『藪の中・最後の告白チャレンジ』
日付:20XX年某月某日
場所:文芸部部室
議題:芥川龍之介『藪の中』における真相の不在について
出席者:一ノ瀬詩織(部長)、二階堂玲(副部長)、三田村宙、四方田萌
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一ノ瀬「皆、心して聞きなさい! 本日、私たちが挑むべき文学の深淵は、大正が生んだ文豪、芥川龍之介の傑作にして、日本文学史上、最も不可解な謎を提示した物語……『藪の中』よ!」
(一ノ瀬、テーブルに文庫本を置き、芝居がかった仕草で表紙を撫でる)
一ノ瀬「物語は、ある藪の中で、金沢の武士、武弘の死体が見つかることから始まる。検非違使によって、事件の関係者たちが一人、また一人と呼び出され、証言を始めるわ。強盗の多襄丸、武士の妻である真砂子、そして、巫女の口を借りて呼び出された、亡霊の武弘自身。しかし、彼らの証言は、互いに全く食い違っている。『誰が、武弘を殺したのか』。その問いに対し、三者三様、それぞれが『自分が殺した』と語るの。あまりにも有名な話だけれど、結局、誰が本当のことを言っているのか、最後まで明かされることはない。ここから、『真相が分からずじまい』という意味で、『真相は藪の中』という言葉が生まれたのよ」
四方田「出たー! 『藪の中』! 国語の授業でやりましたけど、結局、誰が犯人なんですかーって、先生に質問攻めした記憶があります! みんな嘘ついてるってことですよね? 意味わかんなかったです!」
二階堂「嘘、というよりは、それぞれが自分に都合の良い『真実』を語っている、と解釈すべきでしょうね。自分の名誉や、体面を守るための、利己的な告白。ミステリーとしては、全ての証言が信用できない以上、事件の再構築は不可能。アンフェアな作品よ」
三田村「……各観測者からの情報に、著しい乖離が認められる状態。これは、客観的現実そのものが、高ストレス下において、個人の主観によって歪められた結果と推測。あるいは、藪という空間自体が、認識を汚染する特性を持っている可能性も」
一ノ瀬「ふふふ、みんな、素晴らしいわ。それぞれの視点から、この物語の異常性を見抜いている。……けれど、この物語の影響は、日本だけには留まらないのよ。実はこの『藪の中』は、かの黒澤明監督の映画『羅生門』の原作の一つなの。そして、この映画が世界的な評価を得た結果、海外では、同じ一つの出来事でも、立場が違えば、その人にとっての『真実』は全く別のものになる、という意味で、『羅生門効果(Rashomon effect)』という言葉まで生まれたのよ」
四方田「ええーっ!? すご! じゃあ、『藪の中効果』でも良かったわけじゃないですか! なんか、羅生門に取られちゃったみたいで、ちょっと悔しいですね!」
二階堂「……なるほど。心理学や社会学の用語にまでなっているとは。恐ろしい影響力ね」
三田村「……認識の相対性を指すタームとして、国際的に標準化されている。興味深い事例です」
一ノ瀬「ええ。けれど、この物語には、もう一つ、見過ごせない謎が残されているわ。それは、最後の証言者、武弘の霊が語るエピソードの、最後の一文。『その時誰か忍び足に、おれの側へ来たものがある』……。三人が食い違う証言をした後、さらに、第四の、正体不明の誰かが、現場に存在したことが示唆されているのよ! この何者かこそ、この事件の、本当の真相を握っているのかもしれないわ!」
(一ノ瀬、パン! と柏手を打ち、部員たちを見回す)
一ノ瀬「そこで! 提案します! 題して、『藪の中・最後の告白チャレンジ』! 食い違う証言、謎の第四の人物……。ならば、答えがないのなら、私たちが、真犯人による、本当の『告白』を書き足して、この物語に、完璧な終止符を打ってあげればいいのよ!」
二階堂「……なるほど。第四の人物の正体と、その動機を、我々が推理し、創作しろ、ということですか。面白い。ミステリーのプロット演習としては、これ以上ないテーマですね」
一ノSE「そういうことよ、玲! 発表は、一週間後! この部室で、それぞれの『真相』を披露してもらうわ!」
四方田「やったー! やります! 犯人、めっちゃ意外な人だったりしたら、エモいですよね! 私、絶対泣ける真相、考えちゃいます!」
三田村「……了解。論理的整合性の取れた、新たな仮説モデルの構築。シミュレーションを開始します」
一ノ瀬「いいわ、いいわよ、みんな! 芥川龍之介が、あえて描かなかった『真相』。それを、私たちの手で、白日の下に晒してやりましょうじゃないの! さあ、創作開始よ!」
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議事録担当・書記(四方田)追記:
今週の宿題:『藪の中』の真犯人になって、反省文(?)を書け。
うちの部活、ついに、日本文学史の最大の謎に、ケンカを売るらしい。マジで、展開がカオスすぎて、最高なんですけど(笑)。




