第十話 命を救う悪徳令嬢 1
迷いのダンジョンにつたわる噂——
ここで迷いびとになったとき、助け人がきても黒いドレスの令嬢には、助けを乞うてはならない。
その理由は、命が助かる代わりに、意志を打ち砕かれてしまい、『廃冒険者』になってしまうから、というのです。
どういうことなのかって?
その意味はよくわかりません。その令嬢に助けられてみない限りは。
ただ、その令嬢はすでにこの世の者ではなく、元悪徳令嬢だったというのが関係あるのかもしれませんね。
迷ったら二度と出られない迷路、『迷いのダンジョン』——
わたしもたしかにその噂は耳にしていた。
ダンジョン攻略に長けたコボルト族と、呪文ひとつで脱出する術をもつ魔導士を、パーティーに加えたのはそれに対応するためだ。
このマルセル・マルセンにぬかりはない——
実際、ダンジョンはおそろしいほど入り組んでいた。迷路攻略に馴れている自分でさえも、何度も迷いそうになった。
だが、コボルトのテックはなんのためらいもなく、第六階層までするすると降りていった。コボルト族のもつ絶対的な方向感覚と嗅覚には舌を巻くしかなかった。
「もう。マルセルも、みんなもしっかりしてくれよな。あんたらだけだったら、まちがいなく3回は迷ってるぜ」
「テックの言う通りですよ、マルセル。とはいえ、ベテランのはずのわたしも四層目で迷ってしまいましたが……」
そう苦笑いしたのはわたしの右腕、戦士のコーン・ロッド。それを聞いて、斧使いのハーフ・オーガ、ボヲんゾが皮肉を言った。
「コーン・ロッド、きさま歳なんだよ、歳。ベテランと言えば聞こえがいいがな」
「ボヲんゾ! 二層目でおたおたしていた、あんたが言うんじゃないよ」
弓使いのマーロンがたしなめる。
「まぁまぁ、みんな。つまりはテックを仲間に加えた、わたしの判断が一番ただしかった。そうだろ?」
たしか、そう言ってわたしは軽口をたたいていたと思う——
だが、わたしは今、第七階層で迷い人となっていた。
しかも、たったひとりで。
頼みのテックや魔導士のコルトスだけでなく、ほかの仲間とも、一瞬にしてはぐれてしまったのだ。なぜそうなったのか、まったくわからない。
とりあえず、わたしはダンジョン内で迷ったときの心得第一条を実行した。
むやみに動き回らないこと——
わたしは両側を見渡せる通路の真ん中に陣取ることにした。
どこか部屋を探して待機するほうが、快適だし安全なのはわかっている。ただ、助けにきた仲間が素通りする可能性がある、と考えると、見通しがよい場所がベターだ。わたしは咳き込みそうになる、下層からの生臭い臭気に耐えて、ここにとどまるという選択をした。
夜になると魔物が徘徊する可能性もあったが、それまでにはどうにか解決することだろう——
だが、3日経っても、なにもおきなかった。
ひと気がないどころか、魔物やバケモノの気配すらなく、あたりはずっと静まりかえっていた。ときおり聞こえてくるのは、空腹に不満を訴える自分の腹の音だけだった。
変化といえば、あたりに靄もやがたちこめはじめ、それが日に日に濃くなってきたくらいだった。
5日目になると空腹は堪えがたいほどになってきた。
あたりを捜索して、飢えをしのげるものを探そうとも思ったが、すでに伸ばした自分の指先が見えないほど靄もやが濃くなっており、一歩足を踏みだすのにも往生した。
7日目——
わたしは身動きすらできなくなっていた。
通路の柵に上半身を預けたまま、一日中、ぼーっと自分の足先を見つめているだけだった。それですらうすらぼんやりしか見えていない。脱水をおこしているのか、ときおり漏れる呻き声ですら、咽喉にはりついてかすれている。
なにかが動いている——
そう感じたのは、そんなときのことだった——
通路をなにかが移動しているのだ。歩いているというのではなく、通路の石畳のうえを滑っている、という印象。とても人間とは思えない気配。
「助けて……」
わたしは気づくと、そう呟いていた。
わたしを喰らう魔物や、あだなすバケモノの可能性のほうが高かったが、もうどうでもよかった。
7日ぶりに聞こえた音、にわたしはすがった。
「まあ、どうされたのですか?」
みずみずしくも、艶っぽさを感じさせる女性の声——
はからずも目から涙がつーっとこぼれ落ちる。
「助けて……ください……」
女性がわたしのすぐかたわらで、片膝をついた。
なまめかしい太ももが目にはいった。
「なにをすればよろしいですか?」
女性はわたしの顔を覗き込みながら尋ねた。
その顔だちは薄もやのなかでも、はっきりと見てとれた。
切れ長の目、理想的な位置にある鼻、ふくよかなくちびるは潤うるおいにみちていて、男でなくても惹きつけられる。こんなダンジョン内でなくても、出会える機会はめったにないと感じるほどの美人——
「み、水を……」
わたしにはその美しさに、見とれている余裕はなかった。
どこから水を汲んできたのかわからない。しばらくののち、彼女は水をもってきて、わたしの口に流し込んでくれた。あの魅力的な口から口移しで。
だが、わたしの頭に浮かんだ思いはたったひとつだった。
死なずにすんだ——
おもわず涙がこぼれ落ちた。彼女はその涙をやさしく、指先でぬぐってくれた。それがすこし恥ずかしくて、わたしは顔を横にそらした。そのとき彼女の服の一部がかいまみえた。
黒いドレス——
いつぞや、居酒屋で出会った老人に言われたことを思い出した——
わたしはそのとき、素っ頓狂な声をあげた覚えがある。
「黒いドレスの令嬢が助けてくれる? 迷いのダンジョン内で?」
「ああ、そういう話を何人もから聞いた」
「でも助けてくれるんでしょう?」
「かいがいしくね」
「それはぜひお願いしたいものですね」
「いや、もしダンジョンで迷って、その黒いドレスの令嬢が助けを申し出てきたとしても、ぜったいに助けられてはならない」
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