第五話 魔法学園の惨劇 1
「今日の夜こそ、あの旧校舎へ忍び込むことにするよ」
パロッツオは窓から外を覗きながら、メグドールへ言った。
「それ、昨日も聞いたよ。パロッツオ」
「いや、今日は絶対に決行だ。メグドール、きみも一緒にこないか?」
「いやだよ。まだこの学園に入学したてで、ぼくはきみのことをまだ10日分しか知らない…… そしてその10日間でわかったのは、キミが学年一の魔法の才能をもっていることと、規則なんて屁とも思ってないことと、好奇心の塊だってことくらいさ」
「メグドール、さすがルームメイトだ。そこまでぼくのことを理解しているなんて!」
「たった、それだけだよ」
「そう、それだけわかっていればいい。ぼくはきみの見立て通りのヤツさ。それ以上でもそれ以下でもない。いや、一点だけ、修正させてくれたまえ……」
「学年一じゃない。学園一だ」
「あぁ、その通りだね、パロッツオ。きみはどんなに過小評価しても、たぶん学園一だろうね。たぶん、ここの先生方でもかなわないと思う。ぼくはきみがなぜ、この学園に入学してきたのかわからないよ」
「なぁに、魔法大学にはいるには、いちおう、魔法学園の生徒になっておく必要があるからね。たとえ飛び級をするとしてもさ。どうせはいるなら、とびっきりレベルの高い学園にしようと思ってね!」
「は、なにもかもが嫌みだけど、きみが言うと嫌みにならないから、いやになっちまうよ。でも、ここできみが宿舎をぬけだしたら、その『いちおう』手に入れた生徒の身分も剥奪されちゃうけどいいのかい?」
「そのときゃ……ま、そのときさ。そりゃね、ぼくだってできることなら危険はおかしたかぁない。けどね、もう我慢の限界だ。メグドール、きみはなにも感じないのかい? ここから見えるあの旧校舎……」
パロッツオは窓から見えている旧校舎に目をはせた。
「あそこには何かがある—— ぼくはもう、気になって気になってしかたがないんだ」
旧校舎は新校舎と真反対の、魔法学園の敷地の一番端に位置していた。荒れるにまかせた鬱蒼とした樹木におおわれ、校舎はひっそりとたたずんでいた。
なにが自分をこんなにも惹きつけているのかわからない——
なにかに導かれている、誘われているという感覚が、からだの奥底から湧きでてくるのをとめられないのだ。
その理由を突き止めるために、どうやってもあの旧校舎へ行く必要があった。
真夜中になって、パロッツオはその思いを実行にうつした。
魔法の発動は先生たちに気づかれる可能性があったので、二階の窓からカーテンをつなげたものを垂らして降りるという、古典的な脱出方法をとった。風もなく、月は厚い雲にさえぎられ、天候はパロッツオに味方した。闇に守られるようにして、彼は旧校舎まですみやかにたどり着いた。
予想はしていたが、門扉は固く閉じられていた。門の上には有刺鉄線。執拗なまでに幾層にも重ねられており、なんぴとたりとも足を踏み入れさせまいという意志を感じる。まるでどこかで読んだ物語のイバラの城のようだ。
けっして入ってはならない——
このおびただしい棘そのものが、なにかがなかにあるという啓示なのかもしれない。
魔法科の生徒をなめすぎではないかねぇ?
パロッツオは両手を下にむけて、手のひらに力をこめた。
カチッ、カチッ、とちいさな火花がちって、ゆっくりとからだが持ち上がりはじめた。
ゆっくりと有刺鉄線がしつらえられた門扉の上を超えていく。
こんなの、余裕だよ。
あともうすこしで、門扉を超えると思った瞬間、パロッツオの腕になにかがひっかかって、ものすごい勢いでうしろへ引っぱられた。挙をつかれて、なんの受け身もとれないまま、上から地面にひきずり倒された。
したたかに背中をうって息がとまる。
「あら、あら、あら……」
痛みに苦悶するパロッツオを女性が覗き込んできた。
「やっぱり、パロッツオ・スターンズ。あなただったわね」
片目をあけて声の主を確認する。
それはこの学園のエルゼ・アッヘンヴァル学園長だった。
「こんばんわ、アッヘンヴァル学園長……」
「こんばんわ、というには、遅すぎる時間ではありませんこと?」
「それでは、おはようございます」
「それには、少々早いような気がしますね。こんな真夜中では」
「学園長、なぜこんな遅い時間に?」
「パロッツオ、それはわたくしの質問ですよ」
アッヘンヴァル学園長は深くため息をついてから訊いた。
「さて、パロッツオ、あなたはなぜ、この場所にきたのです?」
パロッツオは学園長室へ連れて行かれると、応接室の椅子に座らされた。
「まぁ、ずいぶんローブを汚してしまいましたね」
「乱暴に地面に叩きつけられましたからね」
「ですが、パロッツオ、あなたはなぜ白いローブを着ていたのです? 忍び込もうっていう人間が、白装束というのでは、ずいぶん目立つと思いますけど……」
「学園の規則に『本校の生徒は、学園内ではいかなる場合も制服を着ること』っていうのがあるでしょう。魔法科の制服は、この白いローブではないですか。ですから……」
「はーぁ、門限破りも禁則事項として、規則に書いてあったと思いますけど、そちらは守っていただけなかったようですね」
「まさかこんな遅い時間に、学園長みずから規則違反者を取り締まっているなんて、知らなかったものですから……」
「取り締まり? そんな優雅なものではありません。いいでしょう、パロッツオ、本音でお話しましょう。わたくしはあなたがあの場所に行くのを知っていましたよ」
パロッツオは学園長の当然のような口調に驚いた。
「あなたほどの魔力の持主が、あの場所に惹かれないはずありませんからね」
「なにが……」
一瞬、パロッツオの目が輝いた。
「なにが、あそこにはあるんです?」
「なにも。今となっては、あそこにはなにもありません」
「そんな…… あの場所からただよう妖気、邪気、狂気…… いや、なんだっていいです。あそこには尋常ではない気配があります。なにもないなんて」
学園長はなにかを知ってる、そして、それをかくそうとしている。パロッツオは、確かな秘密のにおいに、興奮をかくせなかった。
「むかし、事件があったのです。ただそれだけです」
「これは今から50年ほど前の話です……」
そう言ってアッヘンヴァル学園長は語りはじめた。
むかし、学園創立以来の大天才、ルディン・オーカスという少年が入学してきた。
彼は十代続く大魔導士の家系で、父は魔法司政官、祖父は王様付の大僧侶というサラブレッドとして産まれた。幼少の頃よりその才を見込まれ、大賢者マヌエラの元で修業を重ねたという少年だった。
5才のときには大学入学試験で課せられる魔法を完璧に使いこなし、十才のときには、一個大隊の怪我を同時に治せるというヒーリング魔法を修得、魔法小学校を卒業する頃には、大賢者でしかなしえない、死体を操るネクロマンサーの魔法を自在に駆使したという。
魔法中学を卒業する頃には、永遠にうしなわれたという、いにしえの魔法を3つも復活させることに成功し、その天賦の才を世間にしらしめた。
ずばぬけた能力をもっていながら、彼はまったく驕ることなかった。年齢や地位や貴賤や種族、そして魔力の力量などで、接する態度を変えることはなく、だれにでもおなじように接した。
つよい正義感と使命感を持っていたが、おのれの価値観につねに目をくばり、正義の押しつけをしていないか、常におのれに問い、みずからを律していた。
十五歳にして、すでに大賢者の思考と風格、そして技量を持ちえた希有な存在だったが、なによりも家族や友人たちを大切にし、さらなる高見をめざして、勉学や魔法の探求へ意欲を燃やし続けていた。
だれもが彼の能力やその飾らない人柄に惹かれ、いつのまにか彼のまわりには生徒はもちろん、先生までもが集まってきたという。
「学園長、でもそのひとの名前、聞いたことがありませんよ。そんなすごい人なら、この世界のあらゆる災厄を解決していたのではないですか?」
「ええ、ほんとうなら、そうなるはずだった……」
だが、ある日、事故がおきた——




