第四話③『なぐさめ』
騎士団本部前には既に騎士達で溢れているが、どうやら副団長は表に出てきていないらしい。
「騎士団長は……、あれか」
騎士達の先頭では長い髪を後ろで纏めた女騎士が各部隊に指示を出していた、ブライトによれば名前はミレイユというらしい。
「そこの騎士団長さん、ちょっといいか」
「市民の方は建物の中に避難を、この状況は我々はどうにかしますから!」
「騎士団内の行方不明事件についてアンタと話がしたい、来てもらえないか」
「どうして貴方がそれを……!分かりました、少し待っていてください」
部下の一人に指揮を引き継いだ騎士団長と本部の中へ向かうと、二対の翼を羽ばたかせた光の珠が飛来し周囲を旋回して消えた。
「もう見つけたか、流石だな」
「……それで、行方不明事件についての話とは?」
「この事件の犯人が分かった」
「それは本当なんですか?虚位の発言は貴方の立場が危うくなりますよ」
「勿論理解してるさ、証拠も証言もちゃんとある話だ」
いきなり話しかけられてこうなるのは、まあ当然の反応だ。
「行方不明事件の犯人は、アンタの部下の副団長だ」
「そんなまさか……!」
聴いた人間がみな信じられないといった反応をするところからして、普段はさぞ真面目な人間なんだろう。
「それがまさかなのかを直接確かめに行くんだが、アンタも付いて来てくれないか?」
「……分かりました、共に行きましょう」
「よし」
取り敢えず道案内役兼騎士団最高権力が仲間になったが、後はリベラの野郎がどこにいるのかだが。
窓がある場所なら空の様子を見て表に飛び出してるだろうし、人が多い場所なら騒ぎが聞こえてる筈だろう。
「騎士団長さんも『魔力深探』は出来るよな?」
「ええ、もちろん」
「じゃあ俺がこっち側やるから反対側頼めるか?」
「副団長が壁の中に空間を作っていると考えているのですね」
騎士団長が壁に手を当てたのを見て、俺も反対側に手を当て魔力の波動を流し込み構造を探る。
「そういうこと、まあ地下かもしんないけど」
魔力回復薬をちょいちょい飲みながら、魔力を操作しあちらこちらへと動かすが今のところ何の反応もない。
「見つけました、こっちです」
「流石騎士団長早いな」
騎士団長の後に続き暫く走ると、窓も扉も無い石積みの壁だけの廊下に辿り着いた。
「ここです」
「なるほど、秘密基地には絶好の場所だ」
魔術で翼が生えた闇の球を作り出しブライトの元へ飛ばしてから、腕輪から全身鎧を呼び出し黒の剣と青の紋章盾を装備する。
「灰銀色の鎧に黒の剣……、もしかして騎士アルテアですか?」
「騎士団長殿に知られてるとは光栄だな」
「貴方は騎士団を止めたと聞いています、一体どうして……」
「まあ、色々あってさ」
『エンチャント・ダークネス』
闇属性の付与魔術を起動し、手の平から溢れ出した闇を剣に滑らせ纏わせる。
剣を振るい壁を切りつけると、壁に刻まれていた魔法陣が浮かび上がり砕け散り、ひしゃげた金属の扉が現れた。
「闇属性を使う事で破壊音を消したのですね、見事です」
「……まあな」
初歩的な事をこうして褒められるとむず痒くなるな。
扉の先に続く階段を降りていくと、何かの書類を見ながら部屋を歩く男と目があった。
「何故ここが……!」
「私も聞きたかった所です、全部隊に召集を掛けていたのですが、貴方はどうしてここにいるのですか?」
とんでもなく冷たい声だ。
「これは、早急に片付けなければならない事情が……」
「事情ですか、この部屋についての事と共に教えて頂けますか?」
「そ、それは……」
騎士団長殿が問答を続けている間に置かれていた本を手に取り開くと、想像通りの内容が記されていた。
「貴様!それから手を離せ!」
騎士団長と話す態度とは全然違うが、どうやらこの本はとても大事な物らしい。
「別に破ったりなんかしねえよ、大事な証拠だしな」
「証拠だと……?」
本を開いたまま机に置いておく。
「所で、森奥の洞窟湖が『死の水』になってるってのはアンタ知ってるか?」
「……部下から報告を受けている、それがどうした」
「今日そこで五人の騎士が拘束された」
まあ拘束したのは俺なんだが、今はどうでもいいだろう。
「……!」
意外と分かりやすい人間かもしれないな、だからこそ人の口をあれ程の契約で縛っていたんだろうが。
「仲間を死の水で殺そうとしてたんだってよ、取り調べで騎士の行方不明にも関わってることが分かったらしいな」
「……なんという事だ!騎士でありながら仲間に手を掛けるなど!」
「そろそろとぼけんのはやめとけよ、失踪事件の首謀者さんよ」
部外者の俺と騎士団長が隠されたこの部屋に来てこんな話をしてるんだ、馬鹿でも状況は理解できるだろう。
「わ、私が首謀者だと……!」
「アンタが可愛がってた部下達が教えてくれたよ、カルドリク副団長に指示されて今まで殺してきたってな」
「馬鹿な……」
「契約魔術で縛ってるのに喋る筈が無いってか?」
「……!」
忙しなく動く瞳がカルドリクの感情を分かりやすく教えてくれている。
「しょ、証拠を出せ!私が契約魔術を使ったという証拠を!」
予想はしてたがここまで認めないか、お望み通り証拠ってやつを見せてやろう。
空に浮かぶ魔法陣の中で止めていた効果を発揮させる。
「アンタの顔に書いてあるぜ、はっきりとな」
「何……?」
「もちろんアンタの分かりやすい表情で見破ったとかそんな曖昧な話じゃないさ」
怪訝そうな表情をするカルドリクに分かりやすいように鏡を突きつけ、自分の顔を確認させてやる。
「これは……!」
カルドリクの額には緑の十字模様が浮かび上がっている。
「擦ったって消えないし、隠してもその上に移るだけだ」
無駄な行動を止めるように言ってやると、怒りに満ちた目でこちらを睨んで来る。
「ちなみにそれは契約魔術の術者と対象者に浮かぶもんでな、そろそろ捕まり始めてる頃だろうよ」
「こ、こんなモノだけでは私が犯人などという証拠にはならない!」
まあ、これで認めないってのは分かってる。
「証拠ならまだあります」
「騎士ディアトリマ……!」
手に本を持ったブライトが、数人の騎士を引き連れて階段から降りて来た。
騎士達は横に展開し、カルドリクを取り囲む。
「ブライト」
無言で手渡された本を開き中を確認すると、そこには求めていた情報が書かれていた。
「それは……!」
「カルドリク副団長」
本を奪い取ろうと動き出したカルドリクに、ブライトは剣を突きつけ後ろに下がらせる。
「そんなに大事なもんならしっかり管理しとけよ、合成師さんよ」
「……!カルドリク副団長、まさか合成魔物を……!」
『合成魔物』、その名の通り複数の魔物を掛け合わせ作られる『人工の魔物』だ。
「騎士の身でありながら、貴方という人は……!」
キメラは例外なく気性が荒くなり、その危険性と命を弄ぶ事への忌避感、そしてかつて起きた戦争の原因として騎士団に属する人間が行う事は禁止されている。
「ぐぬっ……!」
カルドリクは顔を歪め騎士団長を睨みつける。
「それがバレる事を恐れたアンタは、秘密を知ろうとした騎士達を殺させた、違うか?」
「黙れ……!」
「口封じや死体の処理は『死の水』、いや、合成スライムの餌にしたって訳だ」
「黙れ!」
「あそこは冒険者も近寄らないもんな、お片付けには打って付けってか?」
「黙れえええええええええ!」
カルドリクの叫びと共に魔力が解き放たれ、部屋の様々な物が飛び交う。
「どうして貴様などが団長に選ばれた!女である貴様が!」
「……っ!」
顔を歪め口調を荒げるカルドリク。
「地位も!実力も!私より全てが劣る貴様が!」
こいつといいユーステス家のバカ息子といい、貴族ってのは本当に面倒な奴等だな。
「お前には適性が無くて現騎士団長にはあった、それだけだろ」
「黙れ!貴様のような下民に何が分かる!」
カルドリクが無詠唱で作り出した複数の雷槍を闇の魔力をぶつけて打ち消す。
「なっ!」
副団長という役職に就いてるあたり、実力が無いって訳ではないんだろうが。
「はぁ、そんで作ったキメラは誰に献上するつもりだったんだ?まさか鑑賞用じゃないだろ?」
「……」
ここに来てだんまりか、どうしようもないやつだ。
「カルドリク副団長、貴方を拘束します」
騎士団長が指示を出すと、周りの騎士達がカルドリクに魔封じの手枷を嵌め拘束する。
「くっ……!」
「牢への移送は僕らが、……ありがとうリュート」
「ああ」
カルドリクを連れ、ブライト達騎士は部屋を出て行った。
これで俺の役目も終わりだ。
「騎士団を代表して貴方に最大限の感謝を、発覚が遅れていればさらに被害が増えていた事でしょう」
騎士団長の先程までの冷たい表情はすっかり隠れ、人の好さそうな柔和な表情になった。
「元騎士のよしみってやつだ、俺がいなくてもすぐに捕まっていただろうけどな」
ブライトもこの街に居たし、捜査をしてる内にカルドリクの尻尾を掴んでいただろう。
「ああちなみに、上のでかい魔法陣は俺とブライトでやったやつだから警戒は解いて良いぞ」
主に作ったのは俺だけど、ブライトも大量の魔力を提供したって事で共犯者にさせて貰おう。
「はい?」
騎士団長の表情が固まり眉がピクリと震え始める。
「あの、説明をしてもらってもいいですか?」
どうしてこんなにも笑顔なのに圧があるんだろうか。
「カルドリクの契約魔術を解くのと対象者の目印にな、すぐ説明しなかったのは悪かった」
「ああいえ、なるほどそういう事でしたか……」
ほっとしたように息を吐く。
「見たことの無い魔術でしたので少し混乱してしまいました、私も勉強不足ですね」
「まあ世界は広いって事だな」
存在しない魔術だって教えてるのも面倒になりそうだ、ここは勉強不足ってことにしてもらおう。
「……そうですね」
妙に落ち込んでいるように見える、右腕と言える副団長がああなったら仕方ないかもしれないが。
そういえば酒場で騎士団長の悪い噂を言っている奴等がいたか、当然本人の耳にも届いているんだろう。
「……アルテア君、騎士団に戻りませんか?貴方は欠かしてはいけない人材です」
「冗談だろ、騎士に出戻りの前例なんて無いぞ」
問題を起こして辞めさせられた騎士は何人か知っている。
その中にも復職を目指していた騎士が居たが、入団試験に辿り着けもせずに弾かれているらしい。
「私がどうにかしてみせます、王都への復帰は難しいかもしれませんがここでなら……」
「アンタにそこまでしてもらう覚えは無いっての」
どうしてこんなにも必死なのか、確かに信頼できる人間が消えて不安なのは分かるが、名前以上の情報を特に知らない相手を雇いなおすってのは流石に急ぎ過ぎだ。
それに上官だの騎士様だの、面倒な組織に所属するのは暫くは遠慮したい。
「……」
「気持ちは分かるけどな」
自分の立場やら、カルドリクの言葉なんかによっぽど喰らってるらしい。
騎士団長はまだ若い、歳も俺と同じくらいだろう。
「でも」
俺と同じ歳で隊長になった奴はいるらしいが、騎士団長になった前例は確か無いはずだ。
「なに不安がってんだ、アンタが選ばれたのは実力や努力が認められたからだろ?」
こういうのは柄じゃないんだが、人を纏める立場の人間に迷われたらカルドリクみたいな奴が暴れかねない。
「短い間しか見てないけど、アンタは立派に騎士団長やってるように見えたよ」
自分でも無責任な言葉だと思う。
「アルテア君……」
「ま、そんなに不安なら平騎士時代の同期にでも相談してみな、意外と話を聞いてくれるもんだぜ」
「……はい、そうしてみます」
まあ立場が大分変わって話しづらくはあるだろうが、それも最初だけでそのうち解れるだろう。
「もし誰にも話せないってんなら手紙でも送ってくれ、励ましの言葉くらいは返す」
臭いこと言ってるってのは自覚してるが、こんな泣きそうな顔されたらな。
「つっても、暇な時限定だけどな」
「ふふっ……、ありがとうございます、自身が付きました」
騎士団長の表情から曇りが消え、晴れやかな笑顔が表れた。
「んじゃ後の事はよろしくな騎士団長さん」
「……ミレイユで良いですよ」
「じゃあ俺のことはリュートとでも呼んでくれ、またな、ミレイユ」
「はい、また会いましょう、リュートくん」
ミレイユと別れ騎士団の建物から出ると、集まっていた騎士達の数は半分以下にまで減っていた。
魔道具店へ向かっていた足を止め空を見上げると、空の上では緑の魔法陣が派手に輝いていた。
「これ以上不安にさせんのもあれだし薄くしとくか」
魔法陣に新たな陣を書き加え、地上から見えづらい程度の薄さにしておく。
「こんくらいでいいか」
————
今の雇い主がいる魔道具店の扉を一応は叩いてから開くと、店主が心配そうに窓から空を見上げていた。
存在を知らせる為に扉をもう二回叩いてみる。
「うわっ!……ってアンタか、驚かさないでくれよ」
店主は頭を掻きながら定位置だろう椅子に座ると、頬杖を付いて溜息を吐いた。
「それで、何の用だこんな時に」
「何の用って、依頼された物を持ってきたんだよ」
「……もう集め終わったのか?優秀だな」
「まあこんくらいはな、んでどこに置けばいいんだ?」
「ああそれなら……」
店主は店の裏側に入っていくと、木製の空箱を持って戻って来た。
「この中に入れてくれ」
腕輪を起動し箱の中へトコヤミソウを落としていく。
「随分と上等な腕輪だな」
「売らないぞこれは」
「こっちもそんな資金はねえよ、にしても良く手に入ったな、素材も手に入りづらいってのに」
「知り合いに貰ったんだよ、……これで全部だ」
「太っ腹な御人も居たもんだ、計算するから少し待ってな」
「ああ」
商品を眺めながら適当な椅子に座って待っていると、大きめの布袋を担いだ店主が裏から戻って来た。
「随分と大荷物だな、夜逃げか?」
「こんな大金払うなら高跳びしたい気分だよっと……、五十万だ、確認してくれ」
大袋を開くと中は通貨で満ちており、紙幣独特の臭いが漂ってきた。
「取引成立だな」
袋の封を閉じて腕輪の中に収納し席を立つ。
「そういやアンタはどこのギルドに所属してんだ?また依頼する時の為に知っておきたいんだが」
「ギルド?俺はそんな所に入ってねーよ」
まともな奴もいるってのは今日会ったギルド員で分かったが、一緒にされるのはごめんだ。
「なんで怒ってんだよ……、じゃあ速竜便の契約はしてるか?」
「それなら契約してるな」
小型の飛竜を飛ばすことで高速での長距離配送を可能にしたその名も『速竜便』、確か騎士団時代に契約をさせられた。
「じゃあ識別番号と名前を教えてくれ」
「ちょっと待ってな、はいこれ」
腕輪から一枚の金属板を取り出し店主の前に置く。
「俺に書けってか、このやろう」
ぶつくさ言いながらも書き写していく様子は正に商人の鏡だな、煽ってるって取られるだろうから伝えはしないが。
「ほらよ、また次の仕事も受けてくれよな」
「暇だったらな」
識別証を受け取って腕輪にしまい、魔道具店を後にする。
「仕事はあと一つか、あんま気が進まねえけど」
最後の報告をするべく、ヒューヴァルが居るらしい建物へ重い足を動かした。
————
「……つまり、彼は既に」
「ああ」
「そうですか、そう、ですか……」
ヒューヴァルは頭を抱え込んでしまった。
健康に良いと出された渋いお茶を飲み干し、席から立ち上がる。
「家族には情報が纏まり次第伝えられるはずだ」
仕事を任せられる騎士達は可哀相だが、これも組織にいる人間の運命だ。
宿に戻り剣を置いて寝台に寝転ぶ。
「騎士団もギルドも大して変わんないのかもな……」
組織の大小はあるにしても、どうしようもない奴が居るってのはどこも一緒なのかもしれない。
「……なんだ?」
窓を叩く音が聞こえそっちに視線をやると、小さな翼竜が口でつついていた。
「もう終わったのか……?はいはい今開けるからそんなつつくなよ」
痺れを切らした翼竜が窓を叩き割る前に内側の鍵を開け窓を開くと、長い首を部屋の中に伸ばしてくるのでそこに下げられた筒から紙を引っ張り出す。
「ご苦労さん」
翼竜の喉を撫で開いた口に召喚した生肉を乗せると、それを咥えたままどこかへと飛び去って行った。
丸まった紙を開くとそこには空の魔法陣の停止要請、そしてミレイユの速竜便の宛先が書かれていた。
「今度この街に来たら飯でも誘うか」
空に向けて手を翳し、魔法陣へ焦点を合わせ握りしめる。
色を失っていた魔法陣が淡く輝きだし、そして砕け散った。
日が沈みかけた赤い空に、光の粒子が輝いては消えていく。
「有り合わせなもんだけど、多少の安らぎになればいいが」
窓の外を見下ろすと、街を往く人々が空を眺めては笑顔を浮かべていた。
「飯でも食いに行くか」




