第94話:その魔王は退出の前に甘き余韻を残す。~静寂の塔を染める秘書官の頬~
【前回までのあらすじ】
潜水艇の無音航行の協力を得るため、水の都で連邦議長ディネルースと対峙するマクマリス。
「むさ苦しいボロ船には乗らない」と拒絶する氷の女王に対し、マクマリスは赤面する秘書官ララノアをダシに使い、「無骨な空間こそが貴様の美しさを引き立てる」というストレートな口説き文句で見事に彼女を言いくるめることに成功する。
しかし、本命である「水竜レヴィアタンと海を割ってほしい」という要求を切り出した瞬間、事態は急転。最高機密の一つである水竜の存在をなぜ知っているのかと、ディネルースの瞳に冷酷な殺気が宿り――!
(チッ、やはりレヴィアタンの存在は、連邦内でもトップシークレットだったか。マズイな……上手く誤魔化せるかどうか)
マクマリスは内心の焦りを微塵も見せず、平然と答えた。
「前の世界で、見せてもらった」
「私が、貴方に?」
「ああ。未来のディネルースは『私ならできる』と豪語していたぞ。なら、今の貴様にだってできるはずだ」
マクマリスのハッタリに、ディネルースは殺気を収め、フッと得意げに笑った。
「もちろん、できるわよ。……ただ、一万メートルの海を割っている間は、膨大な魔力を持っていかれる。私とレヴィアタンは完全に動けず、戦力にならないばかりか、無防備の極みになるのよ? 万が一、敵の大群が襲ってきた時は……ちゃんと守れるんでしょうね?」
「もちろんだ。国宝級のこんな美しい女性を、死なせるわけにはいかない」
「……胡散臭い物言いね」
ディネルースはマクマリスをジロリと睨んだが、やがて優雅に立ち上がった。
「分かったわよ。その大役、引き受けてあげるわ」
「礼を言う。では、さっそくエスペル島へ向かう準備を進めてくれ。ガイアス王国で落ち合おう」
「このまま、一緒に行かないのね。こんな美人をほっぽらかして、どこに行くというのかしら?」
「一緒に行きたいのは山々だが、帝国で修行しているロイの様子を見てから、エスペル島に向かうつもりだ」
そう言うと、マクマリスは踵を返し、塔のリフトへと向かった。
◇
「マクマリス」
リフトのボタンを押そうとしたマクマリスの背中に、小走りで追いかけてきたララノアが声をかけた。
「どんな手を使って説得するのかと思ったら、女性の扱いが随分とお上手ね。甘い言葉で籠絡するなんて、さすがは魔王様」
彼女は少しだけ皮肉めいた、だがどこかホッとしたような口調で言った。
マクマリスは振り返り、悪びれずに答えた。
「ディネルースは確かに美貌はあるが、プライドが高くお高くとまりすぎだ。あれでは普通の男は恐れをなして近づかん。……つまり、男慣れしていない」
「確かに……ディネルース様が男性と親しくしているところは、見たことないかも……」
「やはりな。だから『綺麗だ』と煽てておけば、いい気になる。チョロいものだ。……わざわざそんなことを言いに来たのか?」
「まさか。言い忘れたことがあったからよ」
ララノアは真面目な秘書官の顔に戻った。
「『ギガント・ギア』だったかしら? あのヘギルから受け取ったデータだけど、珍しく計算に不備はなかったわ。神経接続のタイムラグも許容範囲内よ」
「もう確認してくれていたのか。相変わらず、仕事が早いな」
「こっちに向かうアルゴスの中で、徹夜したのよ」
「それは……悪いことをしたな」
マクマリスは、ララノアの目元をじっと見つめた。
「だが、寝不足は美容に悪い。寝れる時にしっかり寝ておけ。いいな?」
「え、ええ……。そんなに、寝不足そうに見える?」
ララノアが慌てて目元を指でこする。
マクマリスは顔をマジマジと見て言った。
「いや、目にクマも見当たらないし、肌の艶もいい。大丈夫だ。……しかし、データに不備がないとなると、やはりあの桁外れの負荷に耐えうる、飛び抜けて丈夫な奴を選定する必要があるな」
「ええ。魔力酔いの問題もあるわ」
「魔法に明るい者は、大抵貧弱な身体をしているものだ。酔うのは気合いで耐えさせるとして、まずは身体が壊れない奴から探すしかないだろう」
「それもそうね……だったら、帝国の四天王のウルスヌスはどう?」
「奇遇だな。それは私も思っていた。あの『金剛体』なら耐えられるかもしれん。この後、ロイのところに顔を出すついでに話を振ってみよう」
「ええ、上手くいくといいわね」
仕事の話が終わると、ララノアは少しだけモジモジと手を組み、上目遣いでマクマリスを見た。
「それと……ディネルース様を説得するための芝居とはいえ……美しいと言ってくれて……そ、その……う、嬉しかったわ。ありがとう」
マクマリスは、少しだけ目を細めた。
「ララノアのことを美しいと思っているのは、芝居ではない。本心だ」
「えっ!?」
ララノアがバッと顔を上げる。
「私は、ディネルースよりもララノアの方が美しいと思っているよ」
マクマリスの低く甘い声が、静かなリフトホールに響いた。
「や、やめてよ……」
ララノアは顔を真っ赤にして下を向き、後ずさった。
「そ、そんなこと言っても、な、何もないんだからねっ……」
マクマリスは一歩距離を詰めると、スッと手を伸ばし、彼女の熱を持った頬に優しく触れた。
「っ……」
ララノアの肩がビクッと跳ねる。
「ララノアが、私の秘書官としてそばにいてくれた、エスペル島での日々が恋しい」
マクマリスは、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめて囁いた。
「このまま、あの島へ連れて帰りたいくらいだ」
「だ、ダメよ……!」
ララノアは顔が最高潮に赤くなり、慌ててマクマリスの手を振り払った。
「わ、私はまだ、ディネルース様の秘書官なんだから……! け、契約違反よ!」
「ああ……分かっている」
マクマリスは惜しむように手を引っ込めた。
「機械生命体を倒すまでは、我慢しよう。……エスペル島には、ディネルースと一緒に来るのか?」
「そ、そのつもりだけど……」
「また、会えるのを楽しみにしている」
マクマリスは優しく微笑むと、リフトに乗り込み、扉を閉めた。
リフトが下降していく機械音が遠ざかっても、ララノアは動けなかった。
彼女は、マクマリスの大きな手が触れた頬に自分の手を当て、その熱の余韻を確かめるように、いつまでもその場に立ち尽くしていた。
【次回の予告】
「覇王に明かす『0周目』の記憶! そして覚醒する王子は、空の覇者となる!」
殺人級の負荷を誇るロマン兵器『ギガント・ギア』の操縦者に、無双の肉体を持つ帝国四天王ウルスヌスをスカウトしたマクマリス。しかし、彼が地上に降りれば、相棒の地竜「リントヴルム」という貴重な航空戦力を失ってしまう!
覇王アンドレアの当然の懸念に対し、マクマリスは白竜から告げられた「自身が忘却している最初の戦い(0周目)」から来る直感を信じ、「ロイなら他者の竜でも操れる」と断言する。
半信半疑で演習場へ向かった覇王たち。しかしそこで待っていたのは、新しい玩具を与えられて大はしゃぎする熊人の四天王と……白竜と地竜の二体を完全にシンクロさせ、大空を舞う覚醒したロイの姿だった!
0周目の直感と、竜を統べる王子。
第95話は、明日の21時40分更新です!
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