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リナちゃんの誕生日

いつかの遠い未来の話です。

未来編などが苦手な方は、ご注意いただければと存じます。

「おこめ炊けた」


 わたしはそうつぶやき、お鍋の中で立ち上がる真っ白なおこめの湯気を思い切り吸い込んだ。

 今夜は「カレー」だ。

 カレーはお母さんの故郷からやって来た、偉大にして最高においしいスープ状の食べ物である。

 エルドラ人は皆、このすばらしいカレーという食品に夢中だ。

 『カレーの粉』で財を成したお母さんは、お父さんの勤める病院にそのお金を全部あげてしまい、今でも毎日、騎士団病院の食堂で働いている。

 

「ねえリナ、信じられる? うちのお母様、カレーに果物入れて食べたいって言ってるのよ」

 

 従妹のルリィ姉さんが美しい顔を綻ばせてお皿を並べた。

 今日はお母さんも仕事で忙しい、らしい。

 まだ子どものわたしが留守番をするとお母さんに聞いて、心配して来てくれたのだろう。

 

「お父様が『そんな気色わるいものは僕の目の前で食べないでくれ』って言って、また夫婦でケンカしてるの」

「でも仲良いよね」

「仲がいいからケンカするんですってよ」


 ルリィ姉さんが真珠のようなつやつやした唇を綻ばせて言った。

 

「ああ、叔母様が居ると『ごはん』がいただけるから幸せ。『おこめ』がなかなか出回らないからね」

「うん。わたしもごはん好き」


 そう答えてもう一度湯気を吸い込んだ。


「ねえリナ、お兄ちゃんが騎士団に入って寂しい?」

「うん、寂しいよ……留守番ばっかりで」


 そう答えると、ルリィ姉さんが真っ白な腕を伸ばして、私の茶色い髪をかき上げてくれた。

 

「みんな忙しくて、寂しいね」


 姉さんの言うとおり、医技武官の長であるお父さんはとても忙しいし、騎士団病院の厨房係のお母さんも忙しい。

 お兄ちゃんは今年の春から騎士見習いだ。寮暮らしで家にいない。

 お父さんも15歳で騎士団に入ったというし、普通の事なのだろう。

 でも自分だけ子どもで、放っておかれて寂しい……。

 

「でもお忙しくても仕方がないわ。偉大なお父様なのよ。リナのお父様は」

「うん、知ってる」

「でもたまには帰って来て、リナと過ごしてほしいわよね」

「うん……だってきょう、たん……」


 言おうとしたら涙が出てしまったので、慌てて擦った。

 

「どうしたの、リナ」

「ご、ごめん……だって今日、12歳の誕生日だし……」

「そうだよね、でももう泣かなくていいよ」


 姉さんがそういって、自分の頭をぎゅっと抱きしめてくれた。お花の香りがあたりに漂い、寂しい気持ちがちょっと薄れる。

 

「おじさま! いらして!」


 自分を抱きしめた姉さんが、大きな声で叫んだ。


「え?」


 思わず顔を上げると同時に、扉が開いて、質素なコートを羽織ったお父さんが部屋に入って来たのが見えた。

 いや、外から入って来たのではない。書斎から出てきたのだ。

 いつの間に帰って来たのだろう……!

 

「ああ、うちのが泣いてる」

 

 お父さんがそういって苦笑し、自分を抱き寄せ、顔を几帳面にきれいな手巾で拭いてくれた。

 

「リナ、お父さんが居なくて寂しかったかい」

「しょうがないわよ、だってこの子、まだ12だもの」

 

 おなじく、いつの間にか現れたお母さんが巨大な鍋を両手に持ち、のしのしと台所へ消えてゆく。

 うちのお母さんはいつでもどこでも鍋を持っている気がするが、あれは何故なんだろう。

 

「お母さんが、お前の誕生日に茹で肉をいっぱい作ったんだよ」

「茹で肉……」

「うれしいだろう、誕生日の贈り物だ」

「えっ、茹で肉が?」


 あんまり嬉しくない。

 服とかが欲しかったのに。なぜお母さんの贈り物はいつも、大量の『鍋で作った何か』なんだろう。

 でもお父さんの顔を見るのは1か月ぶりだ。

 それはすごく嬉しい……!

 

「ただいまー!」


 今度は乱暴に玄関が開いて、お兄ちゃんが入って来た。

 

「ルリィに言われてわざわざ帰って来たよ。リナの誕生日だから帰って来いってさ!」

「ちょっと、まだばらさないで頂戴」

「うるさいな。ああ面倒くさい」


 お兄ちゃんがルリィ姉さんの言葉を鼻で笑った。

 それから持っていた袋を、ぐいと私に突き出す。

 

「ほらよ」

「なに?」

「飴玉」


 そういって、お兄ちゃんが上着をその辺に放り出した。

 お父さんが『ちゃんと壁に掛けなさい』と怒ったが、お兄ちゃんは無視して椅子にドスンと座ってしまった。

 お母さん曰く、反抗期なのだそうだ。

 お父さんに似てるのは顔だけで、中身は全然優しくないし、ガサツで最悪の兄だと思う。

 でも帰ってきてくれたのだ。当然無視されるものと思っていたのに、珍しい事もあるものだ。待って。いま、お兄ちゃんは何て言った?

 

「あのね、今日は家族皆で、リナのお誕生日を祝ってもらおうと思っていたの。だから叔母さまにお願いして、叔父様を魔法で連れてきてもらったのよ。トールにも帰ってきてもらったの。びっくりした?」


 そういってルリィ姉さんが私のほっぺたをつつき、可憐な草色のドレスの裾を翻した。

 

「何を得意げな顔してるのさ。ルリィの計画、グダグダ過ぎるんだよ。面倒くさい」

「何よ!言わなきゃ貴方だって帰って来なかったでしょう?! 妹の誕生日なのに!」

「うるさい女」

「可愛くない子!」


 お兄ちゃんとルリィ姉さんが睨み合い、ぷいと顔を背けた。


「じゃあ、後はご家族水入らずでね。これが私からの誕生日の贈り物よ、リナ!」

「ルリィちゃんはカレーと茹で肉を食べて行かないのかい」


 お父さんの言葉に、ルリィ姉さんが可憐な仕草で肩をすくめる。


「いただきたかったわ。でも今夜は、おばあさまや弟妹と食事会をするんです」

「ご両親は? またいないの?」

「何かのケンカの、仲直りの温泉旅行ですって……今年何回目かなぁ、もう放っておきますわ。おじゃましました、叔父様、叔母様」


 足蛇に乗って颯爽と駆け出して行った姉さんの華奢な背中を見送りながら、お母さんがしみじみとつぶやいた。

 

「ああ、ルーちゃんはなんていい子なんでしょう。どっちの親にも似なかったわね……」


 それから、黒い目を細めて優しい声で言った。


「さ、久しぶりにお父さんとお兄ちゃんもいるし、ごはんにしよう? リナちゃんごめんね、留守番させて。カレー作ってくれてありがとね!」

ご愛顧ありがとうございました。

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