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第十二話 異世界の食堂3

 スープのなかに目をおとす。

 スープのなかで、五本の指を器用に動かしながら、赤ん坊の手がハイハイしていた。


 オッコスおもわず嘔吐(えず)いた。胃酸がこみあげて、そこらにぶちまけそうになる。だが給仕に殺された者の悲鳴がどこからか聞こえてきて、あわてて口を両手でふさぐと無理やりに飲みこんだ。

 目から涙があふれる。


 耐えられない——

 喰わなければならないのか……これを? こんなしろものを?




「次は『羽モノのサラダ』でございます」

 なんとか一品目をたいらげたオッコスの前に、次の皿が運ばれてきた。


 オッコスはその皿をみなくても、それがろくでもない料理であるとわかった。

 ほかのテーブルに運ばれてくる皿から、その『野菜』が茶色い羽根を羽ばたかせて、あちらこちらに飛んでいたからだ。 


 羽虫の羽根のサラダだった。

 表面が油のようなものでツヤツヤしている薄くすけた茶色の羽根に、緑色の羽根、そして光の加減で毒々しい虹色を帯びる薄い羽根。生理的に嫌悪をかんじる派手な柄と色の、三角形の羽根はうごくたびに、サラダのうえに毒々しい色の鱗粉(りんぷん)をふりまいている。


 羽虫から羽根をむしったものにドレッシングをかけている単純な料理なはずなのに、なぜかまだ動いているものあった。

 オッコスがかまわずフォークを突き刺すと、まるで断末魔の痙攣のように、ビリビリというけたたましい羽音をたてて暴れた。皿の上に鱗粉がまいあがる。

 

 オッコスはかたわらの給仕係のほうに目をやった。

 どうやって食べればいい、と目で訴えたつもりだったが、給仕係は貼りつけた笑顔をこちらに軽く傾けただけだった。

 おおきなため息が自然にもれる。

 覚悟をきめて、指先で羽根を何葉かつまみあげると、そのまま口にねじこんだ。歯でかむと、ギギギギギ、と羽音をたてて、羽根をばたつかせる。それを無理やり噛む。

 ザリザリッ、という音がして羽根がかみ砕かれ、羽根を支える太い脈、翅脈(はみゃく)が折れる、パキリ、パキリという音がまじりはじめる。


 堪えがたい食感——


 あぶらでじっとりとした茶バネは、口中にどろっとした脂がしばらくの間まとわりついた。緑の長い羽根はやたら硬く、尖鋭部分で口を切りそうになる。派手な柄の三角形の羽根は、嫌な臭いとともに鱗粉が口中にはりついて、チャバネの脂とまざって、得も言えぬエグミを生んだ。とても口のなかにとどめていられない。

 スパイシーな風味のドレッシングで、なんとかごまかしながら飲みこむしかなかった。


 なんとか完食できそうだ。

 そう思ったとき、大広間の西側から悲鳴があがった。

 また食事を拒否した招待客が、給仕係に殺されたのかと思ったが、どうやら様子がちがっていた。

 かっぷくのいい紳士が半裸になって、必死に自分のからだをかきむしっているのだ。

「た、助けてくれ。こいつを取り出してくれ!」 

 紳士はなりふりかまわず、ズボンをぬいであっというまに全裸になった。全裸になったまま、床をころがりのたうち回る。


 うわぁぁぁ——


 オッコスからふたつほど離れた、近くのテーブルでも悲鳴があがった。

 そこでは老紳士が服をぬぎすてて、床にころがりのたうち回っていた。ミョントスが反射的に老紳士に駆け寄ろうとしたが、自分の給仕係にうしろから肩をつかまれて阻止された。

「お客様。お食事中ですよ」

「いや、ですが、あそこの紳士は……」

「ご心配なく……ただの食あたりですよ」


「食あたり? そんなわきゃないでしょうよ。だって……」

 ミョントスが素っ裸になっている老紳士のほうを見た。


 老紳士の胸の皮膚の下を、ちいさな手が這いずりまわっていた。

 赤ん坊のちいさな手——



 外から見てもわかるほどに、くっきりと赤ちゃんの手が手を曲げ伸ばししているのがわかる。その手は、頬の皮膚の下や、首筋、背中、臀部までに現われた。老紳士はからだのいたるところを、赤ん坊の手に這い回られて、大声で叫びながら暴れ回っていた。


 が、すぐに彼は沈黙した。

 老紳士付の給仕係が彼の咽喉を掻き切っていた。ひゅーひゅーと咽喉を鳴らしていたが、老紳士は血溜まりのなかで息絶えた。

「この程度で食あたりするようなお客様は、客とは見なせませんので……」



 その給仕係はまわりの客にむかって、そうエクスキューズすると、死体を片づけはじめた。

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