第84話:その剣豪は借り物の志を斬り捨てる。~竹林に響く挫折の音~
【前回までのあらすじ】
エスペル島に帰還したマクマリスは、五カ国の王が集う『円卓会議』にて、帝国・連邦との休戦協定とロイの竜騎士誕生という特大の吉報をもたらす。
さらに、大陸から連れ帰ったヘギル、ララノア、アルフィリオンの天才的な知識と島各国の技術を融合させ、対機械生命体殲滅のための準備に着手する。
実質的な島の指揮を信頼する秘書官ララノアに託し、マクマリスは来たる決戦の準備のため、アルフィリオンと共に反乱の火種が燻る『魔界』へと足を踏み入れるのだった――。
オウカの奥深く、静寂に包まれた竹林。
マクマリスら使節団がエスペル島への帰路についた頃、ロイは一人、己の未熟さと向き合っていた。
ガキンッ! ギィィン!
何度振り下ろしても、鈍く甲高い音が竹林に響くだけだった。
ロイは通常の鋼の剣を握り、目の前の切り株に置かれた『鉄塊』を斬るように、源流より命じられていた。しかし、刃は硬い鉄の表面で虚しく弾かれるか、ボロボロに欠けていくだけだ。
「まただ……っ。はぁ、はぁ……」
ロイは肩で息をし、刃こぼれだらけになった剣を見つめた。
「だいたい、普通の剣でこんな鉄の塊を斬れるわけがないじゃないか……」
少し離れた竹の根本で、源流は腕を組んだまま、静かに目を閉じてロイを見守っていた。いや、見守るというよりは、ただ『観察』しているようだった。
苛立ちを隠せず、ロイは源流に抗議した。
「源流さん。こんなただ鉄を叩くだけの訓練に、どんな意味があるんですか? 僕は、あなたに剣術の稽古をつけてもらうために残ったんですよ」
源流はゆっくりと目を開き、冷ややかに言い放った。
「拙者はサムライだ。……異国の地の騎士であるお主に、教えられるような剣術はない」
「えっ……でも、それじゃ困ります! 僕は強くならなければならないんです。どうか、教えてくださいよ!」
ロイがすがるように声を上げる。
「なぜ、強くならなければならない?」
源流の問いは、竹林の冷たい風のように鋭かった。
「それは……マクマリスさんと約束したからです」
ロイは真っ直ぐに答えた。
「では、マクマリス殿が『剣を置け』と命じれば、お主は明日から騎士をやめられるのか?」
「えっ……? いや、そうじゃないですけど……」
ロイは思いがけない反論に、言葉を詰まらせた。
「だって、機械生命体との決戦も控えているし、マクマリスさんは『僕の成長が戦局を決する』と信じてくれているんです。だから僕は、その期待に応えたい」
「自惚れるな」
源流の声が、ピシャリとロイの言葉を遮った。
「人一人の力で、戦局はそうやすやすと変わるものではない。戦とは、もっと巨大なうねりだ。お主が強くなろうがなるまいが、勝敗は変わらん」
「僕だって、本心では自分の力が戦局全体に影響するなんて思っていませんよ。でも、マクマリスさんがそう言うから……」
源流は呆れたように立ち上がり、刀の柄に手を置いた。
「口を開けば、マクマリスさん、マクマリスさん……。くだらん」
その眼差しには、明らかな失望の色が浮かんでいた。
「誰かの期待に応えるため。誰かに言われたから。……そんな『借り物の志』では、その鉄塊はいつまで経っても斬ることなどできん」
源流は踵を返し、ロイに背を向けた。
「やるだけ時間の無駄だ。早々に立ち去るがよい」
「ちょっと待ってください! 源流さん!」
ロイの悲痛な呼びかけにも反応せず、孤高の剣聖は、ざわめく竹林の奥へと姿を消していった。
◇
修行の打ち切りを冷酷に告げられたロイは、深い気落ちの中、目的もなく歩き続けていた。
気がつけば、彼の足は自然と『ハーフリング領』へと向かっていた。かつて、使節団の一員として初めて大陸に訪れた時に温かく迎え入れてくれた、緑豊かな農業の国。
ハーフリングの長であるタフリン王は、ふらりと現れたロイに対し、何も聞かずに笑顔で受け入れてくれた。
そしてロイもまた、初めてこの国に来た時のように、無心になって農民たちと共に麦畑に立ち、土にまみれて汗を流した。
そうして数日が過ぎた日の夜。
ロイはタフリン王と共に、公民館のような質素な木造の建物で、夜風に揺れる広大な麦畑を窓から眺めながら、採れたての野菜やふっくらと焼き上がったパンといった素朴な食事を囲んでいた。
「ふぉっふぉ。ここに来た時よりは、随分とマシな顔になったかの」
タフリン王が、温かいスープをすすりながら目を細める。
「農作業に没頭してたからか、夜はぐっすり眠れますし、変に考え事をしないのがいいのかもしれないですね」
ロイは照れくさそうに笑い、パンをちぎった。
「ここでの生活が、少しでも気晴らしになったのなら何よりだ」
「……タフリン王は、僕がここに来た理由を尋ねないんですね」
「ん? 聞いて欲しいのか?」
「そういうわけではないですけど……」
ロイが俯くと、タフリン王は優しく微笑んだ。
「私は何も心配しとらんのでな。誰にだって、歩みを止める休息は必要だ。……何も言わんでも、ロイは必ずまた歩き始めるだろうて。ほれ、たんと食べなさい」
タフリン王はそう言うと、籠いっぱいに盛られたパンをロイの方へ押しやった。
ロイは温かいパンを手に取り、ふと疑問に思ったことを口にした。
「タフリン王は、来たる機械生命体との戦いでは、武器を持って前線に行かれるんですか?」
「いや、我々は前線には行かんよ」
タフリン王は首を横に振った。
「我々ハーフリングは、今まで通り農作業に専念し、食糧を供給してくれればいいと、アンドレア王がおっしゃってくれたのだ」
「そうなんですね……。連邦のディネルース議長も、それで納得されているんですか?」
「もちろんだ。『あの野蛮な覇王がそう言うなら、好きになさい』と、鼻で笑っておられたがな」
タフリン王は愉快そうに髭を揺らした。
「それに、背丈も力もない我々が武器を持ったところで、前線では足手まといにしかならんだろ? 『適材適所』というやつだな」
「適材適所……」
「そうだ。我々ハーフリングにとっての武器は『鍬』だ。この豊かな畑が、私たちの戦場になる。命がけで戦う戦士たちの腹を、美味い飯で満たすこと。それが我々の戦争への協力の形だ」
【次回の予告】
「『誰かの期待』から『誰かを守るため』へ! 王子の精神的な成長と、最強の剣術『波紋断ち』!」
「私に代わって、愛する領民たちの命を頼む」
武器を持たぬハーフリングの王・タフリンの切実な願いを受け、ロイはついに「マクマリスの期待に応えるため」という借り物の志を捨て去る。
自分が強くなる本当の理由は、背後にいる武器を持たない優しい人々を守るため――!
確かな決意を胸にオウカの竹林へと舞い戻ったロイを待っていたのは、剣聖・源流による真の修行の解禁だった。
敵の硬質な装甲を力で叩き割るのではなく、魔力の波紋で内側から崩壊させる神速の絶技『波紋断ち』。
文字通り血反吐を吐く地獄の特訓が、いよいよ幕を開ける!
タフリン王の願いと、極意『波紋断ち』。
第85話は、明日の21時40分更新です!
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