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第十二話 異世界の食堂1

「サーベラス伯爵の食事会に招かれるほどの幸せはない、って聞きますからね」


 正面に座ったミョントス・ミョンミョンという行商人が、興奮を隠せない様子で言った。 馬車の車輪の音に負けまいと、声を張りあげるので、耳が痛くなるほどだ。


 オッコス・メルメルトはうんざりとした顔をわざとあらわにして答えた。

「ああ、そうだね。だが、食事会というのは、この馬車に乗ったところからはじまっているのだよ。すこしは静かにしてもらえると、ありがたいね」

「ああ、これは失礼。ですが興奮するな、というのが無理っていうものでしょう。わたしゃね、サーベラス伯爵の食事会に招かれる機会を10年以上も夢見てたんですから」


「まぁ、ミョントスさんの気持ちもわからないではないですわね」

 そう賛同してきたのは、ミョントスの隣にすわる太っちょの女性だった。

「なにせ王の主催するパーティーより参加するのが難しいという話ですもの。わたくしも夢のまた夢でしたから、ちょっと緊張しておりますわ」

 

 彼女は人生で一番の晴れの席に、目一杯のおしゃれをしてきているらしかった。でっぷりとしたからだに、これみよがしに宝飾品を身につけていた。だが、やけにこみいったドレープがほどこされた高級そうなドレスは、お世辞にも似合っているとは言えない。肌の色にうっすら緑がかかって見えるので、もしかしたらオーガの血がまじっているのかもしれない。


「静かにしてほしいのは、わしもおなじだがね」

 かすれた声で言ってきたのは、年期のはいったローブをまとった老人だった。フードを深くかぶって、顔をふせていたので、よく見えなかったが、手の皴などから相当に年を重ねているのがすぐにわかった。


 だが、ミョントスはそんな要望にはおかまいなしに話を続けた。

「いえね、行商の途中で偶然立ち寄ったこの街で、いきなりサーベラス伯爵様の招待状を受け取ったもんですから、もうわたしゃ、舞いあがってしまいましてね。で、ふと気づいたんですよ。こんな立派な食事会に着ていく服なんか、ありゃしないってね。もう大慌てで仕立屋に飛び込みましたよ」

 ミョントスは指を二本たてた。

「急あつらえさせたもんだから、二倍、二倍もふんだくられたんですよ。それでもまぁ、一生に一回の晴れ舞台に、いかにも商人の小汚い格好で参加するわけにはいかんでしょう」


 オッコスは自分の身なりに、ちらりと目をむけた。着飾っているわけではないが、公の場にでて恥じる必要のない必要最低限の格好だ。心配ない。



 サーベラス伯爵の屋敷は想像していたものより豪邸だった。

「いやぁ、これはみごとです。わたしゃね、商売柄、世界の豪商の邸宅にお邪魔する機会に恵まれましたが、これほどおおきな屋敷はみたことがありません」

「たしかに柱や梁にほどこされたレリーフや細工は、芸術品のようですわね」

 オッコスは建物の価値などには興味がなかったので、口をひらくことはなかったが、老人も屋敷を一瞥しただけで、なにも言おうとしなかった。




「こちらへどうぞ」

 コルトスと名乗る執事が客たちを出迎えた。洗練された身のこなしと、よどみない口調で、建物の特徴などを説明すると、大広間のほうへみんなを誘導した。


 大広間にはゆうに100卓を数えるテーブルが並べられ、すでに招待客のおおくが座っていた。


「もうずいぶん集まってますのね。何人くらいいらしゃるのかしら?」

 太っちょのレディが執事に質問をなげかけた。

「はい。今回は400人お招きしております」


 なかに足を踏み入れると、その大広間の豪華さに圧倒された。

 柱や梁にはこまやかな彫刻がほどこされ、高い天井に描かれた緻密な宗教画は色鮮やかで、つい見とれてしまうほど見事だった。天井からは、どっしりとした照明器具がいくつもぶらさがり、明るい光を投げかけていた。照明器具自体も壮麗さを感じさせるデザインで、部屋全体を豪奢に印象づけるのに一役かっている。


「あの照明器具は、シャンデリアと呼ばれるもので、いくつもの光魔石を埋込んでおります」

「光魔石を!」

 ミョントスが大声をあげた。が、さすがに自分でも、はしたなかったと思ったらしく、あわてて言い訳を言いはじめた。

「だって、光魔石ってとんでもなく希少で高価な石ですよ。あたしゃね、いろんな国で行商をしてきましたけどね、光魔石の実物を見たのは二回くらいしかないんですよ」

「ミョントスさん、光魔石の希少さはみんな知っていると思いますよ」

 オッコスがミョントスをそうたしなめると、執事のコルトスは事務的に捕捉した。

「はい。これだけ集めるのには、ずいぶん時間がかかった、との話です」

「そ、そうでしょうね……」

 下世話な話題を口にしたのが、恥ずかしくなったのか、ミョントスはことばを濁した。



 オッコスたちは係員に誘導されて真ん中付近の席についた。テーブルは4人で一卓が割り当てられており、オッコスの右隣にミョントス、左隣に太っちょのレディ、正面にローブ姿の老人が座った。

 給仕の者はひとつのテーブルにつき、二人割り当てられていた。スムーズなサービングのためとはいえ、いささか過剰な接客ではないか、とオッコスは思った。


「いやぁ、オッコスさん。わくわくしてきましたね」

 ミョントスが興奮の色を隠せない様子だった。オッコスは食事のときに、この調子で話しかけられるのは勘弁してほしかった。じっくりと味わいたいので、できるなら席を変えて欲しいところだ。




「お集まりのみなさま……」

 ふいに正面のステージから声がした。執事のコルトスだった。

「この食事会にご参加いただきまして、まことにありがとうございます」


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