水の境界よりご来店 ~3~
「鋭いね。君の言う通り、ここには水の場所がないし、田んぼから見えた景色はもっと色鮮やかだっただろう。そもそもここは異世界じゃない。世界の狭間なんだよ。」
セーヴェルは目の前に置かれたコーヒーをそのまま口に含んだ。一息置いてまた話し始める。
「君の『水の境界』による移動は不完全なものに終わった。どうしてそうなったかは分からないけど、君の元居た世界に飛ばされた共有者を移動させない限りは、君は元の世界には戻れないだろう。」
全貌を把握できたわけではないが、確かに骨が折れそうな話だ。現状、私は元の世界にそもそも入れないのだから、魂が同じ者? を探しに行くこともできない。この人たちだって同じ理屈だろう。
「というわけだから、ノヴァ、よろしく。」
どうにかなるのだろうか? 振り向くとノヴァは怪訝な顔をしていた。
「……構わないが、お前が行けばいいだろう、セーヴェル。」
不本意そうな声ではあったが、気を遣ってのことだろう、出向くという意思表示はしてくれた。この二人あまり仲が良くないのだろうか。まあまあ、となだめるような口調でセーヴェルは話し始めた。
「ごめんごめん、俺が行きたいのは山々なんだけどさ、第14世界と第15世界なんだよね。14には事情があって行けないし、15は出禁食らってるの。」
セーヴェルは明るく笑ってサラっと言ったが、今とんでもないことを口にしなかったか? 世界から出禁食らうってどういうこと? ノヴァも多少あきれた様子で何か口にしようとしていたが、結局何も言わずカウンターの中からバックヤードらしき場所へ引っ込んでいった。
「セーヴェルも出禁だったっけ? まともなのは若い連中だけね。」
バルが舌を出しておどけた表情で言った。喉からツッコミが出たがっていてしょうがない。何から質問するか考えあぐねていると、シファが声をあげた。
「じゃあ僕が行っていい? 」
「その言葉を待ってた。」
恐ろしく速い賛同を聞いて、シファは嬉しそうにノヴァと同じくバックヤードへ消えていった。質問のタイミングを見失い、しばし沈黙が続いた。ぬるくなり始めたコーヒーを一口含んで飲み干した後、私は意を決して口を開いた。
「私の面倒ごとにお二人を巻き込んでしまってすみません。」
セーヴェルは少し驚いたような表情をしたが、すぐににこやかに微笑んだ。
「全然気にしないで。こういうのを解決するのが俺たちの仕事だし、ノヴァはあれでいて仕事を楽しんでる。シファもだ。」
「ノヴァはこの人との折り合いが悪いだけよ。反抗期なの。」
反抗期という言葉に少し笑ってしまった。ノヴァは見た感じ、セーヴェルより一回り年上だ。けれどここではきっとセーヴェルの方が経験が長いのだろう。
「皆さんはどういう集まりなんですか?」
ぬるくなったコーヒーをまた一口飲んだ。冷めてはいるが、濃い目のミルクがよく合う美味しいコーヒーだ。セーヴェルは少し考えるような素振りを見せてから質問に答えた。
「みんな世界のバグさ。世界ではごく稀にどの世界のどんな命とも魂を共有しない命が生まれる。普通は一つの魂を共有して、各世界に一つずつ命を持っている。魂の起源が同じ命同士を共有者と言ったりするんだけど、俺達にはこの共有者がいない。だから自由に世界を移動することができるんだ。」
セーヴェルの話を聞きながら、ふと、並行世界や魂の共有などオカルトめいたことに驚かなくなっている自分がいることに気が付いた。おそらく、飛ばされたばかりの頃であれば到底受け入れられなかっただろう。さ迷い歩いた疲れで、思考が停止しかけているのかもしれない。
「自由に移動できる人があまりいないから、面倒ごとが仕事になるんですね。」
その通り、と二人は頷いた。




