第九話 願いをかなえてくれる村 3
マハバーランが案内係に連れていかれたのは、森のなかにあるすこしひらけた場所だった。そこに10人ほど腰かけられる長テーブルがしつらえられ、食事の準備が整えられていた。
10人ほどのゴートマンが忙しく立ち働いており、あの貼りつけたような笑顔で迎えてくれた。
マハバーランはすすめられるまま、長テーブルの一番端の席にすわった。見るとおなじテーブルの中腹の席には、先客が二名いた。
ゴブリンと鳥の亜人ハルピュイアだった。
マハバーランはその取り合わせに驚いたが、あとの二体もおなじように驚いているようだった。
種族もなにもかもちがっているのに、三人はおなじ望みをもって、ここに集うたということなのだ。
伝説の大蛇『ギギンバ』の肉を食べたい、という望みを——
「まずはギギンバの血のスープからどうぞ」
村長のモルキュが恭しく挨拶をすると、三人の目の前にスープが運ばれてきた。
すこし白濁しただけのスープ。
おそるおそる口をつけてみる。
おそろしく、スッキリとした味だった。
濃厚なうま味が口のなかに広がったかと思うと、それがいくつもの種類にわかれ、順繰りにその味を主張したのち、ふっとなにもなかったように消えていった。
だが、口中には清涼感だけが残って、次のひとくちを待ち受けるようにリセットされる。
「うまい……」
マハバーランはおもわず、声をだした。
だが、ほかの種族の連中もおなじ感想だったのだろう。ゴブリンは低い唸り声を、ハルピュイアは甲高い鳴き声をあげた。
その次の料理はギギンバの鱗の塩焼き——
得も言われぬ歯ごたえ。噛んだ歯にしあわせが伝わるような噛み心地。
ギギンバの血合いの蒸し料理——
ふわっとたちあがった薫りを嗅いだだけで、恍惚にしばし呆けてしまうほどの濃密かつほのかな甘味。口にいれるのがもったいないほどの、贅沢な薫りの血合いは、噛むほどに味が変化し、そのどの味もが舌を魅了した。
そしてメインディッシュのギギンバの肉のステーキ——
それがサーブされようとしたとき、奥の方でおおきな声がした。怒号のように聞こえたが、それは力強い喜びの声だった。
現われたのは、シュランクだった。
シュランクはマハバーランを見つけるなり、手にもったものを掲げて叫んだ。
「やったぞ。父の仇のオークを討った! マハバーラン、見てくれ!」
そこには緑色のおおきな頭があった。
シュランクはオークの耳をひっつかんで、マハバーランに見せつけるようにして、腕をつきだした。
「これがわたしの父の仇だよ。マハバーラン!」
シュランクは誇らしげに、オークの頭をつかんだ腕を揺らしてみせた。
「ほんとうにこの村はすごい! この奥にある洞くつに、不思議な力で我が仇敵を呼びだしてくれたのだ」
シュランクは腕をつきあげたまま、涙を流していた。
「あぁ…… 父の仇をこの手で討てる日がくるなどとは……」
だが、マハバーランは不思議な気分で、そのオークの頭を見つめていた。シュランクの父の仇というには、そのオークは若々しくみえたからだ。オークの顔だちなど判別などできる自信などなかったが、マハバーランはこのオークをどこかで見た気がしてしかたがなかった。
シュランクが泣きながらも、晴れやかな笑顔をマハバーランにむけた。
「マハバーラン、すまん、先に帰らせてもらう。またどこかで会おうじゃないか」
マハバーランはことばすくなにシュランクに祝意を伝えると、握手をした。
ついにメインディッシュのギギンバの肉のステーキが運ばれてきた。
それを口にしたとたん、マハバーランはふっと意識がとびそうになった。
この世で経験してきたあらゆる快楽が、まるで苦行であったかのような、信じられないほどの快楽が口のなかにひろがっていた。一瞬にしてエクスタシーに達してしまったような絶頂感、そしてその快楽が脈をうって、からだ全体にゆっくりひろがっていく。
はっと気づくと、マハバーランは泣いていた。
いや、それだけでなく鼻水を流し、涎も垂らしていた。
それほどの恍惚——
予想を超えたうまさに唖然とした。これはもはや異次元レベルといっていい。
おそろしいことに、その肉は食べすすめても第一印象の感動が、そのまま持続し続けた。二口目もおなじように衝撃を受け、それが最後の一切れまで続いた。
どんな感想を口にしても陳腐で、どれほど褒め称えても、本質を伝えきれないと感じさせるほどのおいしさだった。
突然、カチンという音がして、マハバーランは恍惚から引き戻された。
音がしたほうに目をむけると、ゴブリンとハルピュイアがテーブルに突っ伏していた。
あまりのうまさに気絶した——?
マハバーランは最初、そう思った。そうなって当然だとさえ思える説得力を、この肉の味はもっていた。
だが、マハバーランのからだに痺れがはしって、そうではない、と悟った——
からだの言うことがきかなかった。
椅子の背にもたれかかって、なんとか姿勢はたもった。だらりと手がさがる。
どこもかしこもしびれて、動かなかった。
そのときふと思い出した。
シュランクが斬り落したあのオークの頭の頬に傷があったことを……
あれは祝祭で隣のブロックから、こちらを睨みつけてきていた若造のオークだ。
突然、視界に村長のモルキュの姿がはいってきた。
「お食事は楽しんでいただけましたでしょうか?」
モルキュは上をむいたままのマハバーランの顔を覗き込んで言った。
「今回の祝祭は参加者が多岐にわたっておりまして、なかなかに順番を組むのに苦労いたしました」
順番——?
「みなさまのささやかな願いを叶えるのには、順番がホント重要でしてね……」
「まぁ、おかげさまでつつがなく祝祭は終えられそうです」
ズズズズズ……
マハバーランの正面に見える森から、重たいものを引き摺るような音が聞こえてきた。バキバキと樹木をなぎ倒すような音も聞こえてくる。
「次が最後のお客様です……」
森の木々のあいまから、ランランと光る目が見えた。おおきな目。人間の頭よりもおおきい——
その目がぬっと姿を現わした。
それは大蛇だった——
人間などひと呑みするほどのおおきさ。見たこともないような毒々しい紋様の柄——
マハバーランは、ふと、その大蛇のしっぽが切れていることに気づいた。
まだ切れたばかりなのか、その切り口からは血が滲んでいてなまなましい。
そのとき、モルキュが耳元で囁いた。
「こちらさまから、勇者を喰いたいという願いがありましてね……」




