8話 【凛子side】知ってるのはあたしだけでいい
コンビニのバックヤード。
あたしはスマホを触って勤務開始までの時間を過ごしていた。
「おいすー、凛子今日早いじゃん」
「お疲れ。出かけた後に来たから」
足立が出勤してきて、じゃらじゃらとキーホルダーやぬいぐるみがついたカバンを下ろす。
「へー、どこ行ってきたの」
「これ買いに行ってた」
あたしは今日の戦利品を足立に見せつける。
「それって『諜報員スパキュア』のキャラじゃん。ええと、『でぶっちょ』だったけ?」
「違う。『ぶちゅっと』だから。はい、もう一回」
むぎゅっと足立の頬を掴んで、その失礼な口を『ぶちゅっと』と同じようにした。
「わ、わかりまひた。『ぶちゅっと』です」
「よろしい」
言い直したことに満足したあたしは掴んでいた手を離す。
足立は「なにすんのさー」と頬を両の手のひらでむにむにと整えるように揉んでいた。
それから何かに気づいた様子で足立が口を開く。
「でも珍しいじゃん。凛子がカバンにグッズつけるなんてさ。私が前にオススメしたら、流行ってるから嫌いとか言ってなかった?」
「そうだっけ」
あたしはとぼけてみせる。
「絶対言ってた」
絶対、絶対、絶対、と足立が騒ぐ。
こうなった足立はしつこい。
「かわいいものを身につけたい気持ちに流行りも何もないと思ったから。ただそれだけだから」
「ふうん。それだけ強くいうの怪しいなあ」
む、足立のにやけ面が鬱陶しい。
構うことなく、あたしはさっきまでしていた作業に戻る。
「凛子、さっきからスマホ真剣に触ってなにしてんの」
「別に真剣じゃないし」
「適当に流し見してる感じでもないよね」
こうしたところは足立は目ざとい。
まあいいや、足立に聞きたかったことあったし。
「これ今日始めたの。ちょっといじってた」
「ああ、セットログじゃん。以外だね。凛子そういうSNS全般やらないと思ってたわ」
setlog、一日のうち何度か数秒の短い動画を撮る、動画に文字を載せることもできる。
それを最後にまとめて一日の動画にするVlogとして残すアプリらしい。
詳しくは知らないけど。
「これもいじめの一環だから」
「でた、いじめ。それがどういじめになんの?」
「あいつの情けない姿を晒す。これってさ、どうやったら他の人に見えるようにするか教えて」
「設定に飛んで、ここをこうしてっと。はい、できたよ。全員に見えるんじゃなくて、承認制にしたから学校の人たちが申請してきたら承認すれば見れるようになるよ」
さすが足立だ。
こういうことにはあたしより断然詳しい。
「これから動画撮って行く感じだ」
「ううん、もう撮った」
「え、今日始めたのに? てことはそのぬいぐるみ一緒に買いに行ったの?」
足立はその大きな目をさらに丸くしていた。
なにか変なこと言ったかな。
「そうだけど? 個数制限あったから人数多い方がいいじゃん」
「それって実質デートじゃ……。ううん、なんでもない。どんな動画撮ったか見せて」
初めのところは何を言ってるか聞き取れなかった。
それよりもあいつの動画を見せて笑ってやることにした。
「ほら、あたしに気づいて驚いた顔見てよ。ヤバくない?」
駅で改札から出てきたところを撮っていた。
あたしを見つけるなりぎょっとした間抜けな田貫の顔をバッチリ収めていたのだ。
「それにジャージだよ? マジあり得ない」
一応、あたしはちゃんとした服を着て、朝から髪をセットしたっていうのに。
あたしが行くって言ってなかったのもあるけどさ。これはない。
「確かに。一緒に出かけるのにジャージはないわ」
「だから無理矢理、服を一新してやったの」
次の動画を見せる、そこにはあたし好みの服を着た田貫が映っていた。
ジャージに比べたらかなりいいマシになったと思う。
「おー、結構似合ってて様になってるじゃん。……てか彼氏をトータルコーディネートって、女子の憧れじゃん」
それからも脇腹をつついて変な声を出してるところや、公園で開封してダブってるところとかの田貫の情けないところを見せた。
「ふふ、これを載せたらどうなるかなぁ」
田貫の困る顔が目に浮かぶようで今から楽しみだ。
「こんなのただのカップルの惚気動画じゃん……」
「あ、そろそろバイト始まる。足立、用意しよ」
あたしは立ち上がって制服に着替えて用意をする。
今日は情けないところだけじゃなくて、整理券を探し回っている姿は不覚にもちょっとかっこいいと思ってしまったけど、そんなの他の人に共有するつもりない。
それをあげるといじめにならないし。
だから、それを知ってるのはあたしだけいい。
◆
にこっと、バックヤードから一歩外に出たあたしはいつもの営業スマイルに切り替える。
働いてることがバレないために始めたことだけど、気づいたことがあった。
自分の中に別人格を宿して働いている方が楽だ。
どうしようもない客がいても、接客をしているのはあたしじゃないし。
自分じゃないなら傷つかないし、いちいち悩むこともない。
それにこのスタイルの方が客受けがいいらしい。
「いらっしゃいませ」
自動ドアが開いて、なんか見知ったダサいジャージが視界に入る。
あれは田貫だ。ジャージじゃなかったらマシになるのに。
つーか、あれからわざわざ着替えたの?
そんなに気にならなかったのかな。
あたしのセンスが良くないみたいでむかつく。
それに、休みの日なのに地元から離れたこのコンビニに来るなんてどうして。
駄菓子のラインナップは割と豊富だけど、スーパーの方が多いと思う。
それから、田貫は例のごとく駄菓子を数個持ってレジに来る。
本当に駄菓子が好きなんだ。変わったやつ。
「凛子さん」
あたしの飼ってる猫を助けられた日から、名前で呼ばせている。
あたしだとバレたくないからそれでいい。
でも、クラスメイトの名前を知らないなんてそれもむかつくけど。
仕返しとして、こうして同一人物ということを隠して接し、その反応をみて楽しむのだ。
「はい、どうしましたか?」
「そのボールペンって」
田貫はあたしの胸ポケットにさしているボールペンを指差した。
「ボールペンがどうかしましたか」
「全日本中学校バレーボール選手権大会って書いてありますけど」
やば、バイト先のボールペンが切れたから田貫から借りたボールペンをさしてるんだった。
「その、変なこと言ってたらすみません。あの、凛子さんって実は……」
あたしが狼谷だってバレた……。
「バレーボールお好きなんですね! へえ、奇遇だなあ。嬉しいな」
ぱあっと同志を見つけたみたいな、そんな表情を浮かべていた。
こいつ鈍感すぎ。
あたしは笑いそうになるのを堪えてレジを続ける。
「凛子さん背が高いから、アタックとか得意そうですね。ポジションどこですか? 俺リベロだったんです」
「すみません、これは借りてるだけなんです。バレーは全然で……」
「え、あははは……。そうだったんですね。ごめんなさい、一人で舞いあがっちゃいました」
田貫は、しょぼん、とおもちゃを失くした犬のように落ち込んでいた。
変に話を合わせてボロが出るよりもいいだろうけど、なんかあたしが悪いことしたみたいじゃん。
そして田貫は恥ずかしそうにしながら帰って行った。
中学の途中でやめたって聞いたからバレーボールのこと嫌になったのかと思ってたけど、あんなに喋るってことは今でもかなり好きそうじゃん。
だったら、田貫はなんでバレーボールを辞めたんだろう。
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【あとがき】
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