十一 開発者
鳥が鳴く(枕詞)
あづまの国。
(カイホツ〈開発〉かーーこやつ)
利器を用いるのか。
文明の利器を。
利器とは、鋭い武器ーーあるいは、便利な道具。
たとえば、鋭い鉄のbladeがついた鋤鍬など。
「ーー騎馬民族を追うもろこし(唐土)のごときやり口よの」
なにが、北狄とも恐れられる華北の騎馬民族を退けるかといえば、
Mongol草原に差し込まれる、農夫の鍬だ。
田畑が広がれば、草原は消える。
蒙古もお手上げである。
(墾田永年私財法)
天平十五年(七四三)聖武帝の御代に制定された法律だ。
それまで、公地公民、全国の土地は天皇のものだとする律令制の原則を、三世一身法(七二三、土地を開墾したものから三代の間私有を認める)で改めた。
土地が自分のものにならない、働かされるだけ働かされて、死ねばお国のものになるーーそれでは、労働の意欲が上がらない。
天皇への忠誠心は、生活の実質に踏み込まないところにあるのだ。
だから、三代の私有を認めた。
それでも、依然、勤労意欲は上がらず、聖武帝は、遷都を連続する彷徨五年の最中に、墾田永年私財法を定める。
公地公民の原則から、土地私有の門戸が大きく開かれた。
今、国家の開発熱は昂じており、その焦点にあるのが、東国だった。
(われらもこの波に乗れ、ということか)
「律令の原則は公地公民なれば、私田が認められたところで、公はこれを脅かし、何くれとのう因縁を付けて、巻き上げようとしましょう」
徐福が言う。
まだ、面は伏せたままだ。
それでも、氏長者と互角に言葉を交わす。
(ひれ伏しておれば、それで、口利ける資格がある、というわけでもないのだぞ)
慇懃無礼。
それでも、紡ぐ言葉は、謙譲だった。
「事実、東国に入ったものたちの報によれば、私田を接収されることもしばしばあるとのこと
「土地を耕すものと、その私田、それを我がものとせんとする公・・この対立は、向後の埋み火となりましょうや」
貴族や寺社勢力に保証される不輸不入特権
「不輸」租税免除
「不入」警察権や司法権をもつ役人は立ち入れない
というものであり、後年、これを享受せんと、貴族や大寺院に私田を寄進する動きがあいつぎ、摂関家、延暦寺興福寺東大寺といった巨刹、石清水八幡宮も巨大化した。
作者は、不輸特権が主眼で、いわばtax haven として巨刹名門を利用していたのだろうとかんがえていたが、公地公民を切り崩してきた経緯がある。国家には、積極的に私田をわがものとし、公田に編入したい、という動機がある。
これを回避するために「不入」をもとめる心理も深刻だったのではないか。
「われらが班田収授法をきらうように、土地を耕したものが、その耕作地をわがものにできぬというのは、筋の通らぬ話
「この心理はやがて開発される関東にも相通じましょうや。この心理を軸に、われらの基軸たる合理と技術、信仰や遺風を根づかせていくこともできようかと」
関東の開化を助けることで
はた氏への感化を広げていく。
だが、それは、東国人とはた氏の交雑にほかならないーーますます正体は失われ、自分たちは、卑賤な妖魔へ、堕していくこととなろう。
それでも、おのれらの、深奥の核心は、
武より発した合理を追究する原理は、
必ず、蛮人どもの間に移植されよう。
(それがせいぜいなのかーーかくもあえかな遺産を残すことが)
はた氏に残された、最後の余地なのか。
『徐福が向き合ったものは、それほどまでに、大きい。
人も、その矜持も、その連なりもーー笑い飛ばす。
笑殺する。』
(ぬううううううう)
『「結ばれぬ」
とでも、せせら笑うかのようにーーー
お前たちの営為も、尽力も、切望も。
・・歴史も。
どうして、かくも獰悪なスマイルが立ち現れる。
なんで、かくも救われぬ様相が牙を剥く。
報われることなぞ、はなから約束した覚えがないーーそううそぶくなにものかが、伏在しているかのように!』
報われることなぞ、はなかた期待した覚えはない。
そう昂然とうそぶくなにかとして、伏在してあること。
それが、はた氏の勝ち取れるせいぜいか。
負け犬の遠吠えとそしられようとも、
無常とか、世の理とか、
それが人の世だといううそぶきに対し
音を上げる前に、掲げることのできる、最後の虚勢だ。
〝われらはちがう〟
異なっている。
『異なことだ。
帰化し、泥んで、一つになる。
それが、成功への道ならば、ことさらに、異なっていることを、なぜ訴える。
異なってあることを、なぜ打ち出していく。
鐘のように。
失われていく輪郭を、謳って止まぬのだ。
魍魎となろう、ぬえに変じよう。
正体の分からぬものに、消え果てていくのだ。』
「分かった」
やわたのつかさが言う。
徐福が、面を起こす。
「虚勢でよかろうーー枯れ木も山の賑わいで結構
「最期まで体面を気にせずして、なにが巨大野党よ」
なにもかもが、押し流されてゆく。河のように。
「逝く者は斯くの如きか、昼夜を舎かず」
そう、愛惜すらなく、ちりぢりに、はなればなれになって、膨大でとりとめのない「今」と、いつだって向かい合う。
忘れ去られるのは常だとしても
一時代を築いた野党には、沈没する際までついて回る、責任がある。
次代に、席を残すのだ。
次代が、せめて、自分たちの面影を宿してくれることを、祈るのみだ。
われわれの時間は、過ぎたのだ。
そこにfrontierがあり
そこに、渡来人として、先進を掲げて挑む
その過程にのみ、はた氏は成立していたのだ。
気づかされた。
その条件がなくなった時、はた氏は、途絶えるしかない。未開─障壁─挑戦─打破・・その閉塞だけが、はた氏を活かす。
合理主義は、この閉塞を自ら求めるという非合理にのみ、採用される。
他の場の合理主義など、結句、ただの自己正当化の言い訳に堕する。
人間は、元来が、合理主義に息づく生き物ではない・・技術者という人種すら、そうだ。
技術が必要な現場に出て行くことでしか、技術者は技術者たり得ない。
「かつて、古墳時代にあった要請が、もはや中央に絶えてないのなら
「わしらは、出向く以外にないのであろうな
「鳥が鳴く東国へ」
陸奥
みちのくにも。
かの地にある、古代的な行き詰まりを解消するーーそれがはたうぢ(秦氏)の、開発なのだ。
やがて、かの地のものたち自身が、そうなろう。
それだけが、はた氏の勝ち取れる、王座なのだ。
王将に次ぐ玉将が座ることのできる、玉座なのだ。
日出ずる処にて、日没する処の天子を名乗る一族が勝ち取れる、栄冠なのだ。




