第十三話 異世界一運のわるい男2
わたしは精神を集中させた。
だが、だめだった。
「ボヲんゾ、ダメだ。この腹のなかでは、魔法の力は極端に弱められるようだ。火の魔法も、水の魔法も、光の魔法すら使えない。もしかしたらマナの加護が届かないのかもしれない」
そう言ったせつな、足元の牛の骨が崩れた。バランスをうしなって、胃液のなかに落ちそうになる。足元に目を向けると、すでにつま先に胃液がかかりそうなところまできていることがわかった。
「まずい。このままだとわたしも胃液のなかに……」
「へへへへ……、コーン、おまえもシズんじまいな」
その瞬間、わたしは自分がなにをすべきかを悟った。
いや自分がなにをしたかったかを思い出した、と言っていい。
わたしは沈みかかった動物の死体を蹴飛ばすと、ボヲんゾの腹の上に飛び乗った。
一瞬、重みでぐっとボヲんゾのからだが沈む。背中から腰にかけての部位が、胃液に浸された。
「うわぁぁぁ、コーン。なにしやがる。セナカがトけちまうだろう」
「しかたがないんだ、ボヲんゾ。どうやら、この場所の定員はひとりが限界らしい」
「コーン、な、なにをイってるぅぅ」
「わたしは自分のからだを浮かせられない。だけどきみのからだは浮かせることができる」
「ぎりぎりウかんでねぇじゃねぇか。このままだとオレはシんじまうだろうがぁ」
「ああ……死ぬね。でもわたしはきみに死んでほしいんだ」
ここにいたってボヲんゾは自分がおかれた状況に思い当たったらしかった。
「な、なにをイうんだ。オレたちナカマじゃねぇか……」
「いいや」
わたしは吐き捨てるように言った。
「わたしはおまえが嫌いだった」
「そ、そりゃ、ナカがいいっていうわけじゃあ……」
「勘違いするな。わたしはおまえのなにもかもが嫌いだった——」
「その醜い顔、臭い息、身の毛もよだつ肌の色、知性のかけらもないしゃべり方、息するように嘘をいうところ、ひとは許せないのに自分には甘い身勝手な考え方、いつまでもひとの過ちを許さない執念深さ、癇癪をおこしてルールをひっかきまわす異常さ。数えたらきりがない」
わたしはしゃがみこんで、顔を近づけて言った。
「おまえのなにもかもが嫌いだったんだよ。みんな、どれだけ我慢したか」
ボヲんゾは自分にむけられたことばに呆然としているようだった——
ヤツはこんなことばを口にすることを絶対に許さなかった。ちょっと反対意見を口にするだけでも、恫喝してきて暴力での解消をにおわせてきた。
だが、いま、ヤツは文字通り『手も足もだせない』のだ。
「おまえの加入は、リーダーだった勇者マルベルが、勝手にきめたことだ。だがマルベルが『迷いのダンジョン』で、ああなってしまったからな……」
「だけど、コーン、おまえを、ツギのリーダーにオしたのはオレだぜ」
「だから?」
「だから……?」
「そのせいで、わたしはおまえを追放しそこなった。それがすべての間違いだったんだよ。おまえにいいように言われて、全員死なせてしまったんだからな」
「ひっ!」
ボヲんゾが短い悲鳴をあげた。
「コーン、セナカがトけてる。たすけてくれ。セナカがしずんでるんだ」
「だろうね。そうしてるから」
「ナ、ナカマをコロすつもりか?」
「せめてそれくらいしないと、死んだ連中に顔向けができない」
わたしの不退転の覚悟が伝わったのだろう。ボヲんゾはあわてて、自分の胸元からなにかを取り出して掲げた。
「コーン、こ、これをみてくれ!」
それは青い石のついたペンダントだった。
だが、その石はひとめ見ただけで、特別な力があると思わせるような光がやどっていた。
「それは?」
「こ、こいつぁ、スラムのガキ、オドして、旅のボーケンシャからスらさせたモンだ。なんのイシだがわかんねぇーが、すごいチカラがやどってるのはまちがいねぇ」
たしかに霊気とも邪気ともしれない、妖しい力が石のまわりに漂っているように感じられた。ただのアクセサリではないのは確かだ。
「こ、このフシギなイシをやる。それでどうだ」
プライドをかなぐり捨てて、必死に命乞いをするボヲんゾを、わたしは鼻でわらった。
「ふん。すごい力があるなら、自分で使ってここから脱出するんだな」
それからしばらくして、ボヲんゾはなにもしゃべらなくなった。
胃液がひいたとき、ボヲんゾは腰から下、手は両方とも肩から溶け落ちていた。残った上半身も背中のうしろ半分がきれいさっぱりなくなっていた。へどがでるほど醜い顔も、胃液が表面にかかったせいで、目鼻立ちがうっすらわかる程度まで溶けていた。
「おまえの、みにくい顔を二度と見なくてすんでせいせいしたよ」




