第五話『コーヒル』
翌朝、扉を何度も叩く音で起こされた。
「機嫌悪そうだね」
「お陰様でな、あいつら寄越したのお前か?」
「あははっ、一生懸命な人達なんだから勘弁してあげてよ」
ブライトは愉快そうに笑いながら、黒い液体が入った容器を目の前に置く。
「なんだこりゃ、毒か?」
「コーヒルって飲み物だよ、以前遠征に行った時に貰ったんだ」
「ふーん……」
容器を持ち上げ黒い液体をほんの少し口に含む。
すると深みのある香りと、苦みがありながらもすっきりとした味わいが口内に広がった。
「まずくはない、けど常飲したいとは思わねえな」
「じゃあこれ入れてみて、僕のおすすめは二つかな」
白い四角の砂糖が幾つも入った小瓶が机の中央に置かれる、ブライトは特にそれを使う事も無くコーヒルを味わっている。
言われるがまま金属製のつまみで砂糖を掴み、二つを液体の中に投下する。
銀の匙で中をかき混ぜると四角が段々と崩れ粉になり、最後には液体に消えた。
匙を置いて再び口を付けると、甘味によって苦みが抑えられ香りにより集中することが出来る。
「なるほどな……」
暫くコーヒルを楽しんだ後、器を置く。
「んで、態々これを飲ませる為に呼び足した訳じゃ無いだろ?何があった」
「え?」
「おい」
「冗談だよ、カルドリクが合成魔物を産み出していた場所を調べていたら、合成獣が逃げ出した痕跡があった」
「なんだと……?」
並大抵の魔物よりはるかに凶暴な合成魔物が彷徨ってるってのか。
「被害は出てるのか?」
「幸いなことにまだ報告は来ていないよ」
街も特に騒がしくなかった、そこら辺をうろついてるって訳でも無いらしい。
「そりゃなによりだが、俺を呼び出した理由はなんだ」
「合成魔物の捜索に協力をしてほしい」
「ここの団長殿に話は通してあるのか?」
「もちろん、最初に報告しているよ」
ブライトがここら辺を忘れるわけが無いし、まあ形だけの確認だ。
「分かった、今の状況を聞かせてくれ」
「助かるよ、まずはこれを見て欲しい」
ブライトは一冊の本を取り出し開くと、机の上に置きこっちに寄せる。
「日誌か……、日付だけじゃなく天気と気温まで書いてるな、随分細かい性格らしい」
「そこら辺は普通だと思うけど、リュートが気にしなさすぎなんだよ、前に報告書で怒られてたでしょ」
「分かりやすいってお前も言ってたじゃねえか」
「簡潔過ぎて日記みたいだって言ったよ、全然話を聞いて無かったんだね」
「うっせ、本題に戻るぞ」
俺が分かりやすく書いたってのに、丸々修正させられた記憶を掘り起こしやがって。
「……最後の記録は三日前か、合成魔物が見つからないってのと、お前への愚痴で溢れてるな」
一応研究対象への言及もあるが、オマケ程度の文量しかない。
「僕が到着したのはその前日、カルドリクと話したのはその次の日だね」
会ったばかりでこんだけボロクソに書かれるとは、後ろめたい事してる奴にはブライトの詰は余程効いたか。
さらに遡っていくと、合成魔物が脱走した荒れた字で書かれた箇所を見つけた。
『本日夕刻、管理を任せていた二人の部下から合成魔物が逃走したとの報告があった。部下から記憶を抜き出すも二人が逃がした、操られたという形跡も見つからなかった。
特別被検体を収容していた容器には内側から砕かれたような痕跡はあったが、何かを破壊した音を聞いたという者は一人も居らず、合成魔物脱走にて発生した負傷者は一人も確認できなかった』
「特別被検体ってのは」
「人を含めた様々な生物の因子を掛け合わせて産まれた人型合成魔物、識別名称は『アムリタ』」
ブライトは新たに持ってきた紙を机に置く。
そこには何かしらの液体で満たされた容器の中に、長い黒髪の少女が浮かぶ様子が描かれていた。
「意外と絵心あるんだなあいつ」
「周囲の人達によると絵画が趣味でよく描きに行っていたそうだよ」
「なるほどな」
その辺りもしっかりと調べてるのがブライトらしい、まあどうでもいい情報だが。
「しかしこれが恐ろしい合成魔物ねぇ、本当に一人も被害が出て無いんだよな?」
「うん、ここに来てから街の警備部隊と話は何度かしてるけど一度も報告は無かったよ」
通常の合成魔物は凶暴性が増し知能が下がる、そして総てを憎むようにあらゆる生物へ攻撃を加えるようになるが。
ここまで何も起きてないと考えると、ある可能性が浮かんでくる。
「合成魔物はとっく寿命で死んだか、誰にも危害を加えずに大人しくしているか」
「まだこの街にいると?」
「カルドリクの手下はあちこち居たんだ、外に出てったんなら誰かしら見かけてるだろうよ」
手下共には情報は共有してるだろうし出入りの門で見張ってれば見逃すってのは無いだろう、もっともこの紙に描かれた姿のままならって前提が付くが。
「……他の合成魔物達はどうなるんだ?」
「元々長くは生きられないだろうけど、危険性と騎士団の面子も考えて処分されるだろうね」
「まあ、そうなるか」
騎士団にとっては当然の判断ではある、なにせ合成魔物の作成は騎士にとって禁忌であり、さらには副団長がやったんだから何としても消すだろう。
「もし俺がこいつを見つけたらどうすればいいんだ?」
「本当は騎士団に報告してほしいけど、そこの判断は君に任せるよ、君が言うとおりに危険性がないのならだけど」
「……分かった、この紙は貰ってくぞ」
「どうぞ」
紙を取って折り畳んで懐に入れて部屋の外に出ると、俺を起こしてここに連れて来た騎士達は居なくなっていた、とっくに他の任務へ移っているんだろう。
「さて、どっから見るかね」
朝市で賑やかな街中を眺めながらゆっくりと歩く。
「怪物が隠れると言えば下水道が定番だがそこは騎士が調べるだろうしな……」
それに個人的にも下水道には入りたくない、後で取れるにしても服に臭いが付くし、そこに出てくる奴らがまあまあ厄介だ。
「俺ら下水捜索だってよ……」
「嘘だろ?最近行ったばっかだってのに」
街を歩く新米らしき騎士達の背中に哀愁が漂っている。
「やっと装備の臭い取れたのに、まじかぁ……」
騎士団の任務には下水道の巡回ってのが定期的にあったが、発言力の強い貴族の出が居ない部隊にはよく押し付けられがちだった。
その目的ってのは主にスライムと大ネズミの討伐だ、まあこいつらに関しては大して強くも無いし捕食関係にもあるから勝手に数は減ってはくれるんだが、たまに大ネズミを食いまくって巨大なスライムが出来上がるってのが問題だ。
下水道という人間の生活圏かつ人目の無い場所ってのは天敵になるような魔物も寄り付かないし、スライムには寿命が無いのもあって、魔力が尽きるか乾燥に脅かされるまでどこまでもでかくなりやがる。
さらにはスライムの身体を構成するのが下水なのと、雨が降ると動きが活発になって地上にわらわらと這い出て来るし面倒臭い事この上ない連中だ。
そういうのもあって、俺が何か装備を新調する時には大抵防臭などの機能を付けて貰っている。
暫く歩いているとなにやらいい匂いが幾つも漂って来て、何だか腹が空いて来た。
「そういやなんも食ってなかった……」
ブライトの所で飲み物はご馳走にはなったが、あれだけで腹は膨れはしない。
なにかいい感じの店が無いかと見回っていると、飯の屋台の間に幾つもの本が並んだ出店が設置されていた。
他の出店には客が集まっていてここにだけ誰も並んでいないのは、どう考えても場所間違いだと思えるが店主にはなんか考えがあるのか。
「……いらっしゃい」
全身を黒い布で覆われた人間らしき物体から、しわがれた声が放たれた。
「ここはなんの店なんだ?」
「……見ての通り魔導書店さ」
つまりはここにある全部が魔導書って事になるが、結構な数を読んできた俺でも見たことの無い表紙のものしかない。
気になった本を手に取ると、まったく見た事のない文字が並んでいた。
「こんなのどこで仕入れたんだ?」
「……流れ着いたのさ」
「なるほどね」
話したくは無いらしい、まあ商売人なら普通の考えか。
「……っ!」
不意に頭痛が走り思わず本を落としてしまった。
「悪い、これは俺が買う……」
すぐに拾い上げ本の汚れを払うと、表紙の文字が読める物に変わっている事に気づいた。
「『魂の管理』……?」
「……貴方は選ばれた」
「選ばれたってのは……」
聞き返すために顔を上げると、魔導書店は影も形も無くなっていた。
「深く考えない方が良いなこれは……、まあありがたく貰っとくよ」
腕輪に魔導書を収納し再び飯を探して歩き出す。
「……食い物で釣れたりしねえかな」
カルドリクが紙に残した姿は人間の少女のそれだった、そこから考えて俺達と同じ物が食べられる可能性はある。
「それを五個もらえるか」
「まいどあり、ちょっと待ってな」
出店で商品を注文し、他の客の邪魔にならないように少し横にずれる。
「ついでに甘いものでも買っとくかな」
選択肢は多い方が良いだろう、合成魔物が食べるならの話だが。
「はい五個お待ち!」
「ありがとよ」
店主から紙袋に詰められた商品を受け取り、金を払ってまた別の屋台に移動する。
「その串5本貰えるか」
「はぁいかしこまりましたぁ、お包みしますかぁ?」
「頼めるか?」
「はぁい」
甘ったるい喋り方をする店員から袋を受け取り代金を支払うと、両手で包み込むようにして手の平にお釣りを渡された。
「また来て下さいねぇ?」
「味が気に入ったらそうするよ」
こういった接触をするような接客も笑顔も商売には必要なんだと考えると、つくづく俺には向いて無さそうな仕事だと感じる。
人通りの少ない裏路地に入り、影を踏んでから黒く光る魔法陣を展開する。
「隠れるとしたら下水か裏路地か、空き家もあるか」
とはいえ日も高く人の目が多い以上あまり派手な事は出来ないが、そこら辺は工夫次第だ。
「『オキュラス・アンブライエ』」
闇属性の魔術を起動すると魔法陣から幾つもの目が表れ、影を伝ってあちこちへと散らばっていき、さらに魔法陣から伸びる闇が俺の身体を這い上がり左目を覆い隠す。
懐から折り畳んだ紙を取り出して片手で広げ、右目でだけで情報を確認する。
「『対象は長髪の黒髪、背丈の低い少女』」
影がある場所だったらどこまでも移動させることが出来、瞳が映した光景を遠くからも見る事ができるという便利な魔術だが、欠点として見たくも無い物を見せられるという物がある。
そこで俺が改造して瞳が何かを映しても探している者の条件と一致していない場合は、一切の光景が流れてこないようにした。
変装されていたりすると見逃すという欠点が出来たものの、そこはまあ使い分ければ良いだけの話だ。
「さっそく一人発見」
光景には黒い長髪で背丈の低い少女が映っているが、隣にいる同年代くらいの少年と楽しそうに話してるし多分違うだろう。
その後も様々な姿が映り込んでは来たが、どれも合成魔物の少女ではなく単なる人間だった。
「そろそろ目が疲れてきたな……、っとこいつか?」
身体を隠す程に長く伸びた黒髪の人らしき何か、靴なんかも履いておらず、よく見れば服すらも来ていない様に見える。
「服の着方ぐらい教えとけよカルドリク……」
瞳との繋がりを解除し、一つだけを残してそれ以外の目を消して合成魔物の少女がいる場所に走った。




