第十三話 異世界一運のわるい男1
なぜこうなった——
なぜこうなったのだ、コーン・ロッド!!——
わたしは自分への問いかけを、すでに1000回以上も繰り返していた。
ぎゅっと眼をつぶってから、眼を開いてみる。
あたりの風景はまったく変わらない——
変わるわけがない。
これは夢ではないのだから……
もう一度あたりをつぶさにチェックしていく。すでに数十回おなじことを繰り返していたが、かまわない。もう一度、見直せば、現状から脱出できる術を、手に入れることができるかもしれない。
いま、わたしはドラゴンの胃のなかにいる——
どれくらいのおおきさがあると言えば適切だろうか?
ちょっとした井戸のようなおおきさを想像していたが、それの数倍はある。大のおとなが余裕で横になることができるほどの広さだ。高さは…… 井戸並に絶望的な高さだ。
よく英雄譚などでドラゴンの腹を剣で突き破って、生還するというのがあるが、残念ながらそれはできそうになかった。
剣はかみちぎられたわたしの右腕とともに地面に落ちていった。
外に転がっているはずだが、探しだしても無駄だろう。ドラゴンが飛翔したあとでは、どれほど遠くまで離れてしまったのか、想像すらつかない。
うしなった腕のことなどもういい——
いま、わたしの最優先するべきことは、胃液に溶かされないようにすること。
だから——
わたしは胃液に浮かぶ死体の上に立っていた。
すでに半分溶けかかった死体の腹の上、腰をかがめた状態でバランスをとっている。その姿は死体のボードに乗って、サーフィンでもやっているように見えるかもしれない。
だが、命がけのサーフィンだ——
いまのところこの死体のおかげで、胃酸のなかにからだを浸さずにすんでいる。もしこのボードから落ちたらたちまち溶けて、自分はこの足元の死体とおなじになってしまうのはまちがいなかった。
足元の死体は『ボヲんゾ』という、人間族には発音が困難な名前の戦士だ。
彼は南ラークンに棲むオーガ族と人間との合の子で、ハーフ・オーガという分類になるらしい。本来なら駆逐されるべき種族だが、王の気まぐれもあって、人間の血が混じっている者は差別してはならないらしい。
たしか『スピーシカル・コレクトネス(人種的正しさ)』とか言ったはずだ。まったくばかばかしい風潮で、個人的には承服しがたいが、ギルドに属している以上しかたがない。
ヤツとはこれまで、馴れ合いにならないレベルで、距離をおきながら旅をしてきた。
ヤツはほんの一時間ほど前まで生きていた——
ドラゴンの腹のなかに飲みこまれると、ヤツはものすごい勢いでにじりよってきた。片足をうしなったため、ひざまずくような姿勢のままで詰め寄ってくる。
「コーンんんん。ドーシてくれる。オレはアシとウデを食われちまったぞ」
「ボヲんゾ、喰われたのは、わたしたち本体のほうだ。ふたりともドラゴンの腹の中にいるのだぞ。おまえのアシとウデはそこに浮かんでる!」
「オレたちはクわれた? おまえのせいだゾ」
「ドラゴンの弱点を知っている、と言ったのはおまえだぞ!」
「もっとチイサイやつだと、あれでタオせたんだ」
「きさまぁ、ドラゴンに小さいも大きいもあるか! おかげで魔導士コルトスが踏み殺されて、弓使いのマーロンは焼き殺された。テックだって生きているかどうか……」
「イキてる。たぶんね」
「いいかげんなことを言うな。ドラゴンの尻尾の直撃を受けて、岩肌に叩きつけられたんだぞ!」
「ウンがわるかったんだよ」
「運? 運だとぉ? わたしは右手をうしなった。愛剣と一緒にな。それを運だと?」
わたしは怒りにまかせて前にからだをのりだした。ボヲんゾがおもわずからだを後方にひいた。その瞬間、ボヲんゾもう一方の足がごろんともげた。
本人もなにが起きたかわからなかった——
「胃液だ! ボヲんゾ!」
わたしは叫んだ。
いつのまにか胃袋の内壁から分泌された胃液が、ひたひたになる程度にまでたまっていた。わたしは偶然にも、ドラゴンがその前に食べた牛らしき死体の上に立っていたので、胃液につからずにすんでいたのだ。
「わぁぁ、コーン。た、たすけてくれ!!」
「あわてるな。手や足は脱出できれば、回復魔法や再生魔法でなんとかなる。だが死んだらおわりだ。首から上を、頭をまもれ!」
ボヲんゾはあわてて、残っている右手で頭をおおった。が、その動作のせいで、バランスをくずして、胃液のなかに仰向けのまま倒れ込んだ。
「ひぃぃぃぃ。トけるぅぅぅ」
「おちつけ! ボヲんゾ。いま、浮遊魔法でからだを浮かせる」
「は、はやくしろぉ、コーン。きさまのせいだからなーー」
わたしは左手をまえにだして、マナを指先に集中させた。ゆっくり、とだが、ボヲんゾのからだが胃液のなかから浮かびあがってくる。だが、胃液すれすれで脱したところで、動きがとまった。
「おかしい。これ以上あがらん」
「ふざけるなぁぁーー、コーン。まだイエキがあがってきてるんだ。もっとウエにあげろ。でないとオレのセナカがトけちまうだろうがぁぁぁ」
「すまん。だが、パワーがでないんだ」
「おまえがジブンのからだをウかせているからだろう!」
胃液にぎりぎり浸かっている高さでは、わたしが動物の死体の上に立っているのが、浮遊しているように見えたのだろう。
「バカを言うな。そもそもわたしは自分を浮遊させる術を持ち合わせていない。ほかのものを浮遊させられるだけだ!」
「うそだ。きさまはオレがキラいだから、いじわるをしているんだ。からだがハンブンなくなったら、シューフクまほうでもモトにモドせなくなる。タノむからウエにあげろ!」




