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兵主部弐 ビブロフォビア─ひょうすべの日本史─  作者: ずずつすず
罔象の水辺
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7/22

七 ぐえ  解穢

 小さい・・・その神秘性に軸足を置く、嬰児のごとき魔が、蛍火に照らされながら、川辺をモゾモゾとうごめく。

 人がましくーーなのに、人ではない。境界線・・

 

 そこから、万魔が湧出するーー

 この小さきPandemonium(万魔殿)!

 

 う、

 ぞ、

 ぞ、お、

 赤く光る目が見開かれ、トソウ(抖籔、揺れ動く)し、その身が沸き立ち、逆巻き・・川の流れのごとくーー

 

 万魔が沸き出すのだ・・魑魅魍魎がーー否。

 

 魍魎だ。

 魔の奔流となり、精と物(魔物)の一大行進となった魍魎が、百鬼夜行、というより、イッシャセンリ(一瀉千里)の怒濤となって、世道に、襲いかかる・・

 

 あやふやで、実体の定かならぬ、わけのわからぬもの・・そうであるが故の、()()

 

 そうではない。

 

 最初から全般であるが故、それは、一般的な姿など定められないーー

 全般の拡散した境界線そのものは、輪郭そのものは、いずれにも属さない!

 

 だからこその、()()()だ。

 

 万魔の奔流が、襲いかかるーー魍魎が、魍魎が、魍魎が!

 

 どれもこれも、魍魎だ!

 

 方ーーsquare

 正方形の端っこ、視界の端の分明ならざる箇所には、妖しげなものが沸く・・

 世道が、盾を手に、突出する。

 沓が、川辺を・・魍魎の世界にほど近い地面を踏む。

 魍魎ーー罔両は、またの名を、ホウリョウ(方良)とも言う。

 これを祓うために、古人は、四角い鬼面、四つ目の形相、ホウジュン(方楯)を備える装束をまとう・・方相氏を立てた。

 矛を持ち、塚穴(壙)に入って、その墓所のよどみに沸いた方良を打ち払う・・

 

 「鬼遣らい」

 

 万魔ーーー魍魎の突進が、方楯によって防がれ・・死角の、あいまいな箇所に沸く妖精が、四角の、東西南北、地水火風、日月星辰ーー

 

 天地人鬼。

 

 そのcosmosに区分けされ、ここにchaosは分けされる・・

 

 それは、世界中の多くの神話が言及する、劫初の姿・・

 混沌が整頓され、万物が発し、秩序が生まれる・・

 太極が両義(陰陽)となりーー

 

 そこより、三なる人が生まれる。

 

 世道が、大男が、

 (雄々)

 水圧とも風圧とも違うーー違うくせに、そのどちらでもあり、

 地圧であり、()()()()ですらあり・・

 それら四大の根元たる混沌の奔出に抗って、ず、ち、ず、ち、歩を進め、

 盾を掲げながら・・

 

 魍魎の実体に、肉迫する・・!

 

 暴かれたら、それまでだーー分明ならざる闇と境界に、魍魎と万魔は生息するというのに・・

 

 方相氏の矛が突き立てられ・・

 ぶ、

 ず。

 

 「阿~」

 と、α(産声)のような、ω(断末魔)を放つ・・

 混沌は、混沌のままでこそ、混沌であれるというのに・・

  くにわかくして うきし あぶらのごとくして

  くらげなす ただよへるとき

  (國稚く浮きし脂の如くして、海月なす漂へる時)

 と、古事記にしるされているsituationがある。

 冒頭、劫初、天地の開けた当初の本邦だ。

 おそらくは、海洋のように茫漠とした、羊水にも似た原初のsoup。

  ここに、あまつかみ、もろもろのみこともちて

  (於是 天つ神 諸の命以ちて)

  いざなぎのみこと

  (伊邪那岐命)

  いざなみのみこと

  (伊邪那美命)

  この二柱の神に

  みことのりたまひて、

  この漂へる國を

  をさめつくりかためなせと

  (修め理りを固め成せと)

  あめのぬぼこをたまひて

  (天沼矛を賜ひて)

  ことよさしたまひき

  (言依さしたまひき)

 方相氏の矛が、魍魎のperiodを成す。

 それは混沌に打ち込まれたくさび、

 embryo(卵)の()()

  故 二柱の神 天浮橋に立たして、

  その沼矛を

  さしおろして

  (指し下ろして)

  かきたまへば

  (畫き〈掻き〉たまへば)

  しお

  (鹽)

  こをろころをに

  (許袁呂許袁呂に)

  かきなして

  (畫き鳴して)

  引き上げたまひし時に、

  その矛のさきより

  したたりおつるしお

  (滴り落つる鹽)

  かさなりつもりて しまとなりき

  (累なり積りて島と成りき)

  

  これ淤能碁呂おのごろ島なり。 

 

 Humpty Dumptyころんだ。

 emptyはentityへ。

 chaosはcosmosへ。

 cosmos(宇宙)に。

 

 方相氏の矛に貫かれた魍魎は、あたかも、花のよう・・

 散華しながら、花粉を散布する・・

 宇宙うつが、花咲く・・

 

 全般だ。

 

 般若ーーそれは万物万象の道理を見抜く叡智・・

 

 (此処ここ

 しこ(指呼)の間に花咲く宇宙に、刷雄が反応する。

 ーー呪印を組み、神通を発揮する。

 「オン、シュリマリママリ、マリシュシュリーー」

 svāhā(ソワカ、成就あれ)

 (うすさま明王〈烏枢沙摩明王〉炊き上げられませい)

 炎の輝きが投げかける陰のように黒々とした、それは、不浄を忌み烈しく浄化する明王・・

 不浄忿怒(ふんぬ)とも言われる烏枢沙摩明王は、火炎に巻かれ、八本の腕にジモツ(持物)を帯びた、片足を上げ勇躍する姿で描写される・・

 火天の浄化、purification(純化)をつかさどり、

 罔象女神と同様、ご不浄を守護する。

 穢れを清浄へと導く密教の神・・

  

 糞便。

 屎尿。

 この穢れをまき散らすことで存続してあるのが、生き物の哀しい宿命だ。

 しょうじょうくこれぼさつのくらい(清浄句是菩薩位)・・

 ならば、これらの穢れさえ、清浄であること、菩薩の位にあるーー

 

 密教の「理趣経」は、そううべなう(肯う)

 

 忿ふん

 と、護摩の火のごとく、方相氏の矛で貫かれた魍魎が、炎に包まれる・・その烈火が、内に黒々とした翳りを宿し、

 そこへ、烏枢沙摩明王、

 八臂(はっぴ、八本腕)の鬼神が、

 利剣を突き出し、

 ぶ、

 ぶすう~。

 「阿()おお~」

 と、魍魎を刺し貫く・・バチバチと炎が燃え、火の粉が舞う・・むしろ、燃え落ちる火宅を思わせる勢いだ。

 白い煙を発し、魍魎が身悶えし、

 その光と烈しさが、不浄を、清浄へ・・

 

 ぐえ(解穢)・・

 

 穢れを解くそのprocessは、ケガレがハレへ転じる、炎の代謝だ・・

 「ओम्(オーン、唵)クロダノウ、ウン、ジャク」

 ぐえしんごん(解穢真言)・・

 

 魍魎が、灼かれて崩れるーー

 罔両が。

 罔象が。

  夜明けの晩に

  つる、つる、つうべった。

 《《みずは》》がーー

  うしろのしょうめんだーれ?

 

 罔象は、本邦では、そもそもが、

 「水走みずは

 であり、流水の清冽さを表し、そこにむすぶ水の精だった。

 それが、水沢の精ということで、魍魎、罔象、の字を当てられるーー

 

 

 焼け落ちる穢れのなかから、

 炎の照る水面のような、feminine(女性性)が佇立する・・

 

 罔象女神・・肌を火照らせた、乙女のよう・・

 (ああ

 清浄しょうじょう

 人間の、排泄物という絶対の汚点すら、この女神は拒まないーーうべなうのだ。

 善し。

 と、一諾してくれる、

 天上のpermission(肯定)・・それこそ、神性の最たるものに他ならぬ。

 

 

 火の渦中ーー火中にある女神へ、

 赤い道服をまとった老人・・徐福が、進み出る。

 コウシュ(拱手)ーーそして、膝を折る。

 唐様なれど、まぎれなく、ひざまずく(跪く)

 

 「懺悔致しとうございます」

 

 敬虔に、頭を垂れ、秦氏が言う。

 「御身に、前段働いた、冒涜の限りーーわが身の過ち、平に、平に」

 屈めるーーこの傲岸な老人が。長躯を折り曲げ、へし折れたかのように・・

 

 

 





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