第十二話 異世界の食堂6
「さて……」
オッコスの真正面から声が聞こえた。
「どうやらお開きの時間らしいな」
やけに落ち着き払った声。正面に座っていたローブ姿の老人だった。
「おまえさん。なかなかがんばったよ」
老人はミョントスの元にくると、彼の肩をかるくたたいた。
「あとはわしが引き受けさせてもらう。元々そういう依頼を受けておるのでな」
「依頼……? な、なにを?」
ミョントスは目を白黒させていた。オッコスもこの老人がなにを言っているのか、まったくわからなかった。
「なにを? きまっておろう。魔族退治だよ」
「た、た、たいじぃ… ど、どうやって……」
うわぁぁぁlーーーーーー
フロア内のあちこちで悲鳴があがった。
正体を現わしたカマキリの給仕たちが、いっせいに近くの客たちにむかってカマをふりあげていた。
老人が天井にむかって手をつきあげる。一瞬、空中でちかちかと光がまたたいた。
オッコスにはなにが起きたのかわからなかった。
まわりでカマキリの給仕たちが、カマをふりあげたまま止まっていた。正確にはカマを振り降ろそうともがいていたが、どうやってもできずにいるようだった。
「しばらくの時間稼ぎだがな」
言い訳するように老人が言った。おもわずオッコスが尋ねた。
「あなた、何者なんです?」
「わしか?」
老人はフードをゆっくりとおろしてから言った。
「わしはシーラン・ミケネー。自分で言うのもなんだが、この世界で十指にはいると言われている大賢者だよ」
「そいつは嘘ですね」
横から青年がわってはいってきた。
「このひとは、この世界で三本指にはいる、大賢者ですよ」
「三本指?」
オッコスは目をぱちくりとした。
シーランは青年をちらりと見るなり、鼻をならした。
「ふん、おまえさんか ずっとわしを追いかけてきているのは知っておったが、ここまでくるとはな……」
「うれしいな。気づいてくれてたんですね?」
「ああ…… だが、あいさつはあとだ。ホルト、ホルト・クロイツ」
「ええ」
ホルトは手に持ったステーキナイフを、前に突きだしながら言った。
「まずはこっちを片づけましょう。どうすればいいですか、ミケネーさん」
「シーランでかまわん」
「じゃあ、シーラン、どうします?」
「わしはあの執事と、親玉の蜘蛛野郎を片づけるから、おまえさんは……」
「このカマキリどもを全滅させればいいですか?」
「ああ。手早く頼む」
「手早くですか? では……」
シーランが掲げていたステーキナイフを蒼い炎がおおった。それがぼうっと一気にふくれあがったかと思うと、ナイフはおおきな剣になっていた。
「五分ほどいただければ」
シーランがにんまりと頬をゆるめた。皴が顔いっぱいにひろがる。
「五分もかね?」
「だってこんなにいるんですよ」
「わしはおまえさんなら、こんなの朝飯前だ、と踏んだんだがね」
「朝飯前って…… シーラン、今、晩飯が終わったとこですよ。食えたものではなかったですけど……」
ホルトが苦笑した。
「まぁ、あなたがそう見立てるのでしたら、手早くやってみせましょう。ですがその前にやることがあります」
「ああ、そうだな」
シーランがそう言った瞬間、オッコスの頭はホルトの剣で刎ねられていた。
オッコスは自分の視界にテーブルの脚しか映ってないことに気づいて、自分の頭が斬り落とされたことがわかった。
「ど、どうして……」
「おたく、魔族の臭いがぷんぷんとしてるですよね。自分じゃ気づきませんでした? あいつらと同族でしょう?」
「そ、そんな、オッコスさんが魔物だなんて、そんなはずない……」
「ミョントスさん。切られた首がしゃべってるんですよ。それが証明です。まぁ、あと5分もすれば、くたばりますけどね」
「おおかた、食事会にまぎれこんで、ただ飯にありつこうとでもしてたのだろう」
シーランの口ぶりは、あからさまに興味なさげだった。オッコスは怒りを爆発させた。
「わたしはこの食事会の料理長の師匠だ。弟子の料理を試食しにきたのだ」
「ほう。あのひどい料理を手ほどきしたのは、そなたであったか」
「わたしはこんなひどい料理を教えた覚えはない!」
オッコスは自分の生気が弱まっているのを感じながらも、憤りをたぎらせずにいられなかった。
「あの『アカゴノテノヒラモドキ』は腱を抜いてないから動き回るし、火の通し方が甘くて中身がどろどろしたままだ。とても食えたものではない。羽物のサラダは本体をしっかりむしりきってないので飛び回り、羽脈がしっかり処理されてないからバリバリとした食感になる。それにあの肉! 線虫の詰め込みがへたくそすぎる。本来はナイフをいれてはじめて、とろりと線虫が流れでてくるべきなのだ!」
「見た目もひどかったけど、調理方法もなってなかった、っていうわけですか……」
ホルトが苦笑いしながら言った。
「まぁ、おたくが完璧に調理をしても、ぼくは二度と御免ですけどね」
「さぁ、ホルト、無駄話はそこまでにして、さっさと腹ごなしといこうじゃないかね」
「了解しました、シーラン」
やがてオッコスの目の端に、次々と倒されていくカマキリ族の姿が映った。
ホルトはテーブルを飛び移りながら、カマキリたちを叩き切っていた。おそらくシーランという老人は、とっくにサーベラス伯爵とコルトスを討取っているだろう。
この勢いなら自分の命が尽きる前に、すべてが終わっているかもしれない。
くやしい——
自分のさいごに口にした料理が、こんなにもまずいものであったことが我慢ならない。
腹立たしい——
手をかけて育てた弟子が、あんなにひどい料理を平気で客に出していることが許せない。
だがいいこともある——
この弟子はおそらくホルトに斬って捨てられるだろう。これ以上、ごみ溜めのようなものを、わたしの料理と称して、お客様にふるまわれずにすむ。
オッコスの意識がなくなりかけたとき、一度だけ視界をミョントスが横切った。彼は招待客たちを避難誘導していた。
一瞬たりともこちらに目をむけることはなかった。




