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第十二話 異世界の食堂2

 いよいよはじまる食事会の期待に、まわりの人々がいくぶん顔を上気させて、コルトスの口上に耳を傾けていた。


「それでは、本食事会の主催者にして、本屋敷の持主サーベラス伯爵を紹介いたします」

 客たちのあいだから、盛大な拍手が巻き起こる。

 みな、コルトスが手で指し示した、上手側のドアのほうを注目する。



 サーベラス伯爵は天井から、降りてきた。

 頭を下にした状態ですーーっと滑るように降りてくると、音もなくステージの上に降りたった。

 ひとめで仕立てのよさがわかるタキシードに身を包み、きっちり整髪した短い髪の毛、口元にはたくましい口髭(マスタッシュ)。気品が漏れでるような笑顔で、両手をひろげて宣言した。

「さあ、晩餐会のはじまりです!」

 だが、サーベラス伯爵には、脚が八本あった。パリッと着こなしたジャケットの下、腰の位置から、毛むくじゃらの足が八本つきでいてた。

 まるで、蜘蛛だった——


 だれもがことばをうしなっていた。

 立ちあがっていたものは座ることもできず、拍手していた者も手のひらを打ち合わせたまま身動きできずにいた。


「さあ、スープです」

 各テーブルにいっせいに皿が運ばれてきた。オッコスは目の前におかれた皿に眼をやった。


 そこには、赤ん坊の手がいくつも浮かんでいた——


 手首から斬り落され、どす黒くなった切断面をこちらにむけている、赤ん坊のちいさな手のひら。隣のミョントスが反射的に両手で口元をおさえるのが見えた。

 給仕係がうやうやしく説明した。

「それは、『アカゴノテノヒラモドキ』という蝶の幼虫でございます」

 

 ちいさな指先にみえた部分は胴体で、切断面にみえたのは黒い顔の部分だと言う。

 オッコスはそれを口にする気には、とうていなれなかった。


「さあ、ぜひお召し上がりください」

 すぐ真横に立っている給仕係が、顔がゆがむほどの笑顔で勧めてきた。オッコスはやんわりと断ろうとしたが、ふと、まわりにいる給仕係が全員おなじ顔で微笑んでいることに気づいた。まるでそんなお面でもかぶっているかのようだった。


「こ、こんなもの食べられるかぁぁ!」

 広間のうしろのほうから怒りにみちた声がきこえた。

 オッコスからはかなり遠く、客のあたまも邪魔をして、どんな人物かはわからなかったが、中年の男らしことだけは見てとれた。


「お客様、食べていただけなければ、困ります」

 その中年男性付きの給仕が、にこやかな笑顔を崩さないままお願いした。


「ば、バカをいうな。こ、こんな気色のわるいもの、食えるわけないだろうがぁ!」

「ですが、高名な料理人の元で修業された、料理長(シェフ)の自慢の料理なんですよ」

「うまいわけないだろう。いや、たとえうまかったとしても、こんな形状で、ましてや蟲など、喰いたくない!」


「やれやれしょうがないですね」

 給仕は面倒くさそうにそう言うなり、その中年男性の咽喉をかき切った。

 どっと血がふきだしフロアに血飛沫(ちしぶき)が飛び散る。男性は咽喉を必死でおさえたが、ゴボゴボという音を立てながら、その場に倒れるとそのまま動かなくなった。


 会場は一瞬にして静まりかえった。悲鳴すらあがらなかった——

 会場にはすくなからず女性の姿もあったはずだったが、あまりの事態にだれも声をだせずにいた。代わりに聞こえてきたのは、皿のスープをすくいあげるスプーンのカチャカチャいう音だった。



 オッコスは隣のミョントスのほうを見た。彼は顔をひきつらせていたが、テーブルの上のスプーンへ手を伸ばしていた。伸ばした手がぶるぶると震えている。

 ミョントスは左手で震える右手を押さえつけながら、スプーンを皿にさしいれて、すくいあげた。

「ま、まるで……『カブリムシ』の幼虫じゃないですか……」

 ミョントスはこちらにギリギリ聞こえるような声でつぶやいた。嫌悪感を共有しあえれば、すこしは気持ちわるさが和らぐとでも思っているようだった。

 スプーンを口に入れる瞬間、ミョントスは救いを求めるように、チラリとオッコスのほうへ目をむけた。そして涙をにじませながら、それを咀嚼(そしゃく)しはじめた。

 その様子を横目でみながら、オッコスも腹を括った。

 

 アカゴノテノヒラモドキは、まさに赤ん坊の手のひらにしか見えない蟲だった。すべすべとした表面、ぶよぶよとした質感、すこし赤みがさした色合い。

 さきほどミョントスが言った、カブリムシの幼虫という比喩は言い得て妙で、たしかにぶよぶよとしたゼリーのような身体に、硬くて黒い顔がついている点はよく似ていた。 


 オッコスはゆっくりとスプーンで運んで、口の中にさしいれた。

 舌にムシの表面が触れる。カブリムシの幼虫を手で触った感覚と比べると、はるかにやわらかい。こちらは皮膚がうすくて弾力も感じられない。

 思い切って、歯をたててみる。

 軽く歯を立てただけなのに、うすい表皮がべろっとやぶれた。なかからどろっとしたクリーム状のものが流れ出た。クリームは妙にべたついて、舌にからみつく。

 いやな舌触り——

 と同時に、むせ返りそうな臭いにおいが、口腔内に広がった。勇者が浴びたゴブリンの返り血の匂いに似ている。

 

 オッコスはあわてて吐き出そうとして、得も言えない違和感に気づいた。




 この蟲はいきていた——

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