第五話④『なぜ』
「行くぞ」
「ん」
リタが部屋を出てから扉を閉じて階段を降り受付へ向かう。
「おはようございますございますご出発でしょうか」
「ああ」
まだ客は少ない時間だからか受付に居るのは一人だけらしい。
「いい部屋だった、また来るよ」
受付の台に部屋の鍵を置く。
「ありがとうございます、また是非お越しください」
観葉植物をいじっているリタに声を掛けてから宿屋の外に出る。
「次はそうだな……、紹介状書かせた以上行かないのもアレだしな」
そこに入るかはさておき、次の目的地は傭兵団のある街だ。
「紹介状を見せれば馬車に無料で乗れるってのは太っ腹だよな」
「ふとっぱら」
出て来たリタを連れて地図に書かれていた馬車乗り場に向かっていると、前方から朝日で金髪を輝かせる男が歩いて来た。
「よ、朝から散歩とは健康的だな」
「おはようリュート、君も一緒に健康にならないかい?……隣の子は」
「妹だ、昨日産まれた」
「……!今後はどうする?」
「どうにか真っ当な人間にするさ、時間は多少かかるだろうけどな」
ブライトは口元に手を当てて何かを考えている表情になる。
「捜索は今日で打ち切ろう、それとこれを君にこれを預けておくよ」
ブライトが手渡して来たのはカルドリクの日誌だった。
そのまま答えが載ってるとは思わないが、何かしらの情報は残ってるだろう。
「随分と危ない橋渡ってんな」
腕輪を起動して日誌を収納しておく。
「君を信頼してるんだよ、本当は研究資料なんかも渡したかったけどもう回収されてるからね」
「どうにか探ってみるさ」
「……嫌な予感がするんだ、遠くない未来に何か大きな事が起こるんじゃないかって」
「そういうのは大抵当たるから厄介なもんだよな」
副団長がキメラの作成に手を出す、それもただの凶暴な奴じゃなくて指令役と来たもんだ、ほぼ間違いなく戦争を想定してる筈だ。
「カルドリクを誑かした野郎も、あいつが捕まったって情報はとっくに掴んでるだろうし」
「君も騎士団の中にまで手が及んでるって思うかい?」
仮にも騎士団の二番手に話を通せるような奴だ、そこら辺の賊程度って規模では無いだろう。
「確実にな、じゃなきゃここまでにならねえさ」
カルドリクの契約魔術があっても隠しきれず、リタの完成前にどっかで破綻してたはずだ。
「僕は一度王都へ帰還してこの事を報告してくるよ」
「ああ、気を付けろよ」
「君もね」
ブライトと別れ再び馬車乗り場の方向へ歩き出す。
「組織ってのは腐るもんなんかね」
あいつの実力なら心配はいらないが、問題なのは騎士団の内部がどんだけ汚染されてるかだ。
俺がまだ騎士でこの事を知ったらもっと派手に動けたんだが、今だと下手したら捕まるしな、まあ結局クビになる結末を迎えたかもしれないけど。
「あー師匠!おはようございます!」
「ん?」
大声の方に顔を向けると、馬車旅で一緒になった新米三人組が遠目に見えた。
手を上げて返すと、ティガが真っ先に走り出し、後の二人がため息を吐きながら続いて来た。
「よ、三人組」
「おはようございます、リュートさん……!」
ラムが長杖を前に持って丁寧に頭を下げる。
「おはようございます、また旅に出られるのですか?」
トリィが胸に手を当てながら綺麗に一礼をする。
「おはよう、ちょっとやる事が出来てな」
「え!師匠どっか行っちゃうんすか!」
「まあな、これから依頼か?」
「はい、森での採集依頼を幾つか受けました」
最終依頼か、来たばっかなら植生覚えるのが良いし無難な選択だな。
「あ、聞いて下さいよ師匠!こいつら魔物の討伐じゃなくて暫くは採集だけにしようって言うんですよ!」
「いきなり討伐依頼は危険だって受付の人も言ってたでしょ……!」
「でも採集の単価低いし全然稼げねえじゃん……」
「だから複数の依頼を受けたんじゃないか」
どうやらティガはギルドでの活動方針に不満があるらしい。
「それにまずは土地を把握した方が良いって言われてただろう?」
「アンタも昨日は分かったって言ったじゃないの」
「それは、そうだけどよ……」
慎重に事を進めたい二人と、ガンガン金を稼ぎたいティガが対立してるらしい。
一先ず多数決で方針は決まったものの、やっぱり納得が出来ないってわけか。
「何とか言ってやってくださいよ師匠!やっぱり実戦を重ねていくのが一番いいですよね!ね!」
自分達で決める事を部外者の俺に投げかけるのはどうなんだと思わなくもないが、後ろの二人も聞きたそうな表情してるし助言ぐらいはしてやるか。
「そうだな、俺も最終依頼からやった方が良いと思うぞ」
「そうっすよね!……ええ!?」
早朝から元気過ぎるだろこいつ。
「ほら、だからいったじゃないの!」
詰めようとしたラムを手で制す。
「まず土地勘を鍛えるってのが、戦いを有利に進める要素ってのは分かるな?」
「はい……」
「そこに何があって、どんな魔物が居てどこを根城にしているか、どんな植物があって、地形はどういう感じか」
戦いは情報が全てとは言わないが大半を占める要素だってのは間違いない、知識があるのと無いのとじゃ生存率は段違いだ。
「お前の気持ちも分からなくもないけどな」
「……」
俺も情報集めやってるより戦ってる方が楽しいし、気分的にもスッキリする。
「そうだな……、お前達はそれぞれ使う武器が違うだろ?」
ティガは剣、トリィは槍、ラムは魔術と綺麗に分かれている。
「そうですね、故郷にはあと一人弓を使う仲間もいます、今は|怪我を直している途中ですが」
いい構成だが、新米集団にとっては持て余すだろうな。
「例えば剣はよっぽど狭い空間じゃなきゃどこでも使えるが、槍や弓は違う、使用場所をかなり選ぶモンだ」
どっちも広い空間なら剣よりも活躍出来るが、洞窟や木々の多い場だと極端に動きが制限される。
「でもトリィは魔術も上手いし、狭い所でも戦えますよ!」
「そうだな、でも魔力は無限じゃない、どっかで敵と戦って消耗してるかもしれないぞ」
ブライトみたいな魔力お化けか、節約が上手い奴でもない限り戦い続ければ大抵バテる。
「そ、それなら魔物に出会わないように進んで行けば!」
「出来るか?お前に」
索敵は経験と技術と知識があって漸くモノになる業だ、少なくとも旅に出たばかりで全てが足りてない三人に出来るとは思わない。
「俺はそういうの苦手っすけど……、ラムが索敵魔術を使えば!」
「一応使えるけど精度にそこまで自信ないわよ、ミミィの補助には十分だったけど」
なるほど、残りの一人は弓使いにして索敵役か。
「ティガ、なんでそんな焦ってんだ?」
「……俺の家ずっと貧乏なんすよ、親父が早い内に死んでからはお袋が一人で働いてて、お袋が病気になってからは細々と食っていくしか無くて」
それがここまで焦ってる理由か、確かにこうなるのも分かるがそれで死んだら意味無いだろうに。
「それで、家族の中で一番頑丈で剣と魔術が使える俺が金を稼いで来るって決めたんすよ!」
そして漸くギルドに入った訳だが受けるのは報酬の低い採集依頼、嫌々受け入れていたが俺と会った事で理解してもらえると思って爆発したと。
「お袋さんの医療費には幾ら必要なんだ?」
「へ……?えっと、七十万ぐらいっす……」
「兄弟はいるか」
「妹が一人に弟が二人います、でもなんで今……」
旅に出たのは医療費と四人分の生活費を稼ぐ為か、確かに急ぎたくもなるだろうな。
「そうだな、いい考えがあるから手出してみな」
「え?」
困惑しながらも両手を出したティガ。
「手の平は上に」
「はあ……」
腕輪から出現させた百万ガリアをティガの手の上に乗せる。
「ちょっ……、お金じゃないっすか!受け取れないっすよこれ!」
そう言って突き返そうとしてくるティガの前面に魔術の結界を張り進行を防ぐ。
「なんすかこれ!」
「黙って受け取れ、さもないとぶっ飛ばすぞ」
「……ええ」
説得が面倒だったので、軽く脅して受け取らせる。
「取り敢えず家族を楽にさせてやれ、罪悪感があるってんなら稼げるようになったら返してくれりゃいい」
「おれ、俺……!絶対今よりも強くなって!何倍にしてでも返しますから!」
ティガが大粒の涙を溢して男泣きを始めた。
可愛い弟子の重荷が僅かに降りたんなら、安いもんだ。
「あんまり焦んなよ、お前達が死んだら元も子もないんだ」
「し、師匠……!」
—————
「ラムとトリィは何でギルド員になろうと思ったんだ?」
「私は昔から村を出たかったんです、顔も知らない許婚と結婚させられるなんて絶対にいやだったから」
許婚がいるって事はそれなりの出なのか、よく旅に出れたもんだ。
「それに私、一人前の大魔術師になりたいんです……!」
「そりゃいい夢だ、ラムは筋が良いからそのまま努力すれば叶いそうだな」
「あ、ありがとうございます!」
その婚約者くんが少しだけ可哀相に思えなくも無いが、面識も無いらしいし、また別の誰かと幸せになってくれ。
「僕は姉が受付だというのもありますが、一番は旅をしていた祖父から世界の事を教えて貰っていたからでしょうか、そこから村の外に出る事に憧れを抱いていました」
「元冒険者の爺さんか、かっこいいな」
「ええ、僕の尊敬する人物です」
聞く感じ生活に困っているのはティガだけだったらしい、とはいえ二人だけに何も渡さないってのも微妙だよな。
「そうだトリィ」
「なんでしょうか」
腕輪から短めの槍を召喚し、手元で軽く回して柄の方を向ける。
「これやるよ」
「……良いのですか?」
「ああ、受け取ってくれ」
「ありがとうございます、短槍ですか」
「狭い場所ならそれ使いな、頑丈に作ってもらってるから雑に扱えてべんりだぞ」
腕輪からさらに鉄杭十本とそれを入れておくための革製の脚巻きを二つ召喚する。
「ラムにはこれだ、忍ばせとけばいざって時に便利だぞ」
「私にもいいんですか?」
「一人だけ何も渡さないってのも寂しいだろ?」
「ありがとうございます!これって私を助けてくれた時の物ですよね」
「ああ、使い方は簡単、まずは属性魔力を込めて加速の魔術を起動する」
新たに鉄杭を召喚して指に挟み、雷属性の魔力を込め、土属性の魔術で作り出した岩を空に向かって放つ。
「標的に狙いを定めて投げる」
投げた杭は魔法陣を通過した瞬間に一気に加速し、雷鳴の尾を引きながら空を駆け上がり岩を貫き砕いた。
「とまああんな感じで、力を入れなくても威力がでる」
岩が拡散する前に魔術を解除して破片を消し、まっすぐ落ちて来た杭を掴んで手の中で回転させる。
「すごい……」
「当てるのはちょっと練習がいるけど、魔術が効かない相手にも通るから便利だぞ」
最初の加速や属性付与に魔力を使うが、この杭自体はなんの魔術的要素もかけられてない。
魔力伝導率の高い鉄の塊を高速でぶん投げてるだけだ、だから魔術を防ぐような障壁も貫通するし、魔力を分解してしまうような魔物の皮膚だってぶち抜ける。
「知り合いに余った素材で格安で作らせたもんだから気にすんなよ、それに同じのが後五十本あるし」
「そ、そんなに……」
「ちなみにトリィにやった槍も似たようなのが四十八本あるから遠慮なく使ってくれ」
「……どうしてそんなに持ってるんですか」
「予備だよ予備」
使う場面は限られるし基本的に魔術の触媒にするぐらいだが、すぐ壊れるのもあって予備は何本あってもいいくらいだ。
「魔物によっては武器を溶かしてきたり錆びさせてくる奴もいるからな、この腕輪に依存するってのも分かるだろ?」
「なるほど……、やっぱり最初に買うなら収納ですね」
「ところでなんですけど、その子供とはどのような関係なんですか?」
一切触れられないと思ってたが、やっと視界に入ったか。
「名前はリタって言うんだ、旅の同行者だな」
ぼーっと空を眺めていたリタが名前に反応したのか近づいて来た。
「私はラム、よろしくね」
「俺はティガってんだ、こいつらのまとめ役だぜ」
いつの間にか泣き止んでたらしいティガが入り込んで来た。
「いつのまに決めたんだそれは、僕はトリィ、よろしく」
「よろしく」
こうして知らない相手でも普通に挨拶出来るし、日常に溶け込めるようにされてたんだろうか。
こちらとしては助かるが、もし他のキメラが群衆に紛れたら厄介だな。
「じゃあ俺達そろそろ出発します!師匠!本当にありがとうございました!」
「ああ、依頼に行く前に速竜便で金送っとけよ?」
「あ!そうっすね!じゃあ俺今から行ってきます!」
「ちょっとティガ!まったくあのバカは……」
感情の忙しい奴だ、さっきまでの迷った感じよりは全然いいけどな。
「三人仲良くな」
「はい!リュートさんもお元気で!また会える日を楽しみにしてます……!」
「また機会があれば、良ければ稽古をつけてください」
「ああ、またな」
二人は頭を下げるとティガを追いかけて走って行った。
「俺達も行くか」
「うん」
居もしない神とやらに三人の行く先を頼みつつ、馬車乗り場の方向へ再び歩き出した。




