第88話:その魔王は完璧なる采配に舌を巻く。~休息を許さぬ反攻への歩み~
【前回までのあらすじ】
自身の根城である『魔界』にて、人間たちとの共闘に反発するアズモたち反乱分子に囲まれたマクマリス。しかし、彼が「極上の土産」として用意していたのは、アルフィリオンの助力によって氷の棺から目覚めた、三百年前の厄災『先代魔王ガングダード』だった!
圧倒的な暴力の象徴が放つ規格外のプレッシャーを前に、反逆を企てていた魔将たちは完全に戦意を喪失して逃亡。一切の血を流すことなく魔界の完全掌握を果たしたマクマリスは、いよいよエスペル島での対・機械生命体の準備へと本格的に舵を切る――!
エスペル島、アレフ王国の王城。
魔界での『準備』――反乱分子の鎮圧と絶対的戦力の確保――を終えたマクマリスは、アルフィリオンを伴って転移魔法陣から姿を現した。
城のエントランスには、魔導端末を抱えたララノアが、カツカツとヒールの音を響かせてすでに出迎えに来ていた。
「思ったよりも帰りが早かったわね。魔界での準備はどうだったの?」
彼女は片眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら尋ねる。
「アルフィリオン殿のおかげで、完璧だ」
マクマリスは重厚なマントを翻し、満足げに頷いた。
「反乱分子は完全に抑え込み、魔界を完全に掌握することができた。これで後顧の憂いはない」
「一時はどうなるかと思ったがな。野蛮な連中相手に骨が折れたぞ」
アルフィリオンが気怠そうに首の骨を鳴らす。
「私はこのままアレフの墓地に向かう。良質な素材の選定があるからな。……大陸に戻る時には声をかけてくれ」
そう言うと、ダークエルフの死霊術師は薄暗い廊下の奥へと足早に消えていった。
マクマリスとララノアは、城のメインストリートである大廊下を並んで歩き始めた。
「留守の間の報告はあるか?」
「ええ。まずはロイ王子ね」
ララノアは抱えていた魔導端末を操作した。
「オウカの源流による修行が終わったと連絡があったわ。あの鉄塊を斬り裂き、無事に奥義『波紋断ち』を体得したそうよ。今は帝国の四天王たちと合流しているわね」
「ほう。あの修行をやり遂げたか……」
マクマリスは安堵の息を吐いた。
「よし、あとは四天王の指導が加われば、あの竜たちの力も完全に引き出せるだろう。他には?」
「貴方が休戦協定の会談の席で話していた、飛空艇『アルゴス』の二番艦から五番艦の建造の件だけど……」
「あっ」
マクマリスは思わず足を止め、ハッとした顔をした。
「……しまった。ガイアス王に具体的な指示出しをするのを、すっかり忘れていた」
「ええ、知っていたわ。だから私が進めておいたの」
ララノアは少しだけ得意げに微笑んだ。
「すでに二番艦と三番艦は完成し、現在、その三隻のアルゴスは大陸とエスペル島間の物資や人材のピストン輸送にフル稼働しています」
「なっ……」
マクマリスは驚きに目を丸くした。
「私がいない間に、そこまで進めていたのか。……覚えていたとはな」
「当然でしょ。私は有能な秘書官よ」
ララノアは、マクマリスにあてがわれた執務室兼自室の扉を開けながら、流し目で彼を見た。
「今のうちに仕事ができるところを見せつけて、戦後の給料交渉を有利に進めさせていただくから、そのつもりでね」
室内に入るマクマリスの口角が、自然と上がり、フッと笑いが漏れた。
「……賃上げ交渉はほどほどに頼む。あまりに高額だと、雇えなくなる」
「あら、魔界の王ともあろうお方が、随分とケチね」
ララノアがマクマリスに続いて室内に入る。
「この部屋の隅に魔導コンロを用意しておいたから、例のコーヒーをすぐ淹れるわね」
マクマリスが執務机の革張りの椅子に深く腰を下ろしながら、感心したように言う。
「用意がいいな」
「また給料アップね」
ララノアがすかさず背を向けたまま答える。
「勘弁してくれ。このペースで上昇したら、世界を救う前にこっちは破産だ」
マクマリスが両手を挙げて降参のポーズをとった。
コポコポと、コーヒーの香ばしくも苦い香りが部屋に漂い始める。
ララノアは魔導コンロの火加減を調整しながら、報告を続けた。
「アルゴス三隻の稼働により、鉄鋼共和国でロールアウトした魔導突撃銃と高周波振動剣の第一陣が、無事にエスペル島にも届いたわ。カートリッジ式の弾薬は、魔法部隊のいるクリアに送ってあります」
「クリアのエルフたちは、雷のエンチャントを会得したのか?」
「できるようになってきてはいるけど……予測値の六割ほどよ。予定よりだいぶ遅いわね。実戦投入にはまだ不安が残るわ」
「エンチャントは魔力量だけでなく、術者のセンスも必要だからな」
マクマリスは腕を組んだ。
「卓上で叩き出した理想的な理論値のようには、いかないものだ。焦らせるな」
「そうね。……あと、ゴンドラで作成しているヘギル考案の『魔力吸収斧』だけど、こっちは予定よりも早く量産が進んでいるわ。歩留まりも驚異的に高い。あのドワーフたちは、本当に優秀よ」
「ほう」
マクマリスは意外そうに眉を上げた。
「誇り高いエルフが、ドワーフを素直に褒めるとはな」
「エルフとドワーフが全員、水と油の関係だと決めつけるのはナンセンスよ」
ララノアは湯気の立つマグカップを二つ持ち、マクマリスの机にコトリと一つ置いた。
「私は種族の偏見なんてくだらない物差しではなく、純粋な『能力』を見て、忖度抜きに評価するわ。……熱いから気をつけて」
「立派な心がけだ」
マクマリスは受け取ったカップから立ち上る、泥のように濃い『ミッドナイトブレンド』の香りを深く吸い込んだ。
「……で、最も重要な潜水艇の進捗はどうだ?」
ララノアは自分のコーヒーを優雅に一口飲み、コクのある苦味を味わってから言った。
「潜水艇と魔導鎧については、ここで話すより実物を見たほうが早いわ。これからガイアス王国のドックに視察に行った際に、図面を交えて詳しく説明するわ。……コーヒーを飲んだら、すぐに発つわよ」
「は? もう行くのか!?」
さすがのマクマリスも、カップを持ったまま素っ頓狂な声を上げた。
「少しはゆっくりさせてくれ。私は魔界での重労働から、今戻ってきたばかりだぞ。それこそ、この城の主であるアレフドリア王にも、まだ帰還の挨拶すらしていない」
「貴方は魔界、エスペル島、帝国、連邦の全軍を束ねる『最高司令官』の立場よ」
ララノアは片眼鏡の奥の瞳をスッと細め、冷ややかに、しかしどこか楽しげに言い放った。
「世界が滅びるかどうかの瀬戸際に、甘ったれたこと言わないの」
「くっ……」
マクマリスは言葉に詰まり、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……今の不敬な発言は、給料減額だ」
ララノアは、窓から差し込む光を背に受けて、美しく魅力的な微笑みを浮かべた。
「うるさい」
【次回の予告】
「深海一万メートルへの切符! 姿を現した潜水艇と、立ちはだかる『水圧』の壁!」
ガイアス王国の第一ドックにて、マクマリスの前に遂に姿を現した深海探索用の『潜水艇』!
大陸の耐圧鉱石をまとい、ララノアのステルス迷彩と全天周囲モニターを備えた全長120メートルの鋼鉄の塊は、まさに天才たちの叡智の結晶だった。(※ただし、無音航行の要となるディネルースへの許可はまだ取っていないというドワーフのポンコツぶりも発覚!)
しかし、深海の敵母船へ到達できる希望が見えた矢先、ヘギルの口から絶望的な「致命的欠陥」が告げられる。
「深海一万メートルの水圧に耐えられる潜水服がない=船外に出て敵基地に突入できない」!?
母船の目の前まで行けても中に入れないという八方塞がりの状況。この究極の難題に対し、魔王はどう動くのか――!
鋼鉄の潜水艇と、深海一万メートルの絶望。
第89話は、明日の21時40分更新です!
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