第93話:その魔王は甘き虚実で氷の玉座を動かす。~深淵を征くための美の交渉術~
【前回までのあらすじ】
王立研究所で披露された、男のロマン全部乗せの強化外骨格『ギガント・ギア』!
パイルバンカーや盾ノコギリといった凶悪な武装を備える一方、「高出力すぎて生身の装着者がミンチになりかねない」という恐るべきリスクが発覚する。マクマリスは強靭な肉体を持つ帝国の四天王ウルスヌスを適任者として見据えつつ、ヘギルに敵母船の中枢を破壊するための「極大の爆弾」の開発を依頼した。
深海一万メートルへの侵攻に向けた狂気の決戦兵器が次々と形になる中、マクマリスはいよいよ「海割り」の無茶振りを叶えるため、氷の女王が待つ『水の都』へと向かう――!
水の都の中心にそびえ立つ、白亜の巨塔。
その最上階にある豪華絢爛な執務室を、マクマリスはララノアと共に訪れていた。
潜水艇を泡なしで無音航行させるための『空間魔法によるステルス』の件と、敵母船への侵入ルートを確保するための『海割り』の相談のためである。
「いやよ、私は」
最高級のベルベットの長椅子に寝そべるように腰掛けたディネルースは、扇子で口元を隠し、冷ややかに言い放った。
「なんで、この私がそんな居住性最悪なむさ苦しいボロ船に乗って、ステルスなんて地味な裏方に協力しなければならないのよ」
「そう言うな。敵の母船に気取られることなく、居場所を特定しなければならないんだ」
マクマリスは辛抱強く説得を試みる。
「空間魔法なら、貴方だってできるはずよ。貴方がやりなさいよ。それとも、魔力が足りないのかしら?」
ディネルースが挑発的に目を細める。
「この手の精密な空間魔法に関しては、私より貴様の方が優れていることを知っている」
マクマリスが素直に実力を認めると、ディネルースはわずかに気を良くしたように扇子を揺らしたが、すぐにそっぽを向いた。
「……どうしても私に乗ってほしいと言うなら、この塔のように潜水艇の内装を洗練させたものに改装しなさい。あんな鉄と油の匂いがする空間は、私には似つかわしくないわ」
「……フッ、分かってないな」
マクマリスは不敵に笑い、ゆっくりと首を振った。
「何が分かっていないのか、言ってみなさいよ」
不満げに睨むディネルースに対し、マクマリスは傍らに立つ秘書官を示した。
「ララノアを見てみろ。ハイエルフらしく、とても美しいと思わないか?」
「えっ?」
突然話を振られ、ララノアの白い頬がサッと朱に染まった。
「突然何を言うの? ……まあ、私ほどではないけれど、美しい方だとは思うわ。私の自慢の秘書官なんだから当然よ」
ディネルースがいぶかしげに答える。
「私はドックで、潜水艇の前に立つララノアをこの目で見たが……無骨で男臭い潜水艇が究極の『引き立て役』になり、彼女が今以上に美しく見えた。それはもう、目を奪われるほど眩しいくらいにな」
「なっ……!?」
ララノアの顔が、耳の先まで一気に茹で上がったように赤くなっていく。
ディネルースは呆れたように息を吐いた。
「だから何よ? 貴方がララノアに見惚れたことが、この私にどういう関係があるっていうのかしら?」
「今になって思うが、あの汚く無骨な潜水艇という空間が、ララノアの洗練された魅力や女性としての良さを『相対的』に強調していたのではないかと考えている」
マクマリスは一歩前へ出て、ディネルースの目を真っ直ぐに見つめた。
「私は男として、ディネルースもあの潜水艇で見たくなった。……今ですらこれほど美しいのに、あの極限の空間で、貴様がどこまで美しくなるのか。それをこの目で確かめてみたいのだ」
「……っ」
予期せぬストレートな口説き文句に、ディネルースの氷の仮面がわずかに揺らいだ。
彼女は、顔を真っ赤にして俯いているララノアを見た。
「あ、貴方、何でそんなに赤くなってるのよ!」
「い、いえ……こ、この部屋が……す、す、少し……暑いみたいで……」
ララノアがしどろもどろに言い訳をする。
ディネルースは再びマクマリスに向き直り、扇子で彼を指した。
「……それ、本当なの? 潜水艇の無骨さが、女をより綺麗に見せるって話は」
「考えてもみろ。あたり一面、汚れた無機質な空間の中に、宝石のように綺麗なものがあれば、嫌でも目立つに決まっている」
「そういうものかしら……? で、貴方は本当に私のことを、綺麗だと思っているわけ?」
「当たり前だ。これだけの美貌だぞ。男なら誰だって、綺麗だと思うに決まってる」
マクマリスは真顔で即答した。
「ふん。魔族に正常な美的感覚があるなんて思えないけど……」
ディネルースが満更でもなさそうに視線を逸らすと、頬を赤らめたララノアが、すかさずマクマリスのサポートに入った。
「あ、あの……休戦協定の後の晩餐会で、帝国の四天王のウルスヌスとザルティムも、ディネルース様の事が一番綺麗だと言っていました……!」
「あの野蛮な熊と、小賢しい爺やが?」
ディネルースが目を丸くする。
「ほらな」
マクマリスがダメ押しをする。
「貴様の美しさは、種族の壁や年齢を越えて伝わるのだ。……どうか、潜水艇の前で一段と輝くディネルースに、私を見惚れさせてくれないか」
「……分かったわよ」
ディネルースはパチンと扇子を閉じ、観念したように息を吐いた。
「そのかわり、あんなボロ船に乗るのは一回きりよ」
「もちろんだ。……ただし、私が貴様に惚れても、文句は言わせないぞ」
「勝手になさい。貴方が惚れたところで、この私をモノにできるとは思わないことね」
ディネルースがツンと顎を上げる。
「それはどうかな……。それと、もう一つ頼みがある」
マクマリスは本題へと切り込んだ。
「……何よ? 言ってみなさい」
「敵の母船が見つかった後の話になるんだが、深海の一万メートルに沈む母船に、生身で潜入する方法がない」
「だったら、ステルスで探す意味がないじゃない」
「そこでだ。ディネルースに、母船の周囲にある『海を割って』ほしい」
「はぁ? 貴方、正気?」
ディネルースが素っ頓狂な声を上げた。
「正気だ。……貴様の契約竜、『レヴィアタン』と力を合わせて、何とかできないか?」
ピタリ、と室内の空気が凍りついた。
「……何で貴方が、レヴィアタンのことを知っているのよ?」
ディネルースの瞳から、女の色気が消え、冷酷な支配者の殺気が立ち上った。
【次回の予告】
「タラシの魔王、絶好調!? 氷の女王をハッタリで丸め込み、ツンデレ秘書官に甘すぎる不意打ち!」
一触即発の殺気を放つディネルースに対し、マクマリスは「未来の記憶」を逆手に取った見事なハッタリでピンチを脱出! ついに深海への道筋を作る『海割り』の大役を引き受けさせることに成功する。
そして『ギガント・ギア』の搭乗者に帝国の四天王・ウルスヌスを見定め、いざ出立しようとする魔王を呼び止めたのは……徹夜でデータ確認をこなした有能秘書官・ララノア!
「綺麗だと言ってくれて嬉しかった」とモジモジ照れる彼女に対し、マクマリスが放ったのは芝居抜きの超ド直球な殺し文句と、優しく頬に触れるスキンシップ!? クールなハイエルフの理性を吹き飛ばす、魔王の甘すぎる不意打ちにニヤニヤが止まらない!
未来からのハッタリと、甘すぎる不意打ち。
第94話は、明日の21時40分更新です!
◾️面白かったら下の☆☆☆☆☆で応援をお願いします! 次話執筆の励みになります!




