第十三話 異世界一運のわるい男3
おどろいたことに、胃液のなかに浸かっていたはずの、あの青いペンダントはなんの影響も受けていなかった。
わたしは拾いあげて調べてみたが、ネックレス部分のチェーンも青い石も、溶けるどころか、変色や腐食などのほんのすこしの劣化すらなかった。
それから三日経った——
わたしがドラゴンの腹のなかでやることはたった3つだけだった。
ドラゴンの胃を刺激しないよう、静かにうごくこと。
食事のたびに胃壁から噴出する胃液に溶かされないよう、足場になる物体をつねに確保しておくこと。
そして、ドラゴンの腹のなかから食べられそうなものをみつけて、食べること——
そうやってドラゴンの腹のなかで、わたしはなんとか生きながらえていた。ただ、生き延びるだけでよかった。
わたしには助かる勝算があった。
わたしの双子の弟だ——
弟はわたしとはちがい、頭がよかった。いくつもの難関試験に挑み、いまでは王立軍の師団長にまで出世していた。
ふたりのあいだには、子供の頃からなにか独特の共感する力があった。
念波士が使う『念波』のような、ことばを伝えるものではない。なんとなく相手の窮地を察知し、いまどこにいるのかを知ることができるような能力だ。
わたしは以前二回、弟の窮地を察して駆けつけたことがあるし、弟にも一度助けられたことがある。
だから、この窮地を弟が察してくれているという確信があった——
ただ待てばよかった——
とはいえ、わたしは暇をもてあましていた。
ボヲんゾが残したあの不思議なペンダントをいじくりながら、つい思い出にふけることがおおくなった。
もう30年も冒険者をやっているのに、これといった功績やお宝に恵まれない人生を送っている。
おなじころに冒険者をめざした連中のなかには、世間に知られるような手柄をたてて財をなした者、運良く王立軍に取り立てられた者もいた。だが、大半はどこかで『冒険』などという甘いことばに見切りをつけて、地に足のついた仕事に就いていた。
なのに自分は一発逆転を夢みて、ずるずると冒険者という傭人から抜けでられずにいる。
自分ももうとっくに消費期限切れだとわかっていた。
剣の技巧はあがったが、パワーが追いつかなくなっていたし、あたらしい魔法や魔術の覚えもわるかった。
だが自分より実力も実績も劣る若者が、一足飛びに有名になっていくのを、横目でずっと見続けて、あきらめたくない、という気持ちがまさった。
わたしは運にめぐまれなかっただけだ。
ついそんな言い訳が口をついてでるようになった。だが、それはただの強がりではない。
こうして持て余した時間で、自分の半生を思い返すと、それを本気で痛感するようになった。
そう、ほんとうにわたしは『運』にだけはめぐまれなさすぎた——
冒険にでたばかりの頃、デザストという男とパーティーを組んだのが、不運の連鎖のはじまりだったかもしれない。
わたしは有名なパーティーを追放されたばかりだという、このデザストと意気投合して一緒にパーティーを起ちあげた。だがすぐにこの男がなぜ追放されたのかを思い知ることになった。
デザストは冒険者の資質を、おおいに欠く人物だった。でっぷりとした体躯で一目瞭然だったが、大喰らいの上怠惰だった。しかも短気で嫉妬心が強く、行く先々で揉め事ばかり起こしていた。
ある日、デザストはダンジョン内で出会った、老魔導士に因縁をつけて諍いになった。ちまたで『狂気の魔導士』とあだ名されていたその男は、あきらかに精神を病んでいる様子だった。さんざん揉めたあげく、デザストはその男に呪いをかけられた。
たしか……ルディンとかいう老魔導士だ。
だが、魔術をかけられたデザストは覚醒した。短期間のあいだに、さまざまなスキルや高等魔法を意のままに使えるようになったのだ。
力を得るにつれ、デザストの態度は手がつけられないほど傲慢になっていった。他人の意見に耳を貸さなくなり、ルール無用で力で従わせようとした。やがて自分を追放したパーティーに復讐するという執念にとりつかれはじめた。
わたしは彼と仲たがいして、彼のパーティーを辞した。
その後、彼がどうなったのか、過分にして聞かない——
だがそのあとに人生で一番のチャンスにめぐまれた。
異世界から召喚されてきた、タナカ・カズヤ、という本物の勇者のパーティーにくわわることができたのだ。
こいつはたしかに本物だった——
人間離れした剣の腕前にくわえ、異次元レベルの魔術を、属性など無関係に、連続して繰り出すことができたのだ。
このときは魔王軍となんども戦ったが、まさに無双状態で、一度たりともピンチに陥ることなどなかった。もっとも、わたしたちは単なる数合わせのようなもので、彼ひとりですべてを片づけたのだが……
わたしはこれで『アガリ』だと思った。一気に成りあがれると確信した。だがタナカは突然、冒険をやめると宣言して、パーティーを解散してしまった。
とはいえ、わたしの名はギルド内で有名になり、おかげで職にあぶれることはなくなった。が同時に、冒険者以外の生き方を、顧みることができなくなった、とも言えた。
わたしは冒険者という生き方以外の逃げ道をうしなった——




