四 企図
罔象女神ーーこの古の水神を勧請するために、どれほど、刷雄と世道が奔走したことか!
秦の道士が、四日前に切り出した案件が、これだった。
「罔象女神?」
雨に打たれながら、呆然と、目の前の、難破船のごときーーー大破してなお、誰かを運ぼうとしている意志を持つ男に、刷雄は言った。
「狂瀾を、既倒に廻らせる・・・そのつもりかえ?」
刷雄は言う。果たして、そんな仕儀に落ち着くものだろうか?
すでに、二転三転どころではないーーーこのめまぐるしい輪廻。
今さら、正道に帰したところで、転変止まず、
次なる六道を廻るのみなのでは・・?
「次善は、とても、そうとは言えぬ始末へ至った」
憔悴した、徐福の声。
だが、胴に響いているのか、どこか、ふいごのある楽器のように、力強い重低音だ。
その双眸は、落ちくぼんだ眼窩の奥で、炯々と光を放つ。
fiend(鬼)
「ならば、次善やその次に甘んじるのではなく、最善の一手を打つべきであろう」
「その」
刷雄は、言いよどんだ。頬骨のあたりを掻く。
「ええのか?」
徐福が具体的になにを考えているのかはわからないが、罔象女神を勧請すれば、それは、兵主神に、さらなる習合を願い奉ることにはならないか?
今でさえ、相次ぐ習合の果て、落魄したありさまになり果てている・・
「構わぬ」
徐福は言った。
「まさに、起死回生の一手よ。この一手が、さらなる波乱を呼び、渦と輪廻を招くことになろうともーーー」
ふと、雨の匂うが、鼻先に迫った。徐福、というのは、はるかなる秦の時代に、海を渡った道士の名ではないか。
不老長寿・・永遠不滅の霊薬を求めて、このとよあしはらちいほあきみずほのくに(豊葦原千五百秋瑞穂国)へ。
永遠を手にするどころか、正体のわからぬものになり果て、消え果てる未来に直面している。
そうして、再度の航海を強いられている。
「秦は、その未来を受け容れる。渦と嵐の陰に没するなにかとなろう」
徐福は、深々と頭を下げる。
「図書頭、どうか」
その額から地面へ、雨粒が落ちる。
「罔象女神を最初に勧請せんとしたのはおぬしらだ。ならば、おぬしらに手がけてもらうのが至極穏当。何卒」
刷雄は言った。
「諾」
と。
ひどくいたたまれない、そんな気分だった。
やるつもりだ。
罔象女神を召喚し、水都の守護神にする。
「公務として、兵主神を祭神に定めた以上、その条を枉げるわけにはゆかぬ」
徐福が言った。
「故、私祭を以て罔象女神を勧進し、遷宮遊ばせていただき、兵主と合祀する」
合祀。
兵主神とともに祀る、ということだ。
兵主神と一体になる習合ではない。
それでも、この「合」というのは、不穏当だ。
一方で、水きよらかにし、疫病を封じるのなら、これ以上の選択肢はないだろう。
このchoiceから、さらに、奇妙な枝葉が伸び、枝振りを歪めてしまわないよう、祈るのみだ。
兵主神社に、じょじょに、人が集まり始める。
竣工したばかりの官幣社ながら、雨天でもあり、本来なら、参拝客などいないはずだ。
かてて加えて、蚩尤が、平時、というより、戦時であり、兵事と言ってもいいくらいの、凶陰の気を発している。
有事なのだと、自覚しているのだ。
それなのに、この神社に集まってくる。足を向ける。
それ即ち、兵に相違ない。
兵主に仕える、兵主部どもだ。




