水の境界よりご来店 ~2~
背後からカラコロと音を立てて扉が開いた。バルが安心したような表情でほほ笑んだ。
「おかえりなさい。待ってたのよ。」
「ごめんごめん、報告にちょっと手間取っちゃってさ。」
声は慌てているように聞こえるが、ゆったりとした動作で黒髪の青年が店内に入ってきた。私のすぐ隣の席に座る。他の人が頼りにしている様子を見ていたので、もっと年長だと思っていたが、想像よりずっと若い。
「初めまして、俺はセーヴェル。そこにいるのがバルで、本に夢中なのがシファ。後ろにいるのがノヴァね。どうせみんな自己紹介してないだろ? 」
バルと少年がしまった、という顔をしているのが見えた。ノヴァと呼ばれた男性の顔は見えていないが、恐らく同じ顔をしていたのだろう。セーヴェルがケラケラと笑った。
「ごめんな、みんなヒトと話す機会があまりないからさ、コミュニケーションというものを忘れちゃってるんだよ。」
「大丈夫、気にしていないです。私も自己紹介していないですし。」
立ち上がり、改めて全員の顔を見て軽く会釈をした。みんなにこやかに微笑んで会釈を返してくれた。
座り直して、セーヴェルに改めて話すことにした。他の人たちには、この店に入ってきた時に事情をすでに説明してある。
「今朝は田んぼでいつも通り仕事をしていました。あぜ道を歩いていただけなんですが、気づいたら全然違う場所に来ていて。フラフラ歩いていたらここへたどり着きました。元の場所に帰りたいんです。」
セーヴェルはうんうん、と頷きながら話を聞いてくれた。期待が高まった私は安堵して、コーヒーに手を伸ばした。砂糖とミルクは一欠片入れた。随分と久しぶりのコーヒーだ。
「大体分かったよ、君は元の場所に帰ることができる。でも随分と特殊なケースだ。これは骨が折れるかもしれないね。」
セーヴェルはゆっくりと瞬きをしながら言った。長い睫毛の間から深い緑の目が覗く。バルがセーヴェルの前にもコーヒーを置いた。
「きっと『水の境界』で来たんでしょ? 条件が揃うのはすごくレアだもんね。僕初めて見る! 」
「『水の境界』? 」
シファが興奮した様子で本をしまいに本棚へと駆け寄った。本が乱雑に積み重なったり倒れたりしていてどこにもしまう場所はなさそうに見えた。が、すんなりと本をしまって戻ってきた。
「『水の境界』は二つの世界の間で境界が曖昧になって起こる現象だよ。二つの世界の水の場所が非常に似通っていて、そこに境界が存在している場合、水面にはもう片方の世界の風景が映るんだ。境界の移動を行うには、移動先の世界の風景を強く思い浮かべる必要があるんだけど、『水の境界』では実際に目にしているから境界移動に慣れていなくても簡単に移動できる。けどそれ以上に困難な条件があって…… 」
シファは糸が切れたように楽しそうに説明してみせた。その様子はまるで興味深い質問に対して返答を行う学者のようだった。
「魂の同じ者同士が同時に境界を超えないといけないんだ。トレードするようなイメージ。そうでないと別世界になんて行けない。同じ魂は各世界に一つだけと決まっている。でないと世界が崩壊してしまうんだ。」
シファは説明を終えてニコニコしながらセーヴェルの方を向いた。セーヴェルも満足げな様子でシファの方を向いて頷いた。
「そうすると、ここは別の世界ということですよね? ここに来た時には水場を見た覚えはありませんし、 田んぼに映っていた風景とも違う気がします…… 」




