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兵主部弐 ビブロフォビア─ひょうすべの日本史─  作者: ずずつすず
罔象の水辺
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6/23

六 穢れ水

 神明、と言う。

 神は光明ーーこの考えは、洋の東西問わず存在し、日本神話でも最高神はアマテラスだ。

 その一方、浄闇と言って、神が好まれる刻限を夜陰ーー草木が眠り、人気が絶え、里の黙す時間帯に設定したのは、神道の妙味であろう。

 (御身には、ご理解いただけぬやも知れませぬな)

 ひょうすべたちが準備にいそしんでいる。刷雄は、境内に佇立する、牛頭四眼、瓔珞をまとう六臂の魔神を見る・・・まるで妖怪、妖魔の王だーーー夜の闇では、ただ怪奇。

 怪異ではあるが、

 神異とは言いがたい・・

 それはそうだろう。白昼、天下分け目の決戦に臨んだ凶神だ。

 その魔王の隣に、古来の神明で、穢れをほどく水の女神が坐されるのは、なにやら、景色が良さそうだ。

 (ふ)

 細い雨をもたらす雲越しにも、日が没してゆくのが感じられる・・

 そして、夜が来る。

 雨雲があるためだろうーーーそれなりに涼があり、そして、くらい・・昏い。

 黄昏が終わって、冥府魔道が訪れるーー

 悪所の夜は、臭気の中、兵主の眷族が、疫気を祓うために奔走するーー暗闘と策謀の気配に満ちている・・

 兵主神社の神人たちが、担ぎ手となり、神輿を持ち上げる。

 輿には、ご神体に加わる、あの銅鏡が収まっている。

 神人たちの前後に、神官と、秦氏の主立つ氏子が列ぶ、

 その前方に徐福と刷雄、世道が並ぶ。

 行きはよいよい帰りは怖いーー鬼籍に入れられ鬼になりつつある氏族が、神社の外に出る・・

 まさに、行きはよいよい帰りは怖いだ。

 この鬼の列が、帰りには、神を迎えた還幸となる。

  〽とおりゃんせ とおりゃんせ

   ここはどこの 細道じゃ

   鬼神おにがみ様の細道じゃ

   ちょっととおしてくだしゃんせ ・・

松明を持ち、その炎が風に揺れ、雨が飛び込んで、じゅ、と、鳴る・・鬼の列が、悪所を渡る。

  〽ご用のないもの とおしゃせぬ

   この子の七つの 弔いに

   供養をたのみに参ります

   ちょっととおしてくだしゃんせ ・・

 あたりは粛然とし、

 夜がみなぎっている。

 闇がーー

 悪臭が・・

 ち、

 ちゃ、

 ぷ、う。

 水音がする。

 小泉川が揺れている。

 (ばかな)

 世道は、目をすがめる。

 ち、

 ちち、ろ。

 千炉ちろり・・

 「む」

 小泉川にやって来た列は、息を呑んだ。

 妖しく舞うーーー火の粉のごとく・・ほだの力強きと、燭のきらめきーー

 

 蛍火けいか・・ホタルだ!

 

 (あり得ぬ)

 こっちの水は甘いぞーー水清きに生息する虫ではないか。

 この悪臭紛々たる巷に・・臭い水しか見当たらぬ陋巷に。

 しかも、小雨とはいえ降っているーー虫の舞う夜ではない。

 

  さわに蛍火のかがやく神、及び蠅声さばえなすしき神あり・・

 

 と、日本書紀に記された、天孫降臨以前の本邦のようである。

 

  豊葦原水穂国は、昼は五月蠅なす水沸き、

  夜は火瓮ほべなすかがやく神あり、

  石根、木立、あおみなわ(青水沫)も事問ひて荒ぶる国なり・・

 

 (こうまでーー退化するものかな。一国の首都ぞ)

 それが、王化を容れる以前の蛮境と変わらぬ妖しさをたたえている。

 

 そこにむすんだ(産霊んだ)御魂も、

 太古以来の精気とカンキ(悍気)をたたえているーーおぞましきもの・・

 

 蛍火の明かりに照らされ、そのsilhouetteが、そそり立つ・・・闇の最中にあってあやめ(輪郭)を主張するそれは、なんだか、よくわからないものだった。

 モノであり、物であるーーーもののけである、魔物だった。

 

 あの四角祭の夜に、世道が遭遇したとおりのもの・・

 それは、この汚濁と汚物の里で人知れずにむすんだ、深淵であり、

 影で、

 死角・・Bright(荒廃)のblind spot(死角)ーーそこに息づく、野生だった。

 

 魍魎。

 水沢の精・・

 いや。

 陰だ。

 『日既に山の端にかかれば、夜座しずか(静)に月を待ては影を伴ひ、あかり(燈)を取てはモウリョウ(罔両)に是非をこらす』

 

 魍魎、という言葉は、なかなか実体を把握しづらい。一応、妖怪の一種別であり、小さな食屍鬼のような魔物だ。

 小児の背丈、

 肌は赤黒く、

 その目は赤く、

 耳は長く、

 髪は美しい・・

 墓地や、墓穴の中に出没し、死者の脳をすする・・

 

 だが、こんな、屍肉喰いの小鬼よりも、

 「魑魅魍魎」という言葉の方が一般的だ。

 魑魅は山の怪で、

 魍魎は川の精だ。

 合わせて、山川木石、ことごとくの精であり、魔霊・・

 化け物全般だ。

 《《総称》》なのだ。

 最後に、罔両、と、表記して、これは、影法師の周縁の部分を意味する。

 影のふちには、ぼうっとしたにじみのような箇所がある。これが罔両である。

 その様態から、罔両とした、という風に形容動詞として用いられ、あやふやでたよりないもののことを言う。

 

 罔両は、影であり、その周縁のぼんやりした部分で、見えにくいはしっこだ。

 多少敷衍して考えれば、

 死角、

 と、言える。

 

 見えそうで見えない部分ーーそこでなにが起こっているのか正確に把握できず、それだけに怪奇な想像力が働き、化け物全般が、魑魅魍魎が出没する。

 人気のない墓地、地下の墓穴ーーそういう、認識の外側で、死骸をかじる魔が育つ・・

 見えないところでなにかが起こっているーーなにかがいる。

 それが、妖魅変化のoriginだ。

 鬼でありもののけで、魍魎だーー起源で、源流だから、それはさまざまな象形を結び、いつか、総称そのものとなる。

 わけのわからぬものは、実は、全体に少しずつ遍在する、根本なのだ。

 

 徐福は、っと、蛍火に浮き上がる、ぼんやりとしたものをーー罔両を見ている。

 魍魎。

 罔両。

 罔象。

 (さまざまに変幻し、ついに一般と化し、全般となったものよーーー御身を。御身こそを)

 罔象女神みずはのめのかみを。

 

 「鬼遣らい」

 矛盾をガンガンと打ち鳴らし、方相氏が、前に出る。世道だ。

 このsituationを引き当てたタネである。

 共感呪術、似たような状況を用意すれば、似たような出来事が起こる。

 事件の発端となった、魍魎との邂逅・・

 それを再現すべく、世道は、くろきころも(玄衣)に三又矛、楯、四つ目の鬼面を身につけた、

 方相氏の格好をしている。

 

  あ、

  あ、

  阿()あ~。

 罔両が吼えるーー妖しの蛍火が、ぱっ、と、散る・・

 罔両は、影の周囲のぼやけた箇所・・ならば、その本体にひそんでいるものは、なんなのか?

 見えないからこそ、藪の中ーー蛇が出るか鬼が出るか。

 

 ぬえが鳴く・・

 

 玄衣、四つ目の鬼面、矛盾を手にした方相氏が、罔両との距離を詰める。

 「烈!」

 皆陣(やぶ)れて前を行くーー別段、臨めるつはものでも闘う者でもないが、今は、兵主部に与力している。

  軍人いくさびと国の為にと打つつつの煙のうちに年立ちにけり

 罔両の、茫漠とした躯体がへこみ、風穴が開く・・矛は鋭く研がれ、利器(鋭い武器)の切っ先は、魔を退散させる。

 う、

 お、

 あ、ああ

 のけ反り、雨降る闇に霧散する・・影の周囲の罔両うすかげーー光と闇の、境界線のあやかし・・

 そこから、妖物も神仏もやって来る・・源流ーー源泉。

 泉はまだ涸れぬ・・

 罔両の姿が凝り、ぼんやり、とは言えぬ、確然とした、

 色濃い「影」になる。

 蛍火に照らされる、あやしの姿態・・

  罔両はそのすがたは三歳の小児の如し、色は赤黒し、目は赤く耳は長く、美しい髪がある・・

 み、

 い、

 い阿~

 赤子のようなーーあるいは、水死体じみた、白く膨れたおどろの肉体・・

 ぬばたまの髪に、

 馬のような耳が伸び、

 両目は、暗がりにある犬のごとく光る・・

 死を詰め込み、屍肉を貪る悪鬼・・

 ぶ、

 ず、ず・・

 と、口角が吊り上がり、やまいぬめいた鋭さと鴉の不吉さの漂う笑みを剥く・・

 凄愴、狂乱。

 三つ子ほどの大きさにしては、明らかに、その歯は大きい。犬歯は牙であり、臼歯は骨肉を挽くうすなのだと、思い出させる。

 歯は白く、新品のような、捕食の熱意にあふれていて・・

 (ここからよ)

 魍魎ーー墓地や墓穴にて、死人の脳髄をすする小鬼。

 

 

 


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