にも触れずにこれたのだ」

 ヨシュアの顔に余裕はなく、焦燥、戦慄に近いものだ。マリアン達他の人々は、目が点になって口がだらしなく開けられている。セラは、アナスタシアをじっと見つめている。未だ戦意喪失はしていないようだ。

「降参するかい?」

「冗談はやめて、誰かに降参するくらいなら死んだほうがまし」

「気に入ったね」

 アナスタシアは、優しく微笑むと、魔術陣から雷槍が1つ放たれる。地面に着弾すれば、後方全て吹き飛ぶ威力があるため、セラは力の限り横へと走る。周囲の人も壁の後ろに隠れる。だが、雷槍は地面につく前に消え去る。

「何でも思いのままなのね」

 セラは、苦笑いで呟く。

「僕のは魔術じゃなくて、魔法だからね。君たちみたいに打ちっぱなしじゃなく、融通が効くんだ」

 更に、アナスタシアは雷槍を放っていく、セラも初めこそ何とか躱すことができたが、それもだんだんと詰まって来る。

「くそっ!」

 そして、ついには避けきれない時がやってきた。セラは、無意味であることは承知だが、両手で防御の姿勢を取る。しかし、セラに当たる直前に雷槍は消えた。アナスタシアは、腕を組み片手を頬に当てて、ヨシュアの方へと体を向ける。

「どうだい、これで僕の優勝で、晴れて合格ってことで良くはないかい?もしくは、そこの勝ち残った二人組ともやった方が良いかい?」

 アナスタシアが、笑みを浮かべながらいうや否や、マリアンとロイドは青ざめていく。

「い、いや、こ、降参します!辞退します!」

 二人の情けない声が、会場に響く。ヨシュアは、マリアンを一瞥すると、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて会場を去っていく。マリアン達もその後をおずおずとついて行く。試験官はその後姿を見送ると、慌ててアナスタシアの方を向いた。

「優勝は、ソニア・エヴァークレスト!」

 試験官はそういうと直ぐに、ヨシュアの後を追っていった。その栄誉を讃えるものは、一切いなかったが、アナスタシアは全く気にも留めず、優勝という言葉に素直に喜んでジャンプしている。

「やったよ、ご主人様!優勝だ!やはり、1番は気持ちの良いものだね。これで、編成試験も間違いなく合格さ」

「うん、ありがとう。アナスタシアのお陰だわ」

 ソニアは、何かが吹っ切れたように言った。

「いいや、ご主人様の強い気持ちがあったっからさ。ご主人様は、こんなことろで終わってはいけないよ」

 二人が話をしていると、セラが歩み寄ってくる。

「負けたわ。全く歯が立たなかった、父や姉達以来だわ。あなた本当に何者なの?学生の力を超えている。いや、騎士団の中においても貴方ほどの者は、そうはいないわ。本当、あなた一体何者なの?」

 セラがいつも通り鋭い視線を向けて質問してくるが、すぐに取り消す。

「まぁ、勝ったら教える約束だったものね。いいわ」

「アナスタシア、変わって、お願い」

 ソニアがアナスタシアに変わるようにお願いをする。セラの対応はアナスタシアということだったので、アナスタシアは聞き返した。

「良いのかい?変わっても?」

「お願い、セラには本当のことを伝えようと思うの」

 アナスタシアは頷くと、ヒヨコのクチバシを押す。セラは、ソニアの雰囲気が変わったことに、また違和感をもつ。

「セラさん、貴方には本当のことを話しておくね」

「セラさん?何?あなたまた変よ?」

 セラは今までの呼ばれ方と違ったので、怪訝そうな表情になる。

「うーん、実は今の方が私、ソニアなの」

 セラは、さらに怪訝そうな顔になる。

「どういうこと?」

「セラさんは、アナスタシア・ウィリンガムって知ってる?」

「当たり前でしょ、バカにしないでくれる」

 セラは、手を腰に当てて怒っているが、魔力を消耗しすぎたのかいつもの力強さはない。

「そう、あのザ・スペルウィーバー、魔法の祖と呼ばれたアナスシア・ウィリンガム。セラさんと戦ったのは、そのアナスタシアなの」

 そう言うと、ソニアはヒヨコをセラの目の前に持ってきて、ヒヨコのクチバシを思いっきり押す。

「ぶっへぇ!いつも強いんだよなぁ、押すのが」

 アナスタシアに入れ替わる。セラは、驚いてアナスタシアの顔を両手で掴み引っ張る。

「痛い、痛い、痛い!顔は変わってないんだよ!変わったのは中身だよ!」

 アナスタシアは、セラの攻撃?から逃れて距離を取る。そして、またソニアに戻るために、ヒヨコのクチバシを押す。

「分かってもらえた?信じられないかもしれないけど、私はあのアナスタシアと入れ替われるの」

 実際には見せたが、外見状では全く分からない。判断できる要素は、魔力を感じられるかられないかだ。ソニアは、恐る恐るセラの表情を伺う。

「驚いたわ。全く外見では分からないけど、確かに違うということは分かる。そして、大昔に生きた人間が今の時代のソニアに入るなんて……。」

 セラは、あまりの現実離れした状況に、ソニアに疑問を投げかける。その時、人が、それも大勢の人がこちらへと来る足音が聞こえる。実技試験が終わり、優勝者が誰なのか確認しに来たのだろう。セラは、その音を聞くと口早にソニアに言う。

「いいわ、詳しいことはまた今度教えてちょうだい。いい、ソニア。これだけは言っておくわ。貴方がアナスタシアと入れ替われること、絶対に他の人には言わないことよ。私も誰にも言わない」

「えっ、何故ですか?」

「バカね、あなた。無詠唱で法外な高位魔法を簡単に放つアナスタシアよ。もしこのことが国に知れてみなさいよ。一生の自由がなくなるわよ。そして、更に他の国などに知れたら、争いの火種にもなりかねない。アナスタシア・ウィリンガムには、その位の価値があるわ。それともあなた、ずっと牢屋にいるような人生を歩みたいわけ?」

「い、いいえ、嫌です!だ、誰にも言いません!」

 ソニアは顔の前で両手をぶんぶんとふる。セラは自分の顔をヒヨコに近づける。

「アナスタシアね……まさか、絵本の中の大魔法使いと戦うことができるなんてね……。でも、絶対に追いついてみせるわ」

 セラは穏やかに表情を緩めた。すると、大勢の受験者達が会場へと入ってきた。

「やっぱり、セラが優勝したのか!」

「まぁ、分かってたけどな」

 セラとソニアを見るなり、一様にセラが優勝したものだとばかり囃し立てる。その中にクララの姿も見える。

「ソニア!大丈夫だった?怪我、早く手当をしないと!」

 クララは、勝敗よりもソニアの身を案じてくれている。

「私?大丈夫だよ」

 ソニアは、親友との再会に笑顔を見せる。

「優勝したのは、ソニアよ!私はソニアに負けたわ!」

 セラは、受験者一同へ向けて敗北の宣言をする。

「言いにくいことだろうに。少し強情なところはあるが、セラは気持ちがまっすぐで、見ていて清々しいね」

 どうやら、アナスタシアは、セラのことが気に入ったようだ。

「ええぇ!ソニア、あのセラに勝ったの!」

 クララはソニアの手を持って、飛び上がって喜んでくれる。ソニアは、その上下運動についていけず、「あ”〜」と変な声をあげて為されるがままだ。

「あのソニアだぞ?初級魔術もろくに使えないやつが、どうやったんだ?」

「何か不正でもしてるんじゃないのか?」

 ソニアは、俯いて気まずそうにしている。だが、セラはソニアの前に出ると、その受験者を睨みつける。

「私が手を抜いたとでもいうの?バカにしないで。私は全力でやって負けたのよ。ソニアは私よりも強かった、ただそれだけのこと。もし、気になるならば、ソニアに対戦を挑むといいわ」

 セラの言葉に言い返す者は誰もいなかった。セラに全く及ばなかったのに、そのセラを倒したとなれば、ソニアに対戦を挑もうとするなど無謀にも程がある。当の本人は、そんな罵りは全く耳に届かず、クララの祝福を受けていた。

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