第五話③『説明』
「セシリア、今から俺の宿に来れるか?」
「……へ!?」
顔を真っ赤にして立ち止まるセシリアの背中を押して歩行を再開させる。
「道の真ん中で立ち止まるなっての……、さっき言ったろ?後で話すって」
「そ、そうだけど……!宿の中じゃなきゃダメ、なの……?」
別に宿じゃなくてもいいんだが、この街で誰にも話を聞かれないような場所は知らない。
「あんまり人に聞かれたく無いんだよ、来たくないってんなら俺は別に良いんだけどな」
「行く……」
「こっちを思いやってくれて助かるよ」
二人を連れて宿へ帰り受付で一人分の追加料金を払い、もう一人は泊まらないって旨を伝えてから部屋に入る。
「お邪魔します、……ふーん、意外と綺麗にしてるのね」
「そりゃ宿屋だからな」
一時的に泊まるだけの部屋を生活感が溢れるくらい汚す奴はいないだろ。
「まあ好きなとこ座ってくれ……、って隣かよ」
ベッドに座ると隣にセシリアが腰掛けて来た。
「……どこでも良いって言ったでしょ」
「まあ良いんだけど、それでどこから聞きたい」
何故か反対側にリタも座ってくるし、もういいか。
「元騎士ってどういうことなのよ、辞めたの?」
「辞めたってか、クビになった」
「……アンタなにやったの?」
どうして俺が何かやったって前提なんだろうか、まあ派手にやらかしたんだが。
「食堂で喧嘩した」
「喧嘩?そのくらいでクビになってたら、アンタは訓練生時代にとっくに辞めさせられてたでしょ!」
「まるで俺がしょっちゅう|喧嘩してたみたいな言い草だな……」
「してたじゃないの!アンタが正規の騎士にも喧嘩売るんだから、その度に私が治してあげたんだからね」
「おかげで医療術は上手くなっただろ?」
「まったく……、それで今回は誰を治療所送りしたのよ」
まるで俺が毎回一方的にボコボコにしてるみたいな言い方しないでほしい。
「ユーステス家の息子だったらしい、そいつ」
名前を口にした途端セシリアの顔が青くなる、普通はそうなるか。
「アンタよく生きてたわね……」
「流石に首飛ばすのはまずいって判断してくれたんじゃないか?」
もしくは心優しい誰かが口添えしてくれたか、ブライトは知らなかったし別の誰かになるんだろうが、そこまで偉い奴と強い繋がりは無いしな。
「また誰か護ったんでしょ、変わって無くて安心したわ」
「……単に俺がムカついて喧嘩売っただけだよ」
「そういう所も変わらないわね」
「…………」
優しい目で見やがって。
「これからどうするつもりなの?」
「さてな、取り敢えずは傭兵団に入って手に職つけるかな」
同行者が増えてなおも暮らしていける位の金は十分にあるが、今日の服みたいな出費が起きる可能性を考えたら仕事をしていた方が無難だ。
「そう、……前から思ってたんだけど」
急に真剣な眼差しで見据えられ思わず身構える。
「なんだ……?」
「アンタって組織には向いてないと思うわ」
「……向いてないか?」
これでも十五から集団で生きて来た自信ってのはあったんだが、親しい相手にこう言われるとは。
「今のは私の言い方が悪かったわ、ごめんなさい」
「謝らなくてもいい、どういう事か教えてくれ」
下らない理由で反省されるとこっちが困る。
「私が言いたかったのは上下関係がある組織に向いてないって事よ、アンタは後輩にも優しいし誰が相手でも対等に接するけど、上にはそれをよく思わない人も多いわ」
「確かに生意気なこと言うなって奴も多かったな」
「理不尽な事があったら、先輩だけじゃなく隊長副隊長にも食って掛かるんだから、アンタと居た時はヒヤヒヤしっぱなしだったわよ」
そういや今まで相手した貴族がクビにしろとは言ってこなかったのは何でだったんだろうな、そこまでの権力が無かっただけの話か。
「……私の為に怒ってくれた時は嬉しかったけど」
「そんなことあったっけな」
「……ばか」
「冗談だよ、ここの騎士団には妙な事してくる奴はいないのか?」
「幸運なことに私の周りにはまともな人ばかりよ、そんなことよりも今はアンタの話でしょ」
表情を見る限り本当なんだろう、自慢だと言ってた髪を切ったのは正直気になるが、今は聞くべきじゃ無い気がするしやめとこう。
「私はアンタがどこかに入るよりも、アンタ自身が組織を作って一番上になるのがいいと思うわよ」
俺が一番上になって人を纏めるね、後輩の指導はしてきたが正直自分が向いてるとは思えないな。
「組織の頂点か、あんま想像できないな」
「ふふっ、そうね」
提案してきた人間がそうねで片付けるのはどうかと思うが。
「まあ、もう少し考えてみるわ、ありがとなセシリア」
「別にいいわよお礼なんて……、実家の仕事でも紹介してあげようかと思ってたけど、その様子なら必要無さそうね」
「今は気持ちだけ貰っとくよ、いつか俺が路頭に迷ってたらその時にでも拾ってくれ」
「……それであの子は誰なの?」
話に飽きてたのか、毛布にくるまって転がっているリタを指差す。
「キメラだよ」
「また私を揶揄ってるの?」
初見じゃ分からないよな、俺も事前にカルドリクの紙を見て無かったら単なる人間だと思ってた筈だ。
「リタ」
「?」
毛布の塊からリタの頭が出てくる。
「さっきの黒いやつまた出せるか?」
リタが頷いて毛布の中に引っ込む、そして次に表れたのは目の無い黒竜の首だった。
「……!」
腕輪から加熱済みの肉の塊を取り出し放り投げる、すると黒竜は空中でそれに噛みつき丸呑みにしてしまった。
「リタ、戻していいぞ、ありがとな」
竜の首が毛布の中へとゆっくりど戻っていき、再びリタの顔が表れた。
「じゃあ本当に……、でもキメラは知能が低くて気性も荒い筈でしょ?」
「普通はな」
「リタちゃんは会話も出来て大人しいし、私の常識じゃ考えられないわ」
通常のキメラは身体が頑強に作られているが知能が低く凶暴で、人間や魔物など他の存在にも絶対に慣れる事は無い、それが一般での常識だ。
「創造主はその方面で優秀だったんだろうさ、ムカつくことにな」
本人に口を割らせられた一番いいんだろうが今は収容されただろうし、そもそも今の俺には奴から情報を引き釣り出す権利も無い、騎士団の連中に製造法を聞いても間違っても教えちゃくれないだろうしな。
「この子、どうするつもりなの?」
「どうにか方法を見つけ出して人間に戻す、時間が掛かってもな」
カルドリクも零から合成魔術を作りだした訳じゃ無いはずだ、必ず元になった何かがある。
「それってリュートが背負わなくちゃいけない事なの?」
「騎士やそこら辺の奴らに任せてたら何するか分からないからな、それなら俺の傍にいさせた方が安全だ」
特にキメラを操れるキメラなんて研究してるような奴らだ、なんとしてもリタを探し出そうとするはずだ。
「時間は沢山あるんだ、気楽にやるさ」
「そう、なのね……」
これは俺の予想というか希望的観測でしか無いが、リタの寿命は通常のキメラよりもずっと長い。
誰彼構わず喧嘩を売るような気性をしてないってのもひとつの理由だが、それでさっき髪の毛を調べた時に人間と一緒だったってのがもうひとつだ。
つまりはリタの影から竜の首が表れたってのは、肉体ではなく例えば影の世界で魂を合成したからっていう推論だ、とすればリタの肉体にはキメラによくある肉体の劣化が起こらない可能性が高い。
「他にも聞きたい事はあるか?」
「十分よ」
「そっか、騎士団内でも注意しろよ」
「分かってるわよ、アンタも無茶しすぎないでよね、言っても意味ないでしょうけど」
「まあな」
セシリアは呆れの混ざった笑みを見せてベッドから立つ。
窓の外を見れば赤い空が広がっていた。
「送ろうか?」
「い、いいわよ別に……」
せめて扉の前まで送ろうとした所である事を思い出した。
「セシリア、速竜便の契約ってしてるよな?」
「え?してるけど、……私と交換したいの?」
また落ち着かない様子になるセシリア、そんな大層なもんでは無いだろうに。
「ああ」
ここで揶揄ったら怒って断られそうだし、ここは素直に頷いておくとしよう。
「フーン……、アンタがそんなにしたいんだったら別にしてあげてもいいけどね」
「よし、じゃあさっさと済ませよう」
いちいち面白い反応するから弄られるんだろうに、まあそこが良い所ではあるんだが。
「言っておくけど変なの送ってきたら怒るわよ!」
なんてことは言ってるが、口元が緩んでいる。
「定期的に愛の言葉でも送ってやろうか?」
「い、いらないわよ!ばーか!」
罵倒を言い残し、セシリアは顔を真っ赤にして走り去ってしまった。
「相変わらずおもしろい奴だな」
扉を閉めて部屋に戻ると、ベッドの上で毛布の塊が寝息を立てていた。
「一応信用はされてんのか?」
今日会ったばかりで同じ空間で眠れるのは肝が据わってるからか、何も考えていないからなのか。
「楽だし助かるけどな」
浴室で身体を洗い流し、収納から予備の毛布を取り出して長椅子に横になり被り目を閉じる。
————
「重い……」
胸の辺りに感じる圧迫感で意識を覚醒させられ目を開く。
「…………」
胸の上に座るリタに無言で見下ろされていた。
「どうした……」
「お腹空いた」
空腹で起こされたらしい、窓の外を見ると日が昇りかけといった感じでまだ薄暗い。
この時間帯だと飯屋はやってないだろうし、この時間帯の酒場は酔い潰れた奴らの残骸が残ってたりしてとても行く気にはならない。
「飯作るから下りてくれ」
「分かった」
リタが下りてから上体を起こして背筋を伸ばせば骨がパキりと鳴った。
「つっても火を使う訳にも行かないし軽い物だけな」
部屋に水は通ってるが火を使える場所が無い、まあ高くも無い宿だしそんなもんだろうが。
「パンと肉と野菜……、て考えたがお前は食わないもんな
腕輪から薄切りのパンと皿を二枚召喚し机の上に並べて置く。
「少し時間掛かるから顔でも洗ってきな」
「?」
「まじかよ」
日常生活の知識ぐらい教えとけよカルドリクの野郎。
新たに加熱調理済みの肉と葉物野菜を召喚し、全部を挟んで野菜ありと野菜なしの二種類を作って皿に置いて、加温の魔術を起動しておく。
これで顔を洗い終わる頃には、丁度食べごろに温まってる筈だ。
「あー」
「はい食うのは後だ、先に顔洗うぞ」
齧り付こうとしてしていたリタを持ち上げて、水場まで運び蛇口をひねり水を出す。
「今からやり方見せるから続いてやってみな」
備え付けてあった器具で髪をかき上げ、両手に水を溜め三回顔を洗い流し布で水気を拭き取る。
「ふう、顔洗ってる間は息止めとけよ、水入るからな」
「うん」
リタは器具で髪を持ち上げると、手で水を掬い勢いよく顔にかけ始める。
「野生過ぎるだろ」
そして布で雑に顔を拭来とると、微妙に顔が濡れたまま戻って食事を始めた。
「まあいいか」
飛び散った水を拭き取って布を籠に放り込み、部屋に戻って椅子に座る。
「飯食って少ししたら出発するぞ」
あと少ししたら馬車も動き出すだろうし、飯を食って身体を休んだら丁度いい筈だ。
「もぐもぐ」
夢中で食い続けてるが、まあ聞こえてるだろ。




